第173話 音の世界
「はぁはぁ……」
息を切らせながら、周りを見渡すのは、ホルキナール魔法学園の制服を着ている少年。彼の周りには、ごつごつとした大きな岩が数多く並んでいた。
「もう、セイヤさんはいったいどこに……」
あたりを不安そうな表情で見渡す少年の名前はディオン。彼はつい先ほどまで、もう一人の少年と行動を共にしていた。
しかし密林エリアからこの岩山エリアに入った直後、ディオンと行動を共にしていたセイヤが急に姿を消し、ディオンは一人になってしまったのだ。
「はぁ」
セイヤは言っていた。これから戦争がはじまると。最初こそ信じられなかったが、今ではその現実をよく理解している。
それは密林エリアでセイヤが手にかけた相手を見れば、一目瞭然だった。
相手が持っていた武器や装備、それらは人を殺めるために使う武器であった。そして例の結界が消滅しているという事態に対して、大会運営委員は何の連絡もない。
このことから、現状が異常事態だということが分かる。
しかし、それだけでは戦争が起きていると確信するまでには至らない。現にディオンもそれだけの情報では戦争だと断定することはできなかった。
では、どうしてディオンが戦争状態であると確信できたのか、答えはディオンの魔法にあった。
ディオンという魔法師は、戦闘能力が低い。仮に戦ったところで、ホルキナール魔法学園の中では下から数えたほうが早いぐらいの場所に位置している。
おそらく今回のレイリア魔法大会においても、ディオンの戦闘能力は最底辺だ。
けれども、彼は立派なホルキナール魔法学園の代表である。そして彼をホルキナール魔法学園の代表にまでするものこそが、彼の魔法だった。
ディオンが得意とする魔法、それは音属性の魔法だ。特にディオンは、音を受信することに関してはかなりの能力を持っていた。
音を受信するということはつまり、遠くで起きていることや、周辺に何があるのかなどを知ることができる。それは音の反響具合から、そこに何があり、何が起きているかを知ることできるのだ。
これこそディオンがホルキナール魔法学園の代表に選ばれる理由だった。
始まりと同時にランダムに配置され、念話石も使えないレイリア魔法大会において、味方の位置や、敵の位置を知ることは特に重要なことだ。
特に、どこで戦闘が起きているかを事前に知ることができれば、その戦闘域を回避して、体力を温存することだって可能である。
そして、戦闘を回避しながらも、効率的に仲間と合流をすることができれば、それはもうかなりのハンデだ。
ディオンはこの能力を使って、周辺にいる人の状況を調べた。すると、信じられないことに、ディオンの周囲四キロだけで、レイリア魔法大会の出場選手を優に上回る数の魔法師がいたのだ。
しかも、その魔法師たちのほとんどが戦闘状態に入っており、死人まで出ていた。
ディオンは理解した。あの謎の集団が侵攻していたのは密林エリアだけではなく、このラピス島全土ということを。そして、これが本当に戦争だということを。
「本当にどこに行っちゃったんだろう……」
ただでさえ戦闘能力が低いディオン、それに加えて今は戦争状態だ。
相手はこちらを殺す気で襲い掛かってくる上、現在のラピス島には例の結界がない。肉体に傷を負ってしまうこの状態で襲われたら一溜りもないとディオンは考え、不安になる。
「早く合流しなきゃ」
ディオンは一刻も早くセイヤと合流しなければと思い、周囲を索敵する魔法を行使した。
「風の加護を音に、わが魂の叫びにこたえよ。『サーチ』」
ディオンが目をつぶると、彼の脳内に周辺の岩山エリアがイメージされる。しかしそこには色彩などなく、あるのは影の濃淡だけ。
ディオンはそんな中、まずは自分の位置を確認し、自分を中心にしてから周辺の索敵を始める。
神経を集中させるのは自分の耳だけ、それ以外は、今だけは必要ない。
イメージの中で、何かが波打つ。しかしそれは岩と岩の間を吹き抜ける風のため、ディオンは気にしない。
周囲百メートル。その中にはほかの人影はいなかった。
「ふぅ」
ディオンは索敵範囲を広げていく。二百メートル、三百メートル、四百メートル。
「これは……」
ディオンが索敵範囲を四百メートルに広げると、ついにイメージ内に何かをとらえる。それは岩山と岩山の間にある細い道から発せられた振動。
