第180話 魔王デトデリオン(上)
不気味なほどの静けさに包まれている都市エリア。そこはラピス島の中心に位置するエリアであり、同時にダクリア側の拠点になっていた。
そんな都市エリアに一人の男がいた。白い髪の焼けた肌を持つ若い男、彼こそが今回のレイリア侵攻を企てた張本人であり、今回の事件の黒幕だ。
彼の名前はデトデリオン=ベルゼブブ、ダクリア五区を統治する魔王の一人だ。
そんな彼の前に、三人の魔法師がいた。
一人は白い髪と紅い目が特徴的な絶世の美少女、ユア=アルーニャ。その手には愛剣であるレイピアのユリエルが握られており、表情は厳しい。
もう一人は金色の髪と碧い目が特徴的な、強気そうな少年。その手に握られている剣と、体に纏われている無意識の魔力の障壁が存在を放つレアル=クリストファー。
別名、聖教会十三使徒、序列五位、レアル=ファイブだ。
最後の一人は茶色の髪に、鋭い目つき、そして両手に握られている二丁の魔装銃が特徴的な少年、ヂル=ネフラだ。
レイリアの希望ともいわれている三人が、デトデリオンの前にいた。
しかしレイリアの希望と呼ばれる三人は、既に体中に傷を作っており、服にも傷が目立っている。一方、デトデリオンには傷一つどころか、息一つも乱れていない。
それほどまで、三人とデトデリオンの間には実力の差があった。
「諦めろ。今のお前らでは、俺には勝てない」
デトデリオンは三人のことを見下しながらそう言った。現在、デトデリオンは空を飛んでいる。いや、空中に立っていた。
それは例えではなく、デトデリオンは本当に空中に立っていた。
原理は至ってシンプル。風属性の魔力を使い、空中にある空気を硬化させて足場を作っているのだ。そのこと事体は驚くことでもないのだが、デトデリオンはその足場を空中の至る所に作っており、移動していた。
そして空中を移動するデトデリオンを前に、三人は手も足も出なかったのだ。
これまで様々なダクリアの魔法師と戦ってきたレアルたち三人だが、その中でもデトデリオンの強さは群を抜いていた。それは十三使徒の力をもってしてもだ。
ユアはすでに『雷神』を行使しており、レアルも封印解放をして本気だ。そんな状態のレアルたちを、デトデリオンはあざ笑うかのように、戦っていた。
だが冷静に考えれば当然のことである。デトデリオンは現魔王の一人であり、魔王候補たちとは比べ物にならない。それに加え、デトデリオンから発せられる濃密な殺気を前に、三人の動きは硬くなっていた。
纏う殺気が、三人のことを包み込む。特に耐性の低いヂルなどは、目に見えて動きが硬い。レアルはどうにかして動いてはいるが、とても本調子とは思えない。
それはユアも同じだ。ユアもまた、デトデリオンの殺気を前に、動きを固くしていた。
「強すぎる……」
最初に弱音を吐いたのは誰か、三人にはわからない。しかしその言葉を否定できるほどの余裕は、三人とも持ってはいなかった。
たとえどんな攻撃を仕掛けても、三人の攻撃はデトデリオンの前では意味を無さない。なぜなら彼の闇属性がすべてを消滅させていたから。
それはレアルやユアの光属性の魔力をもってしてもであった。二人の光属性も、デトデリオンは難なく消滅させる。
ユアにはまだ聖属性が残ってはいたが、使うことはできない。なぜなら今のユアではまだ、『雷神』を発動状態で聖属性を使うことができないから。
つまり三人の魔法はデトデリオンの前では意味をなさない。
どんなに頑張ったところで、魔法はデトデリオンには届かないのだ。
だから三人は剣術などでデトデリオンと戦いを試みた。しかしデトデリオンは空中を闊歩し、三人の攻撃を悠々と避ける。『雷神』状態のユアの速さに追いつき、レアルの魔力の障壁をも打ち破り、ヂルの強力な攻撃も防ぐ。
まさに三人にとって、デトデリオンは手も足も出なかった相手だ。
「悔しいが、今の俺らでは勝てない」
「うん……」
「ああ」
レアルの言葉にうなずくユアとヂル。悔しいが、レアルの言っていることは正しかった。
「やっと負けを認めたか」
そんな三人の様子を見たデトデリオンが、三人のことを見下しながら言う。その表情からはまだまだ余裕が感じられた。
