第150話 海の水は水じゃない
レイリア魔法大会も三日目を終え、いよいよ四日目に突入していた。現在残っている選手は開幕当初の三分の一以下だが、それはレイリア魔法大会に出場している選手の中でも選りすぐりの選手という事だ。
各魔法学園から代表選手として六名が出場するレイリア魔法大会だが、選手間の中には当然のことながら実力差が存在する。そしてその実力差が顕著に出るのが三日までである。
開幕当初は全選手が拠点や一緒に行動する仲間を持たずに行動するため、魔法師としての魔法力だけでなく、判断力、観察力なども必要になってくる。
しかしほとんどの選手は緊張によってそう簡単にはいつものように行動できるわけではない。
開幕当初から落ち着いて行動できる選手はごく一部で、かなりの経験を積まないと厳しい。そしてそんな選手たちが開幕当初から活躍をして、他の選手たちをリタイヤさせていく。
なので残った選手は選りすぐりの先鋭たちであり、三日目以降もレイリア魔法大会に参加できる魔法師である。
セナビア魔法学園の敷地内に内設されているスタジアムで観戦している観客たちも、三日目以降がさらに盛り上がることを知っている。
そして海エリアと森エリアの境界線付近にある海岸では二つの学園が戦っていた。
片方はサファイアのような髪と瞳をした幼女と水色の髪をしている少女。二人はアルセニア魔法学園のリリィとアイシィだ。一方、二人と戦うのはセナビア魔法学園の制服を着たジンとカイルド。
大きな戦斧を背負ったカイルドが、氷の双剣を手にするアイシィに襲い掛かる。
「うぉぉぉ」
火属性の魔力が纏われた戦斧がアイシィに振り下ろされようとしたが、真横から飛んできた水の塊がカイルドの手に当たり、戦斧が大きくアイシィから逸れる。
「助かった、リリィ」
「うん!」
アイシィは自分を援護してくれたリリィに感謝の意を伝えると、氷の双剣で戦斧を振り下ろした直後で隙だらけのカイルドに斬りかかった。
「『風牙』」
しかしカイルドのことを襲おうとしていた氷の双剣は、アイシィの後方から吹き付けた一陣の風によって吹き飛ばされてしまう。
「しっかり」
「わりぃ、助かった」
カイルドはジンに礼を言うと、再び戦斧を構える。
先ほどから続く二対二の攻防は膠着状態にあった。片方に隙が生じれば、もう片方がカバーして連携をとっていた二チームにはどちらにも決定打を加えられるほどの隙は存在しない。なので、どちらも大技を使うタイミングがなかった。
「結構きついな」
「うん、とくにあの水が厄介」
「そうだな」
ジンとカイルドは海エリアの水を支配している美幼女のことを見る。
リリィは妖精ウンディーネなので魔法を行使する際に水を操るだけなら詠唱を必要としないが、そんなことを知らない二人は詠唱無しで水を操るリリィに恐ろしさを感じていた。
「まだ訓練生だろ?」
「みたいだけど、普通に強い」
「どうする?」
二人はどうにかしてこの状況を打破しようとしていたのだが、物事はそう簡単には進まない。アイシィを狙おうとすれば必ずリリィの妨害が入り、リリィを狙ったところであまたの水に妨害される。
「やっぱりあの水が厄介」
「と言われてもな、流石に海の水すべてを蒸発させるのは無理だぞ」
「わかっている」
ジンたちがこの状況を打破するには、やはりエリアを移動させるしかない。だがジンたちが移動したところで、リリィたちがついて来るかと言われれば答えはノーだ。
水を操るリリィが海エリアから離れるわけがない。
そんなことを百も承知のジンは作戦を考えるが、思いつかない。
一方、リリィたちも、決定打に欠けていた。
「リリィ、どう?」
「う~ん、わからない」
「そっか」
実はリリィの魔力はかなり厳しかった。なぜなら海の水を利用する際に、水の妖精ウンディーネでも、さすがに塩分濃度が高すぎたため、リリィは一度塩化ナトリウムと水に分離させてから利用していたから。
そのため、大技を連発していたリリィは魔力不足に陥って、今はもう単純な水の魔法しか使えなかったのだ。それでも昨年のレイリア魔法大会の優勝チームと渡り合えるところは、さすがウンディーネと言ったところだろう。
「私が戦うから、リリィは援護して」
「わかった!」
アイシィは新たに氷の双剣を作り出して構える。一方、カイルドもまた戦斧を構えて、アイシィのことを見据えた。
「カイルドよろしく」
「ああ、任せておけ」
カイルドはジンにそう言うと、その大きな戦斧でアイシィに再び襲い掛かる。そんなカイルドに対して、アイシィは双剣を低く構えて待つ。
(ここでリリィの援護が来る)
心の中でリリィの援護が来ると思っていたアイシィは、カイルドの攻撃に対して回避でも防御でもなく、動かないを選択した。打ち合わせ通りならここでリリィの援護が来て、カイルドの戦斧を逸らさせるはずだから。
