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落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
4章 レイリア魔法大会編
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第160話 復活する不死鳥

 「止まって……」


 地図上で東に位置する岩山エリアでは少女の悲痛な声が響いていた。


 金色の髪を泥だらけにしながら回復系の魔法を行使する少女の名前はリュカ=ティーナモ。リュカは大切な親友の魔法師人生を終わらせないため、必死に回復系魔法を赤髪の少女に行使し続ける。


 「お願い、止まって」


 リュカの目の前にいる赤髪の少女は瞼を閉じたまま動かない。


 赤髪の少女、セレナの肉体にはそれほど多くの傷は見られないが、腹部にとても深い傷があった。小さいが腹部に深々とある刺し傷、そこから今もドクドクと大量の血液が流れ出ている。


 リュカはどうにかして出血を止めようと、セレナの傷口に手を当てて、光属性の魔力を流し込んでいた。光属性の魔力を流し込むことで、セレナの再生能力を上昇させようとしていたのだ。


 しかしセレナの出血は止まらない。


 「どうして……」


 リュカは自分の実力不足を呪いたいと思った。リュカの一族であるティーナモ家は主にサポートを中心としている一族であり、その中には当然ながら回復系の魔法を含まれている。


 けれども、リュカは今までの人生で回復系の魔法の習得を後回しにして来た。なぜなら、人体に魔法を行使するのに躊躇いがったのも事実だが、それ以上に回復系の魔法が必要ではなかったから。


 魔法学園に通っているリュカは滅多に人が怪我をする場面に遭遇しない。それは魔法学園が安全な場所であり、実践訓練でも例の結界によって怪我をすることがないからだ。


 例え怪我をしたとしても、学園にいる医療担当の教員に任せれば問題はない。


 だからこそ、回復系の魔法の習得に時間をかけるくらいなら、その分の時間で他の、実践で使える魔法を練習したほうが断然有意義だった。


 そしてリュカはその考えを疑うことなく過ごしてきたため、回復系の魔法は疎か、一般的に必要とされる応急処置程度の魔法も使えなかったのだ。


 「ちゃんと回復系の魔法やっていれば……」


 当然ながら、応急処置の魔法さえもろくに使えないリュカが見るからに重体であるセレナのことを治療することもできなければ、出血を止めることもできない。


 しかもリュカは気づいていないが、今のリュカが行っている処置ははっきり言ってセレナのことを悪化させている。本来ならセレナの再生力を上昇させなければいけないところを、リュカは血流の速さを上昇させていた。


 つまり今のセレナは通常よりも速いスピードで血液を失っていたのだ。


 おそらくこのままでいけば、あと五分もせずに、セレナは失血死で帰らぬ人となってしまう。


 「どうして……どうして……」


 だが、そんなことを知らないリュカは必死にセレナの体に向かって光属性の魔力を流し込んでいた。


 一方、必死にセレナのことを治療するリュカの近くでは黒髪ポニーテイルの少女がうずくまっていた。その肩は震え、自分がやってしまったことに後悔をしているようだ。


 「私は……人を……」


 不慮の事故で人を殺めてしまったと思っている少女の名前はラーニャ=アルン。レイリア王国でも有名なアルン流魔装剣術の直系に位置する少女である。


 ラーニャは生まれて初めて人を刀で刺した。それも覚悟を決めていない不意打ちで。それは十七歳の少女に背負わせるには重すぎる現実かもしれないが、ラーニャがセレナのことを刀で刺したことは変わらぬ事実。


