第132話 思わぬ再会2
時刻は昼前、屋台などで賑わうオルナの街の大通りをセイヤたち三人は歩いていた。
アイシィの手には、射的で取ったお菓子の入った袋が握られており、セレナの手には小さな熊のぬいぐるみが大事そうに握られている。
結局あの後、セレナはセイヤからもらった弾でも熊のぬいぐるみを撃ち落とすことができず、二回分追加して、やっとの思いで熊のぬいぐるみを撃ち落とした。
そんな嬉しそうに熊のぬいぐるみを持っているセレナの様子を見たセイヤは、「あの熊のぬいぐるみに1200イリアもかかったのか」と思ったりすることはない。
三人が次に向かったのは、オルナの街でも有名な占い師がいるお店。その店はレイリア魔法大会の開幕が近いせいか、かなり賑わっていた。
受付を済ましたセイヤたちはそこで三十分ほど待ち、自分たちの番になると、占い師のいる奥の部屋へと案内される。
奥の部屋に入ると、そこには水晶に手をかざした、見るからに怪しそうな女性が座っており、セイヤたち三人はその占い師の前に並んで座る。
「ようこそ。今日はデートか何かかしら?」
「デッ、デート!?」
「はい」
占い師の女性にそういわれて、驚きながらも顔を赤らめてセイヤの方を見るセレナと、冷静に答えるアイシィ。アイシィの答えは、今日はアイシィとセレナのデートであるのは事実のため、嘘ではない。
セイヤは困った顔をしながら黙っている。
「若いっていいわね。それじゃ始めようかしら。まずは赤毛のお嬢ちゃんから」
「おっ、お願いします」
占い師の女性はセレナの顔を一瞬見ると、すぐに手元の水晶をのぞき込む。そして数十秒が経つと、突然顔を上げて、セレナに向かっていった。
「あなたは今、恋をしているわね? それもかなり本気で」
「えっ?」
セレナは占い師の女性にいきなり恋をしていると言われて、ついセイヤの方を見てしまう。占い師の女性はニヤリと笑みを浮かべてセレナの耳元で囁いた。
「特別にあの坊やとの相性を確かめてあげるわ」
占い師の女性は再び水晶をのぞき込む。そして今度は十秒も経たないうちに答えが出たらしく、再びセレナの耳元で囁く。
「あれは難関ね。でもあきらめなければ、いつか報われるわ」
「はっ、はい!」
セレナは急に嬉しそうな顔をして大きな返事をした。そんなセレナのことを不思議そうに見るセイヤとアイシィ。
セレナの次はアイシィの番だ。
占い師の女性はセレナの時と同様にアイシィの顔を一瞬見ると、すぐに水晶をのぞき込む。そして数十秒ほどが経って答えが出るとその答えをアイシィに伝える。
「あなたは面白い存在ね」
「面白い存在?」
「そう、何といえばいいのかわからないけど、あなたの中には二つの人格があるわ。いや、魂といった方が近いかもしれない」
「魂?」
急に変なことを言われて、首をかしげるアイシィ。それは周りで聞いていたセイヤとセレナも同じだった。占い師の女性はそんなアイシィに詳しく説明をする。
「そう魂、といっても、その魂はとても小さくか弱い。そしてその魂はあなたのものではない。でも誰の魂かと聞かれても、魂が小さすぎてわからないわ」
「どういう意味ですか?」
占い師の言葉が理解できないアイシィ。
「わかりやすく言えば、その小さな魂があなたの思考に少なからず影響しているという事よ。昔までのあなたと、今のあなたはどこかで、違う点が出て来るはずだわ。でも安心していいわよ。その魂があるからと言って、あなたに害はないから」
「そうですか」
アイシィはどこか納得していない様子で頷く。一体どういうことか、その答えを知る者は、その小さな魂の持ち主だけであろう。
アイシィの次に占われるのはセイヤ。占い師の女性は二人と同じようにセイヤの顔を一瞬見ると、手元の水晶をのぞき込んだ。
しかし占い師の女性が顔を上げたのは、水晶をのぞき込み始めて三分ほどが経った時だった。
まるで幽霊でも見たかのような顔をして、セイヤのことを見る占い師の女性。彼女の第一声は何とも奇妙であった。
「あなたは一体……何者なの……」
占い師の女性の言葉を聞いて、セイヤは目を細める。
