第129話 それぞれの特訓
太陽が一番高いところに上ろうかとしていた頃、オルナの街にある大きさの闘技場では、アルセニア魔法学園の代表たちが各自の特訓に勤しんでいた。
「ユアさん行くよ。『火斬』」
「させない……『火斬』」
お互い手に握る刀やレイピアに火を纏わせて、相手に斬りかかる二人の少女。
オレンジ色の髪の少女が火を纏った刀で、白い髪の美少女に袈裟切りをしようとしたが、白い髪の美少女はその刀を手に握るレイピアで弾く。
そしてそのまま手に握るレイピアで、オレンジ色の少女の胸を貫こうとした。
「甘いよ、ユアさん」
オレンジ色の少女はニヤリと笑みを浮かべると、左手に魔法陣を展開して、白い髪の美少女に向かって魔法を行使する。
「我が火の眷属よここに。『火の粉』」
「くっ……」
オレンジ色の少女が魔法を行使した瞬間、彼女の左手に展開されていた赤い魔法陣から、大量の火の粉が白い髪の美少女に向かって降り注ぐ。
「『風刃』」
大量に降り注いでくる火の粉に対して、白い髪の美少女は冷静に対処した。次の瞬間、二人の少女の間に強力な風が吹き、白い髪の美少女に襲い掛かろうとしていた火の粉をあらぬ方向へとばしてしまう。
「さすがユアさんだね」
「アルナもよくやる……」
「ユアさんに褒められると、嬉しいね」
二人の少女はお互いに褒めながらも、その目は相手の動作を見逃さないと集中していた。
ユアとアルナが戦うようになって、今日で二日が経つ。当初は光属性の魔法を使えない戦闘に苦戦をしていたユアだったが、現在は火属性と風属性を見事に使い分けて戦っていた。
現時点で、ユアは火属性と風属性の複合魔法である雷属性を使うことができていない。何度か試みたのだが、発動はできても、戦闘で使うには心もとなく、いまだ練習中である。
ユアは新しい力の習得に手間取っていた。
といっても、代表選手全員がユアのように特訓が上手くいっていないわけではない。
己の深層心理で修行しているリリィはわからないが、母親のモカから『フェニックスの焔』を教えてもらっているセレナは着々と力をつけており、ライガーと特訓しているモーナも新しい武器に慣れ始めている。
しかしアイシィは、ユアと同じように、あまり特訓の成果を得られてはいなかった。
「まただ、アイシィ。今、一瞬だけ他の武器を使おうとしただろ?」
「……はい」
セイヤに指摘され、ふてくされながら返事をするアイシィ。彼女もまた、新しく戦闘スタイルを見つけるのに必死だった。
「他の武器のことを考えるな。剣だけに集中しろ」
「はい」
アイシィは頷くと、両手に握る氷で出来た双剣を見る。その氷の双剣はどこかセイヤの持っているホリンズと似ており、少し見ただけでは違いに気づかないであろう。
アイシィの手にする双剣はセイヤのホリンズをお手本にしつつも、アイシィに最適化された氷の双剣。
アイシィの特訓は、レイリア魔法大会が始まる前に、セイヤから双剣の技術を盗み、極めることだ。そんなアイシィに対して、セイヤは双剣ホリンズを構えて言う。
「今までは単発だったが、次からは連続技で行くぞ」
「はい」
アイシィが返事をすると、セイヤがホリンズを手にアイシィに向かって駆け出す。
その動きはとても単純で、アイシィはすぐに防御態勢に入る。防御態勢に入ったアイシィに対して、セイヤは右手に握るホリンズでアイシィに斬りかかった。
単純な突撃に、単純な上段からのセイヤの攻撃を、アイシィは左手に握っている氷の剣で弾く。
ジャッキーン
そんな音がしながら、セイヤのホリンズは弾かれた。しかしセイヤはその防御を見越していたかのように、ニヤリと笑みを浮かべて腰を時計回りに回転させる。
セイヤの腰が回転すると同時に、セイヤの左手に握るホリンズが、そのままアイシィの右わき腹をめがけて飛んでくる。
アイシィは落ち着いて右手に握る氷の剣でセイヤのホリンズの軌道をそらし、そのまま左手に握る氷の剣でセイヤの首元を狙う。
(とった)
アイシィがそう思った直後、視界が百八十度回転した。そして体に強い衝撃を受けると、アイシィの首の前にはセイヤのホリンズが突き付けられる。
何が起きたか理解できていないアイシィ。そんなアイシィにセイヤが言う。
「相手の武器だけに集中していて、足元がお留守だぞ。近接戦闘では剣など武器だけでなく、体中が武器になるから覚えておくように」
