第178話 才能と努力
レアルやユアが戦っている頃、当然ながらヂルも戦闘状態にあった。しかしヂルの場合、他の二人とは少し状況が違っている。
ヂルが相手にしている魔法師は、シームという魔法師なのだが、彼は不思議なことに魔法を使わなかった。いな、使えなかった。
それはかつてのセイヤと同じである。魔法をうまく使えないシーム、彼は魔法師としてのレベルは、かつてのセイヤよりも下かもしれない。
しかしシームもかつてのセイヤ同様、武術を得意としていた。
魔法が使えない魔法師は、例に漏れず、武術を極めようとする。それは魔法がなくとも、武術である程度はカバーができるからだ。
そしてそういう魔法師たちの武術の力は、大抵が達人クラスだ。
周りに追いつこうと努力を重ねて結果、気づいたら達人クラスになっている。そんな話は、レイリア王国でもざらにあった。
だが、問題はそれだけではない。
その達人クラスの中でも、さらに極めた者たちがいる。武術で魔法を制する者たち、レイリアでは彼らのことを超人と呼ぶ。
魔法師が相手だろうと、武術だけで勝ってしまう超人は、レイリア王国でもごく少数。そしてそんな超人の一人が、現在ヂルが相手にするシームであった。
シームはここまで一度も魔法を使ってはいない。だが、それでもヂルのことを追い詰めていた。
そもそも魔法が使えないというのに、ダクリアのレイリア侵攻選抜部隊に配属され、そのうえ魔王候補の一人だ。シームがどれほどの強さか、よくわかる。
シームの多彩な攻撃を前に、ヂルは防御を与儀なくされている。
「やはり。まだ動きが子供だ」
シームは魔装銃を構えるヂルのことを見据えながら、そうつぶやいた。
今、自分が相対している少年には魔力という才能がある。それは自分にはない才能であって、どうやっても手に入れられないもの。
ではシームが魔力という才能を欲しているかというと、答えはノーだ。いや、正確に言えば、現在の状態ではその才能を望んでいる。しかし一昔前の自分には、その才能は必要なかった。
「どうやったらその強さが」
シームの圧倒的な強さの前に、膝をつきながら見上げるヂル。ヂルは魔力があるにもかかわらず、シームに苦戦していた。
そのことが、ヂルには理解できなかった。
「その強さの根底はいったい」
シームの強さは、はっきり言って異常だった。レイリア王国でも期待の星とされるジルの魔力、魔法の才能は相当のものだ。それは今までの戦いがよく表している。
だが、その才能をもってしても、ヂルの強さはシームの強さの足元にも及ばなかった。
そんなヂルに対し、シームが答える。
「俺の強さが知りたいか。いいだろ、教えてやる」
シームの言葉に、ヂルが息をのむ。
「俺の強さ、その根底は嫉妬だ」
「嫉妬だと?」
シームの言葉を理解できないヂル。だからシームは詳しく説明した。
「俺には魔力を操る才能がない。それは必然的に魔法が使えないということだ。しかしこの世界は魔法実力主義、特に上を目指すなら尚更」
シームの言う通り、この世界は魔法実力主義だ。それはレイリアもダクリアも変わらない。魔法があるこの世界では、当然の価値観だ。
「だが、世の中には魔法を使えない非魔法師という存在がある。彼らには魔力を操る力がない。では、彼らはいったいどうやって上に立つのか?」
シームの問いに、ヂルが険しい顔で答える。
「武術」
「そうだ、魔術がだめなら武術、武術がだめなら話術。そうして弱い立場の人間はこの魔法実力主義の世界を生きていかなければならない」
それは事実である。レイリア王国ではまだそこまで差別されていないが、ダクリアでは、それが顕著だった。
「だから弱い立場の人間は努力をする。魔力を持つ人間に嫉妬しながら」
「……」
シームの言葉に、何も言えないヂル。それほどまで、シームの言葉は的を射ていた。
シームの言いたいことはつまり、魔力がない時点で、その人種は一段下に見られる。魔法師と同列になるには、その魔術以外を死ぬ気で頑張り、魔法師たちを見返す必要がある。
そうしなければ、弱者は生きていけないから。
