第140話 強風エリアの女王
レイリア魔法大会の初日が終わり、早くも二日目に突入した。初日は午前中に開会式などがあるため、午後からのスタートになり、例年すぐ終わる。
なので、レイリア魔法大会の勝負所は二日目と言われていた。初日は午後からのため、最悪の場合は休養を必要としなくても行けるが、二日目以降になってくると、そうはいかない。安心して休息できる寝床が必要になってくる。
すでに仲間と合流している選手は交代で睡眠をとることが可能だが、二日目の時点で合流できるものなど少ない。
それに今年はすでに十九名の選手がリタイヤしているため、仲間と会える確率は低くなる。ましてや火山エリアでの合流などあきらめた方がいいであろう。
そんな大事な二日目も、早朝からかなり激しい戦闘が行われていた。
地図上で西に位置する草原エリアと、南に位置する砂漠エリアとの間にあり、地図上で南西に位置する強風エリアでも戦闘が行われていた。
三人で一人の敵を囲むのは、フレスタン北西部にあるサラディティウス魔法学園の男子生徒たち。
サラディティウス魔法学園はレイリア王国で最北端に位置する魔法学園であり、レイリア王国で唯一の暗黒領での実習を取り入れている珍しい学園である。そのため彼らは他の学園よりも戦闘技術は高いと評価されていた。
そんな彼らが囲んでいる相手は。綺麗な緑の髪を持った、どこかおっとりとしている少女。彼女が身に纏う制服はアルセニア魔法学園のもので、右手にはたくさんの宝石が輝く大きな魔法の杖が握られている。
彼女はアルセニア魔法学園の代表にして生徒会長、モーナ=テンペスターだ。
モーナは、右手に握る大きな杖でサラディティウス魔法学園の生徒たちの攻撃を上手く防ぎながら、戦っていた。
「くらえ!」
「おら!」
「これでどうだ!」
サラディティウス魔法学園の生徒三人が、各々手に握る剣を駆使してモーナに斬りかかろうとするが、モーナはその攻撃をスイスイと避ける。
紙一重で剣を避けるモーナはすでにサラディティウス魔法学園の生徒たちの剣筋を見極めており、その表情は余裕だった。
「くそ! 火の加護をここに。『火斬』」
「火の加護をここ。『火斬』」
「馬鹿、やめろ!」
二人の少年が詠唱省略をして、モーナに魔法を行使しようとした。だがその時、一筋の強い風が吹き、少年たちのバランスを崩す。そしてバランスを崩した少年たちの剣がお互いにぶつかり合い、魔法が爆発した。
「うわぁぁぁ」
「くそ、またか」
「無容易に魔法を使うな。自滅するぞ」
ここ、強風エリアはいつ吹くかわからない強風が特徴のエリアで、その強風は人間のバランスを軽々しくと崩せる。そのため先ほどからサラディティウス魔法学園の生徒たちは簡単には魔法を使うことができなかった。
しかしそんないつ強風が吹くかわからない中でも、モーナは自由自在に動けていた。
まるでどのタイミングにどんな風が吹くかをわかっているように。否、モーナにはわかっていた。
普段から風を使い、風を利用するモーナにとって、風は親友みたいなものだ。いつどのように吹くのか、どれほどの強さで吹くのか、それがモーナには手に取るようにわかっている。
だからこそ、モーナはその風に自分の魔法で風を上乗せすることで、少年たちが魔法を使うタイミングで強風を生み出していたのだ。
つまりこの強風エリアはすでにモーナの手中に収まっているという事である。
そんなことを知らないサラディティウス魔法学園の少年たちは、必死にモーナに対して攻撃をするが、紙一重で避けられる。
あと少しで当たる。そう思い、次の攻撃を繰り出すが、次の攻撃も避けられてしまう。次こそは、と思って再び攻撃するが、また紙一重のところで避けられる。
そんなことの繰り返しが、少年たちにストレスを蓄積させていき、冷静さを失わせていく。
「もうそろそろですね」
モーナは小さく呟くと、三本のナイフを取り出して地面に捨てる。
自由落下に逆らわず垂直に落ちていく三本のナイフ、しかし地面に落ちる直前、急に進路を変え、まるで風に乗っていったように移動して消えた。
モーナがナイフ三本をどこかに飛ばした事に三人は気づいていない。吹き付ける強風が視界を悪くして、気づけなかったのだ。
「くそ、あとちょっと」
「当たれ!」
「無暗に行くな!」
