第223話 大魔王の館(上)
場所はダクリア帝国の中心、そこには大きな建物があった。階数は八階程度とダクリアの中心にしては低いと思われる高さだが、その分建物の構造がかなり重厚に感じられる。
さらに周りには大きな柵が並んでおり、建物の中に入るのも一苦労だろう。仮に柵を登って敷地内に侵入したところで、建物までにはかなりの距離があり、まず敵に見つかってしまう。
そんな作りをしているのがここ、ギラネル=サタンが治める大魔王の館だった。
そんな中、セイヤたち一行はその大魔王の館の正面扉の前に来ていた。そこには当然門番がいるのだが、セイヤたちがまだ子供に見えるせいか、ただの観光客と思って警戒はしていない。大魔王の館はダクリア内でも観光名所の一つとされていたため、常日頃から正面の扉に人が立ち止まることがある。
そういう訳で、門番は全くの無警戒だった。それにこの国のトップがいる大魔王の館を正面から殴り込む無知な者などまずいないという先入観が、さらに彼らの警戒を薄めていた。
「本当にやるのか?」
「なんだ、怖気づいたか?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
セイヤは辺りを見渡しながら、控えめな口調で答える。
なぜならセイヤたちの周りには少なからず一般人がおり、今も何気ない日常を過ごしている。彼らはこれからセイヤたちが大魔王の館に乗り込むとは到底思っておらず、いつも通りに過ごしていた。
そんな彼らの日常を壊してしまうことに、セイヤは少なからず罪悪感を覚えていたのだ。
しかしセイヤの考えていることを理解したアーサーは少しだけ笑みを浮かべ、セイヤに言う。
「帝王は優しいんだな」
「そういうわけじゃ……」
面と向かって優しいと言われ、恥ずかしがるセイヤ。
「でも大丈夫だ。あたしは波風立てずにギラネルのもとに辿り着ける」
「そんなことが可能なのか?」
アーサーの言葉に疑問を抱くセイヤ。いくらアーサーがレイリア最強の魔法師だからといっても、さすがに波風立てずに大魔王のもとに辿り着くのは不可能だ、とセイヤは思った。少なからず、戦闘に入ることがあるに決まっている。
セイヤはそう思っていた。だからアーサー言う。
「問題ない。そして手出しも無用だ」
アーサーはそういうと、セイヤから受け取った聖剣を握り、静かに抜いていく。
錆びれた刀身が姿を現し始めると、さすがに門番たちも違和感に気づき、アーサーのもとに近づいていく。しかし彼らはアーサーの手にする剣が錆びれていることを知ってか、どこかまだ警戒が薄い。
そんな彼らに対し、アーサーは問答無用で剣を振り抜く。
ブン、風を切る大きな音が響くと、門番たちはその場で意識を失い倒れこむ。そして同時に、門番たちの後ろにあった鉄製の柵に亀裂が入り、大きな金属音と共に倒れた。
「帝王、あたしがレクチャーしてやるからしっかり見ておきな」
「あ、ああ」
アーサーはそう言って、ゆっくりと大魔王の館に向かう。セイヤとダルタはそんなアーサーの背中を追いかけるような格好で、アーサーの後に続く。
しかし当然ながら、相手も馬鹿ではない。すぐに異変に気付き、建物内から次々と人が出てくる。そして正面の様子を見て、瞬間的に敵襲だと悟り、警戒態勢に入った。
「敵襲ー、敵襲ー」
「敵は三人、いずれも魔法師と思われる」
相手は大声で敵襲を知らせながら、アーサーの方に向かって武器を片手に襲い掛かる。中にはすでに魔法を行使している者たちもおり、かなり洗練されていることが伺える。
だがそんな相手を前にしても、アーサーは動じることはなかった。
「よく見ておけ、帝王」
そして次の瞬間、信じられないことが起きる。
「……っ」
