第117話 聖教会
レイリア王国の中心に位置する中央王国、そして中央王国の中心にある街が首都ラインッツ。さらに首都ラインッツの中心、つまりレイリア王国の中心にあるのが、この国を治める聖教会だ。
そして今、セイヤとメレナはその聖教会の受付にいた。
「特級魔法師、ライガー=アルーニャ様の使いですね。少々お待ちください。すぐに上に連絡しますので」
「お願いします」
セイヤとメレナがいるのは聖教会の一階受付。横に長いカウンターには総勢十名の受付嬢がおり、聖教会への来客を対応をしている。
セイヤは例によって受付をメレナに任せ、自分は近くの椅子に座りながら周りを見ていた。
聖教会は五階建ての大きな建物であり、セイヤがダクリア二区で泊まった宿よりは低いものの、その分、横に大きく、まるで大きな大学病院の受付のようだ。
そんな受付でセイヤはメレナを待ちながら周りを警戒する。
異端の力を持っているセイヤは、もしかしたら周りに闇属性の力に気づいている者がいるのではないか、と警戒するが、周りには強そうな魔法師はおろか、並みの魔法師も少なく、いるのは仕事の依頼に来ている非魔法師ばかりだ。
セイヤはそのことに気づくと、警戒を緩め、メレナのことを待つ。
五分ほどして、メレナがセイヤの元へと戻ってきた。メレナの後ろには若い女性が着いて来ており、どうやら聖教会の職員らしい。そして七賢人たちがいる最上階まで案内してくれるそうだ。
「終わったよ」
「そうか」
セイヤがそう答えると、メレナの後ろにいた聖教会の職員が挨拶をする。
「ようこそ聖教会へおいでくださいました。わたくしは今回お二人をご案内させていただきますダルタと申します。どうぞお見知りおきを」
「ああ、こちらこそ頼む」
ダルタと名乗る女性は、栗色の髪をしていてどこかほんわかしている。セイヤと同い年らしいのだが、彼女の纏うほんわかした雰囲気がどこか彼女を幼く見せ、セイヤは彼女のことを頼りないと思った。
一方、メレナはどうやらダルタと面識があるようで、親しげに話しており、その姿は仲のいい姉妹に見える。
「では、まず控室にお連れしますね。ただいま上は大事な会議中みたいで、少し待ってほしいとのことです」
「わかったわ」
「了解した」
二人が連れていかれた場所は階段を上った二階にある広々とした個室。中には高そうな家具などがたくさん並んでおり、控室とは思えないくらい豪華だ。
セイヤとメレナは部屋の中に入るとダルタに言われてソファーへと腰掛ける。座った瞬間、まるで自分をやさしく包み込んでくれそうな感触のソファーにセイヤが感動していると、ダルタが二人に紅茶を淹れて持ってきてくれた。
しかし彼女の手には紅茶以外のものも握られており、どう見ても茶菓子には見えない。本能的に忌避間を示して警戒するセイヤに、ダルタは慌てて言う。
「そんな殺気を向けないでください! 怖いです!」
「悪い」
ついダルタに向けって殺気を放ってしまったセイヤは素直に謝る。セイヤは聖教会に居るという緊張感と、彼女の手に持たれたリングなようなものに対する忌避感により、無意識に殺気を放ってしまったのだ。
「で、それは?」
「えっと、これは魔封石を加工した腕輪になります。七賢人様への面会を希望される方たちには、着けてもらうのが規則でして」
「そうか」
セイヤはそういうと、ダルタから腕輪を受け取り、腕に付ける。腕輪をつけた瞬間、まるで自分の中から魔力が消えたかのような感覚に襲われ、セイヤは嫌な記憶を思い出した。
かつて拉致されたときの記憶、初めて仲間と言って貰えた嬉しさから裏切られたときの気持ち。あまり思い出したくないものだが、逆にあの事件がなければ、自分はユアやリリィに会えなかったと思うと複雑な気持ちになる。
