第190話 首輪と鍵
「これは?」
セイヤの前に置かれたものは黒い首輪と金色に輝くカギ。セイヤはその二つを見て、何かと聞いたが、それが何を意味するかは理解していた。いや、見たことがあった。
セイヤの家で共に暮らすメレナ、彼女の首にはセイヤの目の前に置かれている首輪と同じものがついている。そしてセイヤがメレナと聖教会に向かう際に、ライガーがメレナに手渡したカギも、セイヤの目の前に置かれているカギと同じである。
つまりその二つが何を指すか、理解するのにさほど時間はかからない
「それは特級魔法師に使える職員が着ける首輪だ。そしてそのカギは主である特級魔法師が持つもの。これはレイリアで続いてきた伝統だ」
「つまり強制か?」
「そうだ」
七賢人の説明を聞き、セイヤは少しだけ顔を曇らせた。セイヤに誰かを束縛したいという願望もなければ、首輪をつけたいとも思わない。しかし強制と言われてしまえば仕方がない。
セイヤは首輪の効果を聞く。
「それで首輪にはどんな効果が?」
「その首輪には装着者の魔力を制限する効果がある。つまり側近の反逆を防ぐということである」
「なるほどな」
セイヤが頷くと、七賢人たちが早く着けろと催促する。セイヤは仕方がなく首輪を手に取り、ダルタの方を向いた。
「あ、あの、よろしくお願いします」
「ああ」
セイヤの目を見つめながらも、ダルタの体は震えていた。それは首輪にされることに対する恐怖からか、またはこの場の雰囲気が怖いのかはわからない。しかしダルタが怖がっていることはセイヤにもわかった。
だからセイヤは最初にダルタの方に自分の手を乗せて落ち着かせる。
「ふぎゃ!?」
「落ち着け」
「ひゃ、ひゃい……」
肩をビクッとさせながら、涙目になり始めるダルタ。完全に首輪のことを恐れているダルタだが、セイヤにはどうしようもできない。
なぜならライガーもその仕来りは守っているから。セイヤの知る限り、ライガーは人の束縛することを好んではいない。しかしそんなライガーでさえも、メレナには首輪をつけているのだ。おそらくそこにはセイヤが知らない何かが隠されている。
なので、ひとまず首輪をつけない限り、この場は終わらない。
セイヤはそう思い、覚悟を決める。それは一瞬で首輪をつける覚悟だ。
「『纏光限界突破』」
「ふぎゃん……」
セイヤは視界から色を消し、モノクロにして神速の世界に入る。そして優しくダルタの背筋に指を走らせた。
ダルタは突然背筋を触れて驚いたが、セイヤはその直後のダルタがリラックスする刹那の時間を使い、ダルタの首に首輪を着ける。かかった時間はゼロコンマ四秒。
「終わったぞ」
「えっ!?」
ダルタはいきなりの出来事に驚き、再び体をビクッとさせたが、次の瞬間には首輪がまかれていた。そのことに、更なる驚きを覚えたが、首輪に関しては終わった。
セイヤは『纏光』を解き、七賢人たちに聞く。
「これでいいか?」
「あっ、ああ」
セイヤの早業についていけなかった七賢人たちは困惑しながらも頷く。そして同時に、自分たちが気付かぬ間に暗殺されることも可能だと察した。
このまま長く同じ場所に留まるのは危険だと察した七賢人たちは話を終わらせるため、すぐに次の話題に移った。
「さて、お主に頼みたいのはこれの運搬じゃ」
「それは?」
アルフレードが取り出したのはごく普通の剣。しかしかなり年季が入っているためか、錆が目立ち、切れ味はかなり悪そうだ。おそらく最少は白い剣だったのだろうが、ほとんどが茶色く錆びている。
セイヤはその剣を見て死んでいると思った。切れ味のない剣など意味はない。それはつまり、そのものとしての役割を果たせない不用品、つまりそのものとしては死んでいるということだ。
だから、なぜその剣を運ぶのか、セイヤにはわからなかった。
「それを聖騎士アーサー=ワンに運ぶのか?」
「そうだ。これはあいつの愛剣で、あいつが届けるように言っていた」
コンラードの言葉には嘘偽りはない。現在ダクリア帝国に潜入中の聖騎士アーサー=ワンは本当にその剣を求めていたのだ。
「これをもって、十五日後にダクリア帝国の中心にある噴水に行ってほしい。そして聖騎士と接触して、これを渡す。これが今回の依頼だ」
「十五日か」
