第133話 二人目の特級魔法師
時は少し遡り、セイヤたちが占い師の女性に占ってもらっていた頃。オルナの街の中にあるパン屋、ベイクド・ジョンの店内では、二人の男性が会話をしていた。
店内にはレイリア魔法大会の開幕が近いせいか、かなりの人で賑わっていたが、二人の男性たちの周りだけはなぜか空いている。
二人の男性はそんな周りの客の様子など気にせず、会話を進めた。
「すみません、エドワード先生」
「いや、こちらこそ無理なことを言って、すまなかった。エルドリオ」
紺色のスーツを着て、ちょっとぽっちゃりした口周りに黒いひげを生やした、優しい目の初老の男性、エドワードは目の前で頭を下げるエルドリオにそう言った。
エルドリオは黒い髪の青年といった感じで、年は三十にも満たないであろう。なかなかさわやかな男性だ。
エドワードは、目の前にいるエルドリオにあることを頼んでいた。それは彼の独自のルートを使って、あの事件で消息を絶ったセイヤのことを調べてもらう事だ。
エドワードは、まだセイヤが死んだとは思っていない。必ずどこかで生きていると信じている。
だからこそ、レイリア魔法大会が近くて忙しいにもかかわらず、毎日お昼時にはベイクド・ジョンに足を運び、時間ができればセイヤの暮らしていた別荘に足を運んで、セイヤの帰りを待っていた。
そんなエドワードのことを知っているエルドリオは、どうしてもセイヤの情報を集めたかったのだが、結局それはかなわなかった。しかし全く手掛かりがないというとそうでもない。
「ただ、エドワード先生が探しているセイヤという少年に直接の関係があるかはわかりませんが、あの事件には不審な点があるのです」
「不審な点?」
「はい。実は極秘にされている事ですが、あの事件に雷神の娘が巻き込まれていました」
「雷神というと、君と同じ特級魔法師の?」
「そうです。私と同じ特級魔法師であるライガー=アルーニャです」
エドワードの言う通り、現在彼の前にいる黒髪の青年は、レイリア王国に十二人しかいない特級魔法師の一人、エルドリオ=ペトラリアその人だ。
そして同時に、エルドリオはセナビア魔法学園の卒業生であり、エドワードのかつての教え子でもある。
エドワードは聖教会からもたらされた報告に納得できず、かつての教え子であり、特級魔法師の一人であるエルドリオに、セイヤの捜索を依頼したのだ。
「あの事件で雷神の娘さんも誘拐されていたのか……」
「ええ、でも雷神はそのことを聖教会には報告せず、特級魔法師協会の方に捜索を依頼してきました」
「それで娘さんは見つかったのか?」
エドワードの言葉には、ライガーに対する同情が含まれていた。それは息子のように可愛がっていたセイヤを失ったエドワードだからこそわかる、子供を失った辛さ。それはライガーも同じだろうと考えていた。
「それが、一か月ほど前に捜索の依頼を取り消しまして……」
「ということは、聖教会が見つけたということか」
「いえ、聖教会がまとめた被害者リストを見ましたが、そこに雷神の娘の名前は載っていませんでした」
エルドリオは聖教会がまとめた被害者リストすべてに目を通したが、そこにはユアの名前は載っていなかった。
そのリストにはもちろんセイヤの名前も載っていない。それもそのはず。なぜなら二人は聖教会に救出されたのではなく、自力でレイリア王国に戻ったのだから。
「というと、雷神の娘もセイヤと同じく消えた施設に?」
「ええ、そう考えるのが妥当かと思います」
「だったら、なぜ捜索の依頼を取り消したのだ……」
施設が消えていて被害者は見つからなかった。
例え聖教会に被害届を出していなかったとしても、特級魔法師であるライガーならその報告を受け取ることは造作もない。そんな報告を受けた親なら普通、エドワードのように独自のルートや他の魔法師たちに依頼して捜索を続けるはずだ。
それが特級魔法師協会といった強みを持つライガーなら尚更だろう。だというのに、ライガーは捜索の依頼を取り下げた。ここからわかることは一つ。
「もしかして雷神の娘は自力で家まで帰ったと?」
「ええ、私もそう考えました。そうすると、すべてが繋がります。協会に出された依頼が取り下げられた理由、聖教会がまとめたリストに載っていないもう一人の被害者」
「ということは、雷神の娘に消えた施設のことを聞けば……」
「はい。先生が探しておられるセイヤ君の情報も何か掴めるはずかと」
エドワードは絶望の中に現れた一筋の希望に、心を喜ばせる。もしかしたらまだセイヤは生きているかもしれない。そう考えたら、すぐに動くしかない。
そんなエドワードにエルドリオは言う。
