第134話 エドワードとの再会
エドワードの目の前に現れたのは、紛れもないキリスナ=セイヤだった。
「セイヤ、セイヤ、本当にセイヤなのか……」
「先生……」
ふらふらとセイヤに向かって歩くエドワード。
その顔からはいまだ信じられないといったことが読み取れる。エドワードは周りにいる客たちが不思議そうに見ているが、気にしない。今はとにかくセイヤだ。
「本当にセイヤなのか?」
「そうだよ、先生」
セイヤも信じられないと言った表情でエドワードに近づいていく。
そして二人は静かに抱き合う。それは親子の感動の再開であり、そんな事情を知っているジョンなどは涙を流している。
その後、二人は店の中心で抱き合っていて注目されていることに気づくと、恥ずかしそうに席に着いた。セイヤたちが座るのはエドワードたちのすぐ近くだ。
セイヤたちが席に着くと、亭主であるジョンがパンをたくさん乗せたトレーをもって、セイヤのもとへとやってくる。
「久しぶりだな、セイヤ。心配したぞ」
「悪い、いろいろあってな」
「んっ? なんかいろいろ変わったみたいだな。これは俺からの祝いだ。好きなだけ食え!」
「ありがとな」
ジョンはセレナたちを見て、セイヤが変わった理由を何となく察した。具体的には男として大人の階段を上ったのだろうと。
そんなジョンの心意気でもらったパンをセレナとアイシィが口にする。二人は一口ずつパンを食べると、すぐに顔を輝かせて言った。
「おいしい!」
「おししいです」
「だろ? 俺のオススメだ」
セレナとアイシィは次々とパンを食べていき、セイヤはエドワードと話す。
「ごめん、先生。いろいろあってレイリア王国に戻って来てから連絡することができなかった」
「いいさ、セイヤ。私は君が生きてくれさえすればそれでいい」
「先生」
セイヤは久しぶりのエドワードとの再会に心から喜んでいた。
そんなセイヤの様子を見て、エドワードはあることに気づく。
「セイヤ、その制服はもしかして?」
「えっ? ああ、今は俺アルセニア魔法学園に通っているんだ」
「アルセニア魔法学園だと? だがセイヤの学籍は今、死亡扱いに……」
レイリア王国では一人の魔法師が持てる学籍は一つ。他の魔法学園に通うためには、学籍の移動を教会に頼まなければならない。
しかし学籍の移動があればセイヤが生きていることがわかり、エドワードのもとに連絡が来るはずだ。
「えっと、今は訳あって、ライガーのところに住んでいるんだ」
「ライガーって、あの雷神の?」
「その話、詳しく聞かせてもらえないか?」
セイヤの話に食いついたのはエドワードではなく、今まで影が薄かったエルドリオ。セイヤがエルドリオのことを不思議そうに見ると、エルドリオは慌てて言った。
「おっと失礼、自己紹介がまだだったね。私はエルドリオ=ペトラリア、特級魔法師の一人だ」
「あなたがあのエルドリオさんでしたか。俺はキリスナ=セイヤ、初級魔法師です」
セイヤは目の前にいる黒髪の青年を見て、この人があのエルドリオかと思った。
エルドリオがオルナの街に住む特級魔法師でセナビア魔法学園の卒業生という事は有名だったが、彼はなかなか表舞台に出て来ることがなく、その姿を知る者はあまりいなかった。
なので、セイヤも最初はエルドリオが特級魔法師だとは思いもしなかった。
エルドリオが自己紹介をすると、パンを食べていたセレナたちが慌てて挨拶をする。どうやら二人はパンに夢中だったらしい。
「申し遅れました。私はセレナ=フェニックスです」
「アイシィ=アブソーナです」
セレナとアイシィが挨拶をすると、最後にエドワードが挨拶をした。
「私はセナビア魔法学園の学園長を務めているエドワードというものだ。よろしく」
一通り挨拶を終えると、エルドリオはさっそくセイヤに対して事件のことや、ライガーのことを聞き始めた。
「ところで君は、あの事件で消えた被害者と言われている一人だね?」
「はい」
