第222話 狂い始める歯車
「やはりか」
「予想通りだ。これがやつらの意向だろう」
そんな声がしたのは、フレスタンにある屋敷の一室。そこにはレイリアでもとくに有名な二人の魔法師の姿があった。
一人は緑色の髪をした筋肉質の男、そしてもう一人は茶色い髪をした男。彼らの名前を知らぬものはこのレイリアではまず、いないであろう有名である。
そこにいたのはレイリアでも十三人しかいない特級魔法師の称号を持つ、ライガー=アルーニャとイフリール=ネフラであった。そしてここは、フレスタンにあるネフラ家の本家である。
ライガーは三日前からこのネフラ家に滞在し、今後のことを旧知の仲であるイフリールと相談していた。
「しかしまさか本当に聖教会があの少年を始末しているとは……」
「だから言っただろ。あいつらは闇属性の存在そのものを消し去りたいと」
改めて聖教会の目的を言われて言葉に詰まるイフリール。実はイフリール、三日前の時点で聖教会がセイヤの暗殺を試みていることをライガーから聞いていたのだが、その時はまだ半信半疑で信じることができなかったのだ。
だが今は違う。聖教会はライガーの予言した時間にセイヤが特級魔法師に任命された事実を告げたことで、ライガーの言っていることが真実だと信じるしかなくなった。
「でもどうして……」
けれどもイフリールにはわからなかった。なぜ聖教会がそこまでしてセイヤのことを消し去りたいのか。確かにセイヤはレイリアでは異端の力と言われている闇属性を使用できるが、それ以上にレイリアの危機を救った英雄だ。
今ではあのレアル=ファイブと並び、レイリアの未来を救った英雄として世間で認知されている。中にはセイヤこそがレイリアの頂点に立つべきだと主張する者たちまでいるぐらいなのだから。
それにセイヤの経歴を考えれば、初級魔法師最底辺から特級魔法師に登りつめた努力の魔法師として若い魔法師たちの希望にだってなるだろう。
それらのことを考えるのであれば、セイヤが闇属性を使用できることなどとるに足らない問題だ。むしろ闇属性を使用できる魔法師がレイリアにいるということをダクリアにアピールするべきではないかとも考えている。
これはおそらくイフリールだけでなく、ある程度の事情を知っている者たち全員が思っていることだろう。
しかしセイヤにはそれ以上の秘密があった。それはこの国を統治する聖教会のトップたち、七賢人たちをも抑えつける謎の力。もしその力をセイヤ悪用してしまえば、セイヤはまたたくまにこの国を裏から支配できてしまうだろう。
なので、そのことを恐れた七賢人たちはセイヤの暗殺を決めた。だがこの事実は絶対に外に流すことはできない。このことを知った有力者たちがセイヤのことを利用するかもしれないから。だから多少の非難は受けようとも、聖教会は真実を話してはいない。
そんな背景があるとは露知らず、イフリールは聖教会への不信感を示している。それはやはり、彼が正義感の強い魔法師だからか、もしくは旧知の仲であるライガーの保護している魔法師が理不尽な理由で暗殺されることが許せないからか。
どちらにせよ、イフリールはこの件で聖教会は信頼できないと感じ始めたのであった。
「それで、どうするんだ?」
「どうするとは?」
「あの少年のことだ。今あの聖騎士に会っているのだろう? すぐに助けに行かなければ」
イフリールは聖騎士あの実力を知っている。そしてその実力の恐ろしさも。だから一刻も早くセイヤのことを助けに行くべきだと考えている。
それに対し、ライガーはどこか落ち着いていた。
「落ち着け。今から言ったところで間に合わない」
「なっ……」
ライガーの思わぬ言葉にイフリールは言葉を失う。なぜならその言葉はまるでセイヤのことを見捨てるように聞こえたから。
「ふざけるな。大人たちの勝手な事情で子供たちの未来を奪っていいと思っているのか?」
それはセイヤと同い年の息子を持つイフリールだからこそ思うこと。しかしライガーにもセイヤと同じ年の娘がいる。しかも婚約者だ。当然セイヤを見捨てるはずがない。