セイヤはその日数を聞き、表情を厳しくした。この聖教会から暗黒領に出るまでには大体三日から四日はかかる。そして暗黒領に出てからダクリア帝国まではどれほどかかるかわからない。
ダクリア二区に行ったときと同じように考えるのであれば、一週間程度でつくはずだが、今回はその通りに行くかわからない。
七賢人たちは三日程度の余裕を持たせてくれているようだが、それでも不安は残る。だからと言って、ここで断ることはできない。仮にここで依頼を断れば、それはアルーニャ家の孤立を意味する。そしてセイヤにそんな選択肢はない。
なので、セイヤは素直に頷いた。
「わかった。その条件でいい。この依頼をクリアすればアルーニャ家の安全は守られるんだろうな?」
「ああ、もちろんじゃ。信じてくれてよい」
セイヤが目を細めて七賢人たちを見ると、アルフレードもまた目を細め、セイヤのことを見据える。その瞳にはまだ魔法師としての鋭さが残っており、アルフレードの実力をうかがわせる。
「そうか」
その後、セイヤとライガー、そしてダルタは部屋から出て、下に降りた。
十分後、聖教会の前にはセイヤとライガーの姿があった。ダルタは現在、ダクリアに行くための準備をすると言って、一度部屋に戻っている。そのため今は二人だ。
「すまない」
珍しくセイヤに向かって頭を下げるライガー。その表情からは本当に申し訳なく思っていることが伺える。だが今回の事態に陥ってしまったのはライガーのせいではない。そしてそれを理解しているセイヤはライガーにいう。
「大丈夫だ。いざという時は魔王モードを使うから」
「いや、今回はそういう次元ではない」
いつにもなく自信のないライガーを見て、セイヤは疑問に思う。
「今回の相手はあの聖騎士だ。その力ははっきり言って異次元、今のお前の魔王モードでは対抗できるかわからん」
「それほどまでか……」
ライガーの言葉に表情を厳しくするセイヤ。楽観的な視点を持っているわけではないライガーだが、今までのことはどうにかなるといった態度をとってきた。しかし今回の関していえば、ライガーの表情は本当に厳しい。
「もし戦闘になったら逃げることだ。絶対に戦うな、いいな?」
「わかった」
鬼気迫るライガーの表情に、セイヤはより一層の覚悟を決める。
「一応こっちでも動いておくが、くれぐれも無理はするなよ」
「ああ、わかった」
「俺は今からイフリールのところに行って、事情を説明してくる。だから何かあった際はアクエリスタンだけでなく、フレスタンにも逃げ込めるから安心しろ」
ライガーがここまで準備をすることは珍しい。つまりそれほどまでに、今回の聖教会は本気だということだ。
「わかった」
「それじゃ、気をつけてな」
ライガーはそう言い残して、フレスタンにいる炎竜イフリール=ネフラの下へ向かうため、セイヤの前から姿を消した。
そしてその後すぐに、ダルタが姿を現す。
「お待たせしました」
「来たか。なら出発するぞ」
「はい」
大きなリュックを背に、ダルタはセイヤに隣を歩き始める。そしてそのリュックには、七賢人たちから預かった剣が適当に刺さっていた。
セイヤと別れてから数分後、ライガーは人気のない路地裏に入り、念話を試みる。そして独特の音の後、目的の人物と会話が始まる。
(ライガーか、珍しいな)
(久しぶりだな。突然で悪いが、急用ができた)
(急用?)
ライガーからの突然の念話に、相手の男は首をかしげる。
(そうだ。セイヤが、帝王がダクリア帝国に向かった)
(なに!? それは本当か?)
(ああ、目的は聖騎士への接触)
(アーサー=ワンか……)
(ああ)
アーサー=ワン、その名は相手の男にも困惑を抱かせた。
(まさかあいつが出てくるとは。それで、何の用だ?)
(いざという時、帝王を助けてほしい)
(俺がか?)
(そうだ。サタンとルシファーを兼任するお前ならできるだろ?)
ライガーにそう言われて、苦笑いを浮かべた男。しかしその顔はどこは嬉しそうだった。
(わかった、任せろ。帝王は俺が守ってやる)
(悪い、頼む)
二人の念話はそこで終わった。
「さて、行くか」
ライガーはフレスタンに向かうため、再び歩き出す。
そしてこの日、レイリア王国全土に十三番目の特級魔法師の誕生が知らされた。
いつも読んでいただきありがとうございます。次は火曜日の21時頃です。




