第169話 感情的になったセイヤ
「セイヤ……?」
「ああ、そうだけど」
思いもよらぬ登場に、つい間抜けな口調で聞いてしまったセレナ。しかし現在セレナの目の前にいる少年は間違いなくセレナの思い人であるセイヤだ。
その身に纏う光属性の魔力、そしてその口調はセイヤ以外の何者でもない。
「大丈夫か?」
「えっ、あ、うん。大丈夫……」
いまだしっかりと現実を理解できていないセレナ。セイヤはそんなセレナに魔法をかける。
「『聖生』」
次の瞬間、白い魔法陣がセレナのことを包み込み、あっという間にセレナの制服が戻った。
「え……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
遅れる事十秒、やっと自分が先ほどまでずっと下着一枚でいたことに気づくセレナ。セレナは赤面した顔でセイヤに聞く。
「見た……?」
それは自分の下着姿を見たかという意味だ。もちろん質問の意味をセイヤが理解できないわけもなく、素直に白状をする。
「ああ、まあな」
「もう……お嫁にいけない……」
「悪かったな」
セレナに謝罪しつつも、心の中では「お前はフェニックス家次期当主だからお嫁に行くのではなく、お婿をもらう側だろ」と思うセイヤ。だが、もちろんそんなことを言うほどセイヤも馬鹿ではないので、素直に謝るだけに留めた。
そんな二人のやり取りを見ていた他の面々は言葉が出なかった。その中でもラーニャとリュカは特に驚いている。
なんせ、ついこの間誘拐されて、死んだと思っていたクラスメイトが颯爽と現れたのだ。しかも着ている制服はセナビア魔法学園のものではなく、アルセニア魔法学園のもの。
だがそれ以上に驚きなのは、セイヤがこのレイリア魔法大会に出場していたという事だ。かつてアンノーンと蔑まれ、その無力さを轟かせたセイヤがどうしてこの場にいるのか、二人には理解できなかった。
「おお、これは久しい顔だな。『闇波』」
ラーニャとリュカの存在に気づいたセイヤはあいさつ代わりに『闇波』を行使する。行使する対象はもちろん二人ではなく、ラーニャを痺れさせている雷と、リュカが必死に食い止めている三人の魔法師だ。
「えっ?」
「なに?」
身体の痺れが急に消えたラーニャは驚き、自分が展開していた『|光壁《シャイニングウォール』と三人の敵が一瞬で消滅したリュカは急なことに理解できていない。
だがそこはレイリア魔法大会に選ばれるほどの魔法師だ。すぐにラーニャがセイヤに問い詰めた。
「あなた、アンノーンよね?」
その言葉には確信があるにもかかわらず、どこかまだ信じられないといった思いが含まれていた。しかしその疑念も仕方がないものであろう。
セイヤは困った表情でラーニャの問いに答える。
「ああ、そうだ。何も魔法の使えないアンノーンとは俺のことだ」
「なっ……」
どこか皮肉を込まれたような態度で言われたラーニャは一瞬だけ怒りを覚えるが、すぐにセイヤの表情が変わったことに気づく。
その顔はラーニャが見たことのない顔だった。
「悪いが昔話はここまでだ。ちょっと待っていろ」
セイヤが表情を変えてテイスのことを睨む。そんなセイヤに事を見たラーニャは慌ててセイヤのことを止めようとした。
「待ちなさい、アンノーン。そいつはあんたじゃ……」
勝てない。そう言おうとしたラーニャだったが、次の瞬間の光景を見て言葉を失う。
ドンッ、そんな擬音語が似合うほどの殺気がセイヤから放たれたのだ。その時のセイヤの表情を、ラーニャは見たことがなかった。
セイヤのそんな表情を始めてみるラーニャは、本当に目の前にいる少年が自分の知っているアンノーンこと、キリスナ=セイヤなのか疑いたくなる。
纏うオーラ、放たれた殺気、敵を見下すような瞳、そのすべてがラーニャの知るセイヤとは別人だった。
「ここは危険だから下がりましょう」
「あっ、うん」
いつの間にか通常運転に戻ったセレナがラーニャのことをセイヤの戦闘域から連れ出す。セレナによって連れて行かれるラーニャはただセイヤのことを茫然と見ることしかできなかった。
その際、普通ならテイスが何か言ってもいい場面だが、テイスは何も言わなかった。いな、何も言うことが出来なかった。
セイヤから放たれる圧倒的な殺気を前に、テイスはただ震えることしかできなかったのだ。
自分の殺気とは圧倒的な差があるセイヤの殺気。テイスは思う。
自分は一体何と対峙しているのか、と。
それはスクリーンの前に座る観客たちも同じだった。特にセナビア魔法学園の一団がいるエリアでは誰も言葉を発することが出来ない。
