第143話 変わり果てた級友
「その姿……まさか魔獣との合成か……」
「フッフッ、その通りだ、アンノーン」
セイヤは彼らなぜ変わり果てたのか、その理由を知った瞬間、驚きを隠せなかった。なぜならザックたちの今の姿は、不可能を可能に変えた成果でもあるから。
魔法師と魔獣は互いに全く違った種である。魔法師は人間から生まれた特異体質、魔獣は動物から生まれた特異体質。そんな二つの特異体質を混じり合わせれば強力な力が手に入るのでは、と科学者たちは考え研究を始めた時期がある。
しかし結果は不可能だった。混じり合わせるところまでは成功したが、その後すぐに魔法師部分と魔獣部分が拒絶反応を起こして分離し、被検体は死亡。
そしてその研究は打ち切られたとセイヤは本で読んだことがある。
けれども、今のザックたちは紛れもない魔獣となった魔法師である。
「どうだ、アンノーン?」
「怖気づいたか?」
「土下座で許してやるよ~」
あまりの驚きに言葉を失っているセイヤを、怖気づいて言葉が出ていないと勘違いしているザックたち。
しかし彼らは気づいていない。己の中で、セイヤに対する無意識の恐怖があったことに。
ザックたちの体は二割ずつが人間と魔獣、そして残りの六割は機械によってできている。これは魔法師と細胞と魔獣の細胞の拒絶反応を抑え込むために人間部分を機械化させた結果だ。
しかし実を言うと、ザックたちはまだ魔法師と魔獣の合成した完全体とは言えない。
その力には時間的制限があった。だからザックたちはリーダーから魔獣化の使うタイミングを考えるようにと言われていたのだ。
だが今がそのタイミングかといわれれば、答えはノーだ。いくら何でも三人とも魔獣化するのが早すぎる。
ではなぜザックたちはこのような早い段階から魔獣化などのしたのか。それは彼らの中に混じる魔獣の細胞が、セイヤに対して本能的な恐怖を覚えたからだ。
体の一部が恐怖を覚えたことにより、脳はその信号を全身に伝え、結果的にザックたちを焦らせてしまった。
だから三人はこのような早い段階で魔獣化を使ってしまったのだ。
だが、そんなことを理解していないザックたちは魔獣化してしまった事実に、早急にセイヤを倒す必要があると思っていた。なので三人は行動を起こす。
最初に動いたのはモグラのような姿をしているシュラだ。シュラはその鋭い爪を駆使して地面を掘り下げていき、その姿を地面の中に消した。
そして次に動いたのはニワトリのような姿をしているホア。ホアの両腕はまるで翼のようになっており、その腕を大きく羽ばたかせると空を飛び始める。
「どうだぁ、アンノーン? 俺らはもう普通の人間じゃかなわないぜぇ」
トカゲのような姿をしているザックが、セイヤのことを睨みながらニタニタといった表情を浮かべる。
「さぁ、感動の再会からの勝負と行こうぜぇ、アンノーン!」
次の瞬間、ザックがセイヤをめがけて突進を試みる。予備動作と加速がない上に、質量と最高速度が上がっているザックの突進を食らったらひとたまりもない。セイヤは『単光』を行使して横に回避した。
ザックの突進を回避したセイヤだったが、その直後、セイヤに向かって大量の火の粉が空から襲い掛かる。
「おらおら、上も注意しないといけないぜ、アンノーン」
空中に浮いているホアの翼が羽ばたくたびに、セイヤに向かって火の粉が飛ばされる。詠唱無しでこれほどの量の魔法を同時に行使できるのは、魔獣化による恩恵であろう。
「『光壁』」
「ちっ……」
セイヤは自分に襲い掛かる大量の火の粉に対して、『光壁』を行使することで、自分の身を守った。自分の攻撃が防がれたことに舌打ちをするホア、しかしセイヤはそんなホアを見ている余裕はなかった。
「背中がお留守だぜぇ、アンノーン!」
セイヤの背後から猛烈な勢いで突進してくるザック。その体には火属性の魔力が纏われており、ザックの身体能力が活性化していることがわかる。
「そんな突進が通じ……ちっ」
ザックの単純な突進を横にずれて回避しようとしたセイヤだったが、突然地面の中から現れた手に掴まれてしまう。その手には鋭い爪がついており、地面を掘るのには最適な手の形をしていた。
「いけ~ザック~」
「ナイスアシストだぁ、シュラ」
ザックは地面の中から手を出してセイヤの動きを止めているシュラにそう言うと、そのままセイヤに向かって最高速度で突進していく。
「くらえぇぇぇぇアンノォォォォン!!!!」
セイヤが避けられないと確信しているザック。それは空から見ているホアも、地面の中からセイヤの足を掴んでいるシュラも同じだった。
だからこそ、次に生まれた光景には三人とも言葉を失った。
「なんだと……」
「まじかよ……」
「そんな~」
