第177話 レアルの本望
(どういうことだ……)
レアルは戦いの最中、そう思った。それはスメルの動きに対してだ。
先ほど、レアルが不意に言ったミコという言葉。その言葉を聞いて以降、スメルの動きは明らかにおかしい。
これでもかというぐらいの大きな隙を見逃したスメル。そればかりか、今も剣技の方はどこか心あらずといった感じだ。
本当なら、そんなスメルを、レアルはすぐに倒せるはずだった。しかし、レアルもまた、戦いに集中せず、他のことを考えていた。
それはスメルが使った剣技についてだ。
先ほど、レアルが決定的な隙を晒してしまった際、スメルが使った剣技は明らかにミコカブレラのものだった。それは普段からミコカブレラに剣の稽古をつけて貰っているレアルだからこそ、よくわかる。
(間違いない)
レアルは集中せず剣を振り続けるスメルを見て、確信する。集中を欠いていても、スメルの使う剣技はミコカブレラに似ていた。いや、ほとんど同じだった。
つまり、スメルの剣術はミコカブレラの剣術と同じ流派、もしくは同じ流派から派生した流派なのかもしれない。
どちらにせよ、スメルとミコカブレラの剣術は近かった。そしてそれはミコカブレラから剣術を教えて貰っているレアルとも同じである。
理由は定かではないが、それは紛れもない事実だ。
一方、スメルはどうにか剣を振り続けるが、明らかに集中を欠いていた。しかしそれも無理のないことだ。なぜなら、敵であるレアルの口から、死んだはずの幼馴染の名前が出たのだから。
ミコ、それだけでなら他に何百人、何千人といるかもしれない。だが、レアルはスメルの剣技を見て、ミコといった。
ミコと名の付く他人がスメルと同じ剣技を使っている可能性はある。けれども、このときスメルは確信していた。
レアルの口にしたミコという人物が、スメルの幼馴染であるミコカブレラ=ディスキアンであることを。
(なぜだ……)
しかしスメルにはわからなかった。なぜレイリアの魔法師であるレアルがミコカブレラの存在を知り、しかもその剣術を使っているのか。
ミコカブレラは三年前にこの世を去った。それはスメルも確認したことだ。スメルは確かにミコカブレラの遺体を見て、その遺体によりそり、埋葬もした。
となると、レアルは三年前より、さらに前の時点でミコカブレラと会い、その剣術を継承したことになる。
だがそんなことはあり得ない。
なぜなら、スメルはほぼ毎日、ミコカブレラと共に過ごし、お互いに高め合い、切磋琢磨しあったから。そしてその間にレイリアを訪れることは不可能だ。
となれば、レアルがダクリアを訪れ、ミコカブレラから剣術を継承したか。それもあり得ないだろう。
レアルほどの実力者が極秘でダクリアを訪れることは難しい。それこそ、魔王クラスの協力者がいなければできない。もし仮に魔王クラスの協力者がいるならば、レアルは現在ダクリア側にいるだろう。
魔王クラスがダクリアを裏切ることはあり得ない。もしそんなことがあったならば、ダクリアの平穏は一瞬にして葬り去られる。
このように必死で理由を考えているスメルだが、心の底では薄々本当のことに気づいていた。ただ、それを認めることができなかった。いや、認めたくなかったのだ。
(ミコ……お前は……)
レアルの剣技の一つ一つを見ていれば、真実は嫌でもわかる。
微妙にだが、自分の剣技より最適化されているレアルの剣技。そしてそれは、剣術が進化していることを指している。
つまり、レアルの扱う剣術は、スメルの扱う剣術よりも、新しいバージョンにグレードアップしているのだ。そして同時に、レアルの剣術はスメルの剣術より後に教えられたことでもあった。
スメルが最後の剣を教えて貰ったのは、ミコカブレラの訃報が届く三日前。その時のことは今でも覚えている。
なぜかあの日だけは異様に厳しかったミコカブレラ。それはまるで自分の死期を悟っていたかのようだった。今にしてみれば違和感しかないミコカブレラの態度。
だが、答えは今になって分かった。
ミコカブレラは死んだのではなく、レイリア王国に亡命、もしくは潜入していたのだ。そしてあの遺体は偽物。
亡命か、潜入。どちらがあり得るかと言われれば、潜入の方があり得る。それはミコカブレラの魔法を考えればすぐに答えが出た。