数は五人分、そしてその中に、セイヤの姿があった。
「見つけた」
ディオンはセイヤのことを認識すると、一気に駆け出す。セイヤといる他の四人が誰かはわからなかったが、セイヤが現在戦闘状態にあることは認識した。
その戦闘の人数比が何対何かは、わからなかったが、例え四対一でもセイヤが負けることなどあり得ないと、ディオンは思っている。
だから、ディオンは一刻も早く、セイヤに合流しようと思い、全力で走り出した。
時を同じくして、場所はセナビア魔法学園の敷地内。
「いくらなんでも、これはないだろ」
そんな声を上げたのは、茶色い髪をした男、イフリール=ネフラだ。
イフリールは手に持つ小型スクリーンに映るある少年の姿を見て、そう言った。
「驚いただろ?」
そしてどこか面白そうに答えたのは、緑の髪をオールバックにしている男、ライガー=アルーニャ。
二人ともレイリア王国に十二人しかいない特級魔法師たちである。
彼らは今回のダクリア侵攻において、セナビア魔法学園近辺に待機しているであろうダクリアの人間を探していた。
ライガーたち五人は話し合いを終えると、ちょうど部屋に入ってきたミコカブレラを加えた六人で、二人一組になり、ダクリアの人間を探していた。
そしてイフリールが組む相手となったのが、ライガーである。
「こいつはいったい何者だ?」
イフリールは手に持っている小型スクリーンに映っている金髪碧眼の少年を見ながら、ライガーに聞いた。
小型スクリーンに映る少年、その少年の名前はキリスナ=セイヤ。聖教会から異端認定を受けた魔法師であり、現在はライガーの下に身を寄せる少年だ。
そして現在、セイヤは空間を飲み込むのではないかと思えるくらいの、濃密な殺気を纏い、紫色の髪の男と対峙していた。
その殺気は、スクリーン越しでもひしひしと感じられるほど、濃密で、学生魔法師が纏うような殺気には到底思えない。
イフリールはそんなセイヤのことを見て、ついライガーに聞いてしまった。
「魔法師の金の卵だ」
「金の卵って……」
ライガーの言葉を聞き、つい苦笑いを浮かべるイフリール。
金の卵、それはつまり、まだ成長しきっていないということだ。だが、イフリールにはまだセイヤが成長しきっていないとは思えなかった。
逆にこれでまだ成長途中だというなら、驚きである。
「信じられん」
イフリールは控えめに言って、親バカだ。なので、いくら外面を装っていても、心の底では息子であるヂルが一番だと思っていた。
それはレイリア魔法大会が始まってからもである。世代最強の名を手にするレアルや、ライガーの娘であるユアがいくら活躍しようとも、心の底では自分の息子が一番だと思っていた。
しかし、そんな親バカなイフリールであっても、ヂルはセイヤに劣ると本能的に感じた。
いや、セイヤの持つ力が異次元すぎなのだ。
セイヤはまだすべての力を見せてはいない。だというのに、ダクリアの強敵をまるで嘲笑うかのように倒している。
その表情からは一切の躊躇いが感じられない。纏う殺気からも、セイヤが今までどれほどの人間を手にかけてきたのかは想像がつく。
それは学生魔法師が纏っていい殺気ではなかった。
その殺気は下手をしたら特級魔法師である自分をも、上回るかもしれないほど濃密で深い。それを若干十七歳が纏っているのだ。異様な光景以外の何物でもない。
「化け物か……」
その言葉は自然と出た。
そんなイフリールの言葉に、ライガーはニヤリと笑みを浮かべて言う。
「まあ、化け物ではないが、あれは生まれながらにして帝王だからな」
「帝王?」
イフリールは聞きなれない言葉に、首をかしげる。だがライガーはそれ以上説明する気はないようで、そこで話を終えた。
「なんでもない。気にするな」
「そうか」
イフリールはそう言いながら、再び視線をスクリーンに移す。
すると、ちょうどセイヤがテイスのことを消滅させているところだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。高巻です。
実は今回、この作品のリメイク版を作ろうと考えております。詳しいことは活動報告に書かせていただいたので、よかったらそちらをご覧ください。




