第171話 セイヤの答え
「ずっと前から好きでした」
それはセレナが抱いていた感情。いつからセイヤに対する恋心が目覚めたのか、明確にはわからない。しかしセレナがセイヤのことが好きだということは、嘘偽りのない事実だ。
「セレナ……」
セイヤは突然の告白に困惑する。
セイヤはセレナの瞳を見ると、セレナが真剣だということが分かった。真剣な告白、ならセイヤも真剣に答えなければならない。
「悪い。お前の思いにこたえることはできない」
「うん、わかってる」
セイヤの答えに対して、セレナは笑顔でうなずいた。
なぜならセレナは知っているから。
セイヤにユアという婚約者がすでにいることを。そして愛人にはかわいいリリィまでいることも。
セレナの告白はそれを踏まえての上だった。
だからセイヤは困惑する。セレナが一体何を考えているのか、わからなかったから。
セレナはそんなセイヤの様子を見て、少しだけ笑みを浮かべる。そして自分の思いと願いを告げた。
「セイヤには婚約者であるユアさんがいる」
「ああ、そうだ。俺はユアとの婚約を解消するつもりはない」
「うん、わかってる。でもリリィちゃんは愛人にしているよね?」
「まさか、お前……」
セイヤはこの時点でセレナが何を考えているのかを悟った。
だからセレナは今までで、一番の最高の笑顔でお願いする。
「私もあなたの愛人にしてください」
「なっ……」
突然のことに、言葉を失いざる負えないセイヤ。
そもそもセイヤは女たらしでもなければ、ハーレム王になるつもりもない。一人の女性を愛するべきだと考える人間だ。
リリィの愛人にしたって、リリィが妖精ウンディーネであり、セイヤと完全契約して離れることができないから一緒にいるわけで、本当なら愛人というのも気が進みはしない。
むしろリリィに愛人と言わせるたびに、申し訳なく思っていたりするほどだ。
そんなセイヤがセレナのことを愛人にすることなど、できるわけもなかった。
「悪い。それは無理だ」
「どうして?」
「俺はハーレム王になる気はない。それにそんなことをしたらフェニックス家の名前が」
「ええ、覚悟の上よ」
突如訪れたピンチ。セイヤはどうすればいいのかわからなかった。
セレナのような美少女に好意を持たれることは素直にうれしいことだ。しかしセイヤにはユアという婚約者がいて、もしセレナを愛人などにしてしまえば、フェニックス家の名前に傷がつく。
セレナは覚悟をしているといっているが、現実はそんなに甘くはない。
だからセイヤは断るしかなかった。
しかし当然ながらセレナが認めるわけもなく、結局、二人の話し合いは泥沼にはまることが回避できない。
セイヤがどうすればいいかと考えていたその時、思わぬところから援護が入った。
「あの、お取込み中悪いのだけれども、あなたアンノーンよね?」
「どうしてここにいるの?」
援護をしてくれたのは、セイヤのかつてのクラスメイトであるラーニャとリュカだ。しかしその顔は困惑に満ちていた。
「おっ、おう。久しぶりだな。悪いセレナ、話の続きはまた今度な」
自分でも最低な対応だなと思うセイヤだったが、仕方がない。
ここはまだ戦場であり、いつ敵が襲ってくるかわからない。変に対応して気持ちを落とされるよりは、このまま維持したほうが、まだいい。
「わかった……」
セレナも渋々だが、セイヤの言葉を受け入れる。セイヤの思惑がわからないほど、セレナも子供ではなかった。
そんな微妙な空気が流れる中、セイヤは二人の対応に当たる。
「改めて久しぶりだな」
友好的な態度を示すセイヤに対して、ラーニャたちの目は何があったのか教えて、と物語っている。
「あなた、なんで生きているの?」
「そうだよ。アンノーンはあの事件に巻き込まれて……」
死んだはずだった。しかし現にセイヤは生きており、あまつさえ強敵テイスを一瞬で葬り去った。
その姿はもう自分たちの知っているセイヤではない。
セイヤはため息をつきながら、事情を説明する。
「あの事件の結末は知っているか?」
