表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
1章 出会いと新たな人生
23/428

第23話 ダリスの主(中)

 湖に浮かぶ孤島。そこには四つの影があった。


 一つは宙に浮く椅子に座りながら、地面を見下している青い髪の女性

 一つはその女性の後方を飛んでいる、全身を水で構成された大きなドラゴン

 一つは地面の上に立ちながら、両手に双剣を握る光属性の魔力を纏った少年

 一つは少年と同じく地面に立ち、白を基調としたレイピアを握る少女


 そして四つの影は二対二で対立するように存在していた。


 しかしその空気はどこか緩い。


 「ゲドちゃんって(笑)」

 「ひどいネーミングセンス……」


 地面に立ちウンディーネたちを見上げる形になっているセイヤとユアは、限界まで強化したドラゴンのネーミングセンスに対して、笑いを堪えられなかった。


 そんな二人に対してウンディーネは怒ったように言う。


 「そんな余裕あるかしら? やりなさい、ゲドちゃん」


 ウンディーネに言われたゲドちゃんが、口の前に青い魔法陣を展開させて、セイヤたちに向かって攻撃をする。


 「『闇波』」


 ゲドちゃんの口から撃ちだされた水に対して、セイヤがすぐに『闇波』を行使する。


 ゲドちゃんの攻撃はかなりの威力があるが、広範囲に攻撃をしているため、その威力が分散していた。なので、セイヤの『闇波』が容易に消滅させる。


 「ユア、どっちをやる?」

 「セイヤはあのドラゴンをお願い……」

 「わかった。じゃあ、ウンディーネは任せたぞ」

 「うん……」


 二人は瞬時にお互いの担当する敵を決めて、それぞれの敵に攻撃を開始する。


 この空間が相手のテリトリーである以上、二人で連携して戦うよりも、個別で戦う方が勝機がある。二人はそう判断をして、それぞれに分かれたのだ。


 セイヤは双剣を握りしめ、上昇した脚力で一気にゲドちゃんへと迫る。


 だが、もちろんゲドちゃんもただ見ているだけではない。当然ながら、迫り来るセイヤに向かって魔法陣を展開して攻撃を試みる。


 「遅いな」


 セイヤに攻撃を試みるゲドちゃんだったが、その巨体さ故に、動きが襲い。セイヤはそう感じていたが、事実は違う。


 ゲドちゃんのスピードは一般的な魔獣と比べたら余裕で速い。しかもその巨体でなら尚更だろう。けれども、セイヤにしてみれば、全く速いと感じるものではなかった。


 なぜか。それはセイヤの直前の戦いにあった。


 ゲドちゃんと戦う前、セイヤは雷獣と神速の戦いを繰り広げて、見事に勝利している。そしてその後の戦いだ。


 ただでさえ身体が神速の戦いを覚えているというのに、雷獣よりも遅く、しかも巨体であれば見逃すことはまずない。


 普通の『纏光(けいこう)』でも、セイヤはすでにゲドちゃんの動きを見切っていた。


 ゲドちゃんが展開した魔法陣から、再び水を撃ちだそうとした時には、すでにセイヤの姿はない。この時点でセイヤはゲドちゃんの背後へと移動していた。


 「終わりだ」


 セイヤがホリンズでゲドちゃんのうなじを刺す。そして中に闇属性の魔力を流し込み、その体の消滅を図る。


 グルル


 しかしゲドちゃんは一向に消滅する気配がない。


 その時、ウンディーネがいう。


 「無駄よ。その子も、私と同様に、沈静化の硬化が付与してあるから」

 「そうか。だがそんなことを言っていいのか?」

 「どういうことかしら?」


 セイヤの言葉に首をかしげるウンディーネ。


 そんなウンディーネのことを放置して、セイヤはゲドちゃんから距離を取り、新たな魔法を行使する。


 「『闇球』」

 「これは!?」


 セイヤが魔法を行使した瞬間、ゲドちゃんの頭上に大きな紫色の球体が出現する。そしてその紫色の球体が、まるでゲドちゃんを吸い込むかのようにみるみる消滅させていった。


 その威力はムカデの時とは比べ物にならないほどだ。


 そしてあっという間にゲドちゃんは跡形もなく消滅する。


 「まさか沈静化を上回るほどの消滅とは」

 「さて、どうする?」


 セイヤの大技に言葉を失うウンディーネ。


 セイヤが行ったことは至ってシンプルだ。


 ウンディーネの水はセイヤの消滅を沈静化させるほどの力を持っていた。ならセイヤはその沈静化を上回るほどの消滅を行使すればいいと考え、『闇波』よりも威力が強い『闇球』を行使したのだ。


