第111話 ゴンラ村にいた死神
敵は魔法が消えるという初めての体験に、驚き、言葉が出ない。セイヤはそんな敵にかまわず、敵に向かって歩きながら、ホリンズを召喚する。
この時、セイヤはかなり怒っていた。
セイヤは力を持ちながらも、弱者をいたぶり、殺そうとする人間が一番嫌いだ。それはかつて自分が弱者の立場にあったとき、一番屈辱的で辛かったから。だからセイヤは弱者をいたぶる強者のことを、許すことができない。
そして現在、セイヤの目の前にいるガルベントたちは、まさにセイヤが嫌いな人種たちだった。セイヤに最初から彼らを許す気はない。行うのは一方的な殲滅だ。
この山中なら、たとえ傭兵が消えたとしても、誰も気づかない。闇属性を見たところで、理解できるわけもない上、どうせ死ぬ運命だ。
たとえ生きていたとしても、賊まがいな傭兵が聖教会や教会に行くわけもなく、魔法に疎いゴンラ村の男たちには理解できない。そのため、セイヤは迷うことなく闇属性魔法を使う。
「いったい何を……いや、こちらには防御魔法がある。怯むな! 攻撃を続けろ!」
ガルベントの指示に、傭兵たちは動かない、いや、正確には動けなかった。セイヤから放たれる威圧感が、彼らのことを押し付けて、動けなくしていたのだ。
「何をしている? やれ! やるんだ!」
叫びながら指示を出すガルベントを無視し、セイヤは右手に握るホリンズを『光壁』に向かって投げる。
投げ出されたホリンズは『光壁』に当たると、その瞬間、一瞬で跡形もなく、『光壁』を消滅させる。
「「「ううう……ううう……」」」
恐怖に悶える傭兵たちだったが、セイヤは彼らに言葉を発することも許さなかった。
(俺らは……俺らは一体何者に手を出してしまったんだ……)
心の中でそう叫ぶ傭兵たちだったが、決して言葉に出すことはできない。言葉に出そうにも、体が全く動かず、どうやって言葉を出せばいいのかわからなかった。
右手に新しいホリンズを生成し、ゆっくりと近づいてくるセイヤは、傭兵たちからしてみたら、まさに死神と呼ぶにふさわしい存在だ。彼らの恐怖心は、どんどん膨れ上がっていく。
恐怖のあまり、漏らしてしまいそうな傭兵もいた。しかし漏らせと脳が各部位に伝達しても、セイヤから放たれる威圧は、各部位までもを拘束し、漏らすこともできない。
本能的に恐怖が限界まで達した者もいたが、意識を手放して恐怖から逃避を図る行為も、セイヤの威圧が許さない。まさにセイヤは、傭兵たちのすべてを掌握していた。
「ひっ、ひひひひひひひひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
恐怖に苦しむ傭兵の中で、唯一セイヤの威圧にかかっていないガルベントが、腰を抜かしながら逃げようとする。この時、すでにガルベントは理解していた。
自分はとんでもないものに手を出してしまった、あれは自分ごときが手を出していいものではないない、と。
そして今はどんなに無様でもいいから、一刻も早くこの場から逃げなくてはならない、と。
無様な姿で逃げ出すガルベントを、遠目から見ていたダダたちは、その様子に歓喜することができなかった。
自分たちにこそ向けられていないセイヤの怒りと威圧だが、それでも感じるものはけた違いだ。
冷徹なまなざしで、四つん這いなりながら逃げていくガルベントを見るセイヤ。
だが当然ながらセイヤがガルベントを見過ごすはずもなく、左手に握るホリンズを、逃げるガルベントに向かって投げ放つ。
投げ放たれたホリンズはそのまま四つん這いで逃げるガルベントのお尻に突き刺さる。次の瞬間、『光壁』のように跡形もなく消える、とダダたちは思った。
「うっ……」
しかしガルベントは消滅しなかった。かわりに、その体を膨らませていく。
「うわぁぁぁぁなんだ、これはぁぁぁぁ苦しい、苦しい、苦しい……」
膨張していく自身の体に激痛が走り、悲鳴を上げるガルベントだが、この場にいる者たちはみな、今の彼をどうすることもできない。
傭兵たちは自身の後方から聞こえるガルベントの悲鳴で、セイヤに対する恐怖心をさらに上昇させ、ゴンラ村の男たちは残酷な現実から目をそらしている。
「はぜろ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
