第161話 人数不足でピンチ
地図上で北北西にある海エリアと森エリアの境界線付近の砂浜では、すでに激しい戦闘が行われていた。
「風神の罰、罪人への制裁、風の加護、高速の舞。『不可視弾』」
銀髪の少年、ジンが森エリアの方から進行してくる大軍に向かって魔法を行使すると、相手側もすぐの行動に出る。
「防御隊、防御!」
「「「了解! 『風壁』」」」
敵の大軍の中からリーダー格の男が指示を出すと、一瞬にして大軍の前に風の壁が発生し、ジンの『不可視弾』から大軍を守る。
「はやい」
「ああ、尋常じゃないな」
ジンとカイルドは詠唱無しで魔法を行使した敵軍を見て言葉を失う。
敵軍、つまりダクリアの軍勢が行っているのは無詠唱での魔法の行使ではなく、厳密に言えば、闇属性初級魔法である『闇波』と他の魔法を組み合わせることで詠唱自体を消滅させているだけだ。
しかしそんなことを知らない二人からしてみれば、ダクリアの軍勢が無詠唱で魔法を行使しているようにしか思えなかった。
この時点でアイシィは闇属性のことを二人には知らせていない。
なぜなら知らせないほうがいいとアイシィが判断したから。
無詠唱で魔法を行使できる魔法師はレイリア王国でも一握りしかいない相当な実力者だ。ジンやカイルドからしてみれば、無詠唱で魔法を行使するダクリアの軍勢たちも相当な実力者だと思っている。
つまりそれは、油断がないという事だ。
たとえ相手が弱くても、ジンたちは相当な実力者として敵と戦う。そこに油断といったものは存在しない。いや、存在させることができない。なぜなら、脳が戦いに集中するから。
戦いに集中できれば、二人が隙を突かれて危険に陥る可能性も低い。アイシィはそう考えていた。
そして案の定、ジンとカイルドは戦いにかなり集中している。
「くそ、なかなか攻撃が通らない」
「仕方がない」
「はい、今は堪えてください」
なかなか攻撃が通らないことに苛立ちを覚え始めるカイルドに対して、二人は冷静になるように言う。
今はまだ耐え時だ。下手に動くわけにはいかない。
カイルド自身もわかってはいるが、実際に命の掛かった戦いになると、少しでも早く戦闘を終わらせようと、つい焦ってしまう。
「攻撃ぃ!」
「「「了解! 『火斬』『風刃』『水弾』」」」
「ウォーターウォール!」
リーダー格の男の指示でダクリアの軍勢から三人に向かって一斉に魔法が放たれると、すぐにリリィが水の壁を作り出して三人のことを守る。
数多くの魔法がダクリアの軍勢から放たれたが、どの魔法もリリィの作り出した水の壁を破ることができずに散っていく。いくら数が多くても、単純な魔法ではそう簡単にリリィの防御を破ることはできない。
「リリィ大丈夫?」
「大丈夫! でもちょっと危ないかも」
「わかった」
アイシィはリリィの状態を確認すると、氷で作り出した弓矢を使って、ダクリアの軍勢に向かって大量の氷の矢を撃ちだす。しかしただの氷の矢では到底、相手の魔法を打ち破ることができずに散ってしまう。
だが、それでいい。
アイシィの目的は少しでもダクリアの軍勢の進行速度を弱めることだったから。
「我、火の加護を受ける者、今、我に加護を。『火弾』」
「風神の罰、罪人への制裁、風の加護、高速の舞。『不可視弾』」
アイシィの狙いをわかっているジンとカイルドもダクリアの軍勢に向かって魔法を行使する。だがやはり、二人の魔法も虚しく魔法は散ってしまった。
「くそっ」
「落ち着いて」
苛立つカイルドをジンが宥める。しかしカイルドが落ち着いていられるのも時間の問題であろう。
はっきり言って、この戦いは自分たちが圧倒的に不利だと、全員が思っていた。
アイシィたちの人数は四人、それに対して相手側は実戦経験が豊富な魔法師たちが三百人近くいる。数の差が圧倒的にある上に、ダクリアの軍勢は闇属性というカードまで残している。
闇属性の存在を知らないジンたちはまだ楽観的にとらえられるかもしれないが、闇属性の存在や、その脅威を知っているアイシィからしてみれば、この状況は絶望的だ。
なぜ相手が防御の際にわざわざ闇属性を使わず、他の魔法で防御しているのか、アイシィにはわからなかったが、闇属性が相手にある以上、油断はできない。
そして先ほどから続く魔法の撃ち合いもそろそろ厳しくなってきた。それもアイシィたちの方が。
「そろそろ限界」
先ほどから続く魔法の撃ち合いでは、アイシィ、ジン、カイルドの三人がオフェンス。ディフェンスはリリィ一人で担っていた。
最初こそ両者拮抗していた戦いになっていたが、次第にアイシィたちの方がピンチになってきている。おそらくあと数回の攻防でアイシィたちが完全に敗北するであろう。
