第189話 ダルタ
「お前は」
突然部屋に入ってきた栗色の髪の少女に、セイヤは見覚えがあった。それは前回セイヤが聖教会に訪れた際、セイヤとメレナのことを案内してくれた職員だ。
セイヤは記憶の片隅から、少女の名前を思い出す。
「確か、タルトだったか?」
「違うわ! そんな美味しそうな名前じゃないわよ。私の名前はダルタ、ダルタよ、ダルタ」
「ダ」のアクセントを強くして、強調するダルタ。セイヤはダルタの名前を聞き、思いだしたような顔をする。
「そういえばそんな名前だったな。それで、なぜおまえがここに?」
セイヤの問いは至極当然のものだった。ダルタは聖教会の職員であり、すでにセイヤとも面識がある。しかし現在行われている会議は最重要機密の話し合いであり、一職員のダルタが聞いていいものではなかったから。
ましてやセイヤは特級魔法師になったばかりで、そのことは発表されていない。一般陣を呼ぶ意味が分からなかった。
そんなセイヤとは対照的に、ライガーは何かを悟っていた。
ライガーの予想は当たっており、アルフレードがセイヤに説明を始める。
「お主らに面識があることはわかっておる。そこでじゃが、まずは特級魔法師になった際の注意事項を教える。イバン、頼むぞ」
「はい。まず最初に特級魔法師はレイリア王国でも格が違うと評価された魔法師が得る称号であり、その名に恥じぬ権力と地位が与えられる」
イバンの説明は特級魔法師についてから始まった。特級魔法師についてはセイヤも知っていたが、話の続きを黙って聞く。
「そして特級魔法師なると同時に、協会に所属する。協会は聖教会から独立した機関だが、その目的は聖教会と同じくレイリアの平和維持だ。他にも協会は…………」
こうしてイバンの説明がひたすら続いていき、しばらくしてやっとセイヤの求めていた答えに辿り着いた。
「それに伴い、特級魔法師になった暁には、聖教会の職員を側近としておくのだ」
「まさか……」
セイヤはそこでダルタが登場した理由を理解する。
「そうじゃ。そこにいるダルタが、お主の側近となる職員じゃ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「そうか……よろしく……」
セイヤは引きつった笑みで、ダルタに挨拶をした。
特級魔法師には聖教会に所属していた魔法師が側近の使用人として使えるという制度がある。この制度はあまり知られていない制度であり、ついこの間までセイヤも知らなかった。ましてや自分が当事者になるとは思ってもみなかった。
しかし今回、セイヤは特級魔法師となり、その使用人としてダルタが指名された。驚きの出来事が続き、セイヤは困惑していたのだ。
そんなセイヤに、今度はコンラードが説明する。
「話も終わったところで、依頼の話を始めよう。今回の依頼はダクリア帝国に潜入中の聖騎士に届け物をしてもらいたい。しかしこの依頼は極秘のため、人数は最少で行ってもらう。具体的には君とそこのダルタの二人でだ」
コンラードの説明を聞き、セイヤが眉を顰める。そして眉を顰めるセイヤの隣にいたライガーが反対意見を述べた。
「いくらなんでも無謀すぎる。たった二人でダクリア帝国に潜入などあり得ない。今すぐ作戦を変えるべきだ」
ライガーの意見はもっともなものであり、普通の意見だ。例え特級魔法師であろうとも、単独でダクリア帝国に潜入することは無謀に近い。ましてやセイヤのような特級魔法師なり立てでは。
しかしそんなことを言ったところで、十三使徒だって単独で潜入していると言われてしまえば反論はできない。現に十三使徒たちは単独でダクリア帝国に潜入し、任務を行っている。
そして案の定、七賢人たちはそのことを持ち出した。
「単独でダクリア帝国に潜入は不可能ではない。現に十三使徒は単独でダクリア帝国に潜入している。そしてわれら七賢人はキリスナ=セイヤにそれほどの実力はあると思っている」
「その通りだ」
「ああ、そうだ」