セイヤの一言で、ガルベントは自身の体を内から弾けさせ、あっという間に肉塊へと姿を変えてしまう。
その姿からは、元が人間だったということは全く想像できない。ゴンラ村の男たちの中には、目の前で起きた無残な出来事に、胃の中のものを吐き出してしまう者たちもいた。
セイヤはガルベントを絶命させると、同時に傭兵たちに浴びせていた威圧を少しだけ緩める。これにより、傭兵たちは話すことと首を動かすことが可能になり、すぐに後ろを向き自身の後方にいたガルベントの姿を確認した。
しかしそこにあったのは一つの大きな肉塊に、その肉塊を冷徹な目で見るセイヤの姿。傭兵たちはガルベントがどこに行ってしまったのか、一瞬わからなかったが、ダダたちの表情を見て、肉塊がガルベントだったことを悟る。
「うっ……」
傭兵たちのなかにも、無残な光景に胃の中のものをぶちまけそうになるものもいたが、セイヤの威圧が口の外に出すことを許さず、口の中でとどまってしまう。
しかしそんなこと、今はどうでもよかった。次は自分の番ではないかという恐怖が、傭兵たちの心をむしばみ始めていた。
「さて、次はお前たちの番だが……」
セイヤはそういいながら、傭兵のリーダー格であろう男に近づいていく。リーダー格の男は、自分の番が来たと、恐怖心に襲われるが、セイヤの口から出た言葉は意外なものだった。
「お前らは傭兵だから金で動くんだろ?」
「えっ? えっと、はい……」
「なら自分の命にいくら出す?」
「はぁ?」
セイヤに思わぬ問いかけに、そんな間抜けな声を出してしまうリーダー核の男ベル。次は自分の番だと覚悟していたベルにとって、セイヤの質問は全く理解できるもではなかった。
「だから自分の命にいくら出すって聞いているんだ?」
「質問の意味が……」
「はあ、わかった。なら質問を変える、もしここでお前を生かして、ゴンラ村の防衛に徹しろと言ったらいったいどれくらいの期間働く?」
ベルや他の傭兵たちはやっとセイヤの考えを理解する。
セイヤは自分たちを生かす代わりに、その分だけゴンラ村を守れと言うのだ。これには傭兵たちも、ゴンラ村の男たちも驚いたが、考えてみれば、かなりいい提案である。
ゴンラ村には戦闘能力の高いものはいるものの、今回のように高レベル魔法師が敵では分が悪い。今回はたまたまセイヤがいたからいいものの、もしセイヤがいなかったら、この村はガルベントのものになって、村人たちは苦しむことになっていたであろう。
そしてそのような危険は、これからもあるはずだ。しかしセイヤが毎回守るなどということは無理であり、そんな義理もない。
だからこその傭兵だ。傭兵は金さえ払えば、たとえ誰であろうと従ってくれる。それがかつて、自分が襲おうとしていた村でもだ。しかも代金が自分の命となれば、なおさらしっかりと仕事をするであろう。
傭兵たちは生き残ることができ、ゴンラ村は安心して暮らせる村になる。それは互いにウィンウィンな関係である。
傭兵たちは自分たちが助かるかもしれないと思った瞬間、すぐに答えた。
「「「一生だ! 死ぬまでこの村を守る!」」」
「そうか、信じていいのか?」
「「「もちろんです」」」
年下の少年に敬語で答える二十人の傭兵たちは、はたから見たら面白いものだったが、彼らにしてみれば生き延びるために必死だった。
「裏切ったら、その瞬間に死ぬ魔法をかける。いいな?」
「「「はい」」」
裏切ったら瞬間に死を与える魔法、そんなもの存在するはずもないのだが、傭兵たちは頭で分かっていても、体がその言葉におびえていた。
言霊一つで傷を癒し、指を鳴らすだけで魔法を消し去り、剣を投げれば一瞬で人を肉塊に変えるセイヤには、できても不思議がないことだと傭兵たちは思っていた。
今はただ生き延びたい、そのことを考えるだけで、頭の中がいっぱいな傭兵たち。
セイヤはそんな傭兵の態度を見ると、威圧を解いて開放する。
急に解放された傭兵たちは全員がその場で座り込み、あるものは漏らし、あるものは口にたまっていたおう吐物を吐き出す。
そして傭兵たちは自分たちが生きていることに喜びを感じ、中には涙をこぼすものまでいた。
「生きている……」
傭兵のリーダー格のベルも、自分が生きていることに喜びをかみしめる。
こうしてこの日から、ゴンラ村の魔法部隊に所属する村民が一気に二十人ほど増えるのであった。




