第142話 かつてのクラスメイトたち
セイヤを囲むように立つ三人の少年たち。その中の一人の少年が言った。
「まさかお前みたいな無能がこの大会に出ているとはな」
少年は視線の先にいるセイヤのことを見下すような態度をとっている。それは他の二人の少年も一緒だった。
しかしそれはあながち間違ってはいない。セイヤは三人の少年の動きを視認することができていなかったのだから。少年たちは最初、セイヤの目の前に並んで立っていたのだが、気づいた時にはセイヤのことを囲むように立っていた。
セイヤにはそんな少年たちの動きが見えていなかった。しかし原理は分かっている。
「今の技は予備動作無しからの最高速度への移行か。まさかお前らがそんな技を使えるようになっているとは驚きだ、ザック。それにホアとシュラも久しぶりだな」
「ふん、どうやらお前も昔のままではないらしいな」
「ずいぶんと態度がでかくなったじゃねーか」
「無能のアンノーンが~」
少年たちはそう言うと、深くかぶっていたフードを脱ぎ、ローブを脱ぎ捨てる。
「その姿……なるほどな。フレスタンの犬にでもなったか」
セイヤはザックたちの変わり果てた姿を見て、フレスタンの犬と称した。
顔のほとんどは人間のままだが、頭からは無数の管が体に伸びており、彼らの着ているカマエリーナ魔法学園の制服の下は人間とは思えないような形をしている。
「てめぇ、よくもまぁ、初級魔法師一族最底辺の分際で、そんな態度が取れるな」
「本当だったらお前も俺らと同じ運命をたどっていたんだ」
「すべて聞いたぞ~」
「聞いた? なにを?」
全く意味の分かっていないセイヤの問いに答えたのはザックだ。
「お前があの後、施設から逃げ出したことだ。そして教会に着くと、施設の嘘の場所を教えて俺らの発見を遅らせようとしたことだよ」
「なんだそれ?」
「とぼける気かぁ? 俺らはすべて聞いているぞ。お前が俺らのことを見捨てるだけでなく、殺そうとしたことを」
「でもまぁ、お前のおかげで俺らは新しい力を手に入れることができた」
「そしてアンノーンに復讐ができる~」
「なるほどな」
セイヤはすべて理解した。
目の前に少年たちが、いいように人体実験の材料にさせられて、その上で扱いやすくするために虚偽の情報を入れこまれたことを。今のザックたちはおそらくセイヤが何と言おうと聞かない、聞くのは彼らをあのような体にした者の話だけだ。
そんな哀れな少年たちに向かって、セイヤが言う。
「一応言っておくが、俺は教会になんて行ってないぞ」
「ふん、とぼけるか」
「そんな話を信じるとでも?」
「そうだ~そうだ~」
「まあ、そうなるわな」
これでザックたちが話を聞いてくれれば、どれだけ楽か。セイヤはそう思ったが、ザックたちは案の定、セイヤの話を聞かない。
セイヤはまだこの時点での戦いを避けたかった。だからセイヤのとった選択肢は戦うのではなく、「逃げる」だ。
セイヤが足に光属性の魔力を流し込み、脚力を上昇させる魔法、『単光』を行使して、ザックたちから距離を取ろうとする。しかし素早い動きでホアがセイヤの進路に立ちふさがり、セイヤは足止めされてしまう。
そんなセイヤの行動を見たザックたちは心の中で確信した。
「どうやら逃げたがる性格は変わっていないみたいだな」
「まあ、三対一で勝てるような相手じゃないもんな!」
「アンノーンは弱いからね~」
すでに自分たちが優位に立ち、勝利したと確信しているザックたち三人。
セイヤはそんな三人のことを興味がないといった表情で見る。
現にセイヤはザックたち三人がどうなっていようと興味はなかった。確かに見捨てられたときは憎くて仕方なかったが、そのおかげで闇属性を取り戻し、ユアに会えることができたと考えると複雑だ。
たとえ昔は心の底から憎いと思っていた相手でも、時が経てばその憎さは次第に薄れていく。そして記憶からも消えていく。本当のことを言えば、セイヤはザックたちのことをついさっきまで忘れていた。
「はぁ、面倒なことになった」