そして生きていくには、残された武術を頑張るしかない。魔力を持つ魔法師とは違い、魔力のない人間には武術しかないから。
その境地に、魔法師は絶対に辿り着くことはできない。
なぜなら、魔法がある、と無意識に安心し、自分を死ぬ気まで追い込むことができないから。もしできなくとも、自分には魔法がある。そんな甘さが、魔法師にはあるから。
だが、魔法が使えない、それも魔力も使えない人間なら、魔法があるから大丈夫などという逃げ道は存在しない。なぜなら、彼らには武術しか残されていないから。
武術でしか、這い上がることができないから。
これこそが、シームの根底にある強さだった。そしてそれは、ヂルには到底得られないものでもあった。
「なるほどな」
「わかったか?」
「ああ」
ヂルはシームの強さを理解した。そして同時に、ヂルの中で何かが冷めていくのを感じた。
それは一種の絶望かもしれない。ヂルは心のどこかで、シームが持っている強さは自分が成長する材料になるのでは、と思っていた。しかしシームの答えは、ヂルの求めている答えではなかった。
シームの強さの根底を言うのであれば、それは嫉妬と努力だろう。しかし残念ながら、ヂルはそのどちらも有してはいない。
つまり、シームの強さはヂルに影響を与えることができないのだ。
そのことを理解した瞬間、ヂルの中でシームという存在の強さが下がっていく気がした。それはもしかしたら、心の中で、シームに対する無意識の憧れがあったのかもしれない。
そんな憧れが、シームが負けることを拒んでいたのかもしれない。しかしそれはもう、存在しない。ヂルはもう、シームに対して、憧れもなにも抱いてはいない。
「俺とお前では根底の強さが違う。俺の勝ちだ」
シームは己の勝利を確信して、ヂルに攻撃を仕掛ける。確かにそれは、今までの攻防を見ていれば、一目瞭然だった。
優勢なシームに、苦戦を強いられているヂル。シームが本気を出せば、ヂルに勝てるはず、だった。
しかし今のヂルは、もうシームに対して、無意識の憧れを抱いてはいない。つまり、心のどこかで勝つことに躊躇っていた、ということが、なくなったのだ。
そうなってしまえば、もうシームはヂルの敵ではなかった。
シームの努力とヂルの才能の戦い。
「終わりだ!」
「弱いな」
背後からヂルの首を刈り取ろうとしたシームだが、次の瞬間、その額にはヂルの魔装銃が突き付けられていた。
そこにいたのは冷酷な表情のヂル。その表情には、シームに対しする失望が含まれている。
「なんだと!?」
驚愕の表情を浮かべるシーム。しかしヂルは淡々と答えた。
「お前の強さは俺の求めるものではない」
「くそ、くそ、これが才能かよ……」
冷酷な表情を浮かべるヂルを前にして、シームは才能の差を痛感する。
確かにシームの努力は尊敬に値するレベルだ。それはヂルも薄々だが感じている。だがやはり、ヂルの才能の前では、シームの努力は届かない。
それほどまで、ヂルの才能は大きすぎた。
バァン‼
そんな音と共に、シームの命は静かに散った。
こうして、ダクリアの魔王候補がまた一人、この世から姿を消した。
そして、荒れ狂う今年のレイリア魔法大会も、いよいよ残す戦いは、あと一つになるのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。やっとここまで来ました。残る戦いもあと一つ……長かった。
さて、高巻には現在悩みがあります。それはこの四章が終わり、そのまま五章に行くのか、それとも日常回を挟むのか、です。
五章に入ると、現在出ているメインヒロインたちの出番がほとんどなくなり、セイヤが中心になります。セイヤが自分の生い立ちやら、力やらを取り戻す話です。
一方、日常回はレイリア魔法大会後のセナビア魔法学園近辺での平和なお話です。戦闘はおそらくありません。
どちらがいいか、読者様の意見をお聞きしたいので、よかったらご意見をよろしくお願いします。
そして一気に四章を終わらせていきます! 四章も最後まで、よろしくお願いします。次は火曜日の21時頃です。




