第186話 それぞれの幕引き
場所は打って変わって聖教会最上階。
そこでは忙しいにもかかわらず、七賢人たちが会議をしていた。
「これはもう隠せないぞ」
「ええ、どうしようもありません」
コンラードの言葉に答えるイバン。だが彼らの言葉は七賢人の誰もが思っていたことだ。
今年も開催されたレイリア魔法大会だったが、ふたを開けてみれば戦場と化した。ダクリアの部隊の侵攻、そししてレイリアの反撃。
結局、レイリア側の犠牲者は二人、そしてダクリアの犠牲者は千人近くに上った。数的に見れば、レイリア側の大勝利で間違いなかったが、いろいろと問題があった。
「ファイブの参戦は警戒だったと言い訳が聞くが、ミコカブレラは……」
「それだけではない。事前に根回ししておいたライガーの件も批判が相次いでいる」
「そんなことはどうだってなる。問題なのはあの少年だろう」
「キリスナ=セイヤ……あいつは一体……」
様々な問題が生まれた今年のレイリア魔法大会。
レアルの参戦は、結果からいえば問題はなかったため、今回は不問にされそうだ。だが十三使徒の教育係がダクリアの人間で、ライガーの冤罪。それらは聖教会の信用を地に落とすには十分すぎた。
しかし問題はそれだけではない。セイヤが最後に使った闇属性、あれは隠しようもないものだ。
もっと他の方法はなかったのかと思う者たちもいたが、あの状況では魔力をそのまま放つのが最速であり、最善だろう。
セイヤのとっさの判断により、レイリアの魔法師たちの未来は守られたと言っても過言ではない。だが同時に、民衆に闇属性が知られてしまったのも事実。
事実、レイリアの魔法師以降、聖教会には「あの紫色の魔力は何か?」という質問が絶えない。七賢人たちも「あれは異端の力だ」と言って罰することができればよいのだが、今のセイヤは一種の英雄だった。
レイリアのピンチを救った謎の男、そして謎の力。話題性十分な上、特級魔法師とも関わりがある。そんな聖夜を罰すれば、ただでさえ地に落ちている七賢人の信頼はさらに落ちるだろう。
そのようなこと、誰も望んではいなかった。
「どうするか」
「女神の力に闇属性……」
「あの少年は危険すぎる。レイリアを支配しうる力だ」
口々に発せられるレイリアの未来を危惧する声。そんな中、最年長のアルフレードが言う。
「どうやらあの手を使うしかないみたいじゃ」
「あの手とはもしかして……」
「ああ、そうじゃ。至急、あの少年とライガーを呼ぶのじゃ」
アルフレードの言葉を聞いて、七賢人たちの表情が厳しくなる。なぜならアルフレードの言う「あれ」とは、かなりリスクの高い手段だったから。
場所はセナビア魔法学園に戻り、レイリア魔法大会。
結局、今年のレイリア魔法大会は中止となった。そしてその後、セイヤたち選手は、ダクリア撤退により使用が可能になった転送魔法で、セナビア魔法学園に戻ってきていた。
そしてラピス島でダクリアとの戦いを経験した十五人が、一室に集められている。
「以上が、事の顛末だ」
「この件に関する一切の情報は口外禁止とする」
席に着く十五人の前に立つのは特級魔法師であるライガーとイフリール。彼らは十五人の魔法師たちに対し、ダクリアの存在、そして闇属性のことを教えていた。
今回の戦いをスクリーンで見ていた観客たちなら誤魔化せるかもしれないが、さすがに当事者たちを誤魔化すことは不可能だ。だからライガーたちは特級魔法師の自己判断で、ダクリアなどについての情報を開示した。
といっても、元々ダクリアや闇属性の存在を知っていた者たちは驚かないので、必然的に驚くのは半分程度だ。
「まさかそんなものがあるとは……」
「信じられない」
「でも実際に会っちゃったし」
「うん」
セナビア魔法学園の生徒たちが困惑した表情を見せる。それはヂルたちもであり、元々ダクリアを知っていたセイヤたち以外の表情は皆困惑している。
そんな中、ディオンが聞く。
「あの、最後のセイヤさんの技はやっぱり……」
意を決し、質問をしたディオンだったが、次第にその大きさは小さくなっていく。おそらくライガーから放たれるオーラに飲み込まれたのであろう。
しかしディオンの質問は全員が思っていたことで、セイヤは仕方がないといった顔で、自ら説明を始めた。
