第204話 ダルタの力
セイヤたちがダクリア四区を出発してからかなりの時間が経った頃、太陽はちょうど一番高いところにあった。それまでセイヤはノンストップで『魔力供給型全自動二輪車』飛ばしていた。
そのことから、単純計算でセイヤは七時間近く『魔力供給型全自動二輪車』を飛ばしていることになる。しかも全速力で。
「ひゃほっーい! もっと飛ばせー!」
「あんまり騒ぎすぎて落ちるなよ」
セイヤの後ろで立ち乗りしながら大声で叫ぶダルタに注意をし、セイヤは『魔力供給型全自動二輪車』を運転する。
三時間ほど前にやっと夢の世界から帰還したダルタは今まで以上に高いテンションで『魔力供給型全自動二輪車』を楽しんでいる。
いつものセイヤならここらでガツンと叱ったりもするが、今のセイヤにとってはこれぐらい騒がしい方が逆に良かった。それは何かと考え込む必要がないから。
(サールナリン……)
セイヤがふと何かを考えると、ほぼサールナリンのことを考えてしまう。別にそれは恋でもなかれば、気になるわけでもない。ただ、彼女の正体があまりに突飛のもので、まだ理解が追い付いていないのだ。
サーりんこと、サールナリンが別れ際に言った一言。その一言でセイヤは彼女の正体を十中八九だが突き止めた。そしてそれは彼女の実力や立ち回りを考えれば納得できることで、別段不思議なことではない。
ただ、なぜ彼女があの場にいたのか。それもわざわざギルド職員なんかをやっているのか。それがセイヤには理解できず、ずっと考えてしまうのだ。
サールナリンの謎の言動。それは今考えたところで、結局わかるはずもなかった。それでもセイヤはつい考えてしまうのだ。
それにサールナリンは言った。また近いうちに会うだろうと。
それはセイヤもわかっていることで、近いうち、それもこの任務中にもう一度会うことは確定的だ。だが彼女、彼女たちをまとめて相手にするのは今のセイヤにとっては絶望的である。そのことは当人であるセイヤが一番わかっている。
闇属性という魔法が存在するダクリアだからこそあり得る魔法封じを前提とした戦闘。そしてその戦闘において、セイヤはまだまだ無力だ。
これからさらなる成長が必須である。だがサールナリンが言ったように焦るのは禁物。自分のできることを一歩ずつ消化していくしかない。
セイヤはダクリア四区に立ち寄って事で、そのことを改めて思い知らされた。というよりも、気づかされたといった方が正しいだろう。そして今まで無意識のうちに逃げていたことにも立ち向かう必要がある。
そんなことを考えていると、セイヤはあることに気づく。
「囲まれているな」
『魔力供給型全自動二輪車』を運転しながら、セイヤは周りに魔獣の大群がいることを感じる。まだ魔獣との距離は遠いが、魔獣たちは着実にセイヤたちの方に近づいてきている。それもかなりの数が四方八方から。
だがセイヤたちは『魔力供給型全自動二輪車』を全速力で動かしているにもかかわらず、魔獣はその速さについてきていた。そのことに疑問を覚えたセイヤはすかさずある魔法を行使する。
「『単光』」
セイヤは自分の眼球に光属性の魔力を流し込み、その視力を格段に上昇させる。そして自分たちを遠距離から追跡している魔獣の大群を見渡した。
「なるほどな」
魔獣の大群をその目で見渡したセイヤは魔獣の大群が『魔力供給型全自動二輪車』の全速力についてこれた理由を理解する。それは魔獣の種類にあった。
セイヤはその魔獣の名前も知らなければ、どんな習性を持っているかも知らない。だがその見た目から、ある程度の能力を理解できた。
その魔獣を一言で表すのであれば、狼の親戚か何かだろう。犬よりも大きく、ハイエナよりは少し小さい。だがその鋭く生えた牙と高速で動く足はかなりの強さを持つことが分かる。
狼の魔獣はその圧倒的な嗅覚でセイヤたちのことを追跡し、着実に距離を詰めて来ていた。
