第185話 魔王デトデリオン=ベルゼブブ
セイヤの前に立つ大剣を担ぐ男。その男こそが、今回のレイリア侵攻の黒幕、魔王デトデリオン=ベルゼブブだ。
デトデリオンはその実力だけでなく、様々な機械を使ってセイヤたちを苦戦させてきた。しかし、この時すでに、セイヤは自分の勝利が見えていた。
デトデリオンを倒す秘策を見出していたのだ。
「結局お前は他人の技術を盗んでいるだけの雑魚だな」
「なに?」
セイヤの言葉に、デトデリオンの顔が厳しくなる。だがセイヤの言う通り、デトデリオンはブロードの技術を使ったからこそ、これほどまでセイヤを苦しめることができた。逆に言えば、ブロードの技術がなければ、セイヤもここまでは苦戦しない。
それは紛れもない事実のため、デトデリオンは表情が厳しいのだ。
「そういう言葉は俺を倒してからいうものだ」
「そうか、なら遠慮なくいくぜ」
セイヤはそう言うと、足に力を込めて、一気に跳躍した。そして双剣ホリンズでデトデリオンに迫る。
「無駄だ」
デトデリオンはセイヤの突進を大剣で防ぎ、そのまま二、三歩後ろに下がる。これでもう、セイヤの攻撃はないと踏んでいたデトデリオン。
空中に立つことができるデトデリオンに対し、セイヤは毎回必ず地面に着地してから次の攻撃に移る。それが二人の間にあった決定的な差だった。
しかし今回のセイヤは違う。セイヤはホリンズが大剣に触れた瞬間、急に足を上げ、ホリンズと大剣の接点を視点にして、さらに跳躍した。
「まだだ」
「なに!?」
セイヤのとんでもない行動に驚くデトデリオンだが、その表情にはまだ余裕を感じられる。なぜならセイヤは一瞬だが、空中で必ず止まるから。
セイヤがこれから辿る運命は、空中で速度を失い、そのまま自由落下をする、だ。そして自由落下をするセイヤなど、デトデリオンにとってみれば止まっていると同然だ。
だからこそ、次の瞬間、デトデリオンは驚愕する。
なぜなら、空中で一度止まるはずのセイヤが、加速したから。否、空中を蹴ったから。
デトデリオンの上空で空中を蹴り、セイヤは一気にデトデリオンに接近する。
まるでそこに見えない壁があったかのように空中を蹴るセイヤ。その光景に、デトデリオンは言葉を失うしかなかった。
空中を蹴ったように見えたセイヤだが、セイヤは本当に空中を蹴っていた。正確に言うのであれば、硬化された空中の一部を蹴り、デトデリオンに迫ったのだ。
だがセイヤには空中を硬化させることはできない。ならいったい誰が硬化させたのか、答えは単純、ユアだ。蜂の集団の相手をしつつ、ユアがセイヤのサポートをしたのである。
これは『雷神』状態にあり、セイヤの速さを認識できているユアだからこそできることで、セイヤはユアのサポートがあると信じて空中を蹴った。
空中を蹴り、デトデリオンに迫るセイヤ。その先にあるものはデトデリオンの腕に巻かれたブレスレット。
セイヤはデトデリオンのブレスレットを目がけて、ホリンズを振り下ろす。しかしデトデリオンとて、何もしないわけがない。すぐに集中し直して、大剣でセイヤのホリンズを防ぐ。
高い金属音を立ててぶつかり合うセイヤのホリンズとデトデリオンの大剣。だが、セイヤにはまだもう一本のホリンズがあった。
「これで終わりだ」
「させない」
ホリンズと大剣の間に、もう一本のホリンズを滑り込ませてブレスレットの破壊を狙うセイヤ。そしてセイヤのホリンズを防ぐため、ブレスレット周辺の空気を硬化させて防御するデトデリオン。
「はあぁぁぁ」
「負けるものかあぁぁぁ」
ぶつかり合う二人の意地と意地。結果はすぐに訪れた。
バリン、と大きな音を立てて、デトデリオンの硬化させた壁が砕け散る。そしてセイヤのホリンズがブレスレットに到達した。
「なに!?」
「終わりだ」