それは確認であって、周知の事実。本題はここからだ。ここから先は、ほんの一握りしか知らない事件の真相。
「では、あの施設で何があったか教えてもらえないかい?」
「残念ながらそれは無理です」
「なぜだい?」
セイヤの答えは即答だった。前までは信じられないようなセイヤの変化に驚くエドワードと、二人の会話を黙って聞いているセレナとアイシィ。
セイヤには事件の真相を話すことはできない。それはここで話していいような内容ではないからだ。
といっても、ここじゃなければ話すのかといったら、もちろん答えはノーだ。セイヤはこの事件に関して、口外する気は一切なかった。
「こちらにもいろいろな事情がありまして」
「なるほど。それはもしかして雷神に脅されているからかい?」
エルドリオはセイヤの本当の力を知らない。それはエドワードも同じであり、まさかセイヤがライガーと渡り合える力を持っているなど思ってもいないだろう。
だからセイヤが言えない理由を、ライガーに脅されていると考えていた。
一方、セイヤは疑問に思う。それはなぜ特級魔法師であるエルドリオが、同じ特級魔法師であるライガーのことをまるで悪者のように言っているのか。
セイヤはそのことが気になり探ってみることにした。
「その質問にも答えることはできません。ごめんなさい」
セイヤはいつも以上に低姿勢で答えた。その姿は、まるで脅されていることも言ってはいけないと、脅されているような少年にしか見えない。実際は脅されているわけでもなく、むしろ対等な関係と言ってもいいのだが。
しかしそんなことをエルドリオが知るわけもなく、セイヤがライガーに脅されていると確信してしまう。
会話の最初にセイヤがライガーのことを呼び捨てにしていたのにもかかわらず。
セイヤがライガーに脅されていると誤解してしまった(本当はセイヤが誤解させたのだが)エルドリオは、つい秘密裏に行われていた聖教会の策略を話してしまう。
「安心してくれ、セイヤ君。現在、聖教会が特級魔法師たちに協力を依頼して、ライガーを倒すことになっている。だから安心して話してくれていいんだ。なんならうちで保護してもいい」
エルドリオの言葉に、セレナとアイシィは驚きの表情を浮かべて言葉を失う。しかしセイヤはというと驚いてはいなかった。
全く驚いていなかったと言えば嘘になるが、セイヤは聖教会がライガーや自分たちに何かしらをしてくることは分かっていた。ただ他の特級魔法師までに協力を仰いでいるのは、予想外だったが。
「なるほど、それは強力ですね」
「ああ、いくら特級魔法師でも聖教会とほかの特級魔法師を相手にするのは不可能だ」
「でも、それって聖教会の暴走ではないのですか?」
セイヤが言いたいことは、聖教会と特級魔法師が手を取り合い一人の魔法師を討伐するのは特級魔法師協会の存在意義とは違っているという事だ。
特級魔法師協会、通称『協会』は、聖教会が暴走した際、その暴走を止めるのが仕事であって、手を取り合い一人の魔法師と戦うのは本来の姿ではない。
しかしそんなことはエルドリオにもわかっている。ただ、そうしなければいけないほどの理由が特級魔法師たちにもあった。
「確かに暴走と思われても仕方ないかもしれないが、大丈夫だ。ちゃんとした理由がある」
「異端認定のことですか?」
「なんでそれを!?」
エルドリオはセイヤが異端認定のことを知っていることに驚く。
異端認定の話は七賢人と一部の十三使徒、そしてライガー以外の特級魔法師にしか知らされていない超機密事項であり、初級魔法師であるセイヤが知るはずもないことだ。
逆にセイヤからしてみれば、なぜ知っているのかと驚かれたことに驚きである。なにせ、セイヤこそが異端認定を受けた張本人なのだから知っていて当然である。
そんな事を思ったセイヤだが、同時に分かったことがある。それは他の特級魔法師たちには、セイヤが異端認定を受けていることの説明はないという事だ。これが有ると無いでは、かなり変わってくる。
