第214話 聖騎士の目的
「あんたが……あんたが聖騎士なのか?」
自分のことを聖騎士と称する少女に対し、セイヤはなんといえばいいのかわからなかった。その少女、いや、女性はセイヤが食事処であった女性だが、見た目と言い纏う雰囲気といい、到底セイヤが想像していた聖騎士とは違う。
けれども、女性はセイヤの名前を知っていた。それもフルネームで。さらに自分のことを聖騎士と称した。
セイヤの今回の任務は極秘であり、一握りの存在しか知らない。ましてやダクリアの人間が知る由もない。つまり、ダクリアにいて今回の任務のことを知っている存在は聖騎士本人しかありえなかった。
「どうやら、あんまり信じられていないようだな」
「あ、ああ。聞いていた噂とは違うからちょっと……」
セイヤの想像していた聖騎士とは、金髪痩躯のイケメン男性、ないしは神々しいオーラを纏った女性だったが、目の前にいる聖騎士にはそんな要素など微塵もなかった。
「噂は所詮噂だ。あたしには関係ない」
「そ、そうか……」
聖騎士に対して戸惑いの表情を浮かべるセイヤ。
そこでセイヤは気づいた。自分が、あの聖騎士を相手にしているというのに、無意識のうちに敬語を使わないで接していたことに。そしてそれは、知らぬ間に聖騎士に心を許していたことを指していた。
「やっと気づいたか」
「もしかしてこれも……」
「ああそうだ。あたしの技の一つだ。第一印象で相手より下に見られることで、相手の警戒を緩め、その懐に入り込む。戦いは単純な力比べや魔力の量で決まるわけじゃないということだ。覚えておいた方がいい」
聖騎士の言葉に、セイヤは言葉を失った。
彼女の言っていることは一見簡単のように聞こえるが、実は相当難しい。ましてやそれがレイリア最強の魔法師の聖騎士なら尚更。
相手より下に見られる、つまり見下されるということは、自分よりも弱い相手に屈辱を晒すということである。そんなこと、普通の人間ならまだしも、実力とプライドを兼ね備えた魔法師にとっては心的にきつい。
だがそれを彼女はやった。聖騎士という名を貰っているにもかかわらず。
おそらく今の聖騎士に勝てるものはレイリアには存在しない。それは実力的にではなく、総合的な話だ。どんな魔法師にもプライドがあり、格下を演じようとしてもぎこちなさが出てしまう。
しかし聖騎士の動作には一切のぎこちなさはなく、ましてや相手が格下だとも思わない。知らぬ間に、無意識で聖騎士のことを見下してしまう。
暗殺において、彼女は最強のアサシンだとセイヤは思った。
「さて、自己紹介は終わったところで、そろそろ物をくれないか」
「ああ、そうだった。すまない」
聖騎士に言われ、セイヤは慌てて中指に着けていた指輪に魔力を流し込み、聖騎士に渡すものを召喚する。それは錆びれた剣、はっきり言ってがらくたにしか見えない。
セイヤはその剣を手に取ると、聖騎士に向けて差し出す。
「これが頼まれた物だ」
「確かに受け取った」
聖騎士はそう言ってセイヤからさびれた剣を受け取ると、そのまま腰に差す。
錆びれた剣を腰に差した聖騎士は、剣が錆びれて使い物にならないというのに、どこか気品が出て、強そうに見える。
そして先ほどまでのような少女から、一人の立派な騎士に豹変した。おそらくこの姿であっていたら、セイヤも聖騎士を見下したりはしなかっただろう。
「それがあんたの、あなたの本当の姿ですか?」
「そうだ。これがあたし、聖騎士アーサー=ワンの真の姿だ」
あふれんばかりの気品、いつでもすぐに剣を抜けるように適度に力が抜けた構え、無意識に相手を威圧する雰囲気、そのどれもがレイリア最強の魔法師を体現していた。