どうせ占いなってインチキか何かと思っていたセイヤは、目の前にいる占い師が自分の本性を見抜けるはずがないと高を括っていた。しかし占い師の女性の言葉はまるでセイヤの本性を見たように思われた。
「あなたの中には、三人分の魂があるわ。それも全部しっかりとした人格まで持っている。さらに一つは人間のものではない、まるで神のような感じのもの」
「はぁ……」
セイヤは答えに戸惑う。。
占い師の女性が言っていることはおそらくセイヤの意識の中の話であり、神のような人格は妖精であるリリィのものだろう。しかしだからといって、認めるわけにもいかないので何も知らないふりをするしかない。
「三つの人格があるというのに、あなたは自我を保っている。それもかなり根強く。こんな人初めてだわ。あなたは一体、何に手を出したとでもいうの、黒魔術か何か?」
「黒魔術って……」
黒魔術と言われて、苦笑いをするしかないセイヤ。黒魔術とは今は存在しない魔法のことであり、その存在は確認されていない。
セイヤも本でしか読んだことがないとてもマイナーな知識で、その存在を知る者さえ少ない。
現在では黒魔術は昔の人々の空想や妄想が作り上げた産物であり、そんなものは存在しないというのが黒魔術を知る者たちでの常識だ。そしてセイヤも黒魔術など存在しないと思っている一人である。
もちろん占い師の女性も黒魔術の存在など信じてはいない。ただ、セイヤの占った結果があまりに奇妙だったため、ついそう言ってしまったのだ。
「まあ冗談はさておき、あなたはこれからいろいろなことに気を付けておくべきだわ。今言えることはないけれど、あなたはこれからたくさんの出来事に巻き込まれると出ている。
しかもそのほとんどが厄介ごとで一筋縄ではいかない。私が見てきた中で、これほどまでに大変な人はいなかったわ」
「まあ、大体予想はできている」
セイヤの中でも占い師の女性が言いたいことは分かっていた。
異端の力を手に入れて妖精と契約している時点で、すでに問題ごとに巻き込まれない訳もないと言うのに、さらにその上、異端認定されているのだ。
厄介ごとに巻き込まれないはずがない。
それにもう覚悟はできている。異端認定を受けたことをライガーに相談したセイヤは、すでにどうするかを決めている。たとえそれが王国全土を敵に回したとしても変えることはない。
セイヤの目を見た占い師の女性は、何かを察したように頷いた。
「なるほど。あなたはとんだ大物になるわね。そんなあなたに、私からの忠告よ。何があっても、自分の意思に従いなさい」
「ああ、わかっている」
「それと近いうちに衝撃の出来事に出会うわ」
「それは困ったな」
セイヤは苦笑いを浮かべるしかなかった。
もうセイヤはこの占い師の女性がインチキだとは思っていない。なので、占い師の女性が言っていることは当たると信じている。そう思うと苦笑いをうかべるしかない。
三人はその後、占いを終えると再び屋台などで賑わう大通りに出た。
「さてそろそろお昼にするか。どこか行きたいところはあるか?」
時刻はお昼時、セイヤは後ろを歩く二人のそう聞いた。
セイヤに行きたいところを聞かれたセレナとアイシィだが、オルナの街を知らない二人にどこがいいと答えられるはずもなく、自然とセイヤのオススメになってしまう。
「どこでもいいわ」
「どこかおすすめのところで」
「そうか、ならあそこだな」
セイヤはそう言って、あるところを目指して歩みを進め、二人もセイヤの後に着いて行く。
「それにしても、あの占い師凄かったな」
「はい、言っていることが凄すぎて」
「そっ、そうね」
セイヤが占い師の話を振ると、アイシィはぶっ飛んだ人だなと思いながら答え、セレナはセイヤの方をちらっと見て、赤面しながら答えた。
そしてセレナは後ろの方でモジモジしながら、またぶつぶつと呟き始める。
そんなセレナのことを置いて、セイヤはアイシィに言った。
「でも一番すごいことを言われていたのはアイシィだよな?」
「はい、急に魂が二つと言われて驚きました」
「だろうな」