口々に賛成していく七賢人たちだが、実際はそんなことを思ってはいない。彼らの真の目的は事故を装ったセイヤの暗殺であり、セイヤの実力など関係なかった。
仮にダクリア帝国に到達しようとも、そこにいるのはレイリア最強の魔法師、聖騎士アーサー=ワン。そして今のセイヤでは聖騎士には勝てないと七賢人たちは思っている。
だからこそ、七賢人たちはセイヤを単独で派遣したいと思っている。だが流石に一人では物議も醸すため、ダルタを据えたのだ。
この隠す気のない七賢人たちの狙いをセイヤもライガーも理解している。しかしここでセイヤが受けなければ、他の特級魔法師たちが聖教会側に付き、アルーニャ家はピンチに陥る。
それはユアたちにも危害が加わることを意味しており、セイヤはそんなことを望んではいない。だからセイヤはこの依頼を断ることはできなかった。
だがライガーも馬鹿ではない。どうにかしてセイヤのことを助けようとする。
「なら俺もついていく」
ライガーの発言を聞いた七賢人たちは、誰一人として驚いた様子はない。特級魔法師が二人で依頼をこなすことは、珍しいことであったが、ライガーの発言は七賢人たちの予想の範囲内だった。
仮にライガーが同行すれば、セイヤの生存率はグンと上がる。それは戦力的のもそうだが、なにより特級魔法師が二人ということに意味がある。特級魔法師が二人なることで、そう簡単に暗殺はできなくなるから。
仮にセイヤだけを暗殺した場合、ライガーが証人となって訴えることが可能だ。だからと言って、ライガーも暗殺すれば、特級魔法師二人が同時にいなくなることになる。それはあまりに不自然だ。
つまり、ライガーの同行は七賢人たちの陰謀阻止に直結する。
当然、七賢人たちがそんなことを許すはずもない。
「無理じゃ」
「なぜだ?」
「考えてもみろ。この不安定な時期にお前ほどの男がレイリアから姿を消せば、当然民衆も騒ぎ始める。この任務は特級魔法師なり立てのキリスナ=セイヤだからこそできるものだ」
それは理由になってはいない。例えライガーがセイヤに同行して暗黒領に行こうとも、名目上は他の地方に行っていることにすれば問題はない。しかしそうするには教会の強力が必要になる。
だが教会は聖教会の直属機関。協力するはずがなかった。
「諦めろ。お主ではどうしよもできん、ライガー」
「くっ……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるライガー。その表情からは悔しさが感じられる。そんなライガーに対してセイヤが言う。
「俺なら大丈夫だ。いざという時はあれを使う」
「セイヤ、すまない」
ライガーには謝ることしかできなかった。本来自分はセイヤを守らなければならない立場だというのに、自分がセイヤに助けられていると思うライガー。
ちなみにセイヤの言う、あれ、とは魔王モードのことである。レイリア魔法大会の際、セイヤが魔王モードを使えば戦いはすぐに終わっていた。デトデリオンの持っていた装置たちは、セイヤの魔王モードの前では意味をなさない。
セイヤの魔王モードはそれほどまで強力だった。しかしセイヤは魔王モードを使わなかった。正確にいうのであれば、使えなかったのだ。
ダクリア二区で一度人格が入れ替わった時から、セイヤの中では精神の支配権が前よりも揺らいでいた。通常時は問題ないが、魔王モードになった際はかなり危うくなり、戦闘どころではない。
だからセイヤは魔王モード使えなかったのだ。
だが最悪の場合は魔王モードを使えば、セイヤに消滅させられないものはない。精神の支配権は失うかもしれないが、命を失うことはないので、最終手段としては使える選択肢だ。
二人のやり取りを見ていた七賢人たちは、区切りのいいところで話を再開する。
「決まったな。それではこれを渡しておこう」
「これは?」
セイヤの前に出されたもの。それは黒い首輪と、首輪のカギであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。次は土曜日の18時頃です。