「それとたとえ何があっても、七賢人様の前では腕輪を取らないようにお願いします」
「ああ、わかった」
「セイヤなら大丈夫よ、ダルタ」
「本当に大丈夫なの、メレナ? この人ちょっと危ないよ」
「危ないとは失礼だな。ところで二人はどんな関係なんだ?」
セイヤは二人の関係が先ほどから気になっていたので聞いてみる。
セイヤはメレナがライガーといっしょに何度も聖教会に来ていることは知っているので、その時にでも面識があるのであろうとは思っていた。だがそれにしても二人の仲が良すぎる。
まるで幼なじみのような関係は、たまに会うくらいでは簡単にはできない。
「あれ知らないの? メレナはライガー様の家に勤める前は、聖教会で働いていたんだよ」
「なにっ!?」
「言ってないからセイヤが知らないのも当然。それとダルタ、私はいいけど他の客人には敬語ね」
「そうだった! ごめんな……すいませんでした」
まるで姉に注意された妹のように、セイヤに向かって頭を下げるダルタ。しかしセイヤはそんなダルタを気にするほど余裕がなかった。
それはメレナがかつてこの聖教会で働いていたということが、あまりにも衝撃的だったからだ。
「あれ? どうしました? おーい」
「あっ、悪い。ちょっと考え事していた」
「嘘!? 私の謝罪は無視!? ひどくない!? ねえメレナ、この人ひどいよ」
「セイヤの考え事というのは、私が聖教会に勤めていたことでしょ?」
セイヤに無視されたことに怒るダルタを放置して、メレナはセイヤにそんなことを聞いた。
セイヤはメレナの問いに対して静かにうなずく。もしメレナが聖教会の人間だったというのが本当だとしたら、ユアの聖属性やリリィの存在、それにセイヤの闇属性に関してまで聖教会に報告されているのかもしれない、という考えがセイヤの頭の中をよぎる。
「最初に言っておくと、セイヤの懸念していることは心配ない。私は今、特級魔法師ライガー=アルーニャ様の使用人であり、聖教会の人間じゃない。だから安心して」
「そうか」
メレナの顔を見て、彼女の言っていることは心の底から思っていることだと確信したセイヤは安心する。
しかしなぜ聖教会の人間だったメレナが、ライガーの使用人なんかを務めているのか、気になるセイヤ。メレナはそんなセイヤの疑問を察して説明をしてくれた。
「なぜ? って顔をしているね。まあ話して損することでもないから暇つぶしに昔話でもしようか。初めにこの首輪が示している通り、私は奴隷だ。
幼少期に誘拐されてから、いろいろなところに売られて、私はその先で様々なトラブルを起こした。
そんな私に見かねた当時の主が、私のことを殺そうとした時、たまたま通りかかった聖教会の職員が、私の事を助けてくれて保護してくれた」
昔話をするメレナの顔はいつもと変わらないように見えるが、彼女の声がいつもより少しだけ高いことに、セイヤは気づく。
「保護された私は三年ぶりに両親のもとへ帰してもらえるように図ってもらえたのだけれど、その時、私の両親はすでに死んでいた。身寄りのなくなった私はその後、この聖教会が運営する施設に入って、そこで暮らしながらここの職員の手伝いをしていた」
「そしてその施設でメレナと同じ部屋だったのが、このわたくし、ダルタです」
ダルタは胸を張りながらそんなことをセイヤに向かって自慢する。メレナはそんなダルタの様子を笑いながら見ていた。
「当時のダルタはまだ幼くて、同じ部屋である私が面倒を見ていたの」
「だからメレナは私のお姉ちゃんのような存在なんだ!」
「そして五年前、お嬢様が当時の使用人に裏切られて、誘拐されるという事件が起きた。そして当時の使用人はすぐに捕まった。
その使用人によれば他にも共犯の使用人がいたらしく、当時のアルーニャ家は一時的に使用人不足になってしまったらしい」
