第20話 ユアの心
洞窟内にもかかわらず明るい光が照らす中、ユアは全身に雷を纏っている雷獣と対峙していた。
「はやい……」
雷獣が目にも留まらぬ速さでユアに襲い掛かって来るが、それに対してユアは『局光』を行使して、目と脳の処理速度などの機能を上昇させ、何とか雷獣の攻撃を防ぎきっていた。
ユアの背後に雷獣が高速で移動し、その前足でユアに斬りかかろうとするが、ユアは右手に握るユリエルを最短距離で振って雷獣の前足を弾く。
そして、すぐに脚力を上昇させて、雷獣と距離をとる。
先ほどからユアはこのように防戦一方だった。
攻撃しようにも、雷獣の速さは凄まじく、そう簡単には攻撃に転じることが出来ない。
その上、例え攻撃に転じたところで、先ほどのようにユリエルが雷獣の表皮を貫くことは不可能だ。
ユアには雷獣の速さと固い表皮のタネが分かっていた。なぜならユアは同じような技を使う魔法師のことを良く知っているから。
雷獣の目にも留まらぬ速さ、そしてユリエルでも貫けない固い表皮、そのタネはどちらとも雷獣の纏っている雷にあった。
レイリア王国では雷属性は二種類存在している。
一般的に知られている雷属性は、基本属性の一つである風属性から派生した派生魔法だ。
そして、あまり知られていない雷属性とは、風属性と火属性の複合によって生じる複合魔法の雷属性である。
雷獣の纏う雷は後者だった。
複合魔法である雷属性、そこには当然ながら風属性の硬化と火属性の活性化のどちらもが継承され、雷属性の特殊効果は「硬化+活性化」となる。
これこそが雷獣の強さの秘密だ。
雷獣は雷を纏うことによって、風属性の硬化で表皮を硬化させ、それと同時に火属性の活性化で、自身の身体能力を活性化させることにより、あの強さを手に入れていたのだ。
「やっかい……」
ユアは雷獣のことを感じながらつぶやく。
グルッ
雷獣がどこかで鳴き声を上げたが、ユアがそちらを見たときにはすでに雷獣の姿はない。心なしか雷獣の速度が次第に上がってきているような感覚がある。
しかし、まだユアの防ぎきれる許容範囲ギリギリだ。
冷静に対処すれば、問題ないだろう。ユアはそう思っていた。
けれども、雷獣がユアの正面まで高速で移動して、再びその鋭い爪でユアの頃を斬り裂こうとした瞬間、ユアの動きが少しだけ傷を負ってしまう。
「くっ……」
冷静に対処すれば問題ないと思っていたユアであったが、なぜか雷獣の動きについていけなかった。それはその一回だけではなく、それ以降も何度か続いた。
「なぜ……」
ユアは自分が冷静に対処すれば問題ないと思っていたのに対し、体が言うことを聞かないことに違和感を覚える。
まるで心にぽっかりと穴があいたような感覚が、ユアの動きを鈍くしていく。
しかしその感覚が一体何なのか、ユアにはわからない。
雷獣はそんなユアに向かって容赦なく攻撃を続ける。
「なんで……」
雷獣の攻撃に対し、集中しよう、集中しよう、と思う度に心の穴がどんどんと広がっていくような感覚。
まるで戦いに向き合えば向き合うほど、それに比例して後悔の念に襲われるような感覚の中、ユアは必死に戦いに集中しようとした。
「集中しなきゃ……」
ユアは改めて自分に言い聞かせるように呟き、高速で移動する雷獣の姿を視界に捉えようとする。だがその際、セイヤが打ち付けられ壁を見ると、つい動きが鈍ってしまう。
壁に打ち付けられて、壁から崩れた大量の石や岩に飲み込まれたセイヤの姿は見えないが、すでに生きているという事はありえない。
そんなことはユアにもよくわかっている。それでもセイヤの遺体がある方を見てしまうと、ついつい気にしてしまうのだ。
(意味がない……)
ユアは必死に自分に言い聞かせる。
(それにセイヤはアクエリスタンまで利用しようとしただけ)
ユアは最初にセイヤに思っていた感情を必死に思い出す。
(一時的な相棒であって、死んでしまったらもう用はない)
非情なことを思って、セイヤのことを忘れようとするユア。しかしセイヤのことを忘れようとすればするほど、ユアの心はセイヤで埋まっていく。
「なんで……」
ユアには理解できなかった。
自分はセイヤのことを、他人のことを信用していない。だからもし死んだとしても、少し残念に思うが、それ以上の感情はない。それまでの関係だったという事だ。
