【番外編】 セイヤの夜はメリークリスマス
メリークリスマス! 僕からの読者様への些細なクリスマスプレゼントです。
パラパラと雪が降り始めた夜、セイヤの姿はアルーニャ家の前にあった。すでに日付が変わろうかとしている深夜にもかかわらず、赤い服に身を包んだセイヤは大きな箱を手に一人たたずんでいた。
日付は十二月二十四日、もう少しすれば二十五日になろうか。そしてセイヤの足元には他にも箱が置いてある。
「ふう、意外と寒いな」
白い息を吐きながら空を見上げるセイヤ。その金色の髪には少しだけ雪が積もっていた。
「とりあえず早く終わらせるか」
そう言ってセイヤは右手を出すと、ある魔法を行使する。
「『イブ・マジック』」
次の瞬間、何もなかったはずのセイヤの目の前に大きなソリと力強そうな角を持った二頭のトナカイが姿を現す。
「今日は頼むぞ」
セイヤがトナカイを撫でながら言うと、力強くうなずくトナカイたち。そしてセイヤは足元に置いてあった箱たちをすべてソリに積み終えると、自分もそのソリに乗り込む。
「行ってくれ」
セイヤがトナカイに向かって進むように言うと、トナカイは力強い鳴き声と共に走り出す。それに伴い、トナカイに繋がれたソリも動き出す。
しかしそれだけではなかった。なんと動き出した刹那、トナカイはまるで空中を蹴るように空に駆け出し始めた。そして同じように、セイヤの乗ったソリも空を滑走し始める。
「よし、まずは向こうか」
セイヤが事前に準備をした紙を見ながら目的地をトナカイたちに伝える。そしてトナカイたちはセイヤの指示通り目的地に向かって空中を闊歩する。
セイヤがアルーニャ家を出発してから五分、セイヤはあっという間に目的地に着いた。そこはかつて一度だけ訪れたことのある場所であり、あまりいい思い出のない場所。
その場所とはセイヤの仲間の一人であるセレナの家、つまりフェニックス家だ。
フェニックス家を眼下に空中で止まったトナカイたち。セイヤはソリの中から二つの箱を手に取ると、フェニックス家の煙突に向かって飛び降りた。
煙突の中に入ったセイヤは脇に抱えた二つの箱を汚さないように細心の注意を払いながらも、決して音を立てないよう静かに煙突内を降りていく。
「ふう、なんとか侵入成功だな」
誰にも気づかれずにフェニックス家内に侵入したセイヤ。まずは最初の目的である部屋に向かう。
「こっちは置いておくか」
部屋の前に着いたセイヤは片方の箱を近くの台に乗せると、箱を一つだけ持って扉に手をかける。一度入ったことのある部屋だというのに、黙ってはいるのは緊張するなと思うセイヤ。しかしを決して手に力を込めた。
ギギギ、一瞬だけそんな音がすると、セイヤの額には冷や汗が浮かぶ。しかしここでやめるわけにはいかないセイヤ。大きく深呼吸をすると、そのまま扉を開けて中へと入る。
「邪魔するぞー」
小さな声でそんなことを言うセイヤだが、まず意味はない。部屋の中への侵入が成功したセイヤは部屋の中を見渡し、ターゲットが寝ていることを確認する。
そのターゲットとはこの家の次女でありリリィの親友ともいえる少女、ナーリだ。ナーリは静かな寝息を立てながら熟睡していた。
セイヤはナーリを起こさないように足音を殺して枕元まで近づくと、家から持ってきた箱を枕元に置いた。
「メリークリスマス、ナーリ」
「んんっ……」
「おっと」
セイヤはプレゼントを枕元に置くと、ナーリを起こさないようにそのまま部屋から出る。そして静かに扉を閉めると、台に置いてあったもう一つの箱を手にして今度は向かい側の部屋の扉に手をかける。
ギギギ、と同じような音が鳴ってしまうが、セイヤは構わず扉を開けて部屋の中へと入る。部屋の主はもちろんセレナだ。
「これはまた……」
部屋に入ったセイヤは部屋の中の惨状を見て驚きの声を上げる。セレナの部屋の惨状、それを一言で言うのならば物が散らかっている、片付いていない部屋だった。
所々に出ている洋服、部屋の隅に積んである教科書類、そしてよくわからない雑貨。本当にナーリと姉妹なのかと疑いたくなるほどの差だ。しかしその中で彼女の相棒ともいえる魔装銃だけはしっかりとケースにしまわれている。
「家では意外と雑なんだな」
仲間の思わぬ一面に笑いを隠せないセイヤ。長居をしても悪いので、セイヤは箱を手にセレナの枕元まで近づく。するとそこには抱き枕を幸せそうに抱いているセレナの姿があった。なのでセイヤは起こさないようにプレゼントを枕元に置く。
「メリークリスマス、セレナ」
「んっ、セイヤ……」
「!?」
まさか起きているのか、と驚愕したセイヤ。しかしセレナはしっかりと眠っている。
