第192話 長旅の準備
「あの……」
「どうした?」
風に髪をなびかせながら、ダルタが困惑した表情でセイヤのことを見つめる。そんなダルタに対して、セイヤは何かおかしいかと言わんばかりの顔をした。
「これって倫理的にどうなのかと?」
「大丈夫だ。問題ない」
「いや、大丈夫じゃないから。こんな方法でダリス大峡谷越えたらみんな泣くから」
ダルタの言う通り、セイヤたちは現在ダリス大峡谷にいた。平面地図上ではダリス大峡谷のいるのだが、立体で見ると、そこはダリス大峡谷と同じ座標のだけで、実際はZ軸だけが違っている。
正確にいうのであれば、セイヤたちはダリス大峡谷の上空を飛んでいた。しかし二人はデトデリオンのように空中を歩いているわけではない。あるものに乗りながら移動してた。
「こんな魔法バカげている」
「そうか、お前の方が馬鹿だと思うぞ」
「そんなわけないでしょ! いくらなんでもドラゴンに乗って移動とか阿保じゃないの!?」
ダルタは眼下に広がるダリス大峡谷を見つめながら、そう叫んだ。ダルタの足元は水でできた地面ができており、下が少しだけ透けているが、まったく落ちる気配はない。なぜならその水はしっかり魔法で形成されているから。
セイヤとダルタは限界まで強化したドラゴン、通称ゲドちゃんの背中に乗って、アクエリスタンの方向を目指していたのだ。そして初めて見るゲドちゃんにダルタは驚きながら呆れていた。
「でもなんでアクエリスタンの方に行くの?」
ダルタの疑問は当然のものだった。セイヤたちの任務はフレスタンのはるか北にあるダクリア帝国に向かい、そこで聖教会十三使徒序列一位、聖騎士アーサー=ワンと接触を図ることだ。
しかしセイヤが向かっているのはダクリア帝国とは逆の南西の方角、アクエリスタンの方だった。このまま進んだところでダクリア帝国には到着しない。
この疑問はダルタでなくとも思いついたものだ。そんなダルタに対してセイヤは言う。
「まあ、いろいろと取りに行くものがあるんだ」
「ふぅ~ん」
セイヤは表情を引き締めて言った。ところで、なぜセイヤは一度暗黒領に出てからアクエリスタンの方に向かったのか。答えは今回の任務が極秘だから。
暗黒領に出る際、必ず門番たちに証明書などが要求される。それは特級魔法師でも一応は必要なもので、ましてやセイヤは特級魔法師のなり立てだ。証明書が必須だった。
しかし聖教会の発行した証明書はウォッカの街にしか使えないもので、一度アクリスタンに戻ってから暗黒領に出ることは不可能であったのだ。そしてレイリア王国内を通ることもあまり良いことではなかった。
セイヤはすでにレイリア王国内でも有名な魔法師だ。特級魔法師への任命は知らされていないにせよ、レイリア魔法大会で見せた力は印象に残るものであった。
だからセイヤは一度暗黒領に出てから、アクエリスタンの方に向かっていたのだ。
「それに今回の相手は聖騎士だしな」
セイヤはさらに表情を引き締める。
世間にはあまり知られていないことだが、十三使徒という言葉は本当の意味では間違っている。聖教会の七賢人たちの下に集う魔法師部隊ということで十三使徒と呼ばれているが、厳密には違っている。
十三使徒の各自がそれぞれの部隊を持っていることはバジルの例を見ればわかることだが、唯一の例外があった。それは聖騎士、つまり十三使徒の序列一位のことだ。序列一位だけは、ある意味では部隊を持っていない。
聖騎士の持つ部隊とは、十三使徒の序列二位から十三位までの十二人だ。
回りくどい話を止めると、十三使徒と呼ばれる魔法師たちは、序列一位の聖騎士の下に集う十二人の魔法師。つまり聖騎士と十二使徒ということである。
そして聖騎士が聖教会の全部隊を牛耳る最強の魔法師であり、十二使徒たちは聖騎士隊の小隊長に当たる存在なのだ。といっても、現在では十三使徒という呼ばれ方が主流で、ほとんどの人が聖騎士と聖騎士の下に集う十二使徒とは考えていない。
だが裏を返せば、聖騎士が動いたことが今までないということだ。たとえどんな法律でも、適用されなければ誰もその存在を認知はできない。そして聖騎士の実態は誰も知らない。
つまり聖騎士について、セイヤは何も知らないのだ。
聖騎士アーサー=ワン、その名前はすべてが偽りの仮名だ。ワン、それは聖教会の部隊のトップに就く者に与えられる称号。そしてアーサーは聖騎士に与えられる名であり、現在の聖騎士がどんな名前だったのかは誰も知らない。
そしてその実力も。
「まあ、着いたらいろいろわかるさ」
「なるほど~」
ダルタは間延びした声で答える。どうやら顔に当たる風が気持ちよく、セイヤの話を聞いてはいないようだ。そんなダルタに苦笑いをしながら、セイヤはゲドちゃんの高度を下げていく。