「ええ、少しだけなら。十三使徒の一人が敵のアジトを見つけて解放したって」
「でも一か所だけどうしても見つからなかったって」
「その通りだ」
ラーニャたちが言っていることは世間一般に広まっている程度のものであった。あの事件の解決に一部関わっているラーニャたちでさえ、それだけのことしか教えられてはいなかったのだ。
「俺やザックたちはその残りの一つの施設に捕らわれていた」
「やっぱり。それで?」
「まあ、いろいろあって俺はその施設から抜け出すことに成功した」
「ザックたちは?」
その時のザックたちのことを思い出すと、セイヤは今でもいい気はしなかった。
「あいつらは俺のことを見捨てたから別行動だ」
「そう……」
かつてのクラスメイトたちが仲間を見捨てた。それは受け入れがたい事実であったが、ラーニャはセイヤがザックたちのどのような仕打ちを受けていたかを知っている。
そしてそれは容易に想像できることだった。
「まああいつらのことなら安心していいぞ。あいつらもこのレイリア魔法大会に出場していたからな」
「はい!?」
突然告げられた事実に驚愕するラーニャ。それはリュカも同じであった。
「どういうこと?」
「三人はセナビアの代表じゃないよ?」
「ああ、知っている。あいつらはカマエリーナの代表だったからな」
「カマエリーナ……」
その名を聞き、二人はザックたちが人体実験の道具にされたことをすぐに悟った。
なぜならカマエリーナ魔法学園のあるフレスタンは、そういうところだったから。
「といっても、ザックはもう生きていないだろうがな」
「そう……」
セイヤの淡々と語る姿を見て、彼が本当に変わってしまったのだなと思うラーニャ。そんなセイヤの話はまだ終わりではなかった。
「施設を抜け出した俺はアルセニアの少女と一緒に行動して、アクエリスタンに入った」
「それでアクエリスタンに住み着いたと?」
「そういうことだ」
大雑把だが、セイヤは今までのことをラーニャに語った。なぜここまで語ったかというと、それは説明を一回で省くためである。
さすがにここまで目立ってしまえば、セイヤのことを詮索してくる輩がいるかもしれない。特にセイヤの過去を知るセナビア魔法学園の生徒たちが。
そんな時、ラーニャのようにセナビア魔法学園でも地位のある魔法師が説明をすれば、そこまでの問い詰めはないはずだ。
つまり、セイヤは面倒事をラーニャに押し付けたということである。
当然そのような作為を知らないラーニャは真剣そうな表情をして、セイヤの豹変について考えていた。
向けられただけで気を失いそうなほどの濃密な殺気を、さらに飲み込む濃密な殺気を放ち、一瞬にして自分の痺れを消滅させる力。
それだけではなく、人間をも簡単に消滅させる力。そんな力、あのアンノーンが持っているはずがなかった。
しかしそれ以上に驚きだったのが、セイヤの登場だ。まったく気配を感じさせず、まるで瞬間移動をしたかのように現れたセイヤ。
もし仮にそれらの力をセナビア魔法学園時代から隠してきたのなら、強靭な精神を持っているとしか言えない。
しかしそうではなく、あの事件後に手に入れたとしたのなら、いったい何があったのか気になる。
どちらにしろ、セイヤが異常だとラーニャは思った。
「ねえ、あなたはいったい……」
「やめておけ」
何者なのか、と聞こうとしたラーニャだったが、その前にセイヤが止める。ラーニャを見据えるセイヤの瞳に熱こそあるものの、先ほどまでと比べれば、冷たい。
おそらくそれはパンドラの箱を開ける一歩手前だ。
ラーニャの中でこれ以上聞いてはいけないと言わんばかりのサイレンが鳴り響く気がした。それは本能的な危機察知能力。これ以上はいけない。
そう思うと、ラーニャは会話を切った。
「ごめん」
ラーニャの声からは、気になるオーラが全開だったが、セイヤはあえて気づかないふりをするしかなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。次は月曜日の21時頃の予定です。