「なんだ寝言か……」
どうやらセレナはセイヤが出てくる夢を見ているらしい。どんな夢を見ているのか、ということをセイヤは考えなかった。
プレゼントを置いたセイヤはセレナの部屋から出ると、入ってきた時と同様に煙突をよじ登って家の外へと出る。そして再びソリに乗り込むと、次なる目的とへと向かった。
次なる目的地はフェニックス家からトナカイで三分のところにある場所だ。そこもフェニックス家同様、大きな家で、セイヤは先ほどと同じように煙突から家の中へと入る。
「さて、モーナの部屋は……」
そんなことをつぶやきながらモーナの部屋を探すセイヤ。するとセイヤは思わぬものを発見する。
「これは……」
そこにあったのは木の板に「モーナのへや」と書かれたプレート。どうやらここがモーナのへやらしい。
セイヤは息を殺しながらモーナの部屋へとお邪魔する。
「おお、これはまた……」
モーナのへやに入ったセイヤは部屋の中を見て、感嘆の声を上げる。セレナの部屋にも物がいっぱいあったが、モーナの部屋にもたくさんの物がある。それもほとんどが分厚い本。
「まるで図書館だな」
セイヤはモーナの部屋の本の量を見て図書館と称した。それは大げさな表現ではなく、本当に図書館のように本がたくさんあったのだ。しかもその本すべてが本棚にしまってあり、彼女の几帳面さがわかる。
そんな本に囲まれたモーナはというと、ベッドの中ですやすやと眠っていた。そして彼女の枕元には大きな靴下が一足かかっており、中にはすでにプレゼントが入っている。
「モーナも可愛いところがあるんだな」
セイヤはそう言いながら聖属性で新しい靴下を生成すると、そこにプレゼントを入れて、枕元にかける。
「メリークリスマス、モーナ」
「ご、ご主人様……」
「……」
セイヤは何も聞かなかったことにしてモーナの家から出る。
「俺も疲れてるのか……」
「そうかもしれないわね」
「んっ?」
そう言ってソリに戻ったセイヤ。しかしそこで違和感に気づく。今セイヤに言葉を返したのは誰かと。
今のセイヤは一人だ。だというのに言葉が返ってきた。もしかしたらクリスマスの特別な力がトナカイに話す能力を……
「リリィ!?」
「メリークリスマス、セイヤくん」
なんとそこにいたのはセイヤと同じように赤いサンタ服に身を包んだ大人バージョンのリリィだった。しかも彼女はセイヤよりも露出が多く、雪が降っている夜に寒そうである。
「なんでリリィがここに?」
「セイヤくんが寂しいと思ったから来てあげたの」
怪しげな笑顔を浮かべるリリィ。しかし彼女は少しだけ震えており、どうやら寒いようだ。そんなリリィに見かねたセイヤが言う。
「寒いんだったら服を着ろよ」
「あら、この格好はご不満?」
妖艶な笑みを浮かべながら足を組み直すリリィ。その際、短いスカートから彼女のきれいな太ももが姿を現す。
「いや、そういうわけじゃないが……」
「そうね、寒いからセイヤくんに温めてもらおうかしら」
リリィはそう言って、セイヤに抱き着く。その際、彼女の豊満な二つの双丘がセイヤの胸に当たって形を変える。
「リリィ、今は……」
「わかってるわよ。プレゼント配りでしょ? それにもう一人の私は眠っているから安心して。だから私には今だけセイヤくんを独占する権利を頂戴♡」
「はぁ、わかったよ」
せっかくリリィ二人の分のプレゼントを準備したセイヤだったが、最近あまり一緒にいられなかった大人バージョンのリリィのお願いを聞くことにした。
「それじゃあ行くか」
「ええ。ところで次は?」
「アイシィだ」
「なるほど、難敵ね」
「ああ」
アイシィの家に向かいながら、二人はどのようにしてアイシィにプレゼントを渡すかを考えていた。はっきり言って、アルセニア魔法学園の生徒会の中で一番厄介なのがアイシィだ。彼女は他の二人に比べて勘が鋭く、下手をしたら気付かせてしまう。
そんな懸念があったからセイヤはアイシィを最後に回したのだ。
「アイシィが一番難敵だな」
「そうね。でも私がいれば大丈夫よ」
「というと?」
「アイシィちゃんには悪いけど水属性の魔力を使って彼女の本能を一時的に沈静化させるわ」
「確かにそれはいいかもしれないが……」
どこか歯切れの悪いセイヤ。それもそのはず。なにせ寝てる仲間に魔法を行使するのは気が引けるうえ、もし失敗したら何かしらの影響が出てしまうかもしれない。
「大丈夫よ」
そんなセイヤの懸念をわかってか、リリィが言う。
「私は水のプロよ。間違えることなんてない。それに私、失敗しないので」
そう言って笑みを浮かべるリリィ。
「わかった、頼む」
