第148話 十三使徒への憎悪
地図上で南東に位置する火山エリア。そこには世代最強の名を背負うセナビア魔法学園の代表、レアル=クリストファー、別名十三使徒序列五位、レアル=ファイブがいた。
レアルの纏うセナビア魔法学園の制服には、傷どころか汚れ一つない。彼は既に十五人程リタイヤさせたというのに、まったく疲労している様子はなかった。
「どこにいる、キリスナ=セイヤ」
レアルが求めているのは好敵手であるキリスナ=セイヤ。他の魔法師など眼中には無かった。
その圧倒的な魔力量を持つレアルにとって、セイヤ以外の魔法師は戦いにすら発展することができない。
皆、圧倒的な魔力量が織り成す魔力の障壁を破ることができずに散ってしまう。例え破ったとしても、レアルが剣を抜けばすぐに終わってしまう。
つまらない敵はもう飽きた。今は一刻も早くセイヤと、好敵手と戦いと思うレアル。
そんな彼の前に一人の少年が姿を現した。
「お前は」
「初めまして、レアル=ファイブ」
レアルは目の前に現れた少年に見覚えがあったが、どこで見たかは思い出せない。少年の纏う制服はカマエリーナ魔法学園のもので、フレスタンに行ったことがないレアルは一体どこで彼を見たのかを考えた。
しかし思い出せない。それに目の前の少年は初めましてと言った。なら会ったはことは無いのか、レアルは必死に記憶を呼び戻すが、思い出せない。
「俺を知っているのか?」
愚問だな。レアルは自分でそう思った。自分で言うのもなんだが、自分は昨年のレイリア魔法大会の優勝メンバーであり、十三使徒の一人だ。知っていて当然であろう。
「当たり前じゃないか。君は十三使徒の一人なのだから。おっと、自己紹介がまだだったね。俺の名前はパルナエロ=グルスベール、カマエリーナ魔法学園のリーダーを務めている」
「パルナエロ=グルスベール……」
やはりその名前に聞き覚えはない。だがレアルは絶対にどこかで目の前の少年、パルナエロ=グルスベールを見たことがあるという記憶があった。
(一体どこで……)
思い出せない自分にもどかしさを感じながらも、レアルは思った。
(所詮あいつには及ばない。すぐに終わらせてやる)
結局パルナエロが誰であろうと、自分の敵ではない。自分が求めているのはキリスナ=セイヤただ一人。
レアルはそう思い、パルナエロのことを見据える。
(武器は無し、魔法の兆候もない。戦う気がないのか?)
レアルは一瞬そう思ったが、すぐに違うと確信する。
「挨拶も終えたところだし、行くぞ」
次の瞬間、パルナエロがそう言ってレアルに向かって駆け出した。
「武器も持たずにか」
レアルは武器や魔法を使う気配のないパルナエロを見て余裕だと感じた。自分には圧倒的な魔力量で作った魔力の障壁がある。これを魔法や武器を使わずに破るのは不可能だ。
「馬鹿が」
「なに!?」
レアルには圧倒的な魔力の障壁があるため、武器を構えずにいると、パルナエロがニヤリと笑みを浮かべる。そしてレアルの周りに存在していた魔力の障壁が一瞬で消えた。
レアルはとっさに腰から剣を抜き、構えるが、その時はすでに遅かった。
「『火斬』」
パルナエロの右手から放たれた魔法が、レアルに襲い掛かる。
「ちっ」
レアルが剣を構えた瞬間には、すでにパルナエロが行使した魔法は目前に迫っていた。なので、レアルは体を無理やり右に傾けて回避しようとする。しかしすべてを回避することはかなわず、レアルの左袖が少しだけ焦げた。
これがレアルの制服に着いた初めの汚れだ。
「さすがは十三使徒、これを避けるか」
「今のは魔封石か? だが魔封石だとしても魔力までは封じることはできないはず」
レアルは自分の魔力の障壁が急に消えた理由を魔封石と考えたが、それにしてはおかしい。魔封石は魔法を、正確には魔法陣の展開を封じる鉱石であり、魔力そのものを消滅させることはできないはずだ。
「まさかお前は……」
レアルがたどり着いた答え、それは魔法、魔力、有機物など問わずに問答無用で消滅させることができるもの。実物はまだ見たことは無いが、何回も聞いたことがある魔法属性。
それは闇属性だ。
しかしそれはおかしい。闇属性を使える魔法師はレイリア王国には存在しない。その上、闇属性の存在を知っている魔法師ですらレイリア王国ではごく少数である。
だというのに、なぜ目の前の少年は闇属性を使っているのか。レアルは必死に考える。
しかし考えたところで答えは分からない。なぜならそもそも前提が違うから。
一度でも闇属性を生で見た魔法師なら、パルナエロが使った攻撃手段は闇属性ではないと一目で見破るだろう。しかしレアルは闇属性を生で見たことがないため、その答えにたどり着くことができなかった。
「フッフッ、十三使徒でもそんな顔をするのか。なら答えを教えてやろう」
「なんだと?」