 ウンディーネは、すぐにこのままでは自分も消滅させられると悟り、新たにゲドちゃんを呼び出す。


 「ゲドちゃん」

 「無駄だといっているだろ」

 「それはどうかしら?」

 「なに? …………これは!?」


 ウンディーネが再びゲドちゃんのことを呼びだし、驚きの声を上げるセイヤ。


 なぜなら今回ウンディーネが呼び出したゲドちゃんは先ほどよりも一回り大きく、しかも五体いたのだから。


 「五匹の連携はきついわよ」

 「チッ、めんどうな」


 ウンディーネによって呼び出されたゲドちゃんが、先ほどのゲドちゃんとは明らかに違うと理解したセイヤは、つい舌打ちをしてしまう。


 その時だった。


 「こっちは任せて……」

 「ユア? そうだったな、そっちは任せた」

 「うん……」


 ユアがユリエルでウンディーネに襲い掛かる姿を見て、セイヤは改めて自分の役割を認識する。


 セイヤの役割は一刻も早くゲドちゃんを倒し、ユアの援護に向かう事。それまでウンディーネの相手はユアだ。


 改めて理解したセイヤは再びゲドちゃんの相手をする。






 「私の相手はあなたね」

 「そう……」


 ウンディーネはどこか興味ありげにユアのことを見据えると、初めて椅子から立ち上がり、地上に降り立つ。


 そしていつの間にかウンディーネの座っていた椅子が水のレイピアに姿を変えて、ウンディーネの手に握られる。


 「可愛がってあげるわ」

 「負けない……」


 最初に動いたのはユアだ。


 ユアがユリエルで女性を貫こうとしたが、ウンディーネのレイピアがその攻撃を防ぐ。


 そしてウンディーネはそのままレイピアで、ユアのことを力ずくで地面に叩き落とした。そしてユアに向けて水の針を無数に作り出して、一斉に放つ。


 「『光壁シャイニング・ウォール』」


 ユアは光属性中級魔法の『光壁シャイニング・ウォール』で水の針を防ぎつつ、『火鎖』を三本作り出してウンディーネを拘束しようとする。


 だがウンディーネは火鎖に水を放ち沈静化させてしまう。


 ウンディーネはそのままユアに水で出来たレイピアを駆使して、襲い掛かろうとしたが、ユアは自分に迫りくるウンディーネに対して『風刃(ふうじん)』を行使し、カウンターを狙う。


 「いい攻撃だけど、弱いわ」


 ユアのカウンターに対して、ウンディーネは水の盾を作り出してその攻撃を阻む。


 さらにウンディーネは自分の前に展開されている水の盾を、すぐに水を弾に変化させて、ユアに向かって一斉に撃ちだした。


 「くっ……『光壁シャイニング・ウォール』」


 何とか防御魔法を行使して水の弾の嵐を防いだユアだったが、その時、ウンディーネはすでに次の攻撃へと移っていた。


 ウンディーネの右手に展開された青色の魔法陣はユアのほうへと向いており、今にも魔法を行使しそうである。


 ユアは水の弾をやっとの思いで防いだため、今にも消えそうな『光壁シャイニング・ウォール』以外に防御の方法はない。


 「終わりよ。ウォーターレーザー」

 「うっ……」


 ウンディーネの声と共に放たれた水のレーザーが『光壁シャイニング・ウォール』をいとも簡単に破り、そのままユアの左肩をも貫通した。


 ユアは苦痛に顔をしかめるが、ウンディーネは容赦なく次の魔法を行使しようとしている。


 「ウォーターレーザー」

 「『風装(ふうそう)』」


 生半可な防御魔法では貫通力の高いウォーターレーザーを防ぐことができない。そう思ったユアは、自らの服に『風装(ふうそう)』を行使して服を硬化させる。


 この魔法は対象を硬化させることのできる風属性初級魔法であり、雷獣もこの魔法に近い魔法を行使していた。


 高度な防御魔法を広範囲で使うよりも、ピンポイントで単純な魔法を最大限に行使すれば、ウォーターレーザーは防げるとユアは考えていた。


 そしてユアの右わき腹をえぐるはずだったウォーターレーザーは、ユアの『風装(ふうそう)』によって硬化した服を貫くことはできず、ユアは右わき腹にかすり傷を負う程度で済んだ。