三人の瞳に映る光景、それは片足を地面の中から出ているシュラの手によってに捕まれながらも、その右腕でザックの頭を止めているセイヤの姿だった。
「くそぉぉぉぉぉぉ」
頭をセイヤによって掴まれているザックが、再び足を踏み出してセイヤに頭突きを試みようとしたが、セイヤの手はビクともしない。まるで岩山に頭を押し付けているような感覚に、ザックは意味が分からなかった。
空から見ていたホアも、地面の中から見ていたシュラも、そんな光景に言葉が出ない。
「なぜだ! なぜだ! 今の俺は特級魔法師並みに強化されているはずだ! なのにどうして……」
「アンノーン……お前は一体……」
「もしかしてアンノーンも魔獣化を!?」
「そんなわけないだろ」
セイヤはつまらなそうに答えた。
目の前にいる少年は本当に自分たちが知っているアンノーンなのか、三人は心の底から疑問に思った。
自分たちの知っているアンノーンは満足に魔法を使うこともできず、ましてや魔獣化した自分たちと渡り合えるはずもない。
魔獣化したザックたちは特級魔法師にも及ぶ力を手に入れていると教えられている。つまり今のセイヤは特級魔法師と渡り合っているという事だ。
そんなの信じられるわけがない。
しかしセイヤからしてみればザックたちのおごりもいいところである。彼らは特級魔法師に及ぶどころか、その足元にも及んでいない。
「それで特級魔法師に並ぶとは笑えるな」
「なんだと……」
まるで特級魔法師の力を知っていると言いたげなセイヤに、ザックは無性に怒りを覚える。それはセイヤが自分たちのことなど見ておらず、自分たちが見ることのできな高みを見ているような気がして、気に入らなかったから。
そんな時だった。
「背中がお留守だぞ、アンノーン」
セイヤがザックと話していると、上空にいたホアがセイヤに向かって低空飛行で迫ってきていた。広げられて翼には炎が纏ってあり、攻撃力が高そうだ。
だがセイヤはホアの攻撃に対してもいたって冷静だった。
「それで不意を突いたつもりか?」
「なに!?」
セイヤは左手に握っていたホリンズを耳の横から後ろに投擲する。いきなり飛んできたホリンズに対し、ホアは驚き、バランスを崩して地面に激突した。
「うっ……」
ホアが地面に激突すると同時に、セイヤは右手で握るザックの頭を地面に振り落とし、そのまま右手で自分の足を握るシュラの手を掴んで、思いっきり引き上げる。
「ぐはっ……」
「うゎ~」
思い切り頭から地面に叩きつけられたザックは一瞬意識を失いそうになったが、なんとか引き繋ぐ。一方、シュラは無理やり引き上げられたことによって、右肩を脱臼したが、肉体的ダメージではなく、その分の精神ダメージに襲われる。
「てっ、てめぇ……」
「くっ……」
「うぅ~」
そこにあるのは圧倒的な力の差。魔法師としてというよりも、その存在から格が違うとザックたちは感じていた。
勝てない。
ザックたちは不本意ながら、セイヤに対してそう思った。なぜならセイヤはほとんど攻撃してこない上に、防御以外に魔法も使っていない。自分たちが魔獣化しても、セイヤに魔法を使わせることもできないのだ。
しかしそれは仕方のないことだ。
なぜならセイヤが関わってきた相手はどれも規格外すぎる。
ダリス大峡谷の魔獣から始まり、水の妖精ウンディーネ、特級魔法師の雷神、十三使徒が二人にダクリアの魔王、そして七賢人たちとも対面した。
これは普通の学生魔法師が体験できるものではない。例えザックたちがいくら自分を強化したところで、到底追いつけない差である。もうセイヤはアンノーンどころではない。むしろ逆に知りすぎてしまっている。
だからといって、ザックは諦めることはできなかった。本能的に勝てないと悟っていても、自分がアンノーンであるセイヤに劣ることは許されない。いや、認められなかった。
ザックは覚悟を決めると、自分に施された封印をすべて取り払う。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
「やめろザック!」
「それは~」
まるで獣のような雄叫びを上げるザックのことを止めようとしたホアとシュラ。しかし二人の声はザックには届かない。
ザックの緑色の体が赤色に変わっていき、体中の鱗が硬さを増していく。腕は人間の時よりも二倍は太くなり、その爪もさらに鋭くなっていく。ギラリと鋭く光る眼には、もう人間の面影はなかった。
「ザック……」
「ザック~」
そこで時間制限が来たのか、ホアとシュラの姿が改造人間に戻る。しかしザックは依然として紅いトカゲ、いや、リザードマンのままだった。
セイヤはそんなザックの姿を見て呟いた。
「人外の存在になったか」
「グギャァァァァァァァ」
