第179話 カナの選択
「終わったぞ」
「こっちも……」
魔王候補たちとの戦いを終えたユアとヂルが、レアルの下に戻ってきた。二人は特にこれといった外傷もなく、余裕で戦いを終えたことが分かる。
そんな二人に対し、レアルは冴えない顔で返事をした。
「そうか」
もし今のレアルを、普段から知るものが見れば、すぐに異変に気付くだろう。しかしこの場に普段のレアルを知る者はいない。二人はレアルの異変に気付かず、そのまま話を進める。
「これからどうする……?」
ユアの質問は、この後どう行動するかといった意味である。ダクリアの魔王候補たちを倒した二人だが、魔王候補が他にもいないとはわからない。
それにいまだにアナウンスがないことから、大会運営委員も機能していないことが分かる。
この状況下で、頼りになるのはラピス島にいる学生魔法師たちだけだ。しかもレイリアの希望と言われる三人の行動次第では、戦況が大きく変わるかもしれない。
だからこそ、二人は十三使徒であるレアルの判断を仰いだ。
「これから、都市エリアに向かおうと思う」
「都市エリア?」
レアルの提案に首をかしげるヂル。それはユアも同じだった。
だからレアルはきちんと説明をする。
「そうだ。おそらく都市エリアに敵の親玉がいる」
「確証はあるのか?」
「ああ、もちろん。これほど大きな作戦だ、敵の親玉は情報が集めり、迅速に行動できる場所にいるに決まっている。そしてそれは、ラピス島の中心に位置する都市エリアだ」
レアルは確証をもって断言した。なぜならレアルには敵の親玉が都市エリアにいることが分かっていたから。
それはレアルが逃がしたスメルの気配を辿ればわかった。スメルはレアルの前から撤退した後、都市エリアの方に向かって消えた。
あれほどの力を持った魔法師だ。そう簡単に作戦から逸脱するような行為をするとは思えない。つまり、スメルの向かう先には必ず何かがあるということだ。
「そういうことか。なら、わかった」
「わかった……」
レアルの説明を聞き、納得するヂルとユア。
「では行くか」
レアルの声と共に、三人は都市エリアがある方向へと、移動を開始した。
レアルたちが移動を開始した頃、火山エリアと砂漠エリアの境界付近には、セイヤたちの姿があった。
「これからどうするの?」
「とりあえずリリィたちと合流して、その後はユアを探すかな」
「そう……」
セレナの質問に対し、すぐに答えるセイヤ。その際、セイヤにとってユアが一番大切だということを再認識させられ、少しだけへこむセレナ。
だがセイヤはそんなセレナに気づかない。
「セイヤさん、僕たちはどうすればいいのでしょうか?」
「さあな、俺にもわからない。ただ、生きるためには戦うしかない」
「でもアンノーン、相手は未知の敵よ?」
ラーニャが不安そうな声を上げる。その表情からは、戦わずに逃げようと言いたいことが、よくわかる。しかしセイヤの中に、そんな選択肢はなかった。
「だからだ。セナビア代表として、レアルがいても、今回の相手は十三使徒一人で解決はできない。ましてや序列五位では不可能だ。少しでも俺たちが敵の数を減らさないと、レアルも戦いに集中できない。
セイヤはすでにレアルがこのレイリア魔法大会に出場していることは、ラーニャたちに聞いて知っている。しかし今回の相手は想像以上の戦力だ。おそらくレアル一人が頑張ったところで、解決はできない。
だからこそ、セイヤは援護すると決めていた。だが、あくまでも援護だ。レアルが今回の作戦の親玉であるデトデリオンと戦う舞台を作るだけ、それがセイヤの援護だった。
観客がいる以上、セイヤが下手に敵の親玉を倒すわけにはいかない。やはりそこは、世代最強の名を手にするレアルが幕を引くべきだ。
そうすれば、観客の注目は一気にレアルに向き、セイヤたちの活躍も霞むだろう。
それこそがセイヤの狙いだった。
「そう……」
ラーニャは覇気のない声で答える。
それはセイヤの言い分を聞き、憂鬱になったからもあるが、それ以上に、セイヤが敵について知りすぎていることに原因はあった。
かつて自分たちが見下していたアンノーンが、今では自分よりも世界について知っている。そう考えた瞬間、ラーニャの中で、気分が重くなった。
「ラーニャちゃん?」
「ごめん、大丈夫」
親友に心配されながら、ラーニャはセイヤの後に続いて、砂漠エリアに足を踏み入れるのであった。
「モーナ先輩」
「アイシィ、よかった、無事だったのね」
砂漠エリアに向かっていたリリィたち一行は、強風エリアでモーナたちに出会った。お互い怪我がはしているものの、無事を確認して安心する二人。