 ラーニャはこの事実と向き合っていかなくてはならない。そしてセレナのことを殺めたという重荷を背負って生きていかなければならないとラーニャはわかっている。


 それは剣士であるラーニャがいつかは背負わなければならなかった覚悟。


 しかしいくら頭でわかっているものの、やはり実際に起きてしまうと心に来るものがある。ラーニャは自分の手を見つめると、セレナのことを刺した時の感触を思い出す。


 刺した時に確かに感じられた抵抗。その感覚こそが命を奪うという行為であり、感じなければならない代償。


 「ああ……」


 ラーニャはその感覚を思い出せば、思い出すほど、体の芯がみるみる冷えていくのが分かった。


 「私は……」


 もう何度目かの後悔に駆られるラーニャ。それは最早負のスパイラル以外の何でもない。しかしそんな時だった。


 「なにこれ!?」


 ラーニャの近くで急に親友であるリュカが大声を上げた。


 先ほどからセレナのことを回復系の魔法で治療していたリュカが急に大声を出したことに、ラーニャ驚いてすぐに振り向く。


 するとそこには信じられないものがあった。


 「なに……あれ……」


 ラーニャは突如として目の前に現れた信じられない光景に言葉を失う。


 なぜならそこにあったのは金色の焔に焼かれるセレナの姿だったから。


 「ラーニャちゃん、どうしよう?」

 「リュカ……」


 リュカが不安そうな表情でラーニャの手を握る。


 「何をしたの?」

 「わからないよ」


 ラーニャは何が起きたのか理解できず、ついリュカに聞いた。しかしリュカからしても何が起きたのか理解できなかった。出血を止めようと(実際には失血の促進)していたら、急にセレナの傷口から金色の焔が燃え上がったのだ。


 そして金色の焔は瞬く間にセレナの全身を包み込み始めた。そうして今の状況に至る。


 「これって火葬かな?」

 「そんなわけ……」


 リュカがふといった言葉に対して、ラーニャは何も返すことができなかった。


 今の状態を客観的に判断するなら遺体を火葬しているとも思えなくはないだろうが、普通に考えてそんなことはありえない。それにセレナの体は焼かれている割には焦げていたりはしない。


 つまり今の状態は火葬ではないという事だ。


 では、いったい今のセレナはどうしてしまったのか。ラーニャとリュカは思う。


 しかし答えはすぐにわかった。


 「ラーニャちゃん、あれ……」


 リュカが信じられないといった表情でセレナの身体を指さす。


 ラーニャも遅れてリュカが指さした場所を見ると、そこには驚きの光景が広がっていた。


 「どういうこと!?」


 なんと、ラーニャの視界の先に広がっていたのは徐々に塞がっていくセレナの傷口だった。そこの傷は紛れもない、自分が刺した傷口。


 目の前で起きていることをラーニャは信じられなかった。


 「あれってなんだろう?」

 「わからないわ」


 二人は目の前で起きている理解しがたい光景を、ただ茫然と見つめることしかできなかった。


 そして金色の焔がセレナの身体を包み始めてから数分が経つと、急に金色の焔が姿を消す。そしてセレナの身体だけが残ったが、ラーニャが付けた傷は既に跡形もなく消えていた。


 「んっ……何とか成功したみたいね」


 金色の焔が姿を消し、セレナが目を覚ます。その表情はどこか清々しく、達成感に満ちていた。そんなセレナを見てラーニャとリュカは言葉を失うことしかできなかった。


 さきほどまで死ぬかもしれなかった少女が何事もなかったかのように立ち上がったのだから無理もないことだろう。セレナの動きは本当に刺されたのかと疑いたくなるぐらい平常であった。


 「あの、大丈夫なの?」

 「えっ? ああ、私? 大丈夫よ」


 リュカが躊躇いながらもセレナに聞くと、セレナは何事もなかったかのように答える。


 二人は一瞬、本当に夢でもいていたのではないかと思ったが、そんなことはない。ラーニャの手に残る感触は本物だ。


 ラーニャは改めて自分が刺したのだと思い、セレナに謝罪をする。


 「えっと、その、私はあなたを刺してしまった。申し訳ない」


 セレナに向かって深々と頭を下げるラーニャ。それに対してセレナは一瞬なにを言われたのか理解できないといった顔をするが、すぐに気を失う直前の出来事を思い出して答える。


