第220話 レイリアの動乱(中)
何気ない昼下がりのある日、レイリア王国の中心にあるこの国を統治する機関――聖教会、その四階では普段では見られないような光景が広がっていた。
聖教会の四階は基本的に聖教会を代表する十三使徒しか入ることが許されず、しばしば十三使徒同士の会議や密談などに使われている。
そんな四階の真ん中にある広間には見覚えのある二人の姿があった。
一人はどこか自信に満ちた表情をしている金髪の少年――レアル=ファイブ。そしてもう一人は落ち着いた面持ちながらも鋭い瞳を宿した銀色の長髪の男性――バジル=エイトだ。
彼らは両方ともレイリア王国を代表する魔法師であり、聖教会に所属している十三使徒たちだ。
だが十三使徒が二人、それも聖教会の四階にいることは別段珍しくはない。むしろ十三使徒以外の人がいた方が珍しい。
では一体何が珍しいのか。答えは彼らの目の前に立つ一人の女性であった。
「そんなに慌てて、どこへ行くのかしら?」
二人の行く手を阻むかのように立つ黄緑色の髪の女性。女性はただ立っているにもかかわらず、その場の雰囲気を飲み込みそうなぐらいのオーラを纏っていた。
そんな女性に対し、レアルとバジルは表情を硬くする。
「あなたは……」
「どうしてここに……」
目の前に立つ女性を見て、二人は言葉を詰まらせる。なぜなら二人の前に立つ女性は滅多に会うことにない大物だったから。それは十三使徒である二人からとってみてみてもの話だ。
「どうしてって、ここが私の職場だからよ」
困惑している二人を見て、女性はどこか面白そうに答えた。
もし詳しいことを知らない一般人がこの光景を見たら、レアルたちは何を言っているのかと笑うだろう。しかしレアルたちからしてみれば明らかに異常事態だった。
「そういう意味ではありません。なぜ序列二位であるあなたがここにいるのですか?」
「あなたはダクリアに潜入中では……」
二人の前に立ちはだかった女性、それは聖教会序列二位にしてダクリアへの潜入任務に就いていたシルフォーノ=セカンドであった。
「だからその中間報告に来たのよ」
二人に対してごく普通に答えを返すシルフォーノ。だが彼女の纏うオーラは先ほどよりも少しだけ鋭くなっている。
それに伴い、レアルとバジルは無意識に警戒態勢に入っていた。だが警戒態勢に入ってしまうことも無理はないだろう。いくらシルフォーノが仲間だと言っても、彼女が本気で来れば二人は一瞬でなすすべもなく命を落とす。そのため生物的本能として自分より強い相手を前にして警戒するのは自然の摂理であった。
ましてや二人は今から聖教会のトップである七賢人たちの意向に逆らおうとしているのだ。さらに警戒してもおかしくない。
そんな二人を見てか、シルフォーノが優しい声音で聞く。
「ところで私の質問に答えてもらえないの? そんなに焦ってどこに行くの?」
「「……」」
優しい声音にもかかわらず、その言葉には答えを強制させるような力があると二人は感じた。おそらく本能的にシルフォーノを強敵と察した二人の深層心理がそう感じさせたのだろう。
ここで答えないのもおかしいので、二人はどうにかしてシルフォーノを誤魔化そうとする。
「ちょっと外の見回りに行こうかと……」
「十三使徒が二人で?」
バジルの答えに、シルフォーノが疑問を抱く。普通に考えて見回りに十三使徒が行くだけでも異例だというのに、それが二人となったらさらに異例だ。
シルフォーノの疑問を受け、バジルが言葉に詰まる。そこで今度はレアルが答えた。
「はい、少し暗黒領の方にまで足を伸ばそうと……」
「なるほど。それは七賢人たちの命令で?」
「それは……」
「七賢人たちの命令が下って内にもかかわらず、勝手に暗黒領に行くのは規則違反だと思うけど?」
「「……」」
シルフォーノが口にした正論が、二人のことを黙らせる。
