第195話 ダクリア四区
「ここがダクリア……」
「驚いたか?」
「うん」
ダクリアの街並みをしかにとらえながら、驚きの声を上げる栗色の髪の少女。その服装は誰がどう見てもメイド服で、微妙に胸元が開いている。
そんな少女ダルタは、レイリアとは比べ物にならないほど発展しているダクリア四区の街並みに心の底から驚いていた。
目の前に広がる街は、レイリア王国のどの街よりも発展しており、そもそも建物を構成する物質から違っている。そしてそれらの物質が築き上げる建物の高さは聖教会とそん色ない。
レイリア王国の中心ともいえる聖教会は、レイリア王国全土の建築関係のスペシャリストたちが築き上げた、まさにレイリア最高の建物だ。しかしダルタの目の前にはそのレイリア最高の建物に並ぶ建物が建っていた。それも一つではなく、何棟も。
「こんな建物を作るなんて、この国の人は凄いのね」
「まあ、そうだな。まずレイリアでは考えられない」
「うん、すごいわ」
ダルタの反応を見て、セイヤは心なしか驚く。なぜならダクリア四区の街並みを見たダルタは、素直にダクリアの人間を褒めたから。
普通、今まで教えられた常識が覆され、外に人がいる。しかもその人たちは自分たちをはるかにしのぐ技術力を持っていれば、人はそう簡単に褒めることはできない。むしろその技術力の高さに畏怖するだろう。
だがダルタは素直にダクリアの人間を称えた。そういうところでは、ダルタは今回の任務にもあっていると思うセイヤ。
そんな時だった。
「次の者」
ダクリア四区を見渡す二人に声をかけるものがいた。声の主は右手にペンを、左手に紙を持った男で、何かを記入している。そしてその男の後ろでは、剣を腰に差した数人の男が待機している。
実はセイヤたち、まだダクリア四区に入ったわけではなかった。二人は現在、ダクリア四区内に入るための手続きの最中であり、先ほどの感想は手続きをする場所の待機列から見た感想である。
そしてセイヤたちの手続きが始まる。
「二人か?」
「ああ、そうだ」
男はセイヤとダルタのことを見せて、人数確認をする。その目には特に疑っているということもなく、形式上の手続きのようにセイヤは感じた。
「四区に来た目的は?」
「それは物資の補給等だ。魔獣討伐の依頼を受けて外に出たのだが、その際に多数の魔獣に囲まれて物資等をすべておいて逃げて来た。だからその補給だ」
「なるほど」
男は二人の姿を見て違和感を覚える。魔獣に襲われたという割には二人に傷はなく、ましてや服にも汚れ一つない。本当に襲われたのか、男は疑問に思う。
「何か身分を証明できるものは?」
「それが……すべて失くした……」
「そうか」
セイヤの言葉に、ますます男の不信感が募っていく。気のせいか、男の後ろに控える男たちも腰に差した剣に手をかけている。
(やばいな……)
男たちの動きを見て内心焦るセイヤ。そんな時、男があることに気づく。
「ん? その後ろにあるものは……」
男の視線の先にあるもの、それはセイヤたちが乗ってきた『魔力供給型全自動二輪車』だ。
「これがどうかしたのか?」
「それはもしかして『魔力供給型全自動二輪車』か? それもダクリア二区限定の?」
男の言葉にセイヤは首をかしげる。確かにこれはダクリア二区で手に入れたものだが、それがダクリア二区限定なのかはセイヤにわからない。しかし男の反応を見る限り、頷いた方がいいと思うセイヤ。
「そうだが?」
「まさかダクリア二区限定版を持っているとは……羨まし……いや、なんでもない。通っていいぞ」
「いいのか?」
突然の男の変化に戸惑うセイヤ。そんなセイヤに男は語り始める。
「当たり前だ。そのダクリア二区限定版ブロードタイプの『魔力供給型全自動二輪車』を持っている奴が悪い奴な訳ない。それはあの天才、今は亡きブロード=マモンが一からくみ上げた限定版だぞ? この世界に十台しかないな。