攻撃が当たらない状況にイライラする二人。そんな二人が自分の言うことを聞かないことにイライラする一人の少年。この時点でモーナの勝利は決定していた。
「終わりです」
「「「うっ……」」」
次の瞬間、少年たち三人のうなじに一本ずつナイフが刺さり、意識を刈り取る。あらかじめ作っておいた風の道にナイフを通して、少年たちを攻撃したのだ。
うなじにナイフが刺さった少年たちはその後、光の塵となって消えた。モーナは一瞬の攻撃で一気に三人を倒したというのに顔は冴えない。
むしろ先ほどよりも険しくなっているようにも思える。
そんなモーナがある方向を見て言った。
「そこにいるのは分かっています。出てきたらいかがですか?」
「シューシュー」
モーナがそう言った直後、何もなかった空間から黒いローブを着た魔法師たちが現れる。数は二人。
何もない空間から現れた二人の魔法師は、黒いフードを被っているため顔が見えない。それにローブを着ていて制服も見えないが、ローブについているエンブレムから、フレスタン中部にあるカマエリーナ魔法学園だという事がわかる。
「随分と不気味な格好をしているのですね」
モーナがそう言ったが、ローブを纏ったカマエリーナ魔法学園の生徒はなにも反応しない。
「なるほど、話す気はないのですね。わかりました、それでは始めましょう」
「シューシュー」
「フシュー」
ローブを纏った魔法師たちから聞こえてくる音は独特の呼吸音だけ。それ以外は何も聞こえてこない。
そんな魔法師たちに向かって、モーナが大きな杖を構えた、その瞬間だった。モーナの視界から二人の魔法師たちの姿が消えた。
「どこに!? そこですか」
二人の魔法師を見失ったモーナだったが、風の不規則な動きを感じ取り、すぐに二人の姿を感覚で認識した。そして同時に二人が次に踏み込むであろう場所に強風を発生させて、バランスを崩させる。
ローブを纏った魔法師たちは、次の瞬間、強風によってバランスを崩し、モーナへの攻撃を失敗する。はずだった。
「きゃ!」
しかし魔法師たちがバランスを崩すことは無く、二人の掌底がモーナの右肩と左足に繰り出されて、殴り飛ばされる。
「きゃああああ」
そんな悲鳴を上げて、回転しながら吹き飛ばされたモーナ。そんなモーナ心の中でおかしいと思う。
強風を発生させたことにより、モーナは完全に魔法師たちのバランスを崩した。しかし魔法師たちはその影響を受けた仕草をまったく見せず、モーナに対して攻撃をした。それに最初の動き、あれは人間が簡単にできるものではない。
セイヤの使う『単光』による加速に似ていたが、モーナの目の前にいる魔法師たちは魔法を使っていなかった。
あの動きは魔法ではなく、身体能力、それも一歩目から予備動作なく最高速に入り、まるで瞬間移動したかのように思わせる、達人級の技だ。
モーナはあの技を一度だけ、フレスタン南東部のレデカの街の道場で見たことがあった。しかしその時に師範代が行っていたあの技は、まだ移動する兆候がわかり、対応が可能だった。
だがモーナの目の前にいる魔法師たちの技は、その師範代を軽く超えている。
完全にゼロから最高速に、予備動作やムラなく移行しており、常時風のある強風エリアでなければ、モーナは対応できなかっただろう。
「なかなか厳しいですね」
モーナは苦笑いしながらも、対応策を考えていた。相手は達人レベルを超えている超達人だ。それもかなり体の芯がしっかりおり、簡単にはバランスを崩せない。今までの敵とは格が違っている。
しかしモーナは不思議と負けるとは思わなかった。なぜなら目の前にいる魔法師たちは、いくら超人だと言っても、自分と同い年か年下である。
それにダクリア二区で戦った暗黒騎士こと、十三使徒序列二位、シルフォーノ=セカンドに比べたら、確実に力が劣るから。
モーナはまだ暗黒騎士が十三使徒序列二位だとは知らないが、暗黒騎士がそれぐらいの力は持っていたと思っている。だからこそ、例え目の前にいる魔法師たちがどんな技を使ってきたとしても、対応しきる自信があった。
「テンペスト」
掛け声とともにモーナは十本のナイフを四方八方に投げ散らす。投げ散らかされたナイフは当然のことながら重力によって地面に向かって落下を始めるが、地面に触れる直前、急に重力に逆らうように進路を変えた。
四方八方に散ったナイフが風の道を通り、普通では考えられないような動きをして二人の魔法師たちに迫る。
