第167話 色欲の魔の手
自分の中での最強の攻撃魔法『アトゥートス』によって、ダクリアの軍勢を一瞬にして焼き払ったセレナだったが、その表情には余裕はない。
「やっぱり残ったわね」
セレナは自分が焼き払った敵など気にせず、『アトゥートス』を防いで残った敵に意識を集中させる。
不意に撃たれた『アトゥートス』をとっさに魔法を行使して防ごうとした魔法師の数は十人、そしてその内、きっちりと『アトゥートス』を防ぐことに成功した魔法師の数は六人だ。
つまり、現在セレナの眼下に居るダクリアの魔法師の数は六人である。
六人の魔法師が岩山の上に居るセレナたちのことを見上げるように立ち止まっていたが、そのうち五人はどこか消耗したような様子であった。
そんな五人の魔法師たちを見て、セレナはおそらく『アトゥートス』を防ぐ際にかなりの魔力を消費したのだろうと考える。
しかし問題は残る一人だ。
色白い肌に紫色の髪をした若い男、彼だけは他の五人とは格が違っていた。セレナの中での最強の攻撃魔法である『アトゥートス』を不意に撃たれたにもかかわらず、冷静に、それもほとんど消耗なく防いだ男は明らかに他の五人とは違う。
セレナはそんな魔法師を見据えつつも、まずは他の五人の早急に排除するために動き出した。
「いくわよ」
岩山を蹴り、崖を走っていくセレナ。その両手には当然ながら魔装銃が握られており、五人の魔法師たちに向けられていた。
「喰らいなさい」
セレナが魔法師たちに向けて、魔装銃に引き金を引くと、赤い魔力弾が撃ち出される。
ダクリアの魔法師たちはセレナの魔力弾に対して、次々と魔法陣を展開させて魔力弾を防ぎ、そしてすぐに新たな魔法陣を展開して、空中をかけていたセレナに魔法を行使した。
「くっ……」
同時に五カ所に展開された様々な魔法陣。その魔法陣がすべて空中にいるセレナのことを狙っているのは、容易に理解できる。
セレナはすぐに魔法陣に対して、魔装銃構えて引き金を引く。そして魔法陣から撃ちだされた魔法に魔力弾を当てて相殺した。
「はあ……」
空中でなんとか相手の魔法を無力化したセレナはため息をつく。なぜなら、こういう時は本気でセイヤやリリィ、アイシィのことが羨ましいと思ったからだ。
セイヤには闇属性が、リリィには水属性が、アイシィには氷属性がある。そしてその三つに共通することは、魔法が発動される前に消滅、ないしは沈静化で魔法陣を直接無効化できることだ。
魔法陣を直接無効化にさせることが出来るという事は、相手の攻撃など気にせず無効化出来る。
しかし闇属性も水属性も使えないセレナに魔法陣を無効化することはできない。なので、セレナは相手の攻撃を予想し、魔法が撃ち出される直前に魔力弾を撃って、魔法を魔力弾で相殺していたのだ。
これは魔法陣を無効化するのよりも、何倍もの集中力を割くため、そう何度もできる芸当ではない。
だからこそ、相手もセレナの芸当を見て、少なからず動揺する。そしてセレナがその動揺を逃すわけもなく、すぐに攻撃に移った。
「終わりよ」
五人の魔法師たちに向かってセレナは次々と魔装銃の引き金を引いていく。撃ちだすのは先ほどまでの魔力弾ではなく、魔力のレーザー。
断崖絶壁の間を跳躍しながら次々と魔装銃の引き金を引いていくセレナ。
そして魔力のレーザーが、五人の魔法師たちに向かって直進していく。
これで五人の魔法師たちは負ける、はずだった。『アトゥートス』での消耗、そして先ほどの魔力弾の防ぎ方を見る限り、セレナは五人とも魔力のレーザーを防ぐことはできないとわかっていたから。
しかし、いざ魔力のレーザーが五人の魔法師たちに着弾しようとした瞬間、
「『闇波』」
低い男の声と共に、セレナの魔力のレーザーが一瞬にして跡形もなく消えた。いや、消滅した。
地面に降り立ったセレナはすぐに自分の攻撃を防いだ犯人が紫の髪の男だと理解する。そして魔装銃を紫の男の方に構えて、問答無用で引き金を引いた。
パンパン、と音を立てて撃ち出される赤い魔力弾。だがセレナの撃ち出した魔力弾は、次の瞬間には跡形もなく消滅する。
セレナはその光景をよく知っている。それはセイヤがよく使う魔法だったから。
「本当に厄介な魔法ね」
「へぇ、この魔法を知っているんだ」
セレナが闇属性魔法を知っていることに驚きを隠せない男。けれども、その表情はかなり余裕だった。
「生憎、他人よりは闇属性を見慣れているのよ」
「闇属性を見慣れているとは面白いね」
男のまるでセレナを見定めるような目に、セレナは気味の悪さを覚える。その目はセレナの実力を見極めるというよりは、セレナの全身を嘗め回すような視線だった。
「おっと、自己紹介がまだだったね。僕はテイス。色欲の魔王に使える者だ」
いきなり自己紹介を始めた男に困惑を覚醒ないセレナ。これから戦うというのに、テイスはとても友好的な態度だったから。
「ねえねえ、自己紹介してくれないの?」