しかもそのタイプはその中でもさらに貴重、世界で三台しかないブロード直々に改造された、まさにブロード史上最高の作品。そして遺作だ。いったいそんなものをどこで?」
男から発せられる熱気にセイヤは顔をしかめる。どうやら目の前の男は相当なブロード信者のようで、尊敬しているようだ。
まさかブロード=マモンを殺したのが目の前にいるセイヤだと言ったら、男はどうなるのか、と思うセイヤだが、もちろんそのようなことは言わない。セイヤは適当に誤魔化す。
「ちょっと知り合いにブロードの知り合いがいてな」
「なっ……羨ましい、羨ましすぎるぞ!」
「お、おう……」
ブロードと知り合いの知り合いがいると聞き、声の大きさを一段と大きくする男。どうやら男の中ではブロードの存在がかなり大きいものらしい。
「クソ、俺も遺作となる二区限定版のオークションに参加したが、到底手を出せる値打ちではなかった。富裕層どもがこぞって大金を出して競ったから、俺ら庶民には……」
今度は急に男のテンションが下がり始める。
「まあ、俺も運が良かっただけだ」
「ちっ、羨ましいぜ。あと忠告だが、気をつけろ」
「何がだ?」
突然気をつけろと言われて戸惑うセイヤ。なぜならセイヤには男の言っている意味がよく理解できなかったから。
「その『魔力供給型全自動二輪車』だよ。それを欲する奴の中には力づくでも手に入れようとする者もいるからな。そいつらは容赦がない。とくにダクリア五区ではな」
「なるほど。忠告どうも」
確かに男のリアクションを見る限り、セイヤたちが持っている『魔力供給型全自動二輪車』はかなり貴重なもので、その価値も高い。当然中には力づくで手に入れようとする者がいてもおかしくはない。
今回のルートではダクリア五区は通らないが、一応警戒しておくに越したことはないだろう。
「それで、もういいのか?」
セイヤは話が途切れたタイミングを見計らい、男に聞いた。おそらくセイヤが言い出さない限り、目の前の男は永遠とブロードについて語るだろう。だがセイヤたちにはそんな時間はない。
「ああ、いいぞ。気を付けてな」
こうして、セイヤたちは無事、ダクリア四区に入り込むことに成功する。
そしてダクリア四区に入ってすぐにダルタがセイヤに聞く。
「この後はどうするの?」
「まずは宿をとる。それが終わったら身分の取得だ」
「なるほど」
その後、二人は宿を探し、無事今晩の寝床を確保するのだった。
場所は変わり聖教会。最上階の一室では七賢人たちが会議をしていた。
「報告は来たかマルタ?」
ガルデルに聞かれ、イバンが答える。
「はい、フレスタン北東三キロの地点で待機していた上級魔法師一族によると、標的は待機地点を通らなかったそうです」
「そうか、もしや勘付かれたか」
「さあな。だがあの少年が最初の難関を突破したのは事実だろう」
イバンの報告に七賢人たちの表情が曇る。彼らが話し合っていることは、セイヤの暗殺についてだ。
聖騎士アーサーにセイヤを討伐させようとしている七賢人たちだが、投じた策はそれだけではない。七賢人たちは暗黒領に上級魔法師数名を派遣し、セイヤの暗殺を試みた。
仮に暗黒領でセイヤが殺されたとしても、それはすべて不慮の事故で片付く。だから七賢人たちは暗黒領に上級魔法師たちを派遣していたのだ。
しかしセイヤが一度アクエリスタンの方に戻り、荷物をとったため、セイヤは七賢人たちの考えていたルートとは大幅に外れた道を通った。そのため、セイヤは上級魔法師たちの遭遇しなかったのだ。
それに借りに遭遇したところで、上級魔法師たちが乗っているのは魔装馬。セイヤたちのスピードには追い付けない。つまりこの作戦は最初から失敗することが決まっていたのだ。
「まあよい。あとは聖騎士に任せるだけじゃ」
「そうですな」
「そうですとも」
七賢人たちは、セイヤの始末を聖騎士に託すのであった。




