第218話 聖騎士の考え
次なる目的、大魔王の館の訪問が決まったセイヤたち。そこでセイヤは急いで態勢を整えて大魔王の館を訪問しなければならないと思った。
大魔王の館はその名の通り、このダクリア帝国を統治するとともに、ダクリア大帝国のトップも務める大魔王ルシファーがいる館だ。
当然警備は厳重であり、そう簡単に入れてもらえない。館に入るには何十もの検査を受けてから、やっと大魔王ルシファーと対面ができる。といっても、それは正規の手続きを取ったうえで訪問した場合だ。
正規の手続きをとるにしても軽く一週間はかかる。訪問者の素性や目的、これまでの経歴などを調べて精査、そして危険がないと判断されて初めて対面の約束が許される。
そして対面するまでにもいろいろな手続きがあるため、これから正規の手続きをとって対面するには軽く見積もって二週間はかかるだろう。
しかし当然セイヤと聖騎士には正規の手続きをとる気はなかった。
ダクリアではなくレイリアの魔法師であるセイヤたちが正規の手続きをとったところで、大魔王と対面できるとはまず思っていないセイヤ。
もしセイヤたちがレイリアの魔法師と知られれば、例えセイヤたちに戦う意思がなくともダクリアの人間たちはセイヤたちに襲い掛かってくるだろう。
そうなると、必然的に大魔王ルシファーと対面する方法は大魔王の館への潜入となる。
そして潜入するとなると、これまたかなりの時間を要するだろう。潜入するにはあまたの準備が必要だ。ましてや今回の潜入先はダクリアで一番警備が厳重な大魔王の館。生半可な準備で行ったところで失敗して戦闘になるのがオチだ。
セイヤは潜入するために必要なものを考えていた。
だからセイヤは驚く。直後、聖騎士が言った内容に。
「とりあえず今から行くか」
「はっ!?」
つい間抜けな声を上げてしまうセイヤだったが、その反応も今回ばかりは仕方がないだろう。聖騎士が言ったことは普通に考えればおかしいの度を超して異常だ。
まるで知り合いの家にいくような感じで大魔王の館に行くという聖騎士。そんなことをしたら戦闘になるのは必然だ。しかもこちら側の陣営は三人で、しかも増援はあり得ない。それに対し、向こう側は大魔王を筆頭に数々の魔法師がいる。さらには冒険者まで。
どう考えても、セイヤたちの不利だ。それに今から行くにのは準備不足にもほどがある。
「少し待て。準備もしないでどうやって行くんだ?」
「何言っているんだ? そんなの全員蹴散らせばいいだろう」
「なっ……」
聖騎士の言葉にセイヤは会いたく口がふさがらなかった。全員蹴散らす? 何を言っているんだ。そんなことができれば誰も苦労はしない。
だが相手は大魔王の館を守るような魔法師たちだ。そこらの並みの魔法師たちとは格が違う。セイヤはそう思っている。
だから聖騎士の言葉に再び驚く。
「知ってるか? 魔王の館は潜入に強いが、正面から力技で来た相手には結構弱いんだぜ」
「そんなこと……」
あり得ない、と言おうとしたセイヤだったが、聖騎士の言葉を否定することはできなかった。なぜならダクリア二区でセイヤが魔王の館に行ったとき、セイヤは堂々と正面から入ったから。
あの時はメンバーが潜入向きではなかったのと、本当の戦いに対する覚悟を求めたからあのような形になったが、もしメンバーが潜入向きだったらセイヤは迷わず潜入を選択していた。
だが同時に、セイヤはあることを感じていた。それは正面から堂々と戦いに行った割には、敵の力が想像より弱かったこと。そして連携もあまり熟練していなかった。
その時は相手が意外と弱くてよかったと思っていたが、今考えると本当に魔王の館を守るほどの実力があったのかは定かではない。
むしろ彼らの戦い方はどこか一対一に特化しているようにも思える。
そして極み着けはブロードの部屋の前のトラップ。幻覚を見せることで道があるように見せかけ、敵を落とすあのトラップだ。あれも階段での戦闘は想定しておらず、逆に階段を積極的に進めようとしていた。
ここまで考えると、セイヤはもしかしたら聖騎士の言っていることが正しいのではないかと思ってきた。彼女は七賢人たちの意向で長年ダクリアに潜入して来た魔法師であり、レイリアの魔法師において一番ダクリアに精通している魔法師かもしれない。
そんな聖騎士が言う言葉だ。信じる価値は十分ある。
それに聖騎士なら相手の敵を蹴散らすことも簡単だ。彼女、聖騎士アーサー=ワンはそれができるほどの実力を兼ね備えた魔法師である。ダクリアの軍勢を一人で相手に取ることも十分可能だ。
圧倒的な力をセイヤはすでに痛感している。それならば、聖騎士の言うことを信じてみよう。セイヤはそう思った。
「わかった。今から行こう」
「おっ、意外と物分かりがいいな」
聖騎士は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべると席を立つ。そして会計を済ませ、酒屋から出た。セイヤたちも聖騎士に続き、酒屋から出る。
「館は向こうだ。ちょっくらギラネルに挨拶と行きますか」
こうして、セイヤたち三人は大魔王の館に向けて歩みを進めるのであった。
一方、セイヤたちの目的地である大魔王の館ではいそいそとある準備が進められていた。
「ギラネル様、会場の安全確認が終わりました」
「わかった。では会場設営に入ってくれ」
三十代後半の男がひざまずき、主人に状況経過を説明すると、主人は新しい命令をだす。
主人の名前はギラネル=サタン、別名ギラネル=ルシファー。彼は元々サタンの名を冠する魔王であったが、二十数年前に突如大魔王ルシファーが消えたことで、今ではルシファーの任も背負っている。
ギラネルはあくまでも自分は代行であって、正統な後継者が現れたら位を譲ると言っているが、ほとんどの人がそんなことはないと思っている。
先代ルシファーであるキース=ルシファーには妻がいなかった。そして当然のことながら子供もいない。そして姉弟もいなければ、両親もすでに他界しており、すでに親族がいない状態だった。
そんな中、彼は突然姿を消したことで、ダクリア大帝国は一夜にして大混乱に陥った。そして同時に、各地で自分は大魔王の血縁者だと名乗りを上げ、次期大魔王の地位を奪おうと考える輩まで出て来た始末だ。
しかし彼は大魔王である証の夜属性を使えず、結局偽物となった。そして最終的に当時のナンバー2が代理として大魔王の地位に立った。それから二十数年という長い年月が経ったのだ。
人々はもはやキースの血縁者が出てくるとは思っていない。ギラネルがこれからも仕切っていくと思っている。
だが彼らはまだ知らない。
これから大魔王の館で開催される魔王たちによる会議において、新たな大魔王が生まれることを。そしてその大魔王とともに、新生ダクリア大帝国が生まれることを。
しかしこれはまだ少し先の話。人々はまだ、今のダクリアに安住するのであった。




