第120話 七賢人を拘束する力
突如として動かなくなった自分たちの体に違和感を覚える七賢人たち。
彼らは足や手を動かそうとするが、信じられないことに、体が動かせなかった。その感覚は、まるで鉄の鎖で体中をぐるぐる巻きにされているようだ。
セイヤも突如として動かなくなった七賢人たちに違和感を覚える。セイヤには濃密な殺気を放ち、相手を威圧して動けなくするという技があるが、今は使っていない。
そもそも魔法が使えない状態で殺気を放ったとしても、相手は自分よりも修羅場を潜り抜けてきた者たちだ。そう簡単には威圧はできない。
だというのに、事実、七賢人たちは動くことができなかった。セイヤは一体何が起きているのかわからなかったが、この好機を逃す気はない。
「二人を、セレナとアイシィを解放してください」
「くっ……何を言う……それは無理だとさっきコンラード殿が……」
動かない体で、どうにか答えたのはケビンだ。彼は歯を食いしばりながら、セイヤのことを睨む。そんなケビンに対して、セイヤが一言。
「返してください」
「ぐっ……」
セイヤがそういった瞬間、七賢人たちを縛る見えない鎖がきつくなったかのように、七賢人たちが苦しそうな顔をする。
セイヤはさらに苦しそうな顔になった七賢人たちを見ると確信した。自分の声には、七賢人たちを拘束する力がある、と。
理由は分からない。なぜ自分にそんな力があって、この力は一体何なのか全くわからない。
しかし今はセレナとアイシィを取り戻すためなら、躊躇っている暇はない。そこでセイヤは一瞬だけメレナのことを見た。メレナは何が起こっているのか理解しておらず、キョトンした顔をしている。
セイヤはもう一度言葉を発する。今度はお願い口調ではなく、命令口調で。
「二人を解放しろ」
「「「ぐっ……」」」
さらに体を縛られたのか、七賢人たちが再び苦しそうな声を上げる。しかしケビンやマルクなどはセイヤのことを睨みながら、必死にその力に抗おうとした。だが、その時、アルフレードが言った。
「わかった……要求飲もう」
「アルフレード殿!?」
急にセイヤの要求を認めたアルフレードに対して、ケビンが咎めるかのように名前を呼ぶ。それもそのはずだ、この国のトップである七賢人たちが、一魔法師、それも魔法学園の生徒の要求を飲むようでは、周りに示しがつかない。
当然、他の七賢人たちもアルフレードのことを責めるとケビンは思っていた。
「お前の要求を飲もう」
「わかった」
「エラディオ殿? それにガルデル殿まで一体どうして?」
「なぜですか、お二人とも!?」
「何をお考えで!?」
「イバン、ケビン、マルクこれは仕方がないことだ。私たちはやつの要求を飲む」
「コンラード殿まで!? 一体どうして?」
七賢人のうち四人が、それも年上たちばかりが急に、セイヤの要求を飲んだことに年下たち三人は言葉を失う。
七賢人たちが何らかの方針や行動に出るとき、七人のうちの過半数、つまり四人の賛成が必要になる。逆に言えば、四人さえ賛成すれば例え残りに三人がどんなに反対しても、成立してしまう。
そして今回、四人がセイヤの要求を飲むと答えた。
「まだ若い三人にはわからんかもしれないが、これは我らの宿命」
「そうだ。こうなってしまったら、勝ち目はない」
「アルフレード殿、コンラード殿の言う通りだ」
「すぐに二人を解放しよう」
「どうして……」
イバンたちは理解ができずに、ただ固まっている。
「要求を飲んでくれて感謝する」
セイヤがそう言った直後、七賢人たちを拘束していた見えない鎖が、まるで消えたかのように、七賢人たちの体が自由になる。
イバンやケビンたち若い三人は急に体が自由になったことで、バランスを崩し座り込んでしまう。そんな中、アルフレードがセイヤに向かって言った。
「お主は一体……まあいい。下には伝えておくから受付に言うのじゃ。そうしたら二人を解放しよう」
「ありがとな」
セイヤはそのままメレナといっしょに部屋を出る。部屋に残っていた七賢人たちは何とも言えない表情で、部屋から出ていくセイヤの姿を見ていた。
まさか自分たちが解放されるとは思ってもいないセレナとアイシィの間には、相変わらず気まずい空気が漂っていた。
セレナがアイシィに話しかけると、答えてはくれるものの、どこか素っ気なく、以前に比べて心に壁があるような感じがしていた。