ブレスレットが破壊されると思ったデトデリオン、そしてブレスレットを砕いたと思うセイヤ。しかし結果は二人の予想とは反対だった。セイヤのホリンズがデトデリオンのブレスレットに当たるが、勢いがないためか、破壊されることはなかった。
「くそ」
「ふん、どうやら俺の勝ちみたいだな」
悔しさを押し出すセイヤと、勝利を確信したデトデリオン。
ブレスレットの破壊に失敗したセイヤはそのまま自由落下を始め、デトデリオンは相変わらず空中に立っている。戦いを見ていた誰もがセイヤの負けだと思った。しかし次の瞬間、セイヤの表情には確かに笑みが浮かんでいた。
そしてその笑みを、デトデリオンは視認することができていない。そんなデトデリオンに向かって、セイヤは最後の攻撃を試みる。
「我、光の加護を受けるもの。示せ、光の力『光延』」
セイヤは右手に握るホリンズに『光延』を行使する。ホリンズには光属性の魔力が纏われ、一気のその長さ延ばし、デトデリオンへと迫った。
神速の攻撃だが、デトデリオンにはセイヤの動きが見えていなかった。なぜなら彼の腕に巻かれているブレスレットが仕事をしなかったから。
一見、先ほどの攻防はセイヤの攻撃が失敗したように見えたが、セイヤは最初からブレスレットを破壊する気はなかった。破壊することが一番だが、相手は魔王だ。そう簡単にはいかない。
だからセイヤは破壊するのではなく、機能を停止する、正確には機能を落とすことを選択した。ではどうやって行ったのか。答えは至って単純、水属性の沈静化だ。
リリィとの契約で使えるようになった水属性、セイヤはホリンズがブレスレットに接触した際、水属性の魔力を使い、ブレスレットの機能を沈静化させた。それにより、デトデリオンは神速の世界から置いて行かれたのだ。
沈静化の効果がいつまで続くかはわからない。しかし神速の世界から置いて行かれたデトデリオンを仕留めるのに、それほど時間はかからない。
セイヤは勝負を決めるため、延びるホリンズでデトデリオンを仕留めようとする。
神速の世界についてこられないデトデリオンにとって、セイヤの攻撃を防ぐことは不可能だ。
勝った。セイヤはそう確信した。しかし次の瞬間、セイヤの攻撃は紫色の壁によって阻まれる。
「なに!?」
突然現れた紫色の壁に驚くセイヤ。一瞬デトデリオンが行使したのかと思ったが、すぐに違うと確信する。神速の世界に着いてこられないデトデリオンが魔法を使うことは不可能だから。
いったい誰が、と思ったセイヤだが、答えはすぐにわかった。デトデリオンの背後から姿を現す銀髪の青年。
「お前はレアルの……」
「お久しぶりです。キリスナ=セイヤくん」
そこに現れたのは、銀色の髪が紫色の瞳が特徴的な青年、ミコカブレラ=ディスキアンだ。セイヤはなぜ十三使徒の教育係がここにいるのかと思ったが、どう見ても味方ではないと確信する。
「お前もダクリアの人間か?」
セイヤは地面に降り立つと、空中に浮かぶミコカブレラを睨む。そして同時に『纏光』を解き、平常運転に戻った。
ちょうどユアも蜂の集団を殲滅し終えたようで、『雷神』状態から普通の状態に戻り、空中に立つデトデリオンとミコカブレラを見据える。
神速の世界から普通の世界へと戻ると、全員が突然の乱入者ミコカブレラを認識した。
「ミコカブレラ……そうか、俺は負けそうだったのか」
「はい、勝手ながら助けさせていただきました」
「悪い、感謝する」
ミコカブレラの登場で、自分がピンチに陥ったことを悟るデトデリオン。そしてもう一人、ミコカブレラの登場で衝撃を受ける者がいた。
「ミコ……お前……」
デトデリオンの隣に浮かぶミコカブレラの姿を見て、驚愕の表情を浮かべるレアル。彼は自分の教育係が、なぜ魔王の隣にいるのか理解できなかった。
「やあ、レアル。調子はどうだい?」
「なぜおまえがそっち側にいる、ミコ?」
