第126話 それぞれの願い
場所は変わりダクリア五区。ダクリア二区には及ばないものの、工業都市として発展したこの街はかなり栄えている。
夜になったというのに、街は明るく活気があり、街の人たちもいつものように騒いでいた。
けれども、そんな街から少し離れたところにある大きな城には、明かりが灯っておらず、人の気配もない。一見廃屋にも見えてしまうような城だが、中にはしっかりと人がいた。
その建物の名は魔王の館。ダクリア二区を治めていたブロード=マモンが住んでいた屋敷のように、この城にもダクリア五区を治める魔王、デトデリオン=ベルゼブブが住んでいる。
そんな魔王の館の中にある、大きな部屋には三十人程の人影が集まっていた。
その三十人が注目する先にある壇上には、白い髪をした焼けた肌の若い男が立っている。三十人の人影の視線の先にいる彼こそが、この館の主であるデトデリオン=ベルゼブブだ。
壇上に立つ魔王デトデリオンに対して、一斉に注目する人影。彼らは皆若く、年はデトデリオンと同じか、それよりも少し下かというところだ。
「皆のもの、今宵はよく集まってくれた」
「おおおおおおお」
デトデリオンが声を張り上げそう言うと、彼に注目していた人影たちが一斉に騒ぎ出す。
彼らはこのダクリア大帝国の次期魔王候補たちであり、一足先に魔王となったデトデリオンに師事する者たちだ。彼らにとってデトデリオンの言うことが正しく、それが正義である。
そんな若者たちにデトデリオンが言う。
「かつてこのダクリア大帝国を治めていた大魔王キース=ルシファーが姿を消して二十余年、この国は平和だった」
ダクリア大帝国の歴史について語りだすデトデリオンの話を、静かに聞く若者たち。デトデリオンは話を続ける。
「それはキースが姿を消した後、すぐに当時キースの右腕を務めていたサタンが一時的にルシファーを兼任したことによってだ。
当初は兼任という方法に反発する者もいたが、天才であるサタンはその反発してた者たちをも黙らすほどの力を示したと聞いている。そして現在に至る」
この時代、デトデリオンやここに集まる人々は赤ん坊や生まれていなかったため、他人から聞いた話になっている。けれども、その話は嘘などの偽りはない真実。
「こうして、サタンの例外的な手段によってこの国は落ち着いていた。けれども、ついこの間、ダクリア二区を治めるマモンが何者かによって殺された。さらにマモンを手にかけた犯人が名乗らないそうではないか」
それはセイヤがモカ救出の際の出来事。マモンことブロード=マモンの訃報はダクリア全土に知れ渡っていたが、犯人が誰かについては、ほとんどの人が知らない。
だが彼らにとっての問題はそこではない。
「誰が殺したなんかは、この際問題ではない! 問題なのは魔王の席が二つも空いていることだ!」
「そうだ、そうだ!」
「そしてその現状を変えようとしない魔王たちにも問題がある!」
「そうだ、そうだ!」
彼らは次期魔王候補であると同時に、現在のダクリア大帝国に不満を持つ若者たちでもあった。そしてその若者たちを束ねるのが、魔王デトデリオン=ベルゼブブなのだ。
彼らの目標は、現状の魔王たちの引退、そして自分たちがその席に着くこと。
そしてマモンの死によって魔王の席が合計で二つ空き、今こそ彼が動き出す最善のタイミング。
「今のままではダクリア大帝国は廃っていき、いずれ崩れ始めるだろう。だからこそ、今のままではだめなのだ。革命だ! 今こそ我らの力を示し、変わることを恐れている年寄りたちに新たなダクリアを見せつけてやろうではないか!」
「そうだ! そうだ!」
「今こそ待ちわびたときだ!」
「俺はずっと着いて行きます!」
「おれも!」
「俺もです、デトデリオンさま!}
口々にデトデリオンに賛同していく魔王候補たち。その若者たちを束ねるデトデリオンの姿は、まさしく扇動政治家でしかない。
「今こそ新生ダクリア大帝国の幕開けだ!」
「「「ウォォォォォォォォォォォ‼‼‼」」」
まるで地鳴りのようになりわめく声たち。それはダクリア大帝国に新たな風が吹き抜ける予兆のように思えた。
デトデリオンが魔王候補たちに向けて言い放つ。
「年寄りたちに我らの力を見せつけようでないか! まずは手始めに、レイリア王国で開催されるレイリア魔法大会だ。そこでむこうの国の金の卵たちを消せば、年寄りたちも認めるしかないだろう。我らの力を!」
ニヤリと笑みを浮かべるデトデリオン、その顔はまさしく魔王そのものだった。
レイリア王国ウィンディスタン地方オルナの街。
今年のレイリア魔法大会の開催地となっているセナビア魔法学園がある地区とは正反対の地区。ウィンディスタン教会の支部などが密集している地区に、大きな宿があった。
