第168話 ラーニャの覚悟
急にひざの力が抜けて座り込んでしまったセレナ。
セレナにはなぜ自分がそうなってしまったのか、理解できなかった。しかしその場に居たセレナ以外は全員、その理由を知っていた。いや、肌で感じていた。
テイスから放たれる圧倒的な殺気。その殺気はラーニャたちがかつて感じたことのないほどで、瞬間的にテイスが危険人物だと理解させられる。
そして同時にセレナが言っていた言葉も理解した。
(相手は本気でこっちのことを殺しに来ている)
相手の正体がわからないが、それでも相手の殺気は本物だった。
自分がどれほど甘かったかを理解させられたラーニャは、すぐにセレナのことを助けなければという考えに思い至る。
「リュカ、あの人をつけるから援護よろしく」
「えっ? あっ、うん。わかった」
遅れながら、リュカも今の状況を理解する。
「それじゃ、行ってくる」
「気を付けて」
セレナのことを助けるため、ラーニャが風刃丸を片手に岩山から駆け下りていく。
しかし相手もただ見ているだけではない。テイス以外の五人が、テイスの邪魔をさせないためにラーニャの前に立ちはだかる。
「行かせるか」
「やらせぬ」
五人が次々とラーニャに向かって魔法を行使した。しかしどの魔法もラーニャに当たることは無い。
「『光壁』」
撃ちだされた魔法がラーニャに当たる前に、リュカが展開した『光壁』がラーニャの身を守る。
「ありがとう」
まるでリュカの援護が来ることを知っていたかのように、ラーニャはすでに攻撃態勢に移っていた。風属性の魔力が纏われた風刃丸を構えるラーニャの攻撃がダクリアの魔法師たちを襲う。
「アルン流初段壱の型『燕返し』」
空中を滑走するかのように振られた風刃丸が、ダクリアの魔法師の二人に襲い掛かり、ドスッ、という音を立てて、二人の敵が倒れ込んだ。
倒れ込んだ敵に傷はない。なぜなら、ラーニャは敵を斬ったのではなく、峰内をしたから。しかしそれでも衝撃により、敵は倒れ込む。
これで残る敵は三人。
ラーニャは立て続けにアルン流魔装剣術で攻撃を加えようとしたが、相手もただ見てくれるわけもなく、既に新しい攻撃に移っていた。
「喰らえ」
「いけ」
「これでどうだ」
同時に多方面に展開される色とりどりの魔法陣。だが近接戦闘の、それも刀を扱うラーニャに、扱える広域魔法はない。どう頑張ったところで防げる魔法は一人分だ。
回避をしようにも、広範囲に展開された魔法から逃げるのは難しい。
「くっ、アルン流初段伍の型断風」
ラーニャは心を決め、展開さているうち、赤い魔法陣から撃ち出される魔法だけに神経を集中させ、その攻撃を防ぐ。
展開された三色の魔法陣の内、赤い魔法陣が一番攻撃力が高かったから。
赤い魔法陣からの攻撃を防ぐことに成功したラーニャ、しかし残る二つの攻撃を防ぐことは叶わない。自分に襲いかかる衝撃に備える。
「『光壁』」
しかし頼れる相棒がラーニャのことを守った。
「ラーニャちゃん、行って!」
「リュカ。ありがとう」
ラーニャに襲い掛かるはずだった攻撃を、同時に二面展開された『|光壁《シャイニングウォール』が守り、セレナまでの道を作り出す。
本当に頼れる相棒だと思うラーニャは、リュカに残りの敵を任せて、テイスの前で座り込んでいるセレナのもとに駆け出そうとする。
「はぁぁぁぁぁ」
風刃丸を構えながらテイスに向かっていくラーニャ。ダクリアの魔法師たちがラーニャに攻撃を加えようとするが、リュカの展開する『|光壁《シャイニングウォール』が三人の魔法師の攻撃を阻み、攻撃することがかなわない。
(今助けるからね)
ラーニャが全速力でテイスに向かって疾走する。
しかしテイスまで残り五メートルとなった時だった。
ラーニャの前に突然、緑色の魔法陣が展開され、その魔法陣から雷がラーニャに向かって襲い掛かる。
「えっ……」
テイスに集中していたラーニャは不意を突かれたため、反応できない。それは三人の魔法師たちを抑え込んでいたリュカもだ。
突然展開された魔法陣。その犯人は最初にラーニャの峰内によって気を失ったように思われた魔法師だった。その魔法師は右肩を複雑骨折させながらも、何とか意識を保ち、ラーニャに攻撃を加えたのだ。