その出来事はセイヤも知っている。ユアが人を信頼できなくなってしまった原因であり、今も彼女の心の中からその時のトラウマが完全には消えていない。
「しかも問題はそれだけじゃなかったのよ! 特級魔法師には聖教会に属していた者を一名以上傍に置くっていう決まりがあるんだけど、その事件の首謀者が聖教会に属していた人で大騒ぎになったらしいわ」
「ダルタの言う通り。それと敬語」
「あっ」
再び敬語が抜けたダルタを注意するメレナ、けれどもセイヤはそんな二人に意識は向いていなかった。なぜなら初めて聞く特級魔法師の決まりにセイヤは驚いていたから。
特級魔法師による協会は、聖教会から独立した組織だというのに、その近くにいるのは聖教会にいた者たち。どこか矛盾しているような決まりに、セイヤは考えるが、メレナの話は続く。
「当然、その使用人も捕まったため、旦那様には聖教会に属していた使用人がいなくなってしまい、新しい使用人が必要になった。そうして選ばれたのが、当時十五歳だった私。それから私はアルーニャ家の使用人となって、今に至る」
「そうだったのか。なんか悪いな」
「気にしなくていい。私が勝手に話しただけだ」
セイヤは思わぬ事実の連続に理解が着いて行かなかったが、疑問に思ったことが一つだけあった。それは今もメレナの首に巻かれている首輪だ。
いくらメレナが奴隷だったからと言っても、彼女はもう奴隷ではなく立派なアルーニャ家の使用人だ。主が許せば、首輪はすぐにでも外せるし、ましてやあのライガーが首輪を着けておくようにするとは思えない。
そこで思い出されるあのカギ。
家を出発する際にライガーがメレナに渡して、現在はメレナの首にかかっているカギ。どう考えたても首輪と関係ありそうだ。セイヤはそのカギと首輪の関係が気になり聞こうとしたが、その前に部屋に連絡が入る。
ダルタが連絡を受けるとすぐにセイヤたちにも伝える。
「どうやら会議がひと段落したそうです」
「そうか」
「なら行こう」
セイヤはメレナの首からかかるカギのことをいったん胸の中にしまい、七賢人たちがいる最上階の会議室へと向かい階段を上っていく。
セイヤがこれから会うのはこの国のトップたちであり、ダクリアの存在も知っている。絶対に問題を起こしてはいけない。そう心に誓いながら、セイヤは胸ポケットにしまってある二つの書状を確かめた。
一つはアルセニア魔法学園長代理ライガー=アルーニャからの書状、もう一つは特級魔法師ライガー=アルーニャからの書状。この二つで決まらなかった場合は力づくでの強奪。
セイヤの腕には魔封石を加工して作られた腕輪がつけられており、魔法を行使できなくなっている。しかしセイヤが本気を出せば、この程度の魔封石の腕輪など簡単に消滅させることができ、戦闘に持ち込むことは可能だ。
あとはいかに早く二人を見つけ出し、この中央王国から脱出するか。十三使徒との戦闘は絶対に避けたい、というよりそもそも戦闘を避けたい。
「着きました。ここから先はお二人でお願いします」
セイヤがそんなことを考えているうちに、七賢人たちがいる会議室の前へと到着した。重厚な鉄の扉がセイヤの目の前にある。
(この中に七賢人たちが……)
セイヤとメレナが扉に前に立つと、重厚な扉がギギギと音を立てて少しだけ開く。そして中から男性の声がした。
「入れ」
二人はその声に従い静かに扉の中へと入っていった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回からいよいよ聖教会に場所を移しました。レイリア魔法大会編と銘打っておきながら、おそらく簡単にはレイリア魔法大会には入りません。(ご了承ください)
それでは次は、七賢人側からのお話です。