「幸い現在、雷神はアルセニア魔法学園の学園長代理としてこの街に来ています」
「なら今すぐに……」
「待ってください、先生」
今にも駆け出しそうなエドワードのことを止めたエルドリオ。その目はとても真剣で、エドワードは緊張した面持ちで再び席に着く。
「ここからは秘密事項なんですが、現在、聖教会は雷神に対する攻撃準備をしております」
「それは一体……」
聖教会が特定の魔法師、それも特級魔法師に手を出すなど信じられない。そんなことは現在の態勢が整ってから、初めてだとエドワードは記憶している。
「聖教会はこのレイリア魔法大会の期間中を使って、各特級魔法師たちに対して秘密裏にアルーニャ家の討伐の依頼を出しています。先日私の所にも聖教会から書状が届きました。おそらく他の特級たちにも」
意味の分からない説明に首をかしげるエドワード。
「どうしてそんな事を?」
「わかりません。書状には異端の存在がアルーニャ家で発覚したから、討伐準備せよと」
「異端の存在だと?」
異端の存在とはつまり、異端認定を受けた者がいるという事である。しかし特級魔法師でないエドワードが異端の存在が何かを知っているわけもなく、再び首をかしげるしかない。
エルドリオは異端の存在の内容をエドワードに言うことなど、できるわけもなく、そのまま話を進めるしかなかった。
「ええ、詳しいことは分かりませんが、異端認定を受けた者がアルーニャ家にいるようです。それに最近アクエリスタン地方では、あまりよくない噂を聞きます」
「それはもしかして、レオナルド殿の?」
「そうです。アルセニア魔法学園の前学園長であるレオナルド殿の不可解な死、そしてその後釜に入った雷神ライガー、聖教会はその辺の事に関して、かなり情報をシャットアウトしています」
エルドリオの言う通り、聖教会はレオナルドの死などを含めた一連の事件に関しての情報をかなり非公開にしてきた。
それはアルセニア魔法学園の教頭だったザッドマンの反逆や、『フェニックスの焔』の使い手であるモカが暗黒領に攫われるなど、民衆には知らせることのできない情報ばかりだったからだ。
「それだけでなく、あの事件を調べていた十三使徒の一人、バジル=エイトが現在、理由も説明されず自宅謹慎にされています」
「十三使徒が自宅謹慎だと?」
数々の信じられない情報たち、にいったい何が起こっているのかと思うエドワード。まさかその一連の動きの中心に、セイヤがいるとは考えてもいない。
「なので先生、今は雷神の所に行くことはお勧めしません。せめてレイリア魔法大会が終わるまで、雷神を訪ねるのは待ってもらえませんか?」
「ふむ……」
やっと得られた一筋の希望。せめて話だけでもと思ったエドワードだったが、エルドリオの話を聞く限り、かなり事態は深刻だ。
聖教会と協会の協力、十三使徒の謎に謹慎、そして何を企んでいるかわからない特級魔法師。もうすでにこれは魔法学園の学園長であるエドワードが関わっていい案件ではない。
しかし同時に、ライガーなら聖教会も知らぬ情報を持っている可能性が高い。もしかしたらその中にセイヤの情報があるかもしれない。
そう考えてしまうと、エドワードを突き動かすのはセイヤに対する愛情。
「すまない、エルドリオ。本当なら君の言う通りにすべきかもしれないが、私はセイヤの情報が何でもいいから欲しい。だから雷神のところにいくよ」
「先生……そうですか。なら私もお供しましょう」
「エルドリオ?」
「相手は特級魔法師です。それなら同じ特級魔法師である私が着いて行った方がいいでしょう」
「すまないね」
二人はそう言って、アルセニア魔法学園が合宿をしているコロシアムに向かおうとした。
しかしその時だった。
ガタッ
いきなりエドワードが椅子を倒しながら、驚いた表情を浮かべて立ち上がる。その視線の先には、ちょうど店内に入ってきた金髪碧眼の少年がいた。
「セッ、セイヤ……」
「先生!?」
ちょうど店内に入ってきた金髪碧眼の少年は、エドワードのことを見て先生といった。その声は、自分が本当の息子のように可愛がっていた少年の声で、イントネーションもすべて同じだった。
どうも、感想が二件着て超ハイテンションになっている高巻です。
今回は新キャラエルドリオが出てきました。エルドリオは書かれていた通り、特級魔法師でエドワードのかつての教え子です。やっと二人目の特級魔法師です。
さて、四章はレイリア魔法大会編と書かれているはずなのに全然レイリア魔法大会が始まりません。そして水着も出てません。おかしいです。もう四章はレイリア魔法大会準備編とかにした方がいいかもしれませんね。
それでは次もよろしくお願いします。