「むっ、はい」
セイヤに指摘されアイシィが頬を膨らませる。その顔からは足払いをするのは、ずるいと言いたげだが、実際の戦闘でそんな文句を言ったところで意味はない。
だからアイシィは素直にセイヤのアドバイスを受け止める。
「さて、そろそろ休憩にするか。やりすぎもよくないし」
「はい」
セイヤが休憩を提案すると、アイシィは素直に応じる。二人は休憩するためにコロシアムの一角に用意された休憩所に向かう。
「あっ、先輩。お疲れ様です。どうぞ」
「ありがとう」
元気な声と共に、セイヤにレモンジュースを手渡したのはセレナの妹のナーリだ。ナーリもアルナと同様にサポートメンバーとして、アルセニア魔法学園の代表に帯同していた。
「進み具合はどうだい?」
レモンジュースで体を癒しているセイヤに、そんなことを聞いてきたのはナーリと一緒に休憩所の管理をしているメレナ。そんなメレナの質問にセイヤは今の進捗状況を答える。
「ボチボチだな。そう簡単にはいかない」
「だろうね。武器を極めるのは大変だからね」
「まあな」
武器を極めることはとても難しい。それはかつて落ちこぼれだったセイヤが一番わかっていた。魔法のない剣術や武術を極めるには才能もそうだが、なにより努力が必要になる。
普段から魔法の使えなかったセイヤは、魔法のない状態で修行できたが、普段から自由に魔法を使えるアイシィには、心のどこかに魔法が使えるという慢心があり、なかなか成長できない。
「だが、やれることはやるさ」
「妙にやる気があるね?」
「そうか?」
「どこか楽しそうだよ」
「ふん、そうかもな」
セイヤはメレナにそういわれて、笑みを浮かべる。今までは人に教えるという事がほとんどなかったセイヤだが、今は人にものを教えるという事を楽しんでいた。そのためアイシィの指導にも熱が入っていたのだ。
「さて、休憩も終わったし、再開するか」
「はい」
「二人とも頑張ってください」
ナーリの応援を背に、二人は再び双剣だけの剣術勝負を始める。
一方その頃、オルナの街には二人の少年少女の姿があった。二人の着ている制服は、セナビア魔法学園のもので、腕には「運営委員」という腕章がつけている。
二人の少年少女は自分たちの通うセナビア魔法学園とは正反対の方向に向かって歩いていた。
「カオル先輩、アルセニア魔法学園の代表ってどんな感じの人なんですか?」
「それを聞かれて答えられると思う? ナーズ」
カオルと呼ばれる少女と、ナーズという少年はそんな会話をしていた。
この二人はセナビア魔法学園の生徒であると同時に、今はレイリア魔法大会の連絡係を務めている大会運営委員である。
連絡係とはその名の通り、大会に関する連絡を各学園に伝える、または各学園からの連絡を大会本部に伝える役目だ。
そしてカオル=ナルシャンタとナーズ=グレートレスはアルセニア魔法学園の担当連絡係だった。
彼らには、連絡係として連絡を伝えるという仕事と同時に、代表選手たちについての情報を口外しないという義務がある。
レイリア魔法大会は大会が始まるまで代表選手たちが発表されないため、連絡は少数精鋭の信頼できる者たちに任されていたのだ。
カオル=ナルシャンタはセナビア魔法学園の生徒会に所属する三年生であり、ナーズ=グレートレスは風紀委員に所属する二年生である。ちなみにナーズはかつてセイヤが所属していたクラスに所属する元クラスメイトだ。
二人はちょうど、アルセニア魔法学園の代表選手たちの最終確認に向かっていた。
「どんな選手たちかは言えないけど、去年の成績は知っているでしょ?」
「はい、確か二日も持たずに全員敗退だったとか」
「そうね。確かに去年の成績は悪かったけど、力はあったように見えたわ」
「まあ去年はレアルの一人勝ちですからね」
二人はそう言いながら、昨年のレイリア魔法大会を思い出す。実を言うと、カオルは昨年もアルセニア魔法学園の担当連絡係で、セレナたちとも面識があった。
「もし去年のままだったら、今年はいいところまで行くと思うわ。といっても、メンバーが同じだったらの話だけどね」
「カオル先輩がそこまで言うとは珍しいですね」
「それだけ期待できるってことよ」
「それは楽しみです」
二人はそんな話をしながら、アルセニア魔法学園の代表たちが直前強化合宿をしているコロシアムに向かうのだった。