いつも通りのミコカブレラの姿を見て、困惑を隠せないレアル。しかし無理もないことだろう。たった一年だが、それでも信頼を寄せ、兄のように慕ってきた男が敵のスパイだったのだから。
「まだわからないのかい? 仕方ないから改めて名乗ろうか」
「やめろ」
「私はダクリア大帝国……」
「やめろ、やめろ」
自分の名を名乗ろうとするミコカブレラのことを止めようとするレアル。しかしミコカブレラはやめない。
「ダクリア五区所属の魔法師、ミコカブレラ=ディスキアン。今回はデトデリオン様の救出のため、参上いたしました」
「ふざけるなぁぁぁぁ」
レアルが鬼の形相になり、手に握る剣でミコカブレラに向かって斬りかかろうとする。しかしその剣を止める者がいた。
「お前は……」
「これは久しぶりですね」
レアルとミコカブレラはその男のことを知っていた。
「やめておけ、お前ではあいつに勝てない。そして久しぶりだな、ミコカブレラ」
そこに現れたのは、レアルの兄弟子に当たり、ミコカブレラの幼馴染に当たるスメルだ。スメルはその剣でレアルのことを弾き飛ばし、デトデリオンの下に行く。
「報告です。私以外の部隊は全滅しました」
「そうか」
スメルからの報告を聞き、デトデリオンは考えた。そしてすぐの決断を下す。
「今回の目的はレイリアの金の卵たちの殲滅だ。だが失敗したようだ」
「なら、撤退しますか?」
「不本意だが、そうするしかない」
デトデリオンの言葉を聞き、撤退の準備を始めるミコカブレラとスメル。そんな中、デトデリオンがセイヤに言う。
「今日のところは退くが、次に会った時は必ずお前の首を刈ってやる」
「そうかよ」
デトデリオンから放たれる濃密な殺気を、セイヤは同じく濃密な殺気で打ち返す。だが、デトデリオンの言葉はそれで終わりではなかった。
「まあ、お前が生きていればの話だが」
「なに?」
「じゃあな、光と闇を使う魔法師」
デトデリオンがそう言い残した次の瞬間、彼ら三人は紫色の波に飲み込まれて、その姿を消した。そして残ったのは全員の魔力を奪ったであろうブロードの機械。
「あれは……」
ピコン、ピコンと点滅を始める機会を見て、セイヤは瞬間的に悟る。それは全員同じようで、すぐに顔が真っ青になっていく。
「もしかして……」
「どう見たってね~」
「間違いないわ」
「ですわね」
「どうしましょう」
「あの特徴的な点滅は」
「危ない」
「ああ」
「どうするのよ!?」
「どうしよう、ラーニャちゃん」
「撃つか?」
「魔力がないだろ」
「セイヤさぁぁぁん」
「はわわわ……」
十五人全員が、爆弾だと悟った。しかし彼らの魔力はその爆弾に奪われているため、どうしようもできない。それに十五人分の魔力を吸収した爆弾だ。威力も相当なものだろう。
誰もが絶望する。
しかしここには心強い男がいた。
「ちっ、時間がねえ」
そう言いながら紫色の魔法陣を展開するのはセイヤ。だがその魔方陣に文字はない。なぜなら魔方陣を展開する時間がないから。
「ダークキャノン」
魔法陣が展開されるや、セイヤはすぐに魔力を撃ち出した。それはただの魔力であって、魔法ではない。ただの闇属性の魔力が撃ち出され、一瞬にしてブロードの爆弾を消滅させる。
デトデリオンが去った今、セイヤは普通に闇属性が使える。
それにより、ラピス島での最悪の事態は回避された。しかし同時に、誰もが見てしまった。言い訳をしようもない、セイヤの紫色の魔力を。
そしてその魔力を見てしまったのは、観客席にいた観客たちもであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。今回で四章の戦闘はすべてが終わり、次回から二話ほどその後について書く予定です。
最終的にこのような形になりましたが、彼らの登場はまだあるのでお楽しみに。それでは次もよろしくお願いします。次も明日の22時頃です。