 ウンディーネは一瞬だけ驚いたような顔をして、動きが鈍くなる。ユアはその一瞬の時間を無駄にしないとばかりに自分の足へ『単光』を行使し、一気に跳躍する。


 「しまった……」


 ユリエルを手に跳躍してくるユアに焦ったウンディーネは、すぐに水の盾を形成する。しかし水の盾が形成し終わると同時に、ウンディーネはユアの顔が笑っていることに気づいた。


 だが、もう形成し終わったためどうしようもない。


 ユアはウンディーネが焦って水の盾を形成する、この時を待っていた。ユアは水の盾の向こうにいるウンディーネに向かって魔法を行使する。


 「『閃光(せんこう)』」


 次の瞬間、まばゆい光がウンディーネの目を襲う。


 ウンディーネは水の盾を形成したことにより、自分は守られていると錯覚して、次の攻撃の準備をしていた。


 そのため反応が遅れてしまい、光を直視してしまう。さらに不純物のない水で出来ている盾は光を反射させることもなく、光を一直線にウンディーネの目へと通す。


 「きゃああ」


 目を抑えながら地面に倒れ込むウンディーネ。ユアは目を抑えているウンディーネののどにユリエルを突き付けて言った。


 「今すぐ魔法を解いて……」

 「助けてくれるの?」


 それはユアの最初で最後のウンディーネに対する慈悲だ。ユアは暗黒領に来てから人を一人も殺していない。正確に言えば人を殺したことがない。


 ただ本能的に自分たちを襲う魔獣の命を奪うのと、自分たちと同じ人間の命を奪うのは全くと言っていいほど違うものだ。


 「人間はあまり殺したくない……」

 「優しいのね」


 厳密に言えば、ウンディーネは人間ではなく妖精だ。それでも人型の、会話のできる彼女は、ユアにとって人間でしかなかった。


 「やっぱり甘いわ」


 ウンディーネが水でレイピア作り出して、ユアの持つユリエルをはじく。


 ユアは水で出来たレイピアを構えるウンディーネを睨む。


 「くっ……卑怯……もう躊躇わない」

 「言ってくれるじゃない」

 「『聖槌(せいつち)