「あら、生きていたの」
「オバサンこそ、よく生きていましたね」
モーナと再会したアイシィ、それは同時に、大人バージョンのリリィとモーナの再会も意味していた。相変わらず仲の悪い二人は、当然、再開した瞬間から皮肉の言い合いが始まる。
「まあ、お子ちゃまとは経験が違うから」
「ついでにシミと皺の数も」
「あら、どこにそんなものがあるもかしら?」
「ごめんなさい、なかったです。加齢臭がすごいから、ついあるかと錯覚してしまいましたわ」
こんな感じで、二人の言い合いが続き、男性陣たちは、美しい花には棘があるのだと、体感するのであった。
場所はラピス島から変わり、セナビア魔法学園。その一角にある大会運営委員では、カナがある一つの選択を迫られていた。
「転送準備が整いました!」
声を張り上げて知らせたのは、大会運営委員長であるベガ。ベガの視線の先には、かつて女神の懐刀と呼ばれた女、カナ=アルーニャがいる。
カナは報告を聞くと、ベガに尋ねた。
「何名分ですか?」
それは転送できる人数が、何名分かという意味だ。転送できる人数によって、カナがとるべき行動は変わってくる。
「えっと、一名です。一名だけ転送できます」
「そうですか」
ベガからの報告を聞き、カナは一瞬だけ曇った表情を浮かべる。それは第四次警戒態勢を発令したにもかかわらず、集まった魔法師が少なかったということを意味していた。
カナたちは魔法師から魔力の寄付を受け、転送魔法の発動を試みた。転送魔法の発動には莫大な魔力が必要なため、一人でも多くの魔法師が必要になる。しかし集まった魔法師から得られた魔力では、転送できるのは一人だけ。
そのことが、魔法師たちの非協力的態度を意味している。理由は薄々だが、カナにはわかっていた。
それはあまりに早すぎる対応。
いくら緊急事態だからといっても、警戒態勢が発令されるまでの時間が短すぎた。それはつまり、途中過程で不正が働いたのではないかという疑念を抱かせ、魔法師たちを非協力的にさせた。
確かに今は緊急事態だ。しかしそれでも、不正が働いた作戦に関わろうと思う魔法師は少ない。あとからどのような処罰が下されるか、わからないから。
仮にすべての過程を事細かに説明すれば、協力してくれる魔法師は増えるかもしれない。しかしカナたちにはそんな時間などなかった。
だからカナは、このままで進めることを決断する。
「さて、どうしましょうか」
転送枠が一名と聞き、考えるカナ。この転送枠はしっかりと考えなければならない。なぜなら、この転送枠をどうするかによって、この先の戦況が大きく変化するからだ。
考えられる選択肢は全部で三つ。
一つ目は、負傷者の救出。これが一番普通であり、安全だ。とくに重体者を転送して、すぐに治療すべきである。
二つ目は増援。これはセナビア魔法学園からラピス島に増援を送り、今よりもさらに戦況を有利にさせることができる。十三使徒や特級魔法師たちを派遣すれば、戦況は一気にレイリアが有利になるだろう。
そして三つ目が、敵の大将の転送。敵の大将をセナビア魔法学園に転送すれば、ラピス島にいる敵軍の統率が乱れる。また、セナビア魔法学園には強力な魔法師たちが控えている。場合によってはこれが最善になる。
カナは考えた。どの選択肢が一番いいかを。
そして答えはすぐに出た。
「重傷者、もしくは重体者の救出を行います」
「了解」
カナが選んだ選択肢は一つ目だ。理由は至ってシンプル。他の二つが必要ないから。
ラピス島にはダクリア二区を経験した魔法師が六人に、十三使徒と特級魔法師一族、他にも数々の優秀な魔法師たちが揃っている。特に増援をする必要はない。
それに敵の大将も、セイヤ、ユア、リリィ、それに十三使徒であるレアルがいれば問題はない。苦戦は強いられるかもしれないが、それでも負けることはほとんどない。怪我をしたところで、セイヤとユアには聖属性がある。
そうなると、やるべきは動けない負傷者の救出。そしてその対象が一人だけいた。
その者は都市エリアにある建物内で倒れている少女。少女の胸には大きな穴が開いていたが、幸いにしてまだ呼吸がある。しかしその呼吸も弱いため、早急に転送する必要があった。
「急いでください。そして直ちに救護班も呼んでください」
「了解しました」
カナの指示でいっそう慌ただしくなる大会運営委員。
その後、その少女は無事セナビア魔法学園まで転送され、治療を受けるのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。次は木曜日の21時頃で、いよいよ最終決戦に入る予定です。




