第157話 密林の鬼神
もしやセイヤは自分を置いて逃げたのでは、と思ったディオン。しかしすぐにその考えが違うと理解した。いや、理解させられた。
「ぐわぁぁぁ」
「ああああ」
「ぐぎゃぁ」
悲鳴と共に首から大量の血を流して倒れたのは、相手の部隊の後方にいた三人の魔法師。その首には鋭利な刃物で斬られた跡がしっかりと残っている。
「なんだ!?」
リーダー格の男が後ろで急に首から血を噴出して倒れた部下たちを見て、驚きの声を上げる。
何が起きたのかわからない。
それがこの場にいた全員が思ったこと。
しかし悪夢はこれで終わりではなかった。
次の瞬間には、なんと五人が急に首から血を噴出して倒れる。そして彼らの首に例外なく残る鋭利な刃物で斬られたような傷跡。
「「「ひぃぃぃぃ」」」
相手の部隊にいた全員がその悲惨な光景に恐怖を覚えると同時に、次は自分の首が斬られるのではないかと恐れる。
(もしかして!?)
ディオンは急に首から血を流して絶命していく相手の部隊を見て、犯人がセイヤではないかと思った。自分の考えが信じられないと思いながら、今も増え続ける首を斬られた遺体を見て、犯人がセイヤだと確信していく。
一切の躊躇いがなく相手の首を刈るセイヤに、ディオンは内心恐怖を覚えた。
(なぜあんなのも躊躇なく人を殺せるのだ!?)
それはディオンでなくとも思ったことだろう。
けれども事情を知っている者からすれば、セイヤの行動は当然だ。
相手はレイリア王国に敵対するダクリアの部隊。彼らの目的はレイリアの支配、もしくは破滅。そしてこのレイリア魔法大会に乱入してきた理由は十中八九、レイリアの未来の有力な魔法師たちの始末。
相手はこちら側を容赦なく殺しに来る。
殺されたくなければ、躊躇いなくこちらも相手を殺すしかない。
それは残酷なようだが、本当の戦いにおいては仕方のないこと。利害がぶつかりあう戦いでは避けられない現実だ。
相手を殺しにかかるという事は、当然、自分も殺されるという覚悟を持っているという事である。
しかしそんな覚悟を持っていたにもかかわらず、相手の魔法師たちは、なぜこうなってしまったのか、と考えていた。
次々と容赦なく首を斬られていく仲間、首を斬る相手の姿は見えない、次は自分かも、そんな恐怖が襲い掛かる。
「ぎゃあああ」
一人が奇声を上げて逃げ始める。
しかしその者は次の瞬間には首を斬られて地面に倒れ込んでしまう。
「やめろぉぉぉ」
一人が無暗に持っていた武器を振り回し始める。
しかし武器を振り回したところには当然のことながら見方がいた。それもかなり近くに。
「馬鹿か」
誰かがその男を注意しようとしたが、もう遅かった。
無暗に振り回された男の武器は仲間のことを斬りつけ、叩きつけ、傷つけていく。
そこにはもう統率されたという言葉は存在しない。
全員が耐えられないほどの恐怖心でおかしくなっていく。
「やめろ、やめろ……」
リーダー格の男が必死に仲間の統率を取ろうとするが、その時には仲間の姿はなかった。正確に言えば全員がセイヤ、ないしは仲間からの攻撃で絶命したのだ。
残ったのはリーダー格の男だけ。
「ひぃぃぃぃ」
男は目の前に広がる地獄絵図を見て全力疾走で逃げ出した。
「聞いてない、聞いてない」
走りながら自分が事前に言われた言葉を思い出すリーダー格の男。
彼は事前にこう言われていた。
相手はまだまだ子供だ。当然、殺す際にはためらいが生まれる。それにこちらの人員はかなり強力だから問題ないだろう、と。
なにが子供だ。殺すことに全くの躊躇いが感じられない。
なにが強力な人員だ。手も足も出ずに負けてしまった。というより、そもそも戦いにもなっていない。
あれは一方的な殲滅だ。
信じられないことだが、自分たち三十人は一人の少年の手によって壊滅状態にさせられた。
「うっ……」
全力疾走で逃げていた男は突如右足に痛みを感じて地面に倒れ込んでしまう。
「くそ……」
地面に倒れ込んだ男が自分の右足を見ると、そこには太ももに深く突き刺さった短剣があった。
そしてすぐに理解する。この短剣があの少年のものだと。
「よお、目的を聞かせてもらおうか」
まるで瞬間移動したかのように男の目の前に現れたのは金髪碧眼の少年。その体からは僅かに光属性の魔力が感じられた。