「きゃああああああ」
完全に不意を突かれたラーニャは為す術なく雷を浴びてしまう。そして雷によって体を痺れさせられ、身動きが取れなくなってしまった。
「ラーニャちゃん!」
「うう……うう……」
三人の魔法師からの攻撃を防いでいるリュカがラーニャの名を叫ぶが、体が痺れているラーニャはうまく言葉を発することが出来ない。
そんなラーニャが痺れながらも視界に捉えるのはテイスとセレナ。あと少しのところで届かない手にラーニャは自分の無力さを思い知らされる。
テイスからセレナに向けられる殺気は相当なものだ。それは殺気を向けられていないにもかかわらず恐怖心を抱いたラーニャにもよくわかっていた。
だからその殺気を直に向けられているセレナは簡単に身動きをとれるわけがない。なら殺気を向けられていない自分が助けなくては、とラーニャは思ったが体動かない。
「うう……」
体に力を入れようとするが、思うように動かない。目の前では、テイスがセレナの服を剥ぎ取り、セレナの白い肌があらわになっていた。
「ふん、服を脱がされた感想はどうだ?」
テイスが下着だけしか身に着けていないセレナのことを嘗め回すような目で見ながら聞く。テイスから放たれた殺気を前に、セレナは何もできず、ただ服を剥ぎ取られるだけだった。
殺気によって押しつぶされそうな中、セレナができる抵抗と言えば、テイスのことを睨むだけだ。
けれども、その目がテイスの性欲をさらにそそる。
「犯す最中、犯した後でその目がどうなるのかが楽しみだ。はたしてこの色欲の魔王に使える俺の前に、どこまで耐えられるか。調教し甲斐がある」
「くっ……」
自分がテイスによって汚されていく。そう思ったらセレナは寒気がした。そして目の前でセレナが汚されてようとしている光景を何もできずに見ていたラーニャの中には怒りが湧きあがる。
それはセレナたちのことをスクリーンで見ていた観客たちも同じだった。スクリーンに映し出される女子高生の柔肌。しかしその光景に興奮する者は誰もいない。
全員が、弄ぶかのようにセレナの服を脱がすテイスに対して強い怒りを抱いていた。
けれども、いくらテイスに強い怒りを抱いたところで、観客たちには何もできない。それは観客たちがよく分かっていた。自分たちが何もできないことに対して、更に怒りを覚える観客たち。
そしてスクリーンに映るのは絶望的な状況。唯一の望みであるラーニャは雷を浴び、痺れて動けない。リュカはラーニャのことを守るので精一杯。
セレナがテイスの手によって汚され、犯される未来は不可避だと誰もが思う。
それはセレナもである。
(こんなことになるなら、あのバカに告白しておくんだった……)
考えるのはセレナの思い人。初めて好きになった男性。しかし彼には婚約者がおり、愛人までいる。しかも二人とも絶世の美しさを持っている。
自分が告白したところで勝ち目はない。それに自分の家の名前を傷つけるだけだ。
そう思い、告白をしなかったセレナ。けれども、今の状況を前にして、しみじみと思った。例え勝ち目がなくとも、家の名前に傷をつけようとも、自分の気持ちを伝えておくべきだった、と。
(ああ、馬鹿だ、私……なんでいつもあんな態度をとっていたんだろう。もっと仲良くなりたかっただけなのに……)
後悔したところで、もう遅い。
「さあ、楽しい、楽しい、時間の始まりだ」
「うっ……セイヤ……」
今にもテイスの右手がセレナの下着を剥ぎ取ろうとし、セレナは恐怖のあまり目を瞑る。そしてすがるように思い人の名前を呟いた。
(これから私……どうやってセイヤに向き合えばいいんだろう……)
セレナはこれから始まる地獄の時間を考えて、人生が嫌になる。そしてテイスの手がセレナの下着に到達する直前、セレナは再び思い人の名前を呟く。
「助けて……セイヤ……」
その時、一筋の風が吹いた。そしてその風と共に、
「呼んだか?」
「えっ?」
その場に居るはずのない声。
セレナは驚き、瞳を開く。
すると、そこにいたのは、全身を光輝かせながら、テイスの手を掴むセイヤの姿だった。
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