しかし一向にリリィの援護が来ない。
不審に思ったアイシィは一瞬ちらりと後ろを見て驚愕した。なぜならいつの間にか自分とアイシィの間には風の壁が生まれ、アイシィの水がすべて風の壁に阻まれていたから。
「!?」
アイシィはリリィの援護が来ないという事を確信すると、すぐに真横にステップして回避する。これにより、アイシィはカイルドの戦斧を回避することに成功した、が、カイルドの顔は笑っていた。
「しまった……」
次の瞬間、アイシィのことを猛烈な風がまるで体を包み込むかのように襲った。
「ぐっ……」
風がかまいたちとなってアイシィの体に生々しい切り傷を刻んでいく。
「アイシィお姉ちゃん!」
「大丈夫」
リリィが心配して声を上げるが、アイシィは問題ないと答える。いまだ風に包まれているアイシィだったが、すぐにある魔法を行使する。
「誘え、我が魂。『氷玉』」
アイシィが詠唱を終えて、魔法を行使すると、アイシィと風の間に薄い氷の幕が生じて、アイシィの身を守る。そして氷は次第に広がっていき、風を打ち消した。
風が消えると、氷も消え、腕に切り傷を刻んだままのアイシィが姿を現す。同時にアイシィとリリィの間にあった風の壁もなくなっていたため、リリィはすぐにアイシィのもとに駆け寄った。
「今のは……」
「今のって……」
ジンとカイルドはそんなアイシィの姿を見て言葉を失った。
スクリーンでレイリア魔法大会を楽しむ観客たちの中に、一際は目立つ女性の姿があった。きれいな銀髪を背中までかかるぐらいの長さに伸ばしている女性。その神秘的な姿のためか、女性の周りには空席がかなりあった。
女性は周りの様子を気にすることなく、ただスクリーンを見ている。そこには愛する娘、ユアの姿が映っていた。そう、銀髪の女性とはユアの母親にして、ライガーの妻であるカナだ。
カナは家での仕事を済ませて、四日目の今日からユアたちを応援するためにアクエリスタンからウィンディスタンに来ていたのだ。
「頑張って」
その言葉は娘であるユアに向けた言葉であると同時に、一緒に暮らすリリィ、セイヤにも向けた言葉である。
ついこの間までこのような大会に出るとも思っていなかった娘を連れ出してくれた少年と幼女、二人はもうカナにとって実の子供とそん色なかった。
「隣、いいですかね?」
スクリーンを真剣なまなざしで見ていたカナにそう聞いたのは一人の老人。周りにいた観客たちは「あの爺さん何やっているんだ?」といった目で見て来るが、老人は気にしない。そしてカナも周りの様子を気にせず答える。
「ええ、どうぞ」
「失礼」
老人は一言断ってからカナの隣の席へと腰を下ろした。カナの隣に腰を下ろした老人だが、カナの方を見ずにスクリーンを見る。周りの観客たちは「せっかく隣に座ったのだから話しかけろよ」と言いたげだが、やはり老人は気にしない。
「久しぶりですね、ハリスさん」
「そうだな、二十年ぶりぐらいかの」
実は二人は旧知の仲だった。
カナの隣に座った老人の名前はハリス=ツベルクリン、元聖教会所属で今はウィンディスタンの教会のトップの一人を務める男だ。そして過去には十三使徒序列八位のバジル=エイトの教育係も務めた。
「こちらにはお仕事で?」
「まあなぁ、これでもウィンディスタン教会のトップだから」
「なるほど、今は教会のトップを務めていらっしゃったのですか」
「そっちこそ、まさか雷神と結婚していたとはな」
二人は旧知の仲だが、現在のことは知らない。なぜなら二人が最後にあったのは二十年前だったから。
「お元気そうで何よりです」
「そっちこそ。髪の色が変わった以外には変わらんな」
「おかげさまで」
カナは自分の銀髪の髪をなでながらそう答えた。二十年前まではカナのきれいな銀色の髪は茶色だった。しかしとある出来事を境に、カナの髪の色は茶色から銀色に変化していたのだ。
「ところで、あのスクリーンに映っているのがカナの子供か?」
「ええ、そうです。名前をユアと言います」
「そうか。お主に似て美人だな」
ハリスはスクリーンに映るユアを見ながらそう言った。しかしその顔は険しい。それはカナも同じであった。
「だが、危ないな」
「はい」
「おっと、どうやら会ってしまったようだ」
ハリスの視線の先にある大きなスクリーン。そこにはちょうど砂漠エリアで敵と鉢合わせたユアの姿が映っていた。
「特級魔法師一族同士の対決か。あのヂルと言うのは強敵じゃよ」
「そうですね。でも、私の娘も強いですよ」
「それは楽しみだ」
スクリーンに映るユア。そして鉢合わせた敵は、ユアと同じく特級魔法師一族であるヂル=ネフラだった。
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