 ウンディーネに向かって『聖槌(せいつち)』を行使するユア。しかしウンディーネは重力を受けている様子もなく、先ほどと変わらぬ動きでユアに攻撃を仕掛ける。


 ウンディーネの水で出来たレイピアがユアの頬をかすめるが、ユアは気にせずユリエルでウンディーネを貫こうとする。


 「そんな攻撃通じないわよ」


 自分を貫こうとするレイピアに対して、余裕を持って避けるウンディーネ。ユアは何回もユリエルで貫こうとするが、一向に当たらない。


 それはまるで、自分だけ身体がスローモーションになっているような感覚。


 「なぜ……」


 ユアはそこで気づいた。なぜ自分の攻撃がこんなにも当たらないのかを。


 「沈静化されている……」

 「あら、バレちゃった?」


 実はウンディーネは、ゆっくりと時間をかけて、ユアの肉体を沈静化させていた。それにより、ユアの身体能力が普段よりも低くなり、攻撃も遅くなっていたのだ。


 だが、原因がわかってしまえばユアにだって解決策はある。ユアは体内で光属性の魔力を錬成していき、その魔力を血液とともに全身へと流していく。


 そしてある魔法を発動した。


 「『纏光(けいこう)』」


 それは闇属性と光属性を使えることのできるセイヤにしか使えないオリジナル魔法。


 普段のユアが使えば、上昇の加減を間違えて自らを壊しかけない諸刃の剣。だが今の能力が低下している状態なら、いくら身体能力を上昇させても限界を超えることはない。


 ユアを沈静化させようとした水が、疑似的な闇属性の役割を果たす。


 「うそでしょ……」

 「これで終わり……」


 加速したユアの動きにウンディーネはついていけてない。


 水の壁を展開して防御しようとしたウンディーネだったが、展開するよりもユアの攻撃のほうが早かった。


 ユアのレイピアであるユリエルがウンディーネの心臓部分に刺さる。


 あとはセイヤ同様に、沈静化を上回るほどの上昇を流し込めば、必然的にウンディーネは体内から弾けるはず、だった。


 「どうして……」

 「だから甘いと言ったでしょ。私の身体がゲドちゃんと同じだと思った?」


 ウンディーネは勝利を確信した笑みで言った。


 セイヤが消滅に成功したのはゲドちゃんであって、ウンディーネではない。そしてウンディーネの沈静化はゲドちゃんの数十倍の威力がある。


 つまりユアの上昇は、ウンディーネの沈静化には勝てなかったのだ。


 「そんな……」


 あまりの結末に言葉を失うユア。だからユアは自分の周りに集まりだしていている水の存在に気づくことができなかった。

 

 「うふふ、終わりよ。『水牢(すいろう)』」


 ウンディーネが魔法名を言葉にすると、ユアの周りに水が集まり、あっという間にユアは水の球体の中に閉じ込められてしまう。


 一瞬にして形勢逆転した二人の戦い。


 『水牢(すいろう)』に閉じ込められたユアは息ができずに苦しみだす。


 そしてウンディーネはユアを閉じ込めた『水牢(すいろう)』の水圧をどんどん上げていき、ユアを水圧で潰そうとしていく。


 その動作には人を殺すことへの躊躇いが感じられない。


 『水牢(すいろう)』により遠ざかりそうになる意識の中、セイヤの姿がユアの目に映る。


 初めて心の底から信頼できると思った少年。ずっと一緒にいたいと思った少年。しかし今その願いは、叶わないものになろうとしている。


 もっと自分が強ければ。


 (セイヤ……ごめん……)


 ユアはそんな悔しさと一緒に静かに意識を失った。





 「いい加減にしろぉ!」


 そんな声と共に大きく展開された紫の魔法陣が、一瞬にして五体のゲドちゃんを消滅させる。


 セイヤは高度な連携で攻撃をしてくるゲドちゃんたちに苦戦したが、何とかすべて倒しきることに成功した。


 そしてこれからユアの援護に向かおうとしたその時、ユアがウンディーネの『水牢(すいろう)』の中で苦しむ姿が見えた。


 「ユア!」


 セイヤが脚力を上昇させてユアのもとに駆け寄ると、ウンディーネが『水牢(すいろう)』を解除して、ユアのことを解放する。


 しかしその時にはすでにユアの心臓は止まり、体も硬直を始めていた。


 「ユア! ユア!」


 『水牢(すいろう)』から解除され、地面に横たわるユアのもとに駆け寄るセイヤ。


 セイヤは必死にユアのことを呼びかけるが、ユアは重く閉じた目を開けない。


 「ユア! ユア! 起きてくれよ。なぁ! そっか、敵を欺くために死んだふりしているんだろ? 俺が来たからもうそんなことはしなくていいよ……」


 必死にユアのことを呼びかけるセイヤ。ユアの顔はまさに寝ているようで、今にも起きそうだ。


 しかしセイヤが何度呼び掛けても、ユアは目を覚ますことはない。


 ウンディーネの『水牢(すいろう)』によって呼吸が止められ、徐々に上がっていく水圧にユアの体は耐えられなかったのだ。


 「なあユア……」


 失ったときに本当のその大切さを気づくといわれているが、今のセイヤはまさにそうだ。


 初めて自分を必要としてくれたユア、わずかであったが彼女と過ごした時間はセイヤにとっても本当に心地の良いものだった。


 「嘘だろ……」


 セイヤは否定したくても、否定できなかった。もうユアは生きていない。そのことがユアの亡骸から嫌でも伝わってくる。


 「ふざけるな」


 セイヤの心の中で、なにかどす黒いものが生まれる。


 「ふざけるな」


 その黒いものはセイヤの怒りの心に比例するように大きくなっていく。


 「ふざけるなぁぁぁぁ」


 そのどす黒い何かが、セイヤの心を飲み込み、セイヤの意識はそこで途切れた。


 いつも読んでいただきありがとうございます。次でウンディーネとの戦いが終わります。


 それでは次もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