第203話 出発
太陽が地平線から昇り始めると同時に、宿で一夜を明かしたセイヤとダルタは荷物をまとめ始めていた。
「ふぁ~、眠い……」
部屋に散らかった荷物をまとめながら、ダルタが大きなあくびをする。ダルタの手は着実に荷物をしまっていくが、その目は起きているのか怪しい。
だがダルタが大きなあくびをしてしまうのも無理はない。なぜなら二人が昨日ベッドに入ったのは日付が変わってからだったから。
それまで二人(主にセイヤ)はそれぞれの財産などを狙う冒険者たちに襲われ、安心して休む事ができなかったのだ。二人がベッドに入れたのは武闘期間が終わってからであり、もし昨日が最終日じゃなかったらと考えると、かなり恐ろしい。
結局、昨日セイヤが相手をした冒険者の数は合計で五百人ほどだ。
ギルド前で手練れの冒険者たち五十人に対し圧倒的な力で勝利をおさめたセイヤだったが、殺しが禁止というルールをいいことに何回も襲い掛かってくるものもいた。
だが何回も襲い掛かって来た冒険者たちは決まって実力がないものばかりで、本当に実力がある冒険者たちは一度向き合っただけで力の差を理解し、すぐに諦めた。
なので、昨日の終わりの方になってくると最早セイヤは襲いかかってくる冒険者たちに対し何かしらの動作も見せることはなく、ただ睨むだけで冒険者たちはひるみ、撤退していった。
こうして武闘期間最終日を迎えた二人は宿で五時間ほど睡眠をとり、日の出と共に行動を開始させたのだ。ちなみになぜ日の出と共に行動を開始させたかというと、理由は単純に人目を避けるためだ。
昨日の一件で、セイヤはダクリア四区の悪魔と称され、一夜にして有名人になった。それに伴い、セイヤの技を少しでも盗もうと、戦うのではなく観察するものが多く、セイヤは居心地の悪さを感じていた。だから観察がほとんどない日の出と共に行動を開始させたのだ。
「おいダルタ、寝るな」
「う~ん? う~ん、大丈夫~」
大丈夫と言いながら舟を漕ぎ始めそうなダルタ。だがその手は不思議と荷物をまとめてはいる。
そうこうしているうちに、街は完全に明るくなり、あと一時間もすれば人々が活動開始させる時間になっていた。
セイヤはすぐに荷物をまとめ、今にも寝てしまいそうなダルタにデコピンをして起こすと、すぐに宿を出る。
「もう、デコピンしなくたっていいじゃん」
「そうしなかったら寝てただろ」
「むー、だからってデコピンはないよ」
セイヤのデコピンに文句を言うダルタ。セイヤはそんなダルタを無視して『魔力供給型全自動二輪車』にまたがる。
「おいダルタ、早く乗れ。眠たかったら後ろで寝ていいから」
「もう、しっかり話聞いてよ」
セイヤの対応に文句を垂らしながらも素直にセイヤの後ろに乗るダルタ。ダルタもこれ以上の面倒事は御免だからそこは素直に従うのだ。
「行くぞ」
「うん、いいよ」
ダルタが乗ったことを確認すると。セイヤは『魔力供給型全自動二輪車』に魔力を流し、エンジンをかける。そしてやや速い速度で発進させると、暗黒領に出るため門へと向かう。
時刻は早朝のため、人の姿はなく、おかげでスムーズに門までたどり着いたセイヤたち。すると門にいた門番たちがセイヤに話しかける。
「こんな朝からとはたいへ……あれ、お前は……」
「あんたはあの時の」
セイヤは門番の顔を見て、すぐに男のことを思い出す。その男はセイヤたちがこのダクリア四区に来た際も門番をし、セイヤの持つ『魔力供給型全自動二輪車』について熱く語った門番であった。
「はやいな、もう行くのか?」
「ああ、用事も済んだからな」
「へえ、ところで次はどこに行くんだ?」
「帝国に行く」
セイヤは門番から何かしらの情報が聞けないかと、探りを入れる。
「帝国か、連絡は入れたのか?」
「連絡?」
「そうだ。帝国に入るには事前に連絡するのが必須条件だ。やってないならこちらで行っておくが?」
「頼んでいいか」
「任せておけ」