アンノーンこと、セイヤがレイリア魔法大会に参加していたことはすでに皆が知っている。初日が終わる頃には噂となって全校生徒に知れ渡っていた。
しかしその噂を聞いた誰もが、ネタ枠やら、囮枠として揶揄し、笑った。だが今のセイヤの姿を見てそのようなことが言える魔法師がいるだろうか。いや、いない。
会場にいるすべてのセナビア魔法学園の生徒たちは豹変したアンノーンの姿に言葉を失うことしかできない。そして思う。彼は本当にアンノーンなのかと。
生徒たちが言葉を失う中、セナビア魔法学園の教師陣たちもまた、セイヤの突然の登場に言葉が出ない。今までメインスクリーンにほぼ移ることのなかったセイヤが観客たちに前でその姿をさらすのは初めてだ。
そして教師陣たちはメインスクリーンに映し出されたセイヤの姿を見て、生徒たち以上に衝撃を受けた。なぜなら、セイヤの実力が桁違いだという事を、生徒以上に感じてしまったから。
セイヤから放たれる圧倒的な殺気。それは最早、学生魔法師の域を脱している。はっきり言って異常だ。一体どれほどの経験を積めばあれほどの殺気を身に着けることが出来るのか、教師陣は想像するのを止めた。
しかし言葉が出ないのはセナビア魔法学園のエリアだけであり、他の魔法学園のエリアでは歓声が沸いていた。
「なんか来たぞ!」
「あれってハーレム野郎だろ」
「ええい、この際、誰でもいい。早くあいつをぶっ飛ばしてくれ」
選手紹介の時に両手に花だったセイヤについたハーレム野郎というあだ名。しかし今はそれ以上に、うっぷんの溜まる展開を打破してくれたセイヤに、テイスを殴り飛ばしてほしいという思いだけしかなかった。
「やれやれ」
「いけー!」
「ぶっ飛ばせ!」
どんどんと歓声が沸いていく会場。
しかしそんな会場の歓声を知らないセイヤは、腕をつかむテイスのことを睨みながら言う。
「仲間が世話になったな」
「ひぃぃ……」
低い声で発せられた言葉はなんてことのないもののはずだというのに、テイスにとっては死神の言葉にしか聞こえなかった。
セイヤから放たれる圧倒的な殺気がテイスのことを包み込む。
「おっ、おっ、お前は一体……」
ダクリアでもかなりの実力を持つはずのテイスだったが、セイヤを前にして、その余裕そうな表情はまったくない。完全にセイヤを前にして恐怖心に飲み込まれていた。
「通りすがりの仲間だ」
言葉の一つ一つに怒りが含まれているセイヤの表情は、このレイリア魔法大会でも初めて見せる顔だった。
ザックたちを相手にした時も、ダクリアの部隊を相手にした時も、セイヤは感情的にならず、冷静に対処していた。しかし今回は違う。
セレナを、大切な仲間を傷つけられてセイヤの心は怒りに震えていた。
感情的になったセイヤの殺気は今までとは比べ物にならないほど濃密だ。テイスはそれほどの殺気を今まで感じたことがない。
「なっ、仲間だと? ふざけるな! そんな殺気、アスモデウス様でもあり得ないぞ」
アスモデウス、ダクリアの七区を統治する魔王の名前を聞き、セイヤはテイスの正体を大体理解した。
「お前は色欲の所の魔法師か。暴食の策になぜお前が絡んでいるのかが気になるが、この際そんなことはどうでもいい。俺の仲間に手を出したことを後悔しろ」
「ひっ、ひぃぃぃ」
なぜセイヤが色欲や暴食ベルゼブブについて知っているのか気になったテイスだが、そんなことを聞けるような状況ではない。
無駄とわかりつつも命乞いを始めるテイス。
「た、頼む。何でもするから命だけは……」
虫のいいことは分かっている。けれど人間やはり死を間近に感じると生きたいという思いが生まれるものだ。無様でもいいから生きたい、と思うテイス。
しかしセイヤがそんなことを許すわけもない。
「断る」
「くっ、くそ……」
セイヤのその言葉を最後に、テイスはこの世から姿を、いや、存在を消した。まるで炎が雨によって消されるかのように自然と消えていったテイス。
その何とも呆気ない結末に観客たちは反応できなかった。
そして観客以上に言葉を失う初老の男性がいた。
「セイヤ……」
各学園の学園長たちがいるVIPルームでは、エドワードのそんな声が響くのであった。
いつからユアがメインヒロインだと錯覚していた? そんな言葉が思いついた今回でしたが、このままいくとこの物語のメインヒロインはユアではなく、セレナになりそうですね。(なんでだろう……)
もちろん冗談です。
さて、この後一体どうなるのか。作者自身もわかりませんが、これからもよろしくお願いします。次は月曜日の21時頃の予定です。