おそらくあの占い師の女性に一番衝撃的なことを言われたのはアイシィであろう。セイヤとアイシィは同じようなことを言われていたが、受け止める方の条件が違いすぎる。
セイヤは自分の中にもう一つの人格と、リリィの意識があることを知っていたが、アイシィはそんなことを知らない。
そんな状態であなたの中にはもう一つの魂があると言われてしまったら、戸惑ってしまってもおかしくはない。
確かに占い師の女性が言ったことは衝撃的だったが、セイヤにはどこか彼女に言いたかったことがわかる気がした。
「でもアイシィが変わったってことは、どこか納得できるな」
「どうしてですか?」
「元々が知らなかったのかもしれないが、初めて会ったころのアイシィと今のアイシィは少し違う気がする。
心を開いてくれただけかもしれないが、初めて会った頃は何というか本当に無表情だったけど、今は少し表情が柔らかくなった気がするよ」
「すごい言われようですね。でも自分でもなんかわかります。ダクリアに行ってからちょっと変わった気がします」
アイシィも自分の中で少し変化があったことがわかっていた。しかしそれが他の魂だとは思っていなかったが。
そんなアイシィに対して、気まずそうな声でセレナが言う。
「えっと~、その~、アイシィ?」
「なんですか、セレナ先輩?」
「えっとね、その原因は多分私のせいだと思うの」
「セレナ先輩のせい?」
セレナの思わぬ発言に、首をかしげるアイシィ。それはセイヤもいっしょだった。
「そうなの。私って今、お母さんから『フェニックスの焔』を教えてもらっているじゃない。それでいろいろと『フェニックスの焔』のことを勉強しているのだけれど、その中に魂の共有とかがあったりしてね」
「魂の共有ですか?」
「そう、アイシィがあの館で一度死んだときに私が『フェニックスの焔』を使ってアイシィの魂を復活させたのは知っているわよね?」
「はい」
アイシィは聖教会に捕まっているときに、ダクリアでのその後をセレナからすべて聞いていた。その中には当然、自分は一度死に、セイヤの禁術とセレナの『フェニックスの焔』を使って蘇生されたことも教えられた。
「それでその時に、一度私の魂とアイシィの魂が結びついたの。本当ならその後は二つの魂はしっかりとまた別れるのだけれど、『フェニックスの焔』に関して未熟だった私はそれに失敗したみたい」
「つまり占い師が言っていた小さな魂って……」
「うん、私の魂の一部……ごめんアイシィ」
自分に対して頭を下げるセレナを見て、アイシィは納得した。それは占い師の女性が言っていたことでもなく、自分が少し変わったことでもない。
聖教会に捕まっていた間に、セレナがセイヤの愛人でもいいと言った時、無性に悲しくなって涙を流してしまったことだ。
なぜ自分はあの時、無性に悲しくなって涙を流してしまったのか。それはおそらくセレナの葛藤がわかっていたからだ。
あの時に感じた感情は、アイシィのものだけではない。あの感情はセレナとアイシィ二人の感情が混ざったもの。
主観的な感情と客観的な感情の混合。その苦しみをわかり、さらにその苦しみをわかってしまう苦しみ。まさしくアイシィが感じていた感情はそれだった。
セレナはセイヤのことが好きだが、セイヤには婚約者がいる。すでに婚約者がいる少年に好意を伝えることは褒められたことではない。ましてやセレナはフェニックス家の長女であり、いずれかはフェニックス家を継ぐ存在。
そんなセレナがすでに婚約者がいるセイヤに好意を伝えるは、世間体が悪すぎる。
それはセレナだけの問題ではなく、フェニックス家の問題だ。セレナが好意を伝たことが世間に知れれば、世間はセレナだけでなくセレナの妹であるナーリや母親であるモカのことも悪く言うであろう。
そんなことをセレナが望むわけがない。
セレナはそんな葛藤の末につい口にしてしまったのが愛人という言葉だった。しかしセレナは本気でそんなことは思っていたわけでなく、あくまで言ってみただけだ。
セレナはそれで良かったのかもしれないが、アイシィにとってはあまりに辛すぎた。