思わぬ事実に驚きながらも、手続きを行ってくれるといった門番に感謝するセイヤ。しかし門番の顔はどこかすぐれない。
「帝国に行くなら気をつけろよ」
「というと?」
「ついこの間マモン様が亡くなり、ベルゼブブ様が何かしらの失態を起こしたそうだ。それにより大魔王ルシファー様が魔王会議を開くことになって、今の帝国はそれで忙しい。しかも警備は厳重らしいから下手なことをしたら即拘束だ」
それは門番が聞いた噂であって、真実かはわからない。だがセイヤは気にかけておいて損はないと思う。
「そうなのか……」
「それとかなりの実力者も集結しているという噂だ。気をつけろよ」
「ご忠告感謝する」
「いいって。それよりまた四区に来いよ」
「ああ、機会があったらな」
「そしてもしよかったらなんだが、その『魔力供給型全自動二輪車』にちょっとだけ乗せてもらっても……」
「いいぞ」
「本当か!?」
「ああ、今度きたらな」
「本当だな? 絶対だぞ? 待っているからな」
「わかった」
セイヤの答えを聞き、ガッツポーズを見せる門番。セイヤは改めてお礼を言うと、『魔力供給型全自動二輪車』を走らせて、暗黒領に出る。その時にはすでにセイヤに後ろにいたダルタは夢の中だ。
セイヤは暗黒領に出ると、『魔力供給型全自動二輪車』に流す魔力の量を一気に上げ、最速になろうとする。だがその刹那、セイヤは突然背中に悪寒を感じ、『魔力供給型全自動二輪車』を急ブレーキで止めた。
「!? 何が起きたの!?」
突然の衝撃に驚き、目を覚ましたダルタがセイヤに聞くが、セイヤはその問いに答えない。というよりも、答えられる余裕がなかった。
『魔力供給型全自動二輪車』を止めたセイヤは辺りを見渡す。するとすぐにある人影を捉えた。
「まさかここにもいるとはな、サーりん」
「そっちこそ、よく今の殺気に気づいたね。さすが私が満点を挙げた冒険者」
セイヤの前に現れたのは四区のギルド職員サーりん。そしてセイヤが感じた悪寒とはサーりんが発する殺気だった。
「それで、どうしてここに?」
「んー、まあ見送りかな。これから帝国に向かんでしょ?」
「そうだが、なぜそれを知っている?」
「さあ、なぜでしょう?」
セイヤの問いに対し、含みを持たせた笑みで答えるサーりん。実はセイヤ、サーりんにこの後ダクリア帝国に行くとは言っていないのに、サーりんはそのことを昨日の時点で知っていた。
なぜ知っていたのか理由を考えるセイヤ。しかしそんなことは考えたところでわかるわけもなかった。
「考えたところでわからん」
「その方がいいよ。世の中知らない方がいいこともあるから」
再び含みを持たせた笑みを浮かべるサーりん。セイヤはその心中を探ろうとするが、不可能だった。
「お手上げだ。だから一つだけ教えてくれ」
「なにかな?」
「あんたは何者だ?」
「私? 私はただのギルド職員だよ」
自分のことをギルド職員と称するサーりん。しかしそれが嘘だということはセイヤにもわかっている。
「ただのギルド職員があんな殺気を纏うかよ。それにサーりんってのもあだ名で本当の名は誰も知らないみたいだしな。いったいあんたはどこの誰で、何が目的なんだ」
昨日の戦いの中で、セイヤは冒険者たちがサーりんの名を口にするのを何回も聞いた。しかしその中で誰一人として彼女の本名を口にする者はいず、誰もそのことを疑問に思っていなかった。
「ふふ、そこまで気づいているならあと一歩だよ。でも、まだ答え合わせは早いかな。だからヒントだけあげようか」
「ヒント?」
「そう、ヒント。多分このままいけば私たちはまた近いうちに顔を合わせるから、その時に答えを教えるよ。だから今はヒントだけ」
サーりんはそこで一度言葉を切ると、セイヤに目を見据えて言う。
「私の本名は、サールナリン=……」
「なっ……」
「ふふ、どうやらわかったみたいだね。でも話はおしまい。それじゃあ、行ってらっしゃい」
サールナリンはそう言うと、セイヤたちに対して笑顔で手を振るのであった。