「まあ、風の噂で聞いたということで」
「それで説明がつくとでも?」
急にセイヤの態度が変わったことに、少なからず違和感を覚えるエルドリオ。それはエドワードも同じだった。今、自分の目の前にいるセイヤは自分の知っているセイヤではない。エドワードはついそう思ってしまった。
「なぜ知っていると言われても、聞いたからとしか言えません」
「誰に聞いたんだ?」
「十三使徒序列五位のレアル=ファイブですよ」
「十三使徒が!?」
レアルは一体何を考えているのか、と思うエルドリオ。なぜ異端認定という機密事項を、初級魔法師であるセイヤなどに教えているのか。エルドリオには全く分からなかった。
「もうこの話はいいですか? そろそろお昼を食べたいのですが」
「うっ、すまない。食べてくれ」
お昼を食べていないと言われてしまい、気まずそうにそう言ったエルドリオ。
エルドリオにそういわれ、無理やり話を切ったセイヤは、さっそく懐かしのパンを口にする。その味は懐かしく、久しぶりで、とてもおいしい。
重い話はそこで終わり、それからはセイヤとエドワードの世間話などで時間が過ぎていった。
話したことは最近の近況やアルセニア魔法学園がどういったところとか、と他愛のない話。しかしそういう話が、セイヤとエドワードには幸せだった。
そんな会話の中で、エドワードがふと聞いた。
「戻ってくる気はないのかセイヤ?」
それはアクエリスタンからウィンディスタンに戻ってこないかという質問だ。
セイヤのセナビア魔法学園での学籍は存在しているため、戻ってくることは可能である。セナビア魔法学園に戻れば、セイヤはいつでもエドワードと会うことができる。
エドワードの質問の答えは、セイヤの中では決まっていた。しかし答えをなかなか口にしないセイヤの様子を見て、セレナとアイシィが不安そうな顔をする。
「ごめん、先生。今はアクエリスタンでの生活の方がいいんだ」
「そうか、それならいい」
エドワードは本音を言えば、ウィンディスタンに戻ってきて欲しかった。けれども、それはセイヤが選ぶことであって、エドワードが決められることではない。息子の旅立ちに、嬉しさとどこか寂しさを抱くエドワード。
そんな時、昼食を食べ終えたセイヤたち三人が目を合わせて、頷きあい、席を立つ。
「それじゃ、俺らはここらで」
「えっ?」
セイヤはそう言い残して、お金をジョンに払おうとした。しかしジョンはお金を受け取らない。
「今日は俺のおごりだ。だから金は次に来たときな」
「ありがとう」
セイヤはジョンに感謝をしながら笑みを浮かべる。そんなセイヤに対して、エドワードが言う。
「セイヤ、もう少し話すことはできないか?」
久しぶりに会った息子のような存在。できれば少しでも長く一緒に居たいというのが親の心情というものであろう。
それはセイヤも同じだった。久しぶりに会った父親のような存在。できればセイヤだってもっと一緒に居たい。しかしそれはできない。なぜなら。
「ごめん先生。俺らは明日からレイリア魔法大会だから、今日は早めに帰るよ」
「失礼します」
「失礼します」
セイヤたちはアルセニア魔法学園の代表であって、エドワードはセナビア魔法学園の学園長。長居して、目撃されるのはあまりよろしくない。
セイヤたちはそう言い残して、ベイクド・ジョンから出て行く。
「なっ……」
残されたエドワードは、セイヤがレイリア魔法大会に出るという事を聞いて、唖然とするしかなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。今回をもって、四章もひと段落です。そして次からいよいよ、レイリア魔法大会が始まります! というのは嘘で、次はプロフィールを載せたいと思います。
レイリア魔法大会は次の次からです。
プロフィールには一応レイリア王国の関係者を全員載せたつもりです(あくまでもつもりです)
それでは次もよろしくお願いします。




