第144話 岩山エリアの赤髪
二日目もお昼を迎え、半分が過ぎた頃、地図上で東に位置する岩山エリアでは一つの戦闘が行われていた。
中央王国にあるセントルシフェール魔法学園の白い制服に身を包み、手には身の丈ほどの錫杖を持った少年。
少年は錫杖の先についている金属の輪のようなものをジャラジャラと鳴らしながら、岩を蹴って移動していた。否、逃げていた。
「これならどう!」
「『封絶』」
背後から、自分に向かって撃ちだされた赤い魔力弾に対し、少年は小さなバリアを張って防ぐ。少年の背後に小さく展開された黄色い結界が、赤い魔力弾を弾き、霧散させる。
少年は先ほどから、ずっと同じ作業を繰り返していた。
背後から自分のことを追ってくる魔法師の攻撃に対して、黄色い結界を展開する防御魔法『封絶』を行使し、自分の身を守る。そしてひたすら岩を蹴って逃げようとしていた。
しかし追ってくる魔法師はかなりしつこく、簡単には振り切れない。
「また防がれた」
逃げる少年を追撃しながら追いかけるのは、アルセニア魔法学園の制服を身に纏う赤髪ツインテールの少女、セレナだ。セレナは両手に握る魔装銃で、少年のことを仕留めようとしていたのだが、そのすべてを防がれていた。
まるで自分の撃つ魔力弾の射線が分かっているかのように、ピンポイントで展開される黄色い結界。大きさは手を広げたぐらいしかないというのに、強度が強く、簡単には破れない。
セレナは逃げる少年に対して、必死に死角からの攻撃で狙っていたのだが、少年はそのすべてを寸分の狂い無く防いでいたのだ。
「これでどうかしら」
セレナが再び魔装銃の引き金を引き、魔力弾を少年に向かって撃ちだす。
「『封絶』」
しかしセレナの撃った魔力弾は、再びピンポイントで展開された結界によって防がれてしまう。
「どうして!?」
なぜ自分の弾はあんなにも簡単に防がれてしまうのか、と思うセレナ。しかしいくら考えても、セレナには理解できなかった。
しかし、わからなくとも無理はない。なぜならセレナが相手にしている少年はレイリア王国でも有名な結界を扱う一族であり、その空間認識能力は極めて高い。とくに少年の場合、自分の背後に対する空間認識能力がずば抜けて強かったのだ。
なので、少年の背後にいくら弾を撃とうと、少年はまるで背中に目があるかのように魔力弾を防ぐことが可能である。
同時に少年が握っている錫杖にも秘密がある。少年の握る錫杖の先端には四つのリング状になった魔晶石が備え付けられており、少年はその四つの魔晶石すべてを使い、光属性上級魔法の『封絶』を保存していた。
光属性上級魔法『封絶』は光属性中級魔法『光壁の上位互換であり、その防御力は極めて高い。しかも少年はその『封絶』を小さく展開することによって、厚みを増し、防御力を高めていたのだ。
さらにそれだけでなく、少年の握る錫杖の棒部分は『封絶』を行使するためだけに最適化されており、少年は『封絶』を行使することにおいては、この国でもトップクラスの装備を持っていた。
そんな少年の『封絶』を、ただの魔力弾で打ち抜くことができるか。そんなことは、もちろんできるわけがない。セレナが『封絶』を破るにはそれ相応の攻撃力を持った魔法が必要になる。
けれども、そんな大技は簡単には使えない。
大技とはここぞといった場面で使うものであり、乱発することはいいこととは言えない。それに仮に大技を使って倒せればいいが、避けられたり、防がれたりすれば、精神的に来るものがあり隙が生じやすい。
だからセレナはそう簡単に大技を使えなかった。
だが、例え大技が使えなくとも結界を攻略する方法はある。それはずっと少年を追うことで、少年の体力を削り、集中力をそぐことだ。
追う方と追われる方、どちらの方が疲れるかと聞かれれば、それは追われる方が精神的に疲れる。それも後ろからの攻撃を防ぎながらなら尚更だ。
後ろから自分を追ってくる人影に、自分を狙って飛んでくる魔力弾。それらに対する緊張感は、集中力を削ぐのには持って来いである。
セレナが少年のことを追いながら、規則的に魔力弾を撃っていたのもこれが狙いだ。
昨年までのセレナだったらこのような方法はとらずに、早い段階で大技を行使していたであろう。