「くそ、殺せ」
男は覚悟を決めて、殺すように言った。
それは何も言う気はないという意思に現れ。
しかしセイヤがそんなことを許すわけがない。
「言え」
「ひぃぃぃぃ」
セイヤから放たれた圧倒的な殺気に男は飲まれてしまう。
「お前……何者だ……」
その殺気は十七歳の少年が持っているものではない。はっきり言ってけた違いだ。
一体どれほどの数の人を殺せば、こんな殺気が纏えるようになるのか、男には理解できなかった。
「目的を言え。ダクリアの最終目的はなんだ?」
「おまっ……なんでダクリアを知っている」
セイヤも口からダクリアという単語が出てきて驚く男。しかしセイヤには男に付き合ってあげるほどのやさしさなどない。
「いいから目的を言え」
「うっ……」
先ほどの何倍にも濃密になった殺気を向けられた男は瞬間的に理解した。
この男はヤバすぎると。
「わかった。言う、言うから許してくれ」
それは圧倒的な恐怖心が生んだ、生きたいという願望。
セイヤから発せられる殺気は、男の覚悟をへし折るのには十分だった。
「俺らの目的はレイリアの有望株たちの殲滅だ」
「それで、主犯は?」
セイヤにだって彼らの目的は分かっている。
本当に聞きたいのはこの作戦を計画した人物だ。
「それは……」
「言わないか?」
「わかった、言う、言うから」
男は恐怖に駆られて、主犯の名前を答える。
「デトデリオン、魔王デトデリオン=ベルゼブブだ」
「なるほどな。最終目標は空いたマモンの椅子か」
「なぜそれを!?」
男はセイヤがマモンの椅子が空いていることを知っていたことに驚愕をするが、セイヤからしてみれば知っていて当然だ。
なぜならセイヤがマモンの椅子を空席にした張本人なのだから。
「わかった。もういい」
「じゃあ?」
男は自分の命が助かったと思った。しかしセイヤはそれほど甘くはない。
「ああ、もう用済みだ」
「なんだと!? 貴様……」
男はセイヤのことを睨みつけるが、セイヤからしてみれば睨まれる筋合いがない。
「勝手に誤解したのはそっちだ」
「くそ、ならお前もろ共あの世に送ってやる」
男はセイヤのことを睨み、ある魔法を行使する。
それは自分の全魔力を代償に、周辺をすべて消滅させる最後の一手。
「『闇震』」
せめてセイヤだけでも、男が決死の覚悟で放った最後の一手。
しかしセイヤは顔色一つ変えずに心の中で呟く。
(『闇波』)
もう口にさえ出す必要がなくなった魔法。
セイヤから放たれた闇属性の魔力が、一瞬にして男の『闇震』を消滅させる。
それは男の部隊が初めに魔法を行使した時に似ていた。
「なっ、まさかお前……」
男が何かを言いかけたところで、男の命は尽きた。正確に言えば男の命がセイヤによって終えられた。
(なんて人だ……)
怒涛の展開にディオンは言葉を失っていた。
今、目の前で起きていることが夢なのではないかと本気で思ってしまうディオン。
それほどまでにセイヤの力は絶大だった。
三十人近くが放った魔法を一瞬で消し、目にも留まらぬ速さで次々と容赦なく相手を仕留めていき、最後には圧倒的な殺気を纏って相手のリーダー格を仕留めた。
(たった一年の間でここまで成長するものなのか!?)
ディオンは本当に自分とセイヤが一つ違いなのかと思ってしまう。
昨年のレイリア魔法大会にセイヤの名前はなかった。つまり昨年のセイヤはレイリア魔法大会に出るほどの力を持っていなかったという事だ。
しかし今のセイヤは圧倒的な力、それもあの世代最強のレアルに並ぶかもしれない力を持っている。それはつまり、この一年でその力を身に着けたという事だ。
信じられない。
ディオンは心の底からそう思った。
「ディオン」
「はっ、はい」
急にセイヤがディオンのことを呼び、ディオンは驚く。
そんなディオンに対してセイヤが言う。
「覚悟を決めろ。これからは戦争だ」
「はい! ……はい?」
急に戦争と言われたディオンはつい間抜けな声で聞いてしまった。
やっぱりこの人は何を考えているのかわからない。そう思うディオンであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。久しぶりのセイヤでした。それでは次もよろしくお願いします。