そこはオルナの街の中でも最高級の宿であり、泊まることが許されているのは十三使徒や特級魔法師などといった選ばれた者たち。なので、警備もかなり厳しいものとなっている。
そんな宿の一室に、きれいな白い髪をした紅目の美少女と、きれいな青い髪にまるでサファイアのような目をした美幼女の二人がいた。
月の光が二人を照らす中、二人は部屋の窓から不安そうな顔で外を眺めている。
「セイヤ……」
「セイヤ」
二人が不安そうな顔で見つめる先には、形こそ見えないが中央王国がある。二人は現在、その中央王国の中枢とも言っていい聖教会がある首都ラインッツにいるであろうセイヤの身を案じていた。
ライガーから、セレナとアイシィを取り返して向かっているという連絡が入ったことを聞いているが、それでもセイヤの無事な姿を見ない限り、二人は安心できない。
本当なら、今すぐにでもセイヤのもとに向かいたいが、それは許されないこと。今二人ができることは、セイヤのことを信じて自分の力を磨くことだけ。二人はセイヤのもとに駆け付けたいという衝動を必死に抑えながら、眠りにつく。
ベッドに入りながら、二人は静かに会話をする。
「リリィ……私セイヤの力になりたい……」
「リリィも」
「明日から頑張ろう……」
「うん」
二人は翌日から始まる直前強化合宿のために、その後すぐに眠りにつくのだった。
時を同じくして、ウィンディスタン地方オルナの街。
ユアたちが泊まる宿とは正反対の地区に位置する木造の一軒家。そこに一人の初老の紳士の姿があった。
初老の紳士、エドワードは今年のレイリア魔法大会の開催地であるセナビア魔法学園の学園長であり、この木造の一軒家の持ち主でもあった。
しかしその木造の一軒家にエドワードの私物はほとんどない。
なぜなら、そこはエドワードの別荘であり、つい数か月前までは他の人が使っていた場所だからだ。
「セイヤ……」
別荘のバルコニーに出て、月を見上げながらそう呟くエドワード。
その名前は数か月前までこの別荘に住んでいた少年の名前であり、エドワードが本当の息子のように可愛がっていた少年の名前。しかしその少年は数か月前、例の事件に巻き込まれ姿を消した。
聖教会が行方不明の被害者たちは全員死亡と発表して事件の幕は降ろされたが、エドワードはまだそう思っていない。
セイヤはまだどこかで生きている。そう信じて、彼は数日に一度、この別荘に訪れていた。もしセイヤが帰ってきたとき、「おかえり」と言ってあげられるように。
しかし今日もセイヤは帰ってこなかった。けれども、エドワードはセイヤの遺体を見るまでは絶対にセイヤはどこかで生きていると信じ続ける。
そして今日もまた、エドワードは悲しみに暮れながら、別荘を後にするのだった。
エドワードがセイヤに会えるのはもう少し先の話だ。
月の光が光る中、フレスタン某所ではレイリア魔法大会に出場するため、ある学園の代表選手たちが集まっていた。
しかしその姿は異様だった。代表選手は一人の赤髪の少年を除き、全員が黒いローブを羽織っており、顔が見えない。
そんな代表選手たちが、次々と移動用の馬車に乗り込んで行く。彼らは今から、今年のレイリア魔法大会の開催地があるオルナの街に向かうところだ。
そんな中、赤髪の少年が三人の黒いローブを羽織った選手に話しかける。
「いよいよだね。調子はどうだい?」
「問題ない。完璧だ」
「ああ、これであいつに復讐できる」
「いよいよだね~」
大会に向けて、戦意を高めていく三人。しかしその戦意はどこか異質な感じがする。
そんな三人に向けて赤髪の少年が言う。
「君たちのホームグラウンドなのだから期待しているよ。それじゃないと、拾った意味がないからね」
「まかせろ」
「……の言う通りだ」
「大丈夫だよ~」
ローブの上からでもわかる異質なオーラを放つ三人を見て、赤髪の少年はニヤリと笑みを浮かべる。
そしていよいよ、今年もレイリア魔法大会が幕を開けるのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。今回で首都ラインッツでのお話は終わり、次回から舞台をオルナの街に移します。(やっとレイリア魔法大会が始まる……)でもその前にレイリア魔法大会のルールをまとめたものを投稿する予定です。(上手く書けるかわかりませんが……)
さて、今回の話では色々なところからお送りしましたが、四章では今回出てきたキャラたちを全部出す予定なのでお楽しみに。あの子とかあの子とかあの子たちとか……
それでは次もよろしくお願いします。