「不本意だが、俺らでは勝てない」
「よくわかっているな」
レアルの言葉を聞き、ニヤリと笑みを浮かべるデトデリオン。この時、彼の中ではあることが思いついていた。
デトデリオンは、目の前にいる三人がどのような立場にいる魔法師かを知っている。一人はレイリアを治める機関の精鋭、残りの二人はレイリアでも有名な一族の跡取り。利用するには申し分ない三人だ。
(こいつらを配下に治めたら、あいつにも勝てるな)
デトデリオンは頭の中でそんなことを考える。デトデリオンのいうあいつとは、現在、魔王サタンと大魔王ルシファーを兼任して、ダクリア大帝国のトップに就く男だ。
端的に言って、デトデリオンは現在のルシファーのことが嫌いだった。正確には、現在のダクリアの体制が嫌いだった。だから彼はダクリアを変えたいと思っている。
そのためには、デトデリオンが大魔王ルシファーの地位に就くことが必須だ。しかし現ルシファーの力は相当なもので。デトデリオンなど足元にも及ばない。
だが、もしここでレアルたちを味方につけることができるのであれば、デトデリオンはレイリア王国の、それもかなりの地位に就く者たちを手に入れることができる。
そして時間をかけてレイリアに自分の支配を広めていけば、現ルシファーに勝つことも十分可能だ。
そう考えたデトデリオンは、三人に提案した。
「なあ、お前らの命を救ってやる。だから俺の配下に入れ」
それはデトデリオンの最初で最後の慈悲といってもいいだろう。勝利が絶望的な中、唯一生き残れる道が示されたのだから。
しかしここにいるのはそれ相応の地位に就く魔法師たちだ。彼らにだって、プライドというものがある。レイリアのことを裏切ってまで、生きたいとは思わない。
それにユアは、セイヤ以外の男に着く気など毛頭なかった。
「断る」
「私も……」
「なめるな」
三人の答えは全員同じだった。
「そうか」
三人の答えを聞き、デトデリオンの表情から熱が消える。それはつまり、デトデリオンが本気でレアルたちの息の根を止める気でいることを指していた。
「来る……」
ユアが声を発した瞬間、デトデリオンが空中を蹴って、ユアたちに迫る。
時を同じくして、砂漠エリアと強風エリアにいた二つの集団は、ともに現れた大きな存在感に眉をひそめていた。
ちょうど砂漠エリアに入ったセイヤたちは、都市エリアの方から放たれている圧倒的な存在感を、ひしひしと感じている。
「セイヤ、これって……」
「ああ、明らかに格が違うな」
不安そうなセレナの声に、セイヤは脂汗を浮かべながら答えた。
都市エリアの方から感じられる圧倒的な存在感。それは今までセイヤたちが戦ってきた敵とは明らかに格が違い、その主が相当な実力者だということが分かる。
(この存在感は……ブロードに近い……)
セイヤは感じる存在感が、かつてダクリア二区で相手をしたブロード=マモンに近いと感じていた。それはつまり、このラピス島にも、魔王クラスの魔法師がいるということを指している。
下手をしたら、魔王そのものがいるかもしれない。
そう考えた瞬間、セイヤはすぐに作戦を変えた。そして刹那の時を経て、リリィに念話を試みる。
(リリィ! リリィ!)
(…………セイヤくん?)
少しの間をおいて、セイヤとリリィの念話が繋がる。そしてセイヤは念話が繋がった瞬間、すぐに本題に入った。
(リリィ、そっちも莫大なオーラは感じたか?)
(ええ、この気味が悪いほどのやつでしょ?)
(そうだ)
リリィたちもまた、デトデリオンの放つ存在感を感じていた。
(これは一刻を争う。合流は諦めて、都市エリアへ向かうぞ)
(わかったわ。合流は向こうで、ってことね)
(ああ、そうだ)
(じゃあ、また後で)
(気をつけろよ)
(セイヤくんもね)
二人はそこで念話を終え、二つの集団は、すぐに都市エリアへと向かうのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。今回からいよいよ最終決戦に入りました。次もよろしくお願いします。
次は土曜日の18時頃の予定です。