「これは大変だな……」
セイヤは魔獣の大群を見据えながらそうつぶやいた。
別に魔獣たちが異様な強さを持っているとも思えない。それに戦ったところで負けるとも思えない。だがセイヤには彼らを始末する手がなかった。正確に言うのであれば、一瞬で、かつ確実に全個体を消滅させる力を持ってはいなかった。
魔獣に対して『闇波』を行使すればおそらく魔獣は一瞬でその姿を消滅させるだろう。それも一気に多くの個体を。
しかし今のセイヤと魔獣の距離でセイヤが『闇波』を使ったとして、いったいどれほどの魔獣を消滅させることができるだろうか。かなりの距離があるこの状況で『闇波』を行使したところで、魔獣たちに避けられるのが関の山だろう。
とセイヤは経験から予想していた。狼のように鼻の効く魔獣は魔法に対して敏感だ。近距離であれば魔法の速さが勝つだろうが、遠距離となると変わってくる。それに今回は四方八方に散っている。全体を同時に消滅させるのは不可能に近い。
だからといって、いちいち全個体を相手にするほどの時間は、セイヤたちにはなかった。
セイヤがどのように対策をするかと考えていると、不意にダルタがセイヤに提案をする。
「魔獣から逃げたいなら私がやろうか?」
「できるのか?」
「もちろん!」
ダルタの提案にセイヤはかなり驚く。なぜならダルタと行動を共にするようになってから、セイヤはダルタが魔法を使った姿を見たことがなかったから。サールナリンとの戦闘で詠唱をしようとした姿は見たが、実際には発動していない。
まさにダルタの魔法は未知の魔法だった。だがどこか自信ありげにいうダルタの姿を見て、セイヤは任せてみるのも悪くはないと思う。
「なら頼めるか」
「了解! セイヤは運転に集中していて」
ダルタはそういうと、一度だけ辺りを見渡す。そして詠唱を始めた。
「我、水の加護を受けるもの、風の加護と共に顕現せよ。『濃錯霧』」
魔法を発動した次の瞬間、セイヤたちの周りが一瞬にして深い霧に包まれる。それは水属性と風属性の複合魔法である霧属性の魔法によるもの。その効果は濃霧によって視界を奪うことだ。
レイリアの魔法師レベルで考えれば、これほどの濃霧を発生させられるダルタの実力はかなりのものだ。しかしここは暗黒領、それもダクリアよりの。レイリアの常識は通じないのだ。
「だめだダルタ。奴らは嗅覚でこっちのことを追跡している。視界を奪うだけでは振り切れない」
セイヤの言う通り、魔獣たちは視覚ではなく嗅覚でセイヤたちのことを追跡している。いくらダルタが視界を奪ったところで、においがある限り振り切ることはできない。はずだった。
「大丈夫だよ。においも錯乱させたから」
「なに? これは!?」
ダルタの言葉の直後、セイヤは魔獣たちが次第に離れていくことを認識する。しかもその離れ方はまるで方向感覚を失ったかのようにあらぬ方向へと移動している。
「いったいどうやって……」
「簡単だよ。霧に自分たちのにおいを付与させて、辺り一面に私たちのにおいを撒いたの」
「そんなことが……」
ダルタの言うことは理論上可能だ。そして現に魔獣たちはあらぬ方向へと進んでいる。だがこれほどの量の霧に自らのにおいを付随することなど、簡単なことではない。
霧を操りつつ、においも撒くにはかなりの集中力が必要とされる。そんなことをダルタは行っていた。そのことにセイヤは驚きを隠せない。
だがおかげでセイヤたちは何とか魔獣たちを撒くことに成功した。霧が晴れると、もう周りには魔獣たちの姿はなかった。
「すごいな」
「えっへん」
セイヤの言葉を嬉しそうに聞くダルタ。だがその喜びは束の間のことだった。ダルタが突然目の前に現れた何かを視認すると、その体は一瞬にして硬直した。
「嘘……」
「あれは……魔獣か」
そこにいたのは先ほどの狼とはまた違ったタイプの魔獣。全身を茶色い毛で覆われたクマのような魔獣だった。