レアルはパルナエロの余裕な態度に怒りを覚える。その態度はお前に答えを教えても余裕で勝てると言われ、舐られているような態度だったから。
自分が舐められた態度をとられたのはいつ以来だろうか。いや、同世代にそんな態度をとられたのは初めてだ。
「今お前の魔力の障壁を消したのはこれだよ」
「それは……魔封石か……」
そう言ってパルナエロが取り出したのは鉱石だ。それもレアルの知っている魔封石。
だが魔封石には魔力を消す効果など存在しない。
「ああ、そうだ。だがこれは普通の魔封石とは違い、魔力までを封じられる特注品だ」
「そんなもの……あるわけ……」
ない。もしそんな魔封石が存在すると言うなら大問題である。聖教会が把握していない鉱石、そんなものが存在していいはずがない。
だが、実物がそこにはある。そして現に自分の魔力を封じられた。
「その顔はこの鉱石があってはならないという顔だな。安心するといい。これはレイリアでは取れないものだ」
パルナエロは左手に握る魔封石を見せながら、余裕の表情でレアルのことを見据える。
「これは暗黒領の、それもごく一部の鉱山でしか取れない代物さ」
「暗黒領だと?」
「ああ、そうだ。これでお前はもう魔力が使えない」
パルナエロはもう勝ったと確信していた。なぜなら魔法の使えないレアルなどただの少年にしか過ぎないから。
「だが魔封石ならお前も魔法を使えないはずだ」
レアルの言う通り、パルナエロが持っているものが魔封石だと言うのなら、パルナエロ自身も魔法を使えない。
「残念だったな、レアル=ファイブ」
そう言いながらパルナエロが制服の中から右腕を見せる。
「その腕……」
レアルの目の前に現れたパルナエロの腕は人間の腕ではなかった。機械的な鋼の腕、そしてそこに埋め込まれているのは数々の鉱石、それは魔晶石だ。
左手に握られている魔封石、そして右腕の義手に埋め込まれている魔晶石、そんなもの魔封石が魔晶石に干渉して意味がないに決まっている。
「この義手には特殊な鉄が使われており、魔封石の効果は受けない。つまりこの空間内で、俺だけが魔法を使える存在だ。貴様の負けは決定している。あきらめろ」
十三使徒を前に、圧倒的な差をつけて喜々とするパルナエロ。
「さあ、行くぞ。レアル=ファイブ!」
パルナエロが鋼の右腕でレアルに襲い掛かり、レアルが右手に握る剣で防ごうとする。
「そんなことしていいのかな? 『爆点』」
レアルの剣がパルナエロの右腕と触れた瞬間、その接点が急に爆発した。
「くっ……」
火属性初級魔法『爆点』は、魔法を行使した対象が他のものと接触した瞬間、接点が爆発するという魔法だ。十三使徒のレアルならば、何ともない攻撃である。魔法が使えたなら。
しかし魔法や魔力まで封じられているレアルは、爆発を回避できずに喰らってしまった。
「ヒッヒッヒ、十三使徒も見る影がないな」
そこからは一方的な戦いだった。
火属性系統の初級魔法を巧みに操り、レアルのことを逃がさないパルナエロ。一方、レアルはパルナエロの止まない攻撃をひたすら剣で防ぐしかなかった。
「喰らえ、喰らえ」
レアルに休み暇も与えずに攻撃を加えるパルナエロ、そのいやらしい点は行使する魔法と魔法の間にインターバルがないことだろう。複数の魔晶石を埋め込まれた鋼の義手をパルナエロは完全に操っていた。
「死ね、死ね、十三使徒など滅んでしまえばいい」
止まないパルナエロの攻撃。そこには明らかにレアルに対する憎悪が含まれていた。
「弱い、弱い、弱いぞ、十三使徒。お前の力はこの程度か? あぁん?」
レアルのことを追いこんでいるためか、調子に乗り始めるパルナエロ。しかしレアルはそんなパルナエロのことを冷ややかな視線で見ていた。
(一体なんだ……この十三使徒に向けられている憎悪は……)
レアルは止まない火属性魔法の攻撃をギリギリのところで防ぎながら考えていた。パルナエロが自分に、十三使徒に向ける憎悪は並々ならぬものだと。いったい彼に何があったのか、そしてそれに自分は関与していたのか。
考えるが答えは見つからない。
「消えろ、消えろ」
「くっ……」
もう三分ほどだろうか、パルナエロの止まない攻撃をどうにか防ぎつつ、ダメージを軽減していたレアル。しかし流石にそろそろ限界が近づいてきた。
いつも無意識のうちにあふれ出していた魔力が織りなす魔力の障壁、それを纏っていたレアルが初めて自分の危機を感じる。このままでは負ける、そう思うと、自然と心の底から嫌だと思った。
(ここで負けたらあいつと戦えない)
レアルはピンチの中だというのに、考えるのはパルナエロのことではなくセイヤのこと。それはパルナエロなど眼中にないという事でもあった。
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