「シュー」
「フシュー」
自分たちに向かって飛んでくるナイフに対して、ローブを着た魔法師たちはいつの間にか手に握っていたダガーで弾き飛ばす。
「まだですわ」
ダガーによって弾き飛ばされたナイフはクルクルと回転しながら、地面に落下する、はずだった。しかし次の瞬間、落下するはずだったナイフが再び風の道に入り、軌道を変える。
これはモーナが直前強化合宿で手に入れた新たな技。今までは軌道を逸らされたナイフは一度回収してから再び風の道に戻す必要があったが、そんなことをしていては、ライガーの速さには追い付かない。
そこでモーナが編み出した技が回収せずに再び風の道に入れるという、この技だ。
一度回収するという過程が消えたことにより、ナイフの速さもさることながら、今までよりも格段に魔力効率の上がったモーナ。それにより、一度に扱えるナイフの量も増えていた。
惜しみなく次々とナイフを放り投げていくモーナ。その数は軽く百は越えているが、モーナは涼しい顔でナイフを操る。
「これでどうですか」
百を超えてもまだナイフの量を増やしていくモーナは、最終的に二百本のナイフを同時に操り始めた。これは強風エリアだからこそできる芸当で、まさしくモーナは風の女王になっていた。
いつ吹くかわからない強風だが、モーナにはその風が読める。そしてその風を利用すれば、モーナは通常よりも少ない魔力で『風道』を行使できる。
二百本のナイフが空中を暴れまわる光景は、何とも恐ろしい光景だった。
二百本のナイフが宙を舞う、つまり単純計算で一人百本のナイフを相手にしなければならない。四方八方から飛んでくる百本のナイフを相手にするのは、いくら達人だからといっても厳しい。
飛んでくる対象は小さい上に、微妙な速度差をつけ、どう考えても人間が同時に対応できない箇所に連続で飛んでくる。風を支配した女王は、いずれ反応できずに攻撃を受けてしまうその瞬間まで、ナイフの連続攻撃をやめる気はなかった。
魔法師たちがダガーで右耳を狙ってきたナイフを弾くが、弾かれたナイフは地面に落ちることなく、再び風の道に入って自分のことを狙う。
しかしナイフを弾いた次の瞬間には、左わき腹、後頭部、そして少し遅れて右足を狙ってナイフが襲い掛かって来るため、弾いたナイフがどうなるかなど確認する暇はない。
魔法師たちはそのナイフの量に対して、いつの間にか二本のダガーと火属性の特殊効果である活性化を使って対応していた。二本のダガーと火属性による肉体の活性化で戦う姿は、どこかセイヤの戦闘スタイルに似ている。
「シュー」
「フシュー」
もうすでに十分以上ナイフの嵐の中に居るというのに、二人の魔法師は全く疲れて様子を見せない。最初と寸分変わらずに対応する動きに、モーナは何という精神力だと思った。
弾いても、弾いても、終わらないナイフの嵐、普通の人間なら無意識のうちに嫌になってしまうだろうが、モーナの目の前にいる魔法師たちは全くそのような兆候は見せない。いくら超達人だからといってもおかしすぎる。
そんな疑心はすぐに驚愕となってモーナに襲い掛かった。
「そんな……」
モーナの目の前で起こった光景は、到底信じられるものではなかった。
モーナは魔法師たちの左半身にナイフを集中させて、右半身の注意を逸らした。そして魔法師たちの注意が完全に左側に向いた、その一瞬を見逃さず、一本のナイフで攻撃した。
絶対に反応できない角度から視界に入らないように右わき腹を狙った一本のナイフ。
そのナイフに反応したことも驚きだが、それ以上に驚きなのは、ローブを着た魔法師の右腕。人間ではありえない方向に曲がった右ひじが、ナイフを弾いたのだ。
「あなたたち……まさか……」
モーナの驚愕とともに、下から突き抜けるような風が吹き、フードを被っていた魔法師たちの顔があらわになる。
それは人間と称していいものなのか、モーナには分からなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
突然ですが、前の話の前書きは如何だったでしょうか? 一応、冗談のつもりで書いたのですが、日曜日まではあれが本編でした。しかし流石にこれはひどいと思い、あのような形に立った次第です。少しでも前書きが楽しんでもらえたら幸いです。(いらねーよ、無駄な時間を使わせるな。と思った方、すいません)