なぜなら勝利の形にこだわっていたから。というより、セレナだけでなく、この年代少年少女はただ勝利するだけでなく、勝利の形にもこだわるであろう。
これは自分が優れていると証明したいという欲求からくるもので、ある意味仕方がないことだ。しかし、今のセレナにはそのような欲求は無かった。
「このまま保っていく」
例えどんな勝ち方で勝とうが、勝ちは勝ちだ。形にこだわる必要はない。
セレナにこう思わせるようにした原因はダクリア二区での戦いだ。セレナはダクリア二区で本当の戦い、つまり生きるか死ぬかの命のやり取りをした。
それは試合とは全く違っていた。
殺すか殺されるか、試合では感じられぬ恐怖にセレナは心の底からどんな方法でもいいから生きたいと思った。それが例え泥臭い勝ち方でも。
それ以来、セレナの勝利に関する考え方は変わり、過程はどうあれ、最終的に自分が勝利して生きていればいいと思うようになった。なので、セレナは全く焦っていない。じわりじわりと、少年のことを追い詰めていく。
「さすがにきついな……」
一方、逃げるほうである少年は内心かなり苦しかった。
一定距離を開けて自分の後について来るセレナ、しかも規則的に撃たれる魔力弾は寸分の狂い無くすべてが自分に向かって飛んでくる。
今はまだ対処しきれているからよいものの、これ以上同じ攻撃が続くようでは、例え勝ったとしても後々苦しくなる。少年はセレナから逃げている間にも溜まっていく疲労に、下唇を噛んだ。
「こうなったら……」
少年は岩を蹴るのをやめて、セレナの方を振り向きながら地面に着地する。そんな少年の姿を見たセレナも地面に降り立つ。
「やっと戦う気が出た?」
「まあ、そんなところです」
魔装銃を構えながら少年のことをトパーズ色の双眸に捉えるセレナ。その表情は昨年までの彼女とは違っていると少年は感じた。
レイリア魔法大会では出場選手を事前に調査することは禁止されているが、事前に予想することは許されている。
少年の所属するセントルシフェール魔法学園も当然のことながら事前に出場選手を予想していた。そしてその中にはセレナの資料も入っていた。
しかし今、目の前にいる少女は資料で見た少女とはかなり違っている。纏う雰囲気、表情から感じる自信、戦闘に対する考え方、そのすべてが昨年と全く変わっていた。いや、成長しているといった方が正しいかもしれない。
現に今も目の前の少女は攻撃をしてこない。資料に書いてあった少女の情報では先制攻撃を仕掛けてくる可能性大と表記されていた。
(一体何があったら、こんなに変わるんだ……)
少年は心の中でどうするかを考える。
自分には目の前の少女を倒す手段がない。何といっても相性が悪すぎる。それに自分にはやらなければならない事がある。となると、自分がとるべき手段がおのずと見えて来た。
「ちょっと提案があります」
「なにかしら?」
「お互いここは引きませんか? 僕にはあなたを倒す攻撃手段がありません。そしてあなたは僕の結界を破ることはできない。それならお互い無駄な体力や魔力を使うべきではないと思います」
「なるほどね」
それは選手としては当然の考えだ。レイリア魔法大会において、無駄な消費ほど敗因になるものはない。互いの利が一致すれば戦わないという選択などざらにある。
だがセレナがそんな提案を受けるはずがない。
「残念だけどお断りよ。私はあなたを倒す」
セレナは高らかと宣言すると、両手に握る二丁の魔装銃を少年に向けて構えた。
「かかった」
その瞬間、少年の口元がニヤリと笑う。これこそが少年の望んだ展開、セレナが魔装銃を絶対に静止させる状態だ。
「『封絶』」
少年は錫杖をセレナに向けて魔法を行使する。
展開された二つの黄色い結界。しかし結界が展開された場所はセレナの魔装銃の射線上ではなく、魔装銃の銃口だ。セレナの魔装銃の銃口が少年の『封絶』によって蓋をされ、その上、空間に固定されてしまったのだ。
「これは!?」
セレナは突然の出来事に焦る。
いきなり動かなくなった自分の腕、違う、これは自分の手が動かなくなったのではなく、自分の手に握られている魔装銃が動かなくなったのだ。
セレナは魔装銃を握りながら必死に考える。
一体何が起きたのか。
答えは一目瞭然だった。自分の魔装銃には先ほどまで存在していなかった黄色い装飾。それが少年の行使した『封絶』だと理解するのに、三秒もかからなかった。