「ディオンの言う通り、最後のあれは闇属性であっている。俺は光属性を使う魔法師であると同時に、闇属性も使う魔法師だ」
わかっていたことだったが、改めて本人の口から言われると、ディオンたちは困惑する。なぜセイヤが闇属性を使えるのか、と誰もが気になったが、誰もその質問は口にしない。いや、口にできなかった。
セイヤから放たれるオーラが、これ以上聞くなと物語っていたから。仮に質問すれば、おそらくセイヤは理由を話してくれるだろう。しかしその話を聞いたとき、彼らは何かの一線を越えてしまう気がした。
だからこそ、誰もそれ以上は聞かなかった。
結局その後、セイヤに関する質問は誰の口からも出ず、彼らはこれからの諸注意を聞いて、解散となった。
場所は変わり、暗黒領某所。
そこにいたのは今回のレイリア侵攻を仕組んだ張本人、デトデリオン=ベルゼブブ、そして彼の部下に当たるミコカブレラとスメル。
彼らはレイリア侵攻失敗に伴い、ダクリアに帰還することを選択した。
そんな道中、ミコカブレラがデトデリオンに報告する。
「デトデリオン様、どうやら生き残ったみたいです」
「そうか。まあ、わかっていたことだ」
ミコカブレラの報告を聞き、デトデリオンはすぐにセイヤたちが生き残ったのだと理解した。だがそこに驚きはない。なぜならデトデリオンが引いた時点でセイヤは闇属性を使えるようになり、闇属性があれば、あの爆弾ごとき、どうってことないから。
しかしデトデリオンは疑問が残っていた。それはセイヤとユアの魔力が戻ったことに関してである。
ブロードの装置はお世辞抜きで完璧だ。そんな装置が魔力を吸収し忘れるなどといったことはあり得ない。それにデトデリオンは、確かにセイヤたちからも魔力が消えたことを確認した。
だというのに、セイヤの魔力は残っていた。
「あれは一体……」
デトデリオンのその言葉に、答えられる者はいない。なぜなら、誰もその答えを知らないから。
「まあ、いい。次に会った時にでも聞くか」
デトデリオンはそうつぶやきながら、ダクリアに向かって歩みを進めるのであった。
レイリア王国内の某所、その館の一室には、二人の女性がいた。
一人は椅子に座り、窓の外に浮かぶ大きな島を見つめながら、嬉しそうな表情を浮かべる女性。その年は大体三十代前半といったところだろうか。
シミ一つないその顔は美しく、スタイルもいい。そして纏う雰囲気が、彼女のことを大きく見せている。その雰囲気は上に立つものが纏う雰囲気だ。
そんな女性に対し、黄緑色の髪の女性が話しかける。
「帝王はいかかでしたか、マスター」
「ええ、素晴らしかったわ。あなたの言う通り、母親に似たのね。シルフォーノ」
マスターと呼ばれる女性は、振り向いてシルフォーノのことを見据えると、ニッコリと笑みを浮かべた。シルフォーノはその笑顔を見て、ホッとする。
「それはよかったです。しかし一時はどうなるかと思いました」
「ふふ、そうね。意外にあちらも頑張ったようですし。ですが心配はしていなかったわ」
「と言いますと?」
マスターの言葉に、シルフォーノが首をかしげる。
「万が一の時は、あなたに向かってもらうつもりでしたから」
「それは無謀な……」
「そうかしら? 十三使徒序列二位のあなたが救援に向かったって、おかしくはないでしょう?」
「それはそうかもしれないですが……」
言葉に詰まるシルフォーノ。確かに彼女の言う通り、万が一の際はシルフォーノが救援に向かうことはできたが、そうなると後々、面倒なことになる。
なぜ転送魔法が使えなかったのにラピス島に行けたのか、どうして単独で向かったのか、などだ。そういうことを考えると、やはりシルフォーノが行くべきではない。
「ふふ、冗談よ。帝王がこれしきで負けるはずがないわ」
「それはそうですが……」
「それに、あの程度の相手で負けているようでは困ります」
一瞬にして雰囲気が変わる女性。その雰囲気は十三使徒序列二位であっても、飲み込まれるものだ。
「決戦は近いのですから」
「はい」
部屋の中には、シルフォーノの力強い返事が響くのであった。
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