第200話 大番狂わせなサーりん
試合開始の合図ともに始まった二人の戦い。セイヤがダルタのことを見守っていると、セイヤの隣にいた女性がふと言う。
「あなたたちも不運な方たちです」
「は?」
突然不運と言われて戸惑うセイヤ。だがそんな時、魔法を行使するため詠唱を始めたダルタが突然倒れた。
「ダルタ!?」
ダルタが突然倒れたことに驚きを隠せないセイヤ。そんなセイヤに対し、女性が言う。
「不運というのはあなた方がこのダクリア四区で冒険者になろうということです」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
どこか含みを持たせて言う女性に対し、セイヤは首をかしげることしかできなかった。一方、倒れたダルタはサーりんによって介抱されている。
「あなたはこの四区で冒険者になろうとした人たちの最高得点を知っていますか?」
「いや、わからない」
「そうですか、ならお教えしましょう。五十点です、百点満点中」
点数を言われたセイヤだが、いまいちピンとこない。だが女性のものいいから、セイヤはだんだんと女性が何を言いたいのかを理解していく。
「まさか……」
「ええ、五十点というのは筆記テスト満点の方たちです。そして実技試験で満点を、いえ、そもそも実技試験で点数をとった方など、私の知る限りいません」
「なっ……」
衝撃の事実に言葉を失うセイヤ。だが女性は、セイヤに対して更なる追い打ちをかける。
「しかもほとんどの人が試合開始とともに気絶しています。例え耐え抜いたとしても、サーりん先輩の初手で全員例外なくやられますが」
どこか客観的に語る女性。女性の話を聞き、セイヤはいったいサーりんが何者なのかを疑問に思う。
ダクリアの常識や試験の形式を知らないセイヤだが、それでもわかったことがある。それはサーりんという存在は、ただのギルド職員の域を脱していると。
冒険者の試験官を務めるくらいだから、それなりの実力はあってもおかしくはない。だがだからといって、無敗、それも一撃で決めるなど常軌を逸している。
「サーりんは一体何者なんだ……」
「わかりません。私がここに来た時にはすでにサーりん先輩はここで無敗記録を続けていました。そして冒険者希望の方々は絶対にこの四区ではなく、他の地区で冒険者になります。なぜならサーりん先輩には勝てないから」
「化け物だな……」
セイヤはそう言いながら、サーりんの方を見る。するとちょうどサーりんがダルタを抱えてセイヤたちの方へと戻ってきた。
「残念だけど、ダルタちゃんは〇点かな」
「わかりました」
女性はそう答えると、サーりんからダルタを受け取る。
「それじゃあ、次はセイヤ君ね」
「ああ」
サーりんに言われ、セイヤが答えると、二人は所定の位置に立つ。
「まあ、ダルタちゃんの後じゃ気が進まないと思うけど、本気で来た方がいいよ」
「ならそうさせてもらう」
サーりんの挑発に対し、表情をほとんど変えずに答えたセイヤ。そして女性の試合開始の合図とともに、二人の戦いの火ぶたが切って落とされる。
「なるほどな……」
開始の合図とほぼ同時に、セイヤは自分の体が何かに包まれるような感覚を覚えた。そしてそれがサーりんから放たれた威圧だとわかるのに、そう時間は抱えらない。
体が本能的に感じたサーりんの異常さ。それはもはやただのギルド職員のレベルではなかった。
「へえ、これに耐えるんだ。どうやら期待できそうだね」
「あんた何者だよ……」
「さあね」
セイヤが愚痴をこぼすように言うと、サーりんは返事とともに地面を蹴り、セイヤに迫る。そしてその右手を拳に変えて、セイヤの腹部を狙った。
「速いな」
セイヤは迫りくるサーりんに対し、左手を広げて拳を受け止める。そしてそのままサーりんの拳を掴もうとしたが、その直前でサーりんの左手が自分に迫っていることを察知し、対抗手段を握るから押し返すに変えた。