もうザックは人間ではない。その肉体も、精神も、すべてが魔獣に飲み込まれてしまった。魔獣化は魔法師と魔獣の合成であって、強化ではない。そこには当然ながら魔獣の人格もあり、支配する立場が変われば魔獣になりうる。
そして魔獣になったら最後、魔法師が人格を取り戻すことは不可能だ。
リザードマンと成り果てたザックは、セイヤのことを視界に収めると咆哮を上げる。
「グギャァァァァァ」
「うっ……」
「ひぃ~」
本物の魔獣の咆哮に押しつぶされそうになり、恐怖心を覚えるホアとシュラ。本物の魔獣と成り果てたザックは、魔獣化の時とは比べ物にならないほどの威圧感を放っている。
「手の掛かるやつだ」
セイヤは両手にホリンズを召喚して、ザックのことを見る。
たしかに見た目や放っているオーラは魔獣そのものだが、ダリス大峡谷の魔獣を経験しているセイヤからしてみれば、本物の魔獣には感じられなかった。
「グギャァァァァァ」
咆哮をあげた次の瞬間、ザックがものすごいスピードでセイヤに迫り、右の拳でセイヤのことを殴りつけようとする。
セイヤはそんな拳を、光属性の魔力を纏わせた右手のホリンズで防ぐと、そのまま左手に握るホリンズをザックの首に刺そうとした。
「グルァァァァ」
「甘いな」
ホリンズが首に迫っていたザックは咆哮でセイヤのことを威圧しようとしたが、セイヤは全く威圧を受けた様子もなく、ホリンズをザックの首の右側に刺す。
「ギャァァァァ」
「まだだ」
苦しそうな悲鳴を上げるザック。首に傷はつかないものの、首を刺されたと痛みが精神を襲う。
「ガァァァァ」
「『纏光』」
あまりの痛みにザックがセイヤに向かって炎を吹いたが、セイヤはとっさに『纏光』を行使して、悠々と回避する。
「すっ、すげぇ……」
「あれがアンノーン……」
魔獣と成り果てたザックに対して、引くどころか圧倒しているセイヤの姿に驚くホアとシュラ。その光景はセナビア魔法学園時代には考えらえない光景だった。
しかしそんな光景もすぐに終わりを迎える。
「これで終わりだ」
セイヤは高速でザックの背後に移動すると、両手に握るホリンズをザックの首に左右から突き刺す。
「グギャァァァァァァァァァ」
「じゃあな、ザック」
痛みを感じるのであれば、例え魔獣であろうとリタイヤさせることができる。セイヤはザックに別れを告げると、静かにその腕を左右にずらして、ザックの首をはね飛ばした。
「グギュウァァァァァァ」
首を斬られ、苦しみながら、ザックは光の塵となって消えていく。これでセイヤの仕事は終わりだ。
魔獣と成り果てたザックを処分するのはセイヤではなく教会の仕事。おそらくこのレイリア魔法大会が終わったころにはもうザックはいないであろう。
しかしそのようなこと、セイヤにとってはどうでもいい。たとえかつてのクラスメイトだとしても、今は他人だ。それに魔獣と成り果てたのはザックの自己責任である。
セイヤは心の中でザックのことを割り切ると、後方で跪いているホアとシュラを見た。二人はすでに人間に近い姿に戻っており、脅威を感じられはしない。おそらく魔獣化によって魔力が切れたのであろう。
セイヤはそんな二人に言う。
「まだやるか?」
その言葉に一切の容赦はない。もしあると答えたときには、セイヤは本気でホアたちの首を取りに行ったであろう。けれども、そんな気力はホアたちには無かった。
例え自分たちが暴走しても、セイヤには勝つどころか、戦うこともできないだろう。そんなことはザックとの戦いを見ていれば嫌でもわかった。
そして同時に思う。かつて落ちこぼれだったセイヤに何が起きたのか。
普通に考えて、信じられることではない。自分たちよりも劣っていた落ちこぼれが、禁忌に手を出して力を付けた自分たちを、見下すぐらいの強さを得ていることが。
しかしそれは聞いたところで無駄だとわかっている。
なので、ホアとシュラは短く答えた。
「俺らの負けだ」
「降参~」
「そうか」
セイヤはそんな二人の容赦なくホリンズを投擲し、首を斬る。二人は光の塵となりリタイヤした。
セイヤは光の塵となって消えていくかつてのクラスメイトたちを静かに見届けると、再び密林の中を歩き出すのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
さて、今回のセイヤたちの戦闘ですが、ほとんど観客には見られていません。これはまだセイヤの力を隠したいという作者の勝手であり、願望であります。
セイヤが観客たちに力を見せつける(作者的に)最高の舞台を準備しているので、お楽しみに!
といいつつ、高巻の技術不足や日本語力の低さにより皆さんを満足させられるかわかりませんが、一応頑張ります。
それでは次もよろしくお願いします。次は赤い髪の人と強いあの人です。




