第170話 観客たちの困惑
「なんだよ、あれ……」
観客席で誰がつぶやいた言葉。本来なら聞こえるはずもない声量で吐かれた言葉だったが、静寂に包まれる観客席に座る者たちはその言葉を耳にした。
物音一つしない観客席ではその声はよく響いた。
そしてその言葉に反論する者はいない。なぜなら観客席に座る全員が多かれ少なかれ、その言葉と同じような感想を抱いていたのだから。
誰もが、メインスクリーンに視線を向け、恐怖や畏怖のまなざしでスクリーンを見つめていた。
メインスクリーンに映るのは金髪碧眼の少年。
最初は誰も少年のことを見向きもしていなかった。ただ、美少女に囲まれたムカつく奴という感想しか出てこず、誰も少年があれほどの力を持っているとは思ってもいなかった。
けれども、あの光景を見てしまった観客たちのセイヤに対する印象は大きく変わる。
メインスクリーンに映るセイヤの右腕はまるで何かを掴んでいるかのように上げられていたが、今の彼は何も掴んではいない。
だが観客たちは知っている。つい先ほどまで、そこにはもう一人の人間がいたことを。
その男は色白い肌が特徴的な紫色の髪をした男だった。濃密な殺気を纏い、まるで人を見下すかのような瞳でセレナの全身を嘗め回していた男。
観客の誰もがテイスにいい思いを抱いてはいなかった。
だからこそ、セレナのピンチにセイヤが駆け付けた時には、観客たちは心の底から歓声を上げた。そして同時に、テイスのことを自分たちの代わりに痛めつけてほしいと思っていた。
それは誰もが思っていた感情。しかしセイヤはそんな観客たちの期待を裏切るようにして、一瞬で勝負を終えた。
テイスが纏う濃密な殺気を余裕で飲み込むほどのセイヤの殺気。その殺気はスクリーン越しでもヒシヒシと伝わってきて、観客たちのことを包み込んでいる。
いきなり現れた謎の存在。観客たちの興味は次第にセイヤに向けられていく。
「なあ、あいつって知っているか?」
「わからん。あんな奴初めて見たぞ」
「俺もだ。でもあんな力があったら、すぐに十三使徒だろ?」
まだ実力の一端しか見せていないセイヤだったが、あの一瞬の出来事でセイヤの実力が十三使徒相当だということはすぐにわかった。
だからこそ、セイヤが十三使徒に選ばれていないことに疑問を覚える観客たち。
「それと去年は出ていないだろ?」
「去年はいなかったな」
「ということは、この一年であの実力を!?」
「さすがにそれは……」
ないと否定しようにも、状況的に考えて、そう考えざる、おえなかった。
これがユアやヂルたちのように特級魔法師一族なら、観客たちもさほど疑問には思わなかっただろう。
しかしセイヤは無名の魔法師だ。誰もがセイヤの正体を知りたがる。
セイヤの正体を考えている一団のほかにも、セイヤが使った力について考えている一団もあった。
一瞬にしてテイスのことを消滅させた謎の魔法。学生魔法師にしてみれば、あの魔法が一体何なのか、是非とも知りたいものであった。
「あれって、やっぱり沈静化かな?」
「どうだろう。私は違うと思うよ」
「私も。沈静化にしてはスムーズに行き過ぎだよ」
「水属性じゃないとなると……派生魔法?」
まるで雨に打たれる炎のように消えていったテイスの肉体。その死に方は水属性の沈静化によってもたらされたと考えるのが普通であったが、それにしては死に方があっさりしすぎていた。
だからこそ、彼女たちはセイヤの使った魔法が水属性ではないと決めつけている。
しかしそうなってくると、セイヤの力を理論的に説明ができなくなってしまう。闇属性の存在を知らない彼女たちはどうにかして答えを導き出そうとするが、当然答えが出るわけもなく、無駄な意見の出し合いが続く。
「あんな派生魔法聞いたことがないわ」
「だよね。そうなってくると、複合魔法だけど……」
「彼からそれほど高度な魔力は感じられなかったわよ」
「となると、やっぱり基本属性の魔法かしら」
「そうなるね」