なんとアーサーに襲い掛かろうとしていた敵が、まるでプツリと意識が切れたかのように一斉にその場で倒れこんだのだ。もちろんアーサーに目立った動きはない。彼女はただ先ほどと同じように歩いているだけだ。
何が起きたのか、セイヤとダルタには理解できなかった。
そして敵の第二陣もまた、先ほどと同じように突然意識を失ったかのように一斉に倒れこむ。その光景はまさしく、異常だった。
「おどろいたか?」
「あ、ああ」
敵が続々と集まってくる中、アーサーは振り返らずにセイヤに言葉を投げかけた。セイヤは初めての光景に言葉が出ない。
「これは『闘気』というんだ」
「闘気?」
「そうだ。帝王も少しくらいは知っているはずだぜ。まあわかりやすく言えば威圧ってやつだ」
「威圧……」
その言葉を聞き、セイヤは何となくだがアーサーが行ったことを理解する。
威圧――それは圧倒的な実力差がある間において、強者が弱者に放つことのできるもの。
セイヤも何回か使ったことがある。しかしアーサーのように意識は刈り取ることは難しい。ましてやこれほどの相手を一斉に、しかも全員。
「闘気っていうのは威圧を極めた技だ。威圧を極めたものが扱うことのできる技であり、その形は十人十色。あたしの場合は自らの威圧感を剣にすることで相手を刺し、意識を刈り取る。他にもいろんなものがあるぞ。身近な例で言うならうちの二位は一定空間の重力を疑似的に上げることができる」
闘気という初めての言葉に、セイヤは驚きを隠せない。しかしアーサーはそんなセイヤに構わず、襲い掛かってくる敵を次々と闘気で刺し、意識を刈り取っていく。
敵はアーサーに近づくことができないことを理解すると、すぐに遠距離からの魔法攻撃に切り替えたが、魔法を行使する前にアーサーによって意識を刈り取られる。
「防御だ! 防御魔法を使え!」
敵の中から防御魔法を張れという指示が出ると、一斉に防御魔法が展開された。その数は優に百を超え、どれもが高レベル魔法であることがわかる。そして防御態勢が整うと、敵はアーサーに向かって魔法で攻撃を試みる。
これでアーサーの攻撃は防がれ、敵の攻撃が繰り出される、はずだった。
だが次の瞬間、魔法でアーサーに攻撃を試みようとしていた魔法師たちが、一斉に意識を失ったかのように倒れこむ。
「なっ……」
敵陣の中で同様の声が上がっていく。しかし次の瞬間には、防御魔法を展開していた魔法師たちも気を失って倒れた。
その光景を前に、セイヤも驚きを隠せない。
敵でありながらも、セイヤは相手の展開していた防御魔法が高レベルであると思っていた。しかしアーサーは先ほどと同じように、闘気で彼らの防御魔法を破り、いや、防御魔法を無視したかのように攻撃を加えた。
「ずいぶんと驚いているな。帝王」
「まあな。まさかあれほどの防御魔法を苦にしないとは……」
「言っただろ。闘気は技だと」
技、その言葉にセイヤは少しだけ闘気の秘密が分かった気がした。
「つまり闘気の前で魔法は無意味と?」
「まあ、そういうことだな。闘気というのは物理的な攻撃というよりは、精神的、心理的な攻撃だ。そこには当然物理の壁である魔法は通じない」
闘気というものは相手の心理に直接襲い掛かる攻撃であり、その実体はない。
「そして闘気を防ぐ手立てはない。闘気が使える条件は相手が自分を強敵と認識した時だ。それなら視認しなければいいと思うかもしれないが、視認しなかったところで人間の本能が直感的に強者のことを認識してしまうから無意味だ。唯一、闘気から身を守る手段は相手と同等か、それ以上の力を手に入れることだ」
アーサーは闘気の説明をしながら、いよいよ大魔王の館の建物内に足を踏み入れる。そしてセイヤたちもまた、その後に続くのであった。