「さて、この剣を届けてくれた礼に一つ教えてやろう」
どこか薄気味悪い笑みを浮かべながら、セイヤのことを見据えた聖騎士。セイヤはその視線に、ごくりと息をのむ。
「実はな、あたしに聖教会からあんたの討伐命令が出ているんだ」
「はっ……」
次の瞬間、セイヤは左腕でダルタを抱えて聖騎士から距離をとり、右手にホリンズを召喚して構えていた。それは隙のない戦闘態勢であり、周りにいた人々が驚いて四方八方に散らばっていく。
先ほどまででは考えられないほどの威圧がセイヤにのしかかる。当然その威圧を放っているのは聖騎士アーサー=ワンだ。
レイリア最強の魔法師と言われる聖騎士の威圧にセイヤは息苦しくなるのを感じる。
(これが聖騎士……)
レイリア最強の魔法師の真の姿を前にして、セイヤは少しばかり恐怖を覚える。特に剣を構えているわけでもないというのに、聖騎士から感じる剣鬼にも似たオーラにセイヤは後ずさった。
はっきり言って、ここまで勝てないと思える相手はセイヤにとっても初めてだった。魔王モードを使えば……という次元ではない。言うのであれば、生物としての種が違う、格が違う、存在そのものが違うといった印象だ。
だが何度も言うように、聖騎士は剣を構えてはいない。つまり剣を構えれば、これよりも更にもう一段階、いや、もう一種類変わるかもしれない。
それほどまでに聖騎士は凄まじかった。
セイヤはすでに『纏光』を、それも限界突破の状態で行使し、右手のホリンズには闇属性の魔力を纏わせている。しかしそれでも、セイヤの生物としての本能は逃げろと叫んでいた。
「はぁ、はぁー」
荒くなった息をどうにか沈め、冷静になろうとするセイヤだったが、それは適わないものだった。
セイヤが息を整えようとした刹那、聖騎士が動き、セイヤの呼吸が再び荒くなる。だが動いたのは聖騎士の口元だった。
「そんな警戒しなくてもいい。あたしはお前を殺す気はない」
「……」
聖騎士の言葉を聞き、セイヤは違和感を覚える。今セイヤが前にしているのはレイリア最強の魔法師であり、聖教会十三使徒序列一位だ。それは言ってしまえば、レイリアの魔法師で最も七賢人たちに近い魔法師である。
そんな魔法師が、七賢人たちからの命令を無視するだろうか。
するとセイヤの様子を見て、聖騎士が言った。
「言いたいことはわかるが、別にあたしは七賢人どもの犬じゃない。自分のことは自分で決める」
その言葉に、嘘偽りはない。セイヤは直感的にそのことを悟ったが、相手は聖騎士だ。油断ができない。
「やっぱ簡単には警戒を解かないか。なら、これでどうだ?」
「!?」
その刹那、セイヤの視界から聖騎士が消える。否、セイヤが聖騎士を見失った。そして直後、聖騎士の姿はセイヤの真横にあり、右手がセイヤの肩に乗っていた。
「これでわかっただろ。殺す気ならお前はもう死んでいる」
「くっ……」
悔しいが、聖騎士の言いたいことはわかった。そして同時に悟る。今の技が、ダクリア四区のギルド職員であるサールナリンと同じ技だということを。
「なら一つだけ聞かせてくれ。どうして七賢人に逆らう?」
それはセイヤの素朴な疑問。なぜ聖騎士ほどの魔法師が、わざわざ聖教会から不審がられるリスクを負ってまで、セイヤのことを生かすのか。
「それはお前があたしにカレーをくれたからだ」
「ふざけるな……」
聖騎士の答えにセイヤは睨む。
「一応そっちもあるぞ。だが、一番の理由はお前が帝王だからだ」
「帝王?」
聞きなれない言葉にセイヤは首をかしげる。そんなセイヤを見て、聖騎士はニヤリと笑みを浮かべるのであった。