「おっと」
突然セイヤに押し返されたことでバランスを崩すサーりん。セイヤはその隙を逃さんとばかりに追撃を加えようとしたが、サーりんはバク転をしてセイヤから距離をとる。
「いやー危ない危ない。まさかここまでやるとは」
「そっちこそ、無敗は伊達じゃないな」
会話をする二人だが、その挙動には一切の隙が無い。二人の攻防を見ていた女性は、その戦いに圧巻していた。
「あの少年は一体……」
自分の知る最強の先輩と同等の戦いを繰り広げる少年。しかもまだお互いに魔法を行使していない。一体何者なのか、と女性は気になって仕方なかった。
「魔法は使わなくていいの?」
「まあ、そっちが使ったら使うかな」
「へぇー」
サーりんの言葉を最後に黙り込む二人。一見見つめ合っているように見える二人だが、その内容な高次元の戦いだ。
『闇波』を使ってセイヤのことを消滅させようとしたサーりんに対し、セイヤは同じく『闇波』を使って封じようとする。だが封じようとした『闇波』に対し、サーりんが再び『闇波』を使って防ぐ。だがその『闇波』を今度はセイヤが……。
というように、お互いに終わりなき『闇波』を一切の動作なしに行っていたのだ。『闇波』を無詠唱で使えればAランククラスということになるが、二人は『闇波』行使に関するトリガーがない。
普通なら『闇波』と魔法名を口にするか、指を鳴らしたりするかなど何かしらのトリガーがあっていいようなもんだが、二人にはそれがまったくといっていいほどない。
このことが女性に更なる衝撃を与えた。
「やっぱり魔法戦だと埒があかないね」
「みたいだな」
魔法が意味をなさなくなってくると、やはり残るは肉弾戦になる。
「ふう、さてどうしようか」
セイヤのことを瞳に見据えながら、困ったように言うサーりん。だがその心の内では本当にどう攻めるべきかと考えあぐねていた。
『闇波』をトリガーなしに行使し、しかも近接戦闘でもかなりの実力のある魔法師。そんな魔法師は、サーりんが戦ってきた冒険者志望の中にいなかった。
一方、セイヤもサーりんに対してどう戦いを進めていけばいいのかを考えていた。サーりんはセイヤが戦ってきた強敵の中で最も闇属性に精通し、巧みに操るいわば化け物だ。そんな化け物相手にどう戦えばいいのか、セイヤにはわからなかった。
お互いに睨み合いながら相手の出方を伺う二人。その二人が放つ異様な空気は、かなり息苦しいものであった。
「じゃあ……」
「なに!?」
サーりんがセイヤに向かって何かを言おうとした瞬間、セイヤの視界からサーりんが消える。それは比喩ではなく、本当に視界から消えたのだ。まるで瞬間移動をしたかのように。
セイヤはサーりんを見失ったが、突然背中に悪寒を感じ、すぐに後ろに跳んで移動する。するとセイヤが飛んだ刹那、ついさっきまでセイヤが立っていた場所にサーりんが現れ、その拳で地面を砕いていた。
「今のを避けるか」
「なんだこれは……」
「でも終わりじゃないよ」
セイヤがそう言った直後、セイヤは再び自分の背中に悪寒を感じ、今度は横にステップして回避する。すると今回も先ほど同様、突然サーりんが現れ、セイヤが立っていた空間を回し蹴りしていた。
「ちっ、『纏……」
「させないよ」
「くっ……」
謎のサーりんの攻撃が理解できず、セイヤはこのままでは殺されると思い、自分の正体が怪しまれることを承知で『纏光』を使い、自身の身体能力を上昇させようと試みるが、サーりんの『闇波』によって阻まれる。
そして次の瞬間には先ほど同様に、セイヤが立っていた場所に突然現れて、攻撃をしていた。
どうにかして自分の本能的直感でサーりんの攻撃を避けるセイヤだが、それはただのジリ貧だ。いつセイヤの直感が通じなくなるかわからない。
「まだまだだね」
「くそ……」
セイヤはどうにかしてサーりんの攻撃を避けるのが精いっぱいだった。