しかしその三秒のうちに少年はセレナの前から姿を消した。少年は『封絶』を行使するのとほぼ同時に、セレナの前から全速力で逃げ出したのだ。
これこそが少年の狙っていた数少ない逃げるチャンスである。
「やられたわ」
セレナはそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。
自分では到底思いつかないような魔法の使い方。防御用の結界をこのように使うことなど、誰が考え付くものか。
少年が使った魔法は、あくまでも空間の一部に魔力を固定させて、攻撃を防ぐ防御魔法だ。けれども少年は魔力を空間に固定する際に、セレナの魔装銃を巻き込むことによって、セレナのことまで足止めした。
つまり今のセレナの魔装銃は、ある意味空間に固定されている状態である。
そしてセレナの魔力弾では少年の『封絶』を破ることができない。という事は、少年が『封絶』を解かない限り、セレナは魔装銃を使うことができず、移動もできない。
そして『封絶』が解除される頃には少年はもう隠れているだろう。
完璧な作戦。これは実戦でも使える生き延びる手段だ。
「私もまだまだ甘いわね」
セレナは反省する。心のどこかで自分は暗黒領を経験したから、ここにいるほかの魔法師とは違うと思っていたことを。自分が暗黒領で成長したように、ほかの魔法師もそれぞれの方法で成長しているのだ。
もう余裕ぶるのはやめよう。
自分はまだまだ未熟だ。
自分に余裕ぶるほどの実力はまだない。
なら、最善を尽くす。
セレナは最善を尽くすことを決意すると、詠唱を始めた。
「意思の火、心の灯、巫女の志……」
詠唱が始まると同時に、セレナの握る二丁の魔装銃に魔力が流れ始める。
「龍火の証、炎龍の巫女……」
魔装銃に注がれる魔力の量がどんどんと増していく。
そしてセレナは引き金を引いて、静かに魔法名を呟いた。
「『炎龍カグツチの巫女の守護龍』」
セレナが魔法名を呟くと、魔装銃の先端についている赤い魔晶石が眩い光を発し始める。その圧倒的な魔力量が魔装銃を固定している『封絶』を破るのは容易い。
バリン、と大きな音を立てて割れた黄色い結界。セレナはそんな結界を気にした様子もなく、少年が逃げた方向に自分の魔力を撃った。すると撃ちだされた魔力はその真の姿を現す。
めらめらと燃える炎、しかしどこかその姿は龍に似ており、言葉で表すのなら炎龍といったところだろう。そんな炎龍が二体もいた。
その圧倒的な光景に、スクリーンを通してみていた観客たちも息を飲む。
まるで二体の炎龍を従えるかのように立っているセレナは、まさに女帝という表現が似合っているであろう。
そんな女帝が二体の炎龍に指示を出す。
「行って」
その一言を受けた炎龍たちは、叫び声を上げながら、猛スピードで岩場を突き抜けて行った。
炎龍の通った後には何も残っていない。その高熱に耐えられず、すべてが融けたか灰になったのだ。
『炎龍カグツチの巫女の守護龍』は『アトゥートス』と並び、セレナの中でも最高レベルで攻撃力が高い魔法だ。しかし『アトゥートス』とは違い、コントロールが難しい分、あまり使うことができない。
周りに仲間がいれば巻き込んでしまうリスクも高く、一人の今だからこそ使えた技である。
あまりの高熱にセレナの周りの空気が揺れている。それほどまでの高熱が炎となって少年が逃げた方向を焼き尽くしたのだ。少年が無事なはずもない。
少年は突如として後ろから迫ってきた高エネルギーを感じ取り、すぐに『封絶』を行使しようとしたが、叶わなかった。少年が錫杖を構えた瞬間には、少年は炎に包み込まれてリタイヤさせられたのだ。
そしてついでに近くに隠れていた二人の魔法師たちも、セレナの魔法はリタイヤさせていた。
「さて、隠れなきゃ」
セレナは炎龍がすべてを焼き尽くすのを確認した後、すぐに隠れる場所を探す。これほど派手に魔法をぶちまけたのだ。誰かに見つかるリスクは当然ある。
なので、誰かに見つかる前に隠れなくてはならない。
さすがに『炎龍カグツチの巫女の守護龍』を行使した後の連戦はつらいため、セレナは岩場に姿を隠しながら戦闘域を離脱していった。
いつも読んでいただきありがとうございます。次はあの金髪です(どの金髪だ)