二人は十三使徒序列二位を前にどうすることもできなかった。彼女の言うことは正論であり、これから二人が犯そうとしていることは明らかな規則違反だ。たとえセイヤのことを助けようとしても、それは七賢人たちの意向とは真逆であり、彼らに正当性はない。
だからと言って、ここで引くわけにもいかない。一刻も早くセイヤのもとに向かわなければ、セイヤの命が危ない。今セイヤが相手にしているのは二人の目の前にいるシルフォーノよりもさらに強敵で、レイリア最強の魔法師だ。
いくらセイヤが闇属性を使えるからと言って、勝てる確証はない。むしろ負ける確率の方が高い。
だから二人は一刻も早くセイヤのことを助けたいと思う。七賢人たちの、一部の権力者たちの思惑で未来ある若き魔法師が消されることは許されることではない。だから二人は、聖教会の魔法師としてではなく、一人の魔法師として、自分の正義に従って行動する覚悟を決めた。
「どういうつもり?」
シルフォーノは自分に向かって武器を構えたレアルとバジルのことを睨む。
それと同時に、レアルとバジルに対してシルフォーノから放たれる強者のプレッシャーが圧しかかり、彼らに行くぐるしさを感じさせる。
だがそれでも二人は武器を手放すことはしなかった。
「私は今から友を助けるために暗黒領に行きます。そこを通してください」
「俺も同意です。道を開けてください」
シルフォーノに対して道を開けるように要求する二人。それは十三使徒が、この国を統治する機関の代表である二人の魔法師が反乱を起こした瞬間でもあった。
「なるほど、そういう訳か。なら尚更通すわけにはいかない。混沌より舞い戻った風の剣、我が業火の生贄としてささげよ。『倶利伽羅剣』」
次の瞬間、シルフォーノの手に日本刀のような剣が握られるが、その剣の刀身には石が纏わり付いているようで、斬れそうにはない。それでもその剣から発せられる存在感は異常であった。
「これが倶利伽羅剣……」
「なんていう剣だ……」
倶利伽羅剣を前に息をのむ二人。だがシルフォーノはお構いなしに戦闘態勢に入る。
「悪いけど、手加減はしないわ。生きたいなら逃げることをお勧めするわ」
シルフォーノはそう宣言すると、倶利伽羅剣を構え、足に力を籠める。それを見て、二人もより一層身構えた。
「いくわよ」
そんな言葉が放たれた瞬間、二人の視界からシルフォーノが消えた。否、集中していたにもかかわらず見失ったのだ。
「「!?」」
突然の出来事に驚く二人だが、シルフォーノはレアルの前に立つと、容赦なく倶利伽羅剣をレアルに向かって振り下ろす。
普通ならば、この時点で勝負が決まる。
レアルとバジルは完全にシルフォーノのことを見失っており、今から動くにしても遅い。それは不変の事実であり、変えられない運命。シルフォーノはそう思っていた。だから次の瞬間、レアルが防御態勢に入ったことに驚きを隠せない。
「生憎その技は見飽きているんです!」
レアルはそう叫ぶと、自身から無意識に垂れ流れている魔力を最小限の力で、かつ効率的に操作し、自分の目の前に薄いながらも魔力の防御壁を作り出す。
「でも脆いわ」
「わかってますよ」
シルフォーノの言う通り、レアルが作り出した魔力の防御壁は完全とは言えず脆い。並みの魔法師の攻撃であるならば防げたかもしれないが、今レアルが相手にしているのは十三使徒の序列二位だ。その程度の障害、シルフォーノにとっては障害にもならない。
シルフォーノの振り下ろした倶利伽羅剣が、レアルの作り出した魔力の壁にぶつかる。しかしぶつかったと表現することもできずに、魔力の壁は崩れ落ち、倶利伽羅剣がレアルに襲い掛かろうとする。
だが次の瞬間、まるで時間が止まったかのようにシルフォーノが振り下ろしていた倶利伽羅剣を止め、そのままレアルから距離をとった。
「意外とおっかない子なのね」
「お褒めの授かり光栄に思います」
皮肉じみた言い方をするレアルに対し、シルフォーノが言う。
「そっちがその気なら、こっちも本気を出すしかないわね」
「「!?」」
その刹那、四階を包み込む空気が一瞬にして豹変した。