「ねえ、アイシィ」
「なんですか?」
「どうしたら機嫌直してくれるの?」
「別に怒っていません」
こんな調子でアイシィは怒っていないと言い張るが、セレナからしてみれば怒っているようにしか見えない。
アイシィは怒っていない、ただ自分の心の中で整理がつかずにギクシャクしており、そのことに苛ついているだけだ。けれども、彼女は自分が苛らついても、怒ってもいないと本気で思っている。
そんな二人だが、ある程度時間を共にしているため、普通に会話はする。ただ前までのように、心の底から本音を言えないだけだ。
「セレナ先輩……私、本当に怒っていませんから」
「と言われてもね」
セレナは苦笑いしながら答える。アイシィが怒っている理由は自分にある。セレナはそのことをしっかりと理解していたため、アイシィに一つの提案をしてみた。
「ねえアイシィ、もしここから出られたら、二人でどっか遊びに行こうか」
「えっ?」
セレナの唐突な提案に驚くアイシィ。しかしなぜかその言葉を聞いた瞬間、少しだけ心地いい感じがしたため、アイシィはその提案に応じる。
「わかりました」
「そっか、じゃあ約束ね」
セレナは笑顔で言う。アイシィも少しだけ笑みを浮かべる。一瞬だが、この時の二人の関係は前までと変わらない二人であった。
「でも出られるのですか。ここ?」
「そうね」
二人が捕まっている聖教会がそう簡単に二人を解放してくれるとは思えない。二人は分かっていたが、セレナには希望がある。
「でも大丈夫よ。きっとセイヤが助けに来てくれるわ」
「呼んだか?」
「そうそう、こんな感じで助けに……えっ? ええええええええええええええええっっっっっっっ」
セレナは突然背後に現れたセイヤに驚いて、とんでもない声を上げてしまう。それはアイシィも同じで、声にこそ出していないがその表情からかなり驚いていることがわかる。
約一週間ぶりの再会に驚く二人。
「どっ、どうしてセイヤがここに?」
「迎えに来たから」
「でもここ聖教会よ!?」
セレナの質問に、セイヤは面倒くさそうに答えた。
「知っている。ほんと、お前らは面倒なところに捕まったよな」
「えっ、嘘……本物?」
「当たり前だろ。それにさっき俺が助けに来てくれるって言ってたじゃないか」
「聞いていたの!?」
セイヤの思わぬ言葉に、顔を真っ赤に染めるセレナ。
「当たり前だ」
「忘れて……忘れて! さっきの言葉は忘れてぇぇぇぇぇぇ」
「はっ?」
顔を真っ赤染めながら暴れだすセレナを、困った表情で見るセイヤ。そんなセイヤにアイシィが聞く。
「どうやって許可を取ったのですか?」
アイシィの言いたいことは、どうやって聖教会に入って、どうやって二人を解放させたのか、と様々だ。
しかしセイヤにはそんなことを説明する気はなく、できれば一刻も早く聖教会から出たかったので、説明を省く。
「それは後で詳しく話す。今はここを出るぞ」
「わかりました」
セイヤの真剣な表情を見て、アイシィは事情を察して頷く。一方、セレナはいまだに羞恥に悶えてその辺を転げまわっていた。
「おい、セレナ、帰るぞ」
「はっ、はい!」
その後、セイヤはセレナとアイシィを連れて出して聖教会からお暇した。
セイヤがセレナたちの部屋に向かっている頃、同じ建物の最上階では円卓を囲む会議が再び開かれていた。
静かに円卓を囲む七賢人たち、しかし彼らの顔はどこか厳しい。
そんな静寂をエラディオが壊す。
「先ほどの男、キリスナ=セイヤに関してですが……」
「わかっておる」
エラディオの言葉に答えたのは、七賢人最年長のアルフレード。コンラードやガルデルはアルフレードが何を言うかわかっており、何も言わない。
イバンやケビンなどの年下たちはいまだ事態を理解していないようで黙っている。
「アルフレード殿、ではやはり?」
「ああ、キリスナ=セイヤ。あやつを異端魔法師として認定する」
「「「なっ!?」」」
突然の異端認定に驚くイバンたち三人。しかしコンラードたちは全く驚いていない。
そしてこの日、セイヤは聖教会から異端魔法師としての烙印を押されたのだった。
ついにこの話で異端の烙印を押されてしまったセイヤ、この後一体どうなってしまうのか。
そしてレイリア魔法大会編のはずが一向に始まる気配のないレイリア魔法大会、こちらも一体どうなってしまうのか。