「お姉さんに任せなさーい」
セイヤは失敗しない女に任せることにした。
そしてその後、二人はアイシィの家へとたどり着く。
「それじゃ行くぞ」
「ええ」
二人は大きな箱を片手に煙突から家の中へと侵入する。そしてアイシィの部屋を見つけると、扉の前に立つ。
「リリィ」
「まかせて。水よ」
リリィが扉に触れ、水属性の魔力で部屋の中を沈静化させていく。
「オーケーよ。でも中は水属性の魔力が充満してるから気を付けて」
「大丈夫だ。『纏光《けいこう》』」
セイヤは部屋の中でもいつも通り動けるように身体能力を上昇させると、そのまま部屋の中へと突撃する。ここからは時間との勝負だ。いかにしてアイシィに気づかれず、かつスピーディーに行動をするか。リリィを信用していないわけではないが、魔力を浴びせられる時間はなるべく短くしたい。
だから光るサンタはすぐに枕元に移動すると、プレゼントを置く。
「メリークリスマス、アイシィ」
そしてすぐに部屋から出て、リリィと共にソリへと戻った。
「ふう、なんとか終わった」
「そうね。それで次は?」
先を急ぐリリィ。それもそのはず、このままのんびりしていたら夜が明けてしまう。
「次はちょっと中央王国の方に行きたいと思う」
「中央王国? どうして?」
思わぬ言葉に首をかしげるリリィ。
「まあな」
そう言って二人は往復一時間半をかけて中央王国のある少女にプレゼントを届け終えると、アルーニャ家に戻ってきた。
「まさかセイヤくんがあんな女の子に手を出しているとは」
「別に手は出していない。それにもう少しすればみんなにちゃんと紹介するさ」
「そうね」
二人はそう言いながら、家の中へと入って行く。
「さて、残るはユアちゃんね」
「ああ」
二人は息を潜め、ユアの部屋の前へと移動する。
ユアの部屋の前に移動して来た二人は息を整え、部屋の中へと入る準備をする。プレゼントはリリィが持ち、セイヤは開いた両手で音を立てないように扉を開ける。
そして扉を開けると、二人は足音を殺して部屋の中へと入って行く。
奇妙なほど音がしない部屋の中で、セイヤとリリィはユアのいるベッドまで歩みを進めていく。そしてユアが眠っていることを確認すると、セイヤはリリィからプレゼントを受け取り、そのプレゼントをユアの枕元に置こうとする。
だがその時だった。突然ベッドの中から手が伸びて来たと思うと、その手はセイヤの腕をつかむ。
「なに!?」
思わず声を上げてしまうセイヤ。しかしセイヤの腕をつかむ手は離れない。
「ユア、もしかして起こしたか?」
セイヤはすぐに自分の腕をつかむ手がユアの手だと理解し、自分が起こしてしまったのではないかと懸念する。しかしその心配は杞憂に終わる。
「大丈夫……ずっと起きてた……」
「ずっとって、なぜだ?」
「プレゼントを受け取るため……」
そう言ってユアはセイヤの瞳を見つめる。
「そうか、なら腕を離してもらえると嬉しいんだが。このままじゃプレゼントが置けない」
「大丈夫……プレゼントはもう私の手の中……」
「ん?」
よくわからないことを言うユア。今ユアの手の中にあるのはセイヤの腕であり、プレゼントはまだセイヤの手の中にある。
「どういうことだ?」
「プレゼントはセイヤ……」
「いや、何を言っているんだ?」
いまいちユアの言葉の真意がわからないセイヤだが、ユアはお構いなしに話を進める。
「サンタはリリィ……だからリリィがプレゼントを運んできてくれた……」
「まさか!?」
そこでセイヤはやっと気づく。なぜリリィがわざわざ寒いサンタの格好までしてセイヤのプレゼント配りに同行したのか。
「うふふ、もう遅いわよ」
「逃がさない……」
ユアがセイヤのことをベッドに引きずり込み、リリィもベッドの中に入ってくる。そしてセイヤを仰向けに寝かせてその上にのしかかると、二人は可愛らしい笑顔を浮かべて言った。
「「メリークリスマス、セイヤ」」
こうしてセイヤの聖夜は二人の大切な人と開けていくのであった。
皆さまメリークリスマスです。今日は聖夜ですね! だから主人公にちなんで番外編を書きました。本編進めろよと思った方、申し訳ありません。でもこのクリスマスネタを去年からやりたかったのです。
去年の今頃はセイヤと聖夜の関係が明かされていなかったので書けませんでしたが、今年は書けました(まだ完全には明かされていないけど)
一応、これが僕からの読者様への些細なクリスマスプレゼントです。少しでも楽しんで頂けたならば幸いです。
それではみなさま、風邪等に気を付けてよいお年を。そして来年も『落ちこぼれ魔法師と異端の力』をよろしくお願いいたします。