「安心しろ。セイヤは聖騎士にやられるほど軟じゃない」
「何を言っている? 相手はあの聖騎士だぞ? 今度ばかりは勝てる見込みがない」
セイヤが相手にしているのはレイリア最強の魔法師。それはダクリアの魔王とは比べ物にならないほどの力を持っているだろう。おそらく聖騎士に対抗できるのは大魔王と言われているルシファーのみだ。
だがそれでもライガーは落ち着いていた。
「そういう意味ではない」
「ではどういう意味だ?」
「考えてもみろ。聖騎士だって機械じゃない。すぐに襲い掛かったりはしないはずだ。ましてや場所はダクリア帝国。そう簡単に動きはしない」
確かにライガーの言い分は理解できる。しかしそれだけで助けに行かない理由にはならない。ライガーはまだ何かを知っている、とイフリールは感じた。
それが何か話知らない。けれどもライガーが確信しているのであれば大丈夫だろう。イフリールはそう思い、立ちかけた椅子に座り直した。
「それで、俺たちは何をするんだ?」
「まあ、こっち側の処理だろうな」
こっち側の処理というのはレイリアでできることだ。しかしレイリアでできることなど、イフリールには一つしか思いつかなかった。
「まさか聖教会に乗り込むんで立てこもると? そんなことをしたら国が崩壊する」
「なら国を一度崩壊させてみるか?」
ライガーはそう口にして、どこか含みを持たせた笑みを浮かべるのであった。
場所は変わり、聖教会最上階。
そこにはレイリアを統治する七人の老人たちと、一人の女性の姿があった。
「まずは長期の潜入任務、ご苦労であったな。セカンド」
「ありがたきお言葉です。コンラード卿」
そこには七賢人たちに向かい、片膝を立てるシルフォーノの姿があった。シルフォーノはダクリア二区への潜入任務の報告へと訪れていたのだ。
「さて、お主も聞いていると思うが、今日十三人目の特級魔法師が誕生した」
「ええ、なんでもダクリアの魔王を追い返したと」
「そうだ。しかしあの少年は異端の力を有しており、かなり危険だ」
「確か討伐任務を出したと?」
シルフォーノは今回の意見の詳細までを知っているが、七賢人たちの前では決してそのようなそぶりは見せない。
「そうじゃ、ちょうど今頃聖騎士が戦っているじゃろう」
「そうですか。それなら安心できることでしょう」
「ふむ。じゃがのう、危険分子はレイリア内にもおるのじゃ」
そこまで言われて、シルフォーノはレアルたちの反乱がすでに七賢人たちの耳にも届いていることを悟る。
「なるほど。つまり危険分子、ないしは反乱分子を抑えつけろと?」
「まあ、そうなるだろう。だが抑えつける必要はない。場合によっては討伐も仕方あるまい」
七賢人たちの言葉からこんなにも簡単に討伐が出ることは異常だ。おそらく七賢人たちはそれほどまでにセイヤと、セイヤの周囲を囲む人々を恐れている。
そのことを理解したシルフォーノは七賢人にある提案をする。
「それでしたら、特級魔法師のライガーが何やら不穏な動きをしているようです」
「それは本当か?」
「はい。なんでもフレスタンにあるネフラ家を訪れているとか」
「やはりあの男か」
その表情はかなり厳しい。
「そこで提案なのですが、私がフレスタンに向かい、ライガーたちを抑えます」
「ふむ。だがアクエリスタンはどうする? あっちにもあの少年の仲間がいるはずだ」
「ええ、ですからそちらにはサードを向かわせたらどうでしょう? あとは特級魔法師を一人ほど、場所的にクザラスが適任かと」
「なるほど……」
七賢人たちは少し考えるそぶりを見せ、お互いにうなずき合うと、シルフォーノに言う。
「シルフォーノ=セカンド、お主はすぐにフレスタンに向かい、ライガーたちを抑えよ。アクエリスタンにはお主の真言通り、サードを向かわせ、クラザス殿にも依頼を出す」
「御意」
シルフォーノは一度頭を深く下げると、そのまま部屋から出て行くのであった。