死んでしまったら用済み。関係が切れたら関係ない。忘れるべき。
ユアはそう思ってきた。
なのに、なぜかセイヤだけは簡単に忘れることが出来ない。それがなぜか、ユアには理解できなかった。
いや、本当は分かっていたが、理解したくなかった。
また裏切られるのが怖かったから。
そんなことを心の中で考えているユアに対して、当然ながら雷獣が容赦してくれるわけがない。ということはつまり、戦いに集中できていないユアが一瞬でピンチに陥ることも必然。
「しまった……」
集中力を欠いたユアの後方に、雷獣が姿を現す。
集中力を欠いていたため、当然ながらユアは雷獣の攻撃に対応することはできない。たとえ今から始動したところで、ユアが雷獣の攻撃を回避することは不可能だ。
まさに一瞬の隙。しかし高次元の戦いにおいては、その一瞬の隙が命取りになる。
ユアの中で様々な選択肢が生まれるが、どれも実行するほどの時間は無い。まさに今のユアは詰んだ。
(死ぬ……)
自分もセイヤのように心臓を貫かれて絶命する。ユアは瞬間的にその光景を頭の中でイメージをし、覚悟を決めた。
「くっ……」
様々な後悔がユアの心を包み込むが、最後くらい清々しく逝こうと思い、ユアは考えることを止める。そして直後に自分のことを襲い掛かるであろう痛みに身構えた。
(来る……)
雷獣の攻撃による痛みに身構えるユア。しかしその痛みは、いつまでたってもユアに襲い掛かることは無かった。
ユアは一体何があったのかと不思議に思い、静かにつぶっていた目を開き始める。そして驚愕した。
「えっ……」
「大丈夫か、ユア?」
「セイヤ……」
何とユアの後ろには、右手に握るホリンズで白虎の攻撃を防いでいるセイヤの姿があったのだ。
話は少し遡り、セイヤが壁に激突して岩々に飲み込まれた直後。セイヤは不思議なことに意識を取り戻した。
最初に感じたのは違和感だった。
それはなぜ自分は生きているのか、なぜ貫かれたはずなのに意識があるのか、なぜこんなところにいるのか、と様々だったが、自分がまだ死んでいないことは自然と理解できた。
「どうしてだ?」
セイヤは不思議に思う。自分は雷獣の鋭い爪によって心臓を貫かれ、大量の血を流して死んだはず。それは紛れもない事実。
だというのに、今のセイヤは体のどこにも痛みを感じず、唯一先ほどまでと違うという点は、周りが暗いというだけであろう。
それ以外はいたって平常だった。
セイヤはそこで恐る恐る自分の胸を見る。そこには当然、白虎によって貫かれた傷があるはずだ。しかしセイヤが自分の胸を見ると、そこには傷口はなかった。
「なぜ……ん? これは……」
傷口はおろか、貫かれた後もない服を見たセイヤはあることに気づく。服の胸部分にまだ小さな穴があり、その穴に白い魔力が付与していることを。
白い魔力、その正体は当然のことながら聖属性しかない。しかし今この場にユアはいない。となると、聖属性を行使しているのはおのずとセイヤになる。
「どういうことだ?」
セイヤが不思議に思いながら破れた制服を見ていると、制服は自然と修復され、最初の穴のない状態に戻った。
信じられない光景に言葉を失うセイヤ。しかしすぐに他のことがセイヤの頭の中を占める。
「そうだ、ユアが」
セイヤはいまだ生存を確認できていないユアのことを思う。自分が現在、横になりながら暗闇にいることを把握したセイヤは、すぐにユアの安否が気になった。
セイヤにとってユアはよくわからない不思議な子であったが、それでも自分を必要としてくれたことは嬉しかった。
今までアンノーンと言われ、誰からも当てにされなかったセイヤのことを、ユアは必要としてくれた。
それはセイヤにとってみれば、初めて自分のことを認めて貰えたような感覚であり、絶対にユアのことを守りたいと思っていた。
「ユアを助けなきゃな」
セイヤはゆっくりと立ち上がり、暗闇から姿を出現させる。
するとちょうどユアが白虎と戦っていた。それもかなりのピンチ。
「『纏光』」
セイヤはユアを守るために魔法を行使するのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もう少しだけダリス大峡谷が続くので、よろしくお願いします。