セイヤはそう言いながらも、手に握る双剣ホリンズに光属性の魔力を纏わせる。
「ほう、やる気になったか」
「今の俺らは昔と違うぜ」
「俺らは強くなったからな~」
自分たちが強化されていることを、まるでセイヤを脅すように言うザックたち。だがセイヤからしたら、そんなに強化されていて、弱くなっていた方が驚きである。
三人が強化されていることなど一目瞭然でわかった。
「いくぜ」
「今可愛がってやる」
「覚悟しろ~」
そう言い残してセイヤの視界から消えた三人。それは予備動作無しのゼロ加速による移動だ。
「くらえ」
次の瞬間、ザックがセイヤの右横に現れて、その右腕の拳でセイヤの顔を思いっきり殴ろうとした。しかしセイヤはザックの拳に対し、顔を背け、悠々と避けると、右足でザックの左足を内から刈って転倒させる。
「ぐはっ……」
「貰った」
セイヤの意識がザックに向いたその瞬間、セイヤの左後ろに突然ホアが現れて、左ひじでセイヤの後頭部を全力で殴りつけようとする。
しかしホアの攻撃も、セイヤはまるで見えているかのように頭を下げて回避すると、そのまま右ひじを振り上げてホアの顎を真下から殴る。
「うっ……」
「隙あり~」
そんな声がしたのはセイヤの頭上から。セイヤが頭の上を見上げると、そこには右手をグーにしてセイヤのことを殴りつけようと、落下してくるシュラの姿があった。
「馬鹿か」
「なに~!?」
セイヤはシュラの攻撃を避けるために足に『単光』を行使して十メートルほど離れる。シュラはセイヤが避けたにもかかわらず、そのまま落下していき思いっきり地面を殴った。しかもザックとホアが倒れているというのに。
セイヤが土煙の舞い上がる方向を見ると、ザックたちが姿を現す。その顔からは全員、怒りが感じられる。それはかつて自分が無能と蔑んだ相手に、まるで遊ばれるかのように避けられたことに対する怒り。
「アンノーン、てめぇ」
「調子に乗りやがって」
「アンノーンのくせに~」
次々とセイヤに対する怒りの言葉を吐き捨てる三人に対して、セイヤは言った。
「はっきり言うが、お前らじゃ俺には勝てない。あきらめろ」
「てっ、てめぇ!」
「アンノーンの分際で」
「生意気だぞ~」
セイヤの言葉にさらに怒りを増す三人。セイヤは仕方がないので理由を言う。
「お前らの使っている技術は無駄を省くことで相手の不意を衝く技だ。決してお前らが見えなくなったわけではない。それに昔よりは身体能力が上がっているようだが、見失うほどではない。まだ魔獣の方が速かったぞ」
セイヤがこのとき思い浮かべていたのはダリス大峡谷で戦った雷獣だ。
ザックたちの速さなど雷獣に比べたら遅いし、雷神の異名を持つライガーに比べたら足元にも及ばない。そしてそんな者たちを見て来たセイヤからすれば、ザックたちは相手にする価値も無かった。
「わかったか? 無駄なことはやめろ」
「てめぇ……ちょっとこっちが手を抜いているからっていい気になりやがって!」
「そうだぞ! こっちが本気を出せばお前なんて足元にも及ばないんだからな」
「後悔させてやる~」
「これは……」
セイヤはザックたちの魔力の種類が変わっていくのを感じた。それは例えではなく、本当にザックたちの魔力が変わり始めたのだ。まるで種族そのものが変わるように。
「「「リ・コネクト」」」
次の瞬間、ザックたちの姿に変化が訪れる。それははっきり言うと、もう人の形をしてはいなかった。
「ハッハッハ、終わりだアンノーン」
「クククク、泣いて詫びるがいい」
「そうだ~そうだ~」
そう言いながら笑う存在は、もう人ではない。
緑のトカゲのような怪物になり果てたザック、鶏のような鳥になり果てたホア、茶色いモグラになり果てたシュラ。
三人は二足歩行で言葉を発しているが、その光景は異様としか言い表せなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回ついにザック君たちが出てきました。次でザック君たちの話は終わるので、よかったら次もよろしくお願いします。