理由は単純、リリィの消耗だ。
先ほどから続く魔法の撃ち合いにおいて、リリィは一人でディフェンスを担当していた。そして三百人近い軍勢から放たれた魔法に対し、水を操って大きな壁を作ることでどうにか防いでいたのだが、その魔力の消費量は計り知れない。
ウンディーネであるリリィはただの水を操ることは造作もないが、不純物の多い塩水を操るにはかなり苦労する。そしてこのエリアにある水は全てが海水、つまり塩水だ。
「攻撃ぃ!」
「「「ウォォォォォォォ」」」
「ウォールウォール!」
再びダクリアの軍勢から大量の魔法が放たれると、リリィはすぐに大きな水の壁を形成して三人のことを守る。しかしその表情はかなり苦しそうだ。
ただでさえ、ジンとカイルドとの戦闘の時から神経をすり減らして水を操っていたリリィ。ダクリアの軍勢との戦闘に入ってからは、ジンたちの時とは比べ物にならないほどの負担がリリィのことを襲っていた。
「このままだとジリ貧」
どうにかして突破口を探すために時間を稼ごうとしていたアイシィだったが、流石に限界を迎えつつあった。
息を荒げながら苦しそうにしているリリィ、そんなリリィを見るのは始めたであったが、今はそれどころではない。どうにかしてこの状況を打開しなければならない。
「どうする?」
「攻撃は通じない」
ジンとカイルドも状況がかなり悪いことを察し始め、アイシィに聞く。
しかしどうするかと聞かれたところでアイシィにもこの絶望的な状況を打開できる策は思いついているわけではない。
「どうすれば……」
アイシィは必死に考える。
こういう時、どうすればいいか。こういう時、あの人はどうしていたか。考えるのは自分が一番尊敬している魔法師であり、剣術での師匠に当たる少年。
こんな時、セイヤならどうするか。
「はっ」
アイシィはある言葉を思い出す。
(一つのことに集中せず、普段から周りを見るように)
その言葉はセイヤが剣術の稽古中に言っていた言葉。アイシィはその言葉を思い出すと、すぐに周りを見始める。
「絶対どこかに突破口があるはず」
意識を集中させすぎないようにして、周りを見たアイシィ。そしてアイシィはあることを思いつく。
「これなら」
「なにかあるのか?」
「打開策?」
「はい」
不思議そうに聞いて来るジンとカイルドに対して、アイシィはすぐの思いついた作戦を伝えた。
「攻撃ぃー!!」
「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォ」」」
敵軍のリーダー格の男が再び指示を出すと、大量の魔法がアイシィたちの方に向かって放たれる。
大量に放たれた魔法に対して、先ほどまでと同じようにリリィが大きな水の壁を作り出してアイシィたちのことを守るが、すでにリリィの魔力は限界だった。
「あっ!」
リリィによってつくられた水の壁は所々が薄くなっていたり、穴が開いていたりしていて、防御壁として完璧に機能するとは思えない。
そして敵軍から放たれたあまたの魔法が、水の壁のもろい箇所を通ってアイシィたちに襲い掛かる。
「アイス・ド・ナイト」
「風の巫女、この地に舞い降り吹き荒れろ。『風牙』」
水の壁を通り抜けて来た攻撃に対し、アイシィとジンはすぐに行動に出た。
氷の剣を作り出したアイシィは、その剣で自分に襲い掛かって来る魔法をすべて斬って、同時に水属性の特殊効果である沈静化で威力を弱める。
一方、ジンは襲い掛かってくる魔法に対して、『風牙』を行使し、魔法を撃ち落とした。
「リリィ、大丈夫?」
「ごめんアイシィたちの方がお姉ちゃん。もう限界」
ここにきてついに限界を迎えたリリィであるが、今までの負担を考えれば当然の結果だ。むしろ今までよく耐えたといった方がいいだろう。
「リリィは少し休んでいて。あとは私たちがやる」
「ありがとう」
消耗が激しいリリィを後方で休ませ、今度はアイシィが前に出る。
「カイルドさんお願いします。ジンさんも作戦通りに」
「ああ、まかせろ」
「わかった。こっちでも援護をする」
前に出たアイシィに答えるジンとカイルドの顔からはアイシィに対する信頼が感じられた。二人の顔を見たアイシィはどこか嬉しそうにして言う。
「ありがとうございます。アイス・ド・アサシン」
右手に握る氷の片手剣の形状を双剣に変えて、アイシィは正面から迫り来るダクリアの軍勢を見据えた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回から場所を海エリアに移し、三話ほど戦闘が行われます。それでは次もよろしくお願いします。