高度な会話が繰り広げられるが、やはりそれも無意味だった。そんな時、一人の少女が閃いたかのように言う。
「あっ! 火属性で細胞レベルから活性化させて爆発させたんじゃない?」
それは火属性の特殊効果である活性化を用いて、対象の細胞レベルから活性化させるといった方法だ。活性化された細胞は、ユアの光属性の攻撃ように、内からはじけて爆発する。
そして細胞レベルから爆発を繰り返せば、おのずと肉体が崩壊していく。
少女の考えは机の上の理論としては正しい。しかしその理論には問題があった。
「理論上は可能かもしれないけど、細胞レベルから活性化とか無理でしょ」
「そうよ。魔力がいくらあっても足りないわ」
彼女たちのいう通り、少女の理論は正しいが、細胞レベルから活性化させるにはかなりの魔力を消費する。おそらくレアルの全魔力をもってしても不可能であろう。
そんなことをするぐらいなら、肉体を活性化させて弾けさせたほうがより効率的だ。
「うーん……そっか……」
「一体何なのかしらね?」
「さぁー」
結局、少女たちが正解に辿り着くのは、今ではなかった。
そんな感じで、観客席ではセイヤのことについての話で盛り上がり始めていたのだが、ある一角だけは周りと全く違う雰囲気が漂っていた。
それはレイリア魔法大会の開催校であり、かつてセイヤが所属していたセナビア魔法学園である。
セナビア魔法学園の生徒たちは、メインスクリーンに映るセイヤのことをただ信じられないという表情で見つめることしかできなかった。
それもそのはずだ。なぜなら彼らの知っているセイヤは、自分の一族のことも知らない無知で無力な魔法師なのだから。いったい誰がこんな展開を予想できただろうか。
「あれって、アンノーンだよな……?」
「あっ、ああ。俺にもそう見える」
「やっぱり本人だよな……」
彼らはスクリーンに映る少年がアンノーンこと、キリスナ=セイヤだということはわかっていた。しかしいくら心の底で理解していようとも、簡単に理解できるといわれたら答えはノーだ。
「あの力は……」
「それよりなんであいつが……」
まず彼らが最初に驚いたのは、セイヤの初めて見る力でもなければ、濃密な殺気でもない。セイヤがレイリア魔法大会に出場していたことだ。
観客席に座るセナビア魔法学園の生徒たちはセイヤが出場していることは知っていた。初日が終わるころには、全校生徒にまで噂されていたほどだ。
しかし噂を聞いた全員が、どうせネタ枠、囮枠、恥を晒すだけだと思っていた。
だが今の状況を見て、まだそんなことが言える者がいるだろうか、いやいない。先ほどのセイヤの実力を見れば、彼が実力でこのレイリア魔法大会に出場していることは一目瞭然である。
けれども、セイヤにそんな実力がないことは、彼らがよく知っていた。
無知無能無力であるセイヤ。そんな彼が、セレナの、ラーニャたちのピンチを救った。
「あの二人が勝てない相手を一瞬で……」
「嘘だろ……」
「なんだよ……それ……」
セナビア魔法学園の代表選手であるラーニャとリュカは、文字通りセナビア魔法学園の中でもトップクラスの力を持っている。
そんな彼女たちでさえ手も足も出なかった相手を、自分たちが落ちこぼれと侮蔑してきたセイヤは一瞬にして葬り去った。
その事実を受け止められるほど、彼らは大人ではなかった。
「どうやったら……」
「アンノーン……」
セナビア魔法学園の生徒たちは、ただただ信じられない光景を見つめることしかできない。今まで格下だと思ってきた相手の急成長。もはやキリスナ=セイヤという男は、彼らが知っているキリスナ=セイヤではなかった。
「なんでだよ……」
信じられない光景を認めたくはない。そんな思いが、セナビア魔法学園の生徒たちの心の中に芽生え始めるのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。次は水曜日の21時頃です。