高度がぐんぐんと下がっていき、次第に顔に当たる風が暖かくなっていく。季節は夏真っただ中のため、アクエリスタンもかなり暑くなってきていた。
「ついたぞ」
「え?」
セイヤがそういうと、ダルタはすぐに周りを見渡す。しかしそこにあったのは無機質な岩々であり、辺りには人の気配もない。
ダルタは何もない周辺を見渡し、首をかしげる。
「何もないけど……」
「まあな。だが、こうすればどうだ!」
次の瞬間、セイヤが近場にあった岩の表面を掴み、大きく引っ張った。
「嘘!?」
ダルタはあまりの光景に驚愕の表情を浮かべる。なぜならセイヤが岩の表面を掴んだと思ったら、なんと表面を引っ張ったのだ。岩がそんな簡単に剥けるなんてありえない。しかも、それだけではなく、岩があった場所からは大きな四角い箱が出現したのだ。
「なにこれ!?」
ダルタの目の前に現れたものは四角い箱に丸いものが四つ着いたもの。ダルタはそんなものを見たことがなかった。そんなダルタに対して、セイヤは自慢げに答えた。
「これは『魔力供給型全自動四輪車』だ」
「魔力きょ……なにそれ?」
ダルタはその長い名前を言い終えることはできなかった。『魔力供給型全自動四輪車』、それはセイヤたちがダクリア二区から帰還する際に使用したマモンの遺産であり、魔装馬を優に超える速さを出す移動手段である。
セイヤはこれらを回収するために、一度アクエリスタン付近まで戻ってきたのだ。
「といっても、今回使うのはこれではないんだがな」
セイヤはそう言って、車内に入り、いろいろと漁る。そして最初に持ち出したのは指輪だった。七つの指輪を取り出したセイヤは、その一つをダルタに差し出す。
「これはおまえの分だ」
「え、ちょっと待ってよ。私まだ心の準備が……確かにさっき焼印や刺青消してくれたり、首輪外してくれたりしたのはかっこいいと思ったけど、でも結婚はまだ早いというか……」
ブツブツと何かを言うダルタに対し、セイヤはダルタの手に無理やり指輪をつける。
「いいからつけろ」
「嘘、そんな強引に……嫌な訳じゃないけど、やっぱりそういうのは段階を踏んでから……」
「よし、魔力を流し込んでみろ」
「え?」
再びブツブツ何かを言うダルタに魔力を流し込むようにといったセイヤ。ダルタはわけもわからず指輪に魔力を流し込む。
すると次の瞬間、空中に大きな穴が開く。
「なにこれ?」
「これは召喚魔法を模して作ったものだ。ここに入れておくと、いつでもどこでもしまったものを呼び起こせる画期的な道具だ。といっても、収納できるのは一種類だけだが」
セイヤの言う通り、それはブロード=マモンが開発した疑似召喚指輪という道具だった。その指輪は言ってしまえば移動式の倉庫で、カギは魔力を流し込むだけで開く。
長距離移動の際に役立つものである。
「お前のそのリュック、ここに入れておけば持ち運びも簡単だろ」
「私のために?」
「そうだ。で、もう一つは予備だ。つけておけ」
「何だそういうことか……焦って損しちゃった……」
再び何かをブツブツ呟くダルタだったが、やはりセイヤには聞こえていない。ダルタは予備の指輪をつけ、セイヤは五つの指輪を左右の手に付ける。そしてそのうちの一つに聖騎士に届ける剣をしまうと、もう一度車内に入って行く。
そして今度持ってきたものは、指輪よりも断然大きなもの。ダルタはそれを見て、首をかしげた。
「それは?」
「これは『魔力供給型全自動二輪車』だ。乗れる人数は減るが、その分スピードが出やすい。これで一気にダクリア帝国に向かうぞ」
セイヤはそう言いながら、『魔力供給型全自動二輪車』に運転席にまたがる。その姿は大型バイクにまたがる金髪の少年である。
そんなセイヤを見て、ダルタは疑問に思う。
「あの、私はどこに乗れば……」
ダルタの言う通り、『魔力供給型全自動二輪車』にはセイヤがまたがる場所以外に座る場所がなかった。だからダルタはどこに座ればいいのか、わからなかったのだ。
「それなら、俺の後ろに乗れ」
「後ろ!?」
「そうだ」
セイヤの後ろと言われ、驚くダルタ。
「うそでしょ……後ろってつまり密着ってこと……でもそんな密着するなんて……」
何度目かのつぶやきが始まるダルタだったが、やはりセイヤには聞こえない。セイヤがダルタに言う。
「時間がないから早く乗れ」
「は、はい」
セイヤに言われ、慌てて飛び乗るダルタ。ダルタが『魔力供給型全自動二輪車』に乗ったことを確認すると、セイヤは魔力を流し込み、エンジンを動かす。
そして大きなエンジン音と共に、セイヤたちはダクリア帝国に向けて走り出すのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。次は土曜日の18時頃の予定です。