ミコカブレラの魔法は完全な戦闘タイプ。彼にはあれほど高精度の遺体を用意するなど不可能だ。絶対に協力者がいる。協力者がいる時点で、それは単独犯ではなく、何かしらの作戦。
そして答えは目の前にいる。
レアルもまた、ミコカブレラの正体に気づいている。スメルはそう思った。それはレアルの動きの変化を見れば一目瞭然だ。
ミコという言葉を境に、動きが鈍った二人。
これはもう、聞くしかない。
スメルはそう思い、レアルに聞いた。
「ミコは、ミコカブレラは元気か?」
その言葉に、レアルの表情が曇る。彼もまた、信頼していた者の正体を知り、心を乱していた。
「ああ、元気だ」
「そうか。それはよかった」
ミコカブレラの、幼馴染の近況を聞き、ひとまず安心したスメル。どうやらミコカブレラはレイリア王国でも上手くやっているようだ。
レアルに質問をしたスメル。今度はレアルが質問をする番だ。
「やっぱり、ミコはそっちの国の……?」
知りたくない、そう思いつつも、レアルの口は勝手に話し始めていた。すべての事柄がレアルの考えを肯定している。しかし、まだレアルは心のどこかで、ミコカブレラのことを信じたいと思っていた。
「そうだ。三年前に死んだと言った俺の幼馴染だ」
「……」
告げられた残酷な現実。信頼していた兄のような存在が、まさか敵側のスパイだった。
レアルは心の中にポッカリと穴が開くような感じがした。
「ならその剣術は……」
「お前と同じ、ミコカブレラから教えて貰ったものだ」
改めて告げられた真実。つまり、レアルの目の前にいるスメルは、レアルの兄弟子に当たる存在だ。
レアルはダクリアの存在こそ知っていたものの、その脅威についてはさほど感じていない。確かにレイリア魔法大会に乱入してきたが、命を奪う必要があったかと聞かれれば、レアルには答えられない。
七賢人やユアが危険だと言っていたため、手を下したわけであり、レアル本人としてはあまり気が進まない。
それは自分のやったことについての罪悪感を、無意識に責任転嫁しているだけなのだが、まだ心が子供のレアルは気づかない。
そういうところが年相応なレアル。
そうなってくると、必然的に思う。
(俺はここで戦うべきなのか?)
今、レアルが相対しているのは同じ師を持つ兄弟子に当たる存在。印象を聞かれれば、そこまで悪い印象を持ってはいない。むしろ興味が湧いているほどだ。
そんな状態で十三使徒としての役目を果たせるか。不可能に決まっている。
無意識のうちに、手加減をしてしまう。そんな状態で戦ったところで、意味などない。
そしてそんな考えはスメルも同じだった。
(俺はここでこいつを倒せるのか……)
実力的に言えば、いい戦いが繰り広げるだろう。しかし心がその気ではない。それはレアルも同じだとわかる。
お互いの剣から消えた覇気や殺気。今行っているのは、ただの剣のぶつけ合いだ。そこに相手を傷つけようなんて思いは含まれていなかった。
だからこそ、スメルは考える。
自分がどうするべきかと。
ダクリアの仕事や自分の立場を考えれば、目の前の少年と戦い、勝利しなければならない。しかし私的な感情を言えば、レアルとは戦いたくない。そしてミコカブレラに会いたい。
答えはすぐに決まった。
何度目かの剣がぶつかり合う音。その瞬間、スメルがレアルに囁く。
「悪いが俺はここで消える」
「そうか」
レアルは止めるでもなく、逃がさないでもなく、ただ頷いた。
それは戦意がないということだ。
「我の魂は水にあり。『水雲散』」
スメルが魔法を行使した瞬間、レアルの目の前からスメルが消えた。スメルの使った魔法は一種の幻術魔法であり、自分の姿を発散して消えたように魔法だ。
それほど高度な魔法ではないため、レアルが魔力を全力で開放すれば、簡単に打ち破れる。
だが、レアルはそんなことをしない。
ただ、剣を構え、周囲を警戒する。もうスメルが襲ってこないと知りつつも。
そしてしばらく警戒して、襲撃がないと剣を下ろす。
「逃げたか」
それはレアルの甘さでもあり、本望でもあった。
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