第212話 見知らぬ少女
聖騎士アーサー=ワンとの約束が二日後に迫っている本日、セイヤは午前九時ぐらいに目を覚ました。体に感じる気怠さは、おそらくここ最近しっかりと休めていなかったことによるものだろう。
「ふぁわ~」
大きなあくびと共に体を起こすセイヤ。その際、もう少しだけ横になりたいという欲望に駆られるが、そういうわけにはいかない。
聖騎士アーサー=ワンとの接触を目前にして、生活習慣を乱して体を不調にするわけにはいかないから。
「ふう、それにしても体が重いな」
セイヤは自分の肩を触りながら、体の重さを実感する。それと共に若干の筋肉痛も。
「魔力の使いすぎか……」
体の重さと若干の筋肉痛の原因を魔力の使いすぎだと結論付けるセイヤ。セイヤの考える通り、体の不調は魔力の使いすぎによるものだった。
セイヤはこのダクリア帝国に来るまでにかなりの距離を『魔力供給型全自動二輪車』で通ってきた。その際、『魔力供給型全自動二輪車』を運転するのは当然セイヤであって、使用する魔力ももちろんセイヤの魔力だ。
そしてセイヤはほぼ一日中、魔力を『魔力供給型全自動二輪車』に供給する日も結構あった。よって、一種の魔力欠乏に陥ったのだ。
だがそこは聖属性の使える魔法師。すぐに聖属性で失った魔力を回復させ、止まることなく『魔力供給型全自動二輪車』を動かしてきた。
けれども、聖属性はそこまで有能な属性ではないのだ。あらゆるものを発生させられる聖属性は魔力も当然発生させることができるのだが、それにも限度がある。
使いすぎれば、当然限界を迎えることもある。
聖属性の魔力というものは少し特別で、他の魔力とは違っている。そもそも聖属性の使い手がいないのはほとんどいない理由がここにあった。
そもそも魔力というものは、魔法師にとっての活力であり生命力だ。もし仮に魔法師という存在を分解していき、魔力だけを取り出した場合、その魔力の色は純白の魔力になると言われている。
純白の魔力こそが真の魔力の姿であり、エネルギーになる。そしてその魔力が魔法師の体内で錬成されることによって、その魔法師の適正属性の色に染まっていき、普段視認できる魔力になるのだ。
つまりセイヤがよく使う『纏光』で纏っている黄色い魔力は、既に加工済みの魔力であり、真の意味では魔力とは言えない。しかし純白の魔力のままで魔力を使うことのできない魔法師たちは、錬成によって加工された魔力のことを魔力と呼んでいる。
これが本当の魔力の仕組みだ。
しかし聖属性の魔力はこの概念には含まれない。聖属性の魔力、それはレイリアで言う魔力とは独立した存在であるのだ。
そもそも聖属性の魔力は純白の魔力とは異種の魔力であり、魔力としての質も違う。
言うのであれば、純白の魔力は量産型の加工しやすい魔力であり、聖属性の魔力は量産することのできない加工不可の魔力である。
そして聖属性の魔力で発生させられる魔力というのはこの純白の魔力であって、聖属性の魔力ではない。だから聖属性の魔力で魔力を無限に発生させることは不可能であり、聖属性の魔力が尽きてしまったらもう発生は使えない。
聖属性の魔力が回復するには、時間をかけて自然回復を待つしかないのだ。
この普通の魔力とは違った魔力であることが、聖属性を扱える魔法師が希少である理由だった。適正云々ではなく、そもそも聖属性を持っていなければ、普通の魔力から作り出すことは不可能なのだ。
これが聖属性という存在である。
セイヤはその限界ぎりぎりまで聖属性を使って『魔力供給型全自動二輪車』を運転していたため、既に聖属性の残量がかなり厳しい。
よって、これから二日間は全力で休養し、聖属性の回復に努めようと決めていた。
「んっ?」
そこでセイヤはあることに気づく。それはセイヤの隣のベッドが空いていることだ。本来ならそこには今回の任務の同行人であるダルタが寝ているはずなのだが、なぜか姿はない。
セイヤは不審に思い、当たらいを見渡すが、誰かが侵入したような形跡はない。つまりダルタは自分の意志で起きて、この部屋から出て行ったことになる。
「まさか……な……」
セイヤはダルタが自分で起きてこの部屋から出て行ったという結論に至り、冷や汗をかく。なにせあのダルタだ、あのポンコツメイドが自分で早起きして部屋から出るなど考えられるだろうか。
ダルタは絶対朝に弱いタイプで、起こされてもあと五分と言って二度寝するような人間だとセイヤは思っている。しかし状況証拠が、そのことを示している。
「ふむ……」
セイヤは首をかしげながら、部屋を出た。
セイヤたちが泊まっている宿はダクリア帝国でも最高クラスのホテルであるため、部屋が複数ある。セイヤたちが泊まっている十階にはそれぞれ三部屋ずつあり、寝室、浴槽、広間といった感じになっていた。
そして現在セイヤがいるのが寝室であり、扉を開ければ広間につながっている。
セイヤは軽く深呼吸すると、扉を開けた。するとそこには、信じられない光景が広がっているのだった。
「あ、セイヤおはよう」
「ダ、ダルタ……?」
扉の先の広間にいた者、それは純白のエプロンを身に着け、フライパンを片手に持つ栗色の髪の少女、ダルタだった。しかもダルタの前には美味しそうな料理が広がっており、一目でそれが朝ごはんだということが分かる。
「ちょうど朝ごはんできたから食べよ?」
「お、おう」
唖然としていたセイヤはダルタに言われたままに席に着く。そして言われたままにテーブルの上に並んだ朝食を口に運んだ。
セイヤが最初に口に運んだものは今にもとろけそうな半熟卵の目玉焼き。
一口大に切り、口に運んで咀嚼するセイヤ。
「ど、どう?」
「うまい」
「本当!? やった!」
セイヤの感想に大喜びするダルタ。そんなダルタのことをセイヤは信じられないといった眼差しで見つめる。
「な、なに?」
「お前本当にダルタか?」
「どういう意味よ!?」
思わぬ言葉に叫びだすダルタ。
「いや、だって早起きして朝ごはん作ってくれるとか俺の知っているダルタじゃない」
「なによそれ……私だって一応使用人だし、聖教会時代には一人暮らししていたんだからね。しかも自炊して」
「そうなのか? でも確かダルタはメレナと同じ部屋じゃ……」
「メレナが去った後よ。なかなか私の部屋に人が来なくて気づいたらずっと一人暮らしになってたの」
「そうなのか」
セイヤが答えると、ダルタがボソッと言う。
「だから誰かにご飯をふるまうのが初めてで……」
「ん、なんだ?」
「ううん、なんでもない。それよりこっちのパンも食べてみてよ。自信作なんだ」
「おう」
こんな感じで二人位の朝食が進んでいく。そしてこの日を境に、二人の間ではダルタが食事当番となり、外食することがほとんどなくなるのであった。