アイシィはセレナの気持ちをすべて理解した上で、その気持ちを客観的に感じていた。世間体を気にして好意を伝えることもできない哀れな少女、そしてその少女の気持ちが痛いほど、では表しきれないほどわかってしまう。
まるで自分が体験したかのように。
当事者と外からの二つの立場から見る悲痛で哀れな少女の葛藤。そんなものを十五歳の少女に耐えろと言うほうが無理である。
アイシィは自分に向かって頭を下げているセレナに優しく言った。
「顔を上げてください、セレナ先輩」
「アイシィ……」
セレナは恐る恐る顔を上げてアイシィの顔を見る。何を言われるか不安になりながらも顔を上げたセレナだったが、アイシィの顔は全く怒っていなかった。むしろ笑っていた。
「私は一度死んで、セイヤ先輩とセレナ先輩のおかげで生き返った命です。むしろ生き返らせてもらったのに魂が残っているからって、文句を言える立場ではありません。私の方こそ助けていただきありがとうございます」
「アイシィ」
「よかったな」
「ええ」
「はい」
改めて二人の絆を見たセイヤ、そして今までよりも一段と絆が深まったセレナとアイシィ。三人はそうこうしているうちに目的地へと着いた。
「ついたぞ」
「ここは……」
「パン屋?」
三人の目の前にあったのは看板に大きくベイクド・ジョンと書かれたパン屋だった。
セイヤは迷うことなくベイクド・ジョンの扉を開いて中に入る。セレナたちもセイヤに続いて店の中へと入った。
「いらっしゃ…………セッ……セイヤ……」
ベイクド・ジョンの亭主であるジョンがちょうど入ってきた客たちをもてなそうとしたが、あまりの衝撃に「いらっしゃいませ」と最後まで言うことができなかった。
ガタッ
さらに店の奥では、椅子を倒しながら立ち上がる一人の初老の男性。その男性はちょうど店の中に入ってきた金髪碧眼の少年を見て、信じられないという表情を浮かべている。
「セッ、セイヤ……」
「先生!?」
店の奥にいたのは、セナビア魔法学園の学園長であり、セイヤの保護者でもあったエドワードだった。
どうも、最近月曜日と木曜日の21時頃に定期更新できて自分でも驚いている高巻です。あとがきで何か説明しなければと思ったのですが忘れてしまいました……。
そんな高巻ですが最近とても重大なことに気づきました。まさにこの物語を最初からやり直さなければならないくらいの問題です。
それは水着です! この物語、まだ一度も水着を着て海やプールでキャッキャウフフをしてないではないですか! こんなの認められません!
高巻の大好きなラノベやアニメだと三巻や八話くらいに必ずと言っていいほど水着回があります。それは物語の始まりが大体四月からで三巻くらいになると、ちょうど夏で水着回が入るといったそうです。
ところがこの物語はどうか。書籍化している方たちと比べるのもおこがましいですが、この物語は五月から始まっているはずなのに、一向に水着回できる機会がありません。このままでは夏が終わってしまう。もうこうなったらレイリア魔法大会のルールに水着強制着用を追加するしか…………すいません暴走しすぎました。
レイリア魔法大会はちゃんと制服でやります(多分)。それともう一つ。
感想でこの先の展開を予想をするのやめて! 作者の心臓に悪いです! 本当に怖いです!
というのは冗談でして感想ありがとうございます。感想欄の数字が増えていると喜びの余り、家中で騒ぎまわりドンドンしたりして近所迷惑を起こしていまうほど嬉しいです。感想がもらえるだけでテンションマックスになりどんどん物語が書けちゃいますよ(笑)
それほど作者には感想が嬉しかったです! ありがとうございます!
さて、こんな新しい環境に慣れないで情緒不安定になっている高巻のあとがきを最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。お礼に次回の話をちょっとしちゃいます。
次回新キャラが出ますよ!(それだけかよと思った方すいません。それだけです)
それでは次もよろしくお願いします。(ここで終わりなのでご安心を)