 「大丈夫よ。私はこうして生きているから」

 「で、でも、私は……」


 あなたを刺した。ラーニャは最後まで言おうとしたが、その前にセレナの手によって口を塞がれてしまい、続きを言うことができなかった。


 「あれは事故。それに下手をしたら私の方が殺していたかもしれないし……」

 「それはそうかもしれないけど……でも私は……」


 中々食い下がらないラーニャにセレナは困る。


 今回はたまたまセレナが斬られた方だったが、もし一歩間違えていれば、セレナがリュカにヘッドショットを決めて殺めていたかもしれない。


 そう考えると、今回の事故はだれの責任でもない。強いて言うのであれば、例の結界の効果を無くした者だろう。


 しかしラーニャは認められなかった。たとえ事故であろうとも、自分がセレナを刺した事には変わらない。このまま何もなしではラーニャの武士道精神が許せなかった。


 そのことに気づいたセレナが言う。


 「わかったわ、じゃあ目を瞑って」

 「え? 目を?」

 「そう、早く」


 セレナに言われて、渋々目を瞑るラーニャ。すると次の瞬間、ピコッという音がした。


 「えっ?」


 ラーニャはおでこの付近に衝撃を感じ、慌てて目を開ける。するとラーニャの視界にはちょうどデコピンをしたのであろうセレナの姿が映った。


 「はい、これでおしまい」


 それはセレナなりのけじめのつけ方。セレナは端からラーニャを責める気はなかったが、どうしてもけじめをつけたがっているラーニャのためにデコピンをしたのだ。


 当然、こんなことでラーニャが満足をできるわけがないが、ラーニャはセレナの表情を見て察する。セレナがすでに次のことを考えていることを。


 セレナはすでに今回の事故の原因について考えていた。


 だからラーニャも不完全燃焼だが、ひとまずこの件はお預けにすることにした。


 「その、ありがとう」

 「いいわ、気にしないで」

 「よかったね、ラーニャちゃん」


 リュカが嬉しそうに言う。


 しかし次の瞬間にはセレナの表情が切り替わった。


 「ところで結界が消えた理由は分かった?」


 それはセレナが意識を失いながらも深層心理で考えていた事。だが、その問いに関する二人の答えは答えとは言えなかった。


 「それがよくわかんないんだよね」

 「結界が消えたのにアナウンスもされていない」

 「それは変ね」


 一体何が起きているのか、セレナは真剣に考える。


 「今も結界は張られていない」

 「まるで結界だけが消えちゃったみたいだよね」

 「!? …………まるで結界が消えちゃったみたい……」


 リュカの何気ない言葉にセレナは引っかかった。


 まるで消えたみたい、まるで消えた、結界が消えた。


 「もしかして!?」


 レイリア魔法大会中に結界が消えることなど前代未聞だ。もし運営側のトラブルならすぐに何かしらの措置があってもおかしくはない。


 けれども、今のところ何の措置もなければ、アナウンスもない。明らかに異常すぎる。


 「アナウンスがないのが妨害と考えれば……おそらくこれは人為的なもの……」

 「なにをいっているの!?」

 「そうだよ、レイリア魔法大会に手を出す人なんていないよ」


 セレナのつぶやきにラーニャとリュカは反論する。確かに今回のことが人為的なものだとしたら辻褄が合う。しかしレイリア魔法大会に喧嘩を売ろうなどとするものなど居るわけがない。


 それは常識だ。


 しかし世の中にはその常識が通じない場所がある。そしてセレナはそんな場所のことを知っている。


 (仕返しに来たと考えた方がいいかしら)


 セレナは最悪の事態を想定して、二人に伝える。


 「もしかしたら、これから命を懸け戦いが始まるかも」

 「「!?」」


 そんなセレナの言葉に二人は驚くことしかできなかった。


 いつも読んでいただきありがとうございます。


 セレナがやっと生き返りました!(よかった、よかった)


 さて、次こそは海エリアからお送りします。次も明日の21時頃なので、よろしくお願いします。

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