本当に戦う気はないのかと思いたくなる態度のテイス。セレナは仕方なく自分も名前だけを名乗ることにした。
「セレナよ」
「へえ、セレナか。いい名前だね」
セレナの名前を言いながら、セレナのことを見据えるテイス。だがその視線の先にあるものはセレナの顔ではなく、体だった。
テイスの視線に気付いたセレナは思わず自分の身体を隠すように抱く。
しかしその行動を見たテイスはどこか嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべた。
「いいね、いいね、そそるね~。これは抱き心地がよさそうだ」
「なっ……」
この男は何を言っているんだ、と思うセレナ。だがテイスの思っていることが分からないほど、セレナは子供ではなかった。
だからセレナは大きな声で否定をする。
「誰があんたなんかと」
高らかに否定をするセレナだったが、そんなセレナの言葉もテイスを興奮させるのには十分だ。
「その顔、初めてかな。大丈夫だよ、優しくするから」
「ふざけないで!」
セレナの全身を嘗め回すかのように視線を走らせるテイスに対して、セレナは魔装銃を向けて引き金を引く。撃ちだすのはもちろん魔力のレーザーだ。
「死になさい」
「無駄だって。『闇波』」
セレナが撃ち出した魔力のレーザーを一瞬で消し去るテイス。
「ね、無駄でしょ。だからこれ以上の抵抗はやめて欲しいな。じゃないと、つい殺しちゃう」
「くっ……」
テイスの放つ殺気が一瞬だけ大きくなり、その実力の一端を見せる。その実力はセレナの感じる限り、ダクリア二区で戦ったザッドマンと同等か、それ以上だった。
テイスはさらに言葉を続ける。それも先ほどより、もっと余裕そうに。
「でも美少女はあまり殺したくない。だから素直に降伏してくれると嬉しいな」
「降伏しろと言われて、降伏すると思う?」
「はあ、無駄なことを」
セレナが再び魔装銃を構えて引き金を引こうとしたが、今度は魔力のレーザーが撃ち出される前に、テイスが魔装銃の銃口に展開された魔法陣を消滅させる。
「まだよ」
テイスによって魔力のレーザーを防がれたセレナだったが、まだ諦める気はない。セレナは地面を蹴り、一気にテイスに向かって駆け出す。
「無駄だって。『闇弾』」
テイスが魔法陣を展開させて、セレナの足元に向かって紫色の魔力弾を撃ちだす。
足元に向かって撃ちだされた魔力弾に対して、セレナは跳躍して回避をする。そしてそのまま右側にあった岩山の表面を蹴り、さらに跳躍をした。
空中を回転しながら、セレナは右手に握る魔装銃をテイスに向けて構える。その際、セレナの左手に握られていた魔装銃は、いつの間にかセレナの懐に収納されており、握られている魔装銃は右手の一つだけだった。
パン、と乾いた音を一度立てて撃ちだされたのは先ほどまでと同じ魔力のレーザー。
テイスは魔力のレーザーを見た瞬間につまらなそうな表情を浮かべて、これまた同じように『闇波』を行使する。
「『闇波』」
「かかったわね」
テイスが先ほどと同じように『闇波』でセレナの攻撃を防ごうとしたことを見て、セレナが笑みを浮かべる。
「これは!?」
セレナの笑みを見て、遅れながらに気づいたテイス。しかしセレナの狙いが分かった時には、すでに遅かった。
「ちっ……」
次の瞬間、テイスに向かって直進していた魔力のレーザーは、『闇波』に消滅させられることなく進み、テイスの右頬に掠る。そしてテイスの右頬には薄い擦り傷が生まれた。
「闇属性が使えるからって、舐めないことね」
セレナが右手に魔装銃を握りながら言う。
なぜセレナがテイスの『闇波』を破ることができたかというと、答えは単純だ。今まで同時に二丁の魔装銃を使ってきたセレナが、一丁の魔装銃だけを使って攻撃したからである。
本来なら二手に分かれていた魔力配分が、片方が消えたことにより、一方にすべてが注がれるようになった。それはつまり単純に考えれば、威力が二倍になったという事だ。
そして二倍になった威力は何も知らないテイスの『闇波』を簡単に破ることが出来る。
敵の慢心を利用したセレナの攻撃は見事に成功した。しかし同時に、今まで温厚な態度をとっていたテイスの雰囲気が一瞬にして変わる。
「顔に傷をつけるとはいい度胸だ。少し調教が必要なようだね」
「やれるものなら、やってみなさい」
再びテイスに向けて魔装銃を構えるセレナ。
「『闇波』」
「嘘……」
しかしセレナがテイスに向けて魔装銃を構えた瞬間、セレナに握っていた魔装銃が一瞬にして消滅する。
「もう手加減はしない。その体に俺を怒らせたらどうなるか、とくと刻み込んでやる」
「へっ……」
魔装銃の消滅に続き、急にひざの力が抜け、座り込むセレナ。なぜ自分が敵を前にして隙だらけになっているのか、セレナには理解できなかった。
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