第110話 ダダの覚悟
手や足を風によって切り裂かれ、血液の花を咲かせるゴンラ村の男たち。そんな姿を見ながら、ガルベントが言う。
「フフフ、これくらいで終わるわけがないじゃないですか。別に私たちはこの村が欲しくて、村人には用がないのです。彼らがどうなろうと、私には関係ない」
「貴様……」
「フフフ、ですが私が指示したら攻撃が収まるのも事実。果たしてそんな態度をとってもいいのですかね?」
「くっ……」
いまだ目の前で苦しむ声を上げる村人を前に、ダダの心が揺らぐ。
村を差し出せば、ゴンラ村は残らないものの、ゴンラの民は残る。逆にこのまま戦い続けたとして、もし仮にガルベントが引いてくれたところで、ゴンラ村は残るかもしれないが、その時いったい何人の民を失っていることか。
「「「うう……」」」
腕や足から血を流しながら地面に倒れこむ男たち。すでに門の中に残してきた数人と、ダダを抜いて無事なものはいなかった。そんな村民の様子を見て、村長であるダダは決心する。
「頼む……この村はおぬしに捧げる。じゃから、せめて村民の命だけは見逃してほしい……」
静かにその場で膝をつき、『光壁』の向こう側にいるガルベントに向かって土下座をするダダ。
ガルベントは『光壁』越しに、土下座をしているダダのことを見下ろしながら言う。
「フフフ、わかりました」
「本当か?」
喜びのあまり顔を上げたダダは、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら自分のことを見るガルベントの顔を見た。その顔には一切の同情の余地などなく、まるで悪魔のようだ。
「ゴンラ村はいただきます。そして村人たちの命も助けましょう。男たちと老婆は全員、首輪をつけて奴隷として売り、若い女たちは、この方たちの慰み者にあった後で、観光に来た男たちのお相手にでもさせます。だから命は大丈夫です」
「なんじゃと?」
「あれ? あなたは村人の命は、と言いましたよ? ちゃんと守っているじゃないですか。あと、村人でなく村長のあなたには、ここで死んでもらいましょうか」
「貴様……」
ダダは『光壁』越しに立つガルベントのことを睨むが、ガルベントにとっては全く怖くもなかった。
自身の前に存在する壁は、絶対に破られることもなく、ゴンラ村の人々にどうこうできるものではない。ダダは自身の目の前にいる男を殺したいと思うが、一枚の壁がそれを阻みできない。
魔法が生み出す無情な現実に、倒れている村人たちも唇を噛んでいた。
たとえどんなに睨んだところで、魔法を破るには魔法を使うしかない。
しかし彼らの弱い魔法では『光壁』は決して不可能であり、それは残酷な現実だった。
『光壁』を破らない限り、ガルベントたちを倒すどころか攻撃することもできない。しかし自分たちにはその力がないということを、ゴンラ村の男たちは全員理解していた。
だが、例えどんなに厳しい現実だとしても、彼らにとってはメレナの地獄の特訓よりは辛くはない。
「村長……誰が助けてくれなんて言いました?」
「そうですよ、俺らはまだ戦えます」
「たとえ死んだとしても、この村を守りますよ」
「ゴンラ村が奪われるのは、死ぬのと同じです」
「奴隷にされるくらいなら、最後まで戦いたい」
「「「「それが俺たちの意思です」」」」
「お前ら……」
満身創痍なのはわかっている。腕や足を襲う激痛に耐えながら、立ち上がり武器をとるゴンラ村の男たち。その目からは、自分たちの故郷は自分たちで守るという確かな思いが感じ取れた。
激痛に耐えながら立ち上がる四十人を超える男たちを前に、村長のダダも一緒に戦いたい思いは山々だった。だが、この戦いの中で、彼だけがまだ冷静でいられた。
ダダは知っている、相手はまだ半分の人数しか動いていないことを。そして動いた者たちも、全然本気を出していないことを。ダダは村を思う男たちに対して涙を流しながら言う。
「お前たち……ありがとう……でも今回の相手は今までとは全く違う。あきらめるんじゃ……そして今は自分たちの身を守ることだけを考えるのじゃ……
お前たちが残ってくれれば、ゴンラ村はまだ続くことができる。これは最後の村長命令じゃ……いいな……」
「村長……でも!」
「俺たちは……」
「まだ戦える……」
「まだだよ、村長!」
まだ戦えるということを、村長に示すゴンラ村の男たち。そんな男たちを見たダダは、泣きながらも息を整え、大きく叫んだ。
「うるさい! いいからいうことを聞け!」
「「「村長……」」」
大声で叫ぶ村長は、男たちが見てきた中で一番迫力のある村長であり、ダダの葛藤の末の決断の重さを理解させられる。
「私の命は好きにしろ、じゃからあいつらだけは……」
「フフフ、わかりました」
ガルベントはそういった直後、にやりと笑みを浮かべて言った。
「というとでも、思いましたか?」
「なぬ!?」
「あんな反抗的な奴らを生かせって? 無理に決まっているでしょう。あんな奴ら全員皆殺しですよ」
「まて、待ってくれ」
「やれ」
その言葉に一切の同情はなかった。
「へい、頭。蒼天の導きをここへ、今こそわが魂の灯る道を示せ。『壮大な圧力』」
「やめるんじゃぁぁぁぁぁぁ」
ダダの悲痛な叫びと共に、何とか立ち上がったゴンラ村の男たちに対し、風属性上級魔法『壮大な圧力』」が襲い掛かる。そして次の瞬間、その身は一瞬で潰れ、肉塊になる、はずだった。
パチン
そんな音が森の中に響くと、ゴンラ村の男たちに襲い掛かるはずであった『壮大な圧力』」が、一瞬にして消滅してしまう。
魔法を行使しようとしていた男は、何が起きたのか理解できず固まっている。それはその場にいた全員が一緒だった。
敵も味方も何が起きているのか、理解していない。唯一、理解しているのはゆっくりと門の中から歩いて来る金髪碧眼の少年、キリスナ=セイヤだけだった。
「セッ、セイヤ!?」
みなと同じく、何が起きたのか理解していなかったヌフは、ゆっくりと門の外に歩き出していくセイヤに気づくと、慌てて止めようとした。
しかしヌフの体は動かない。正確には、何かに押しつぶされそうなほどの圧力が、ヌフやその場にいる全員にのしかかっていた。
「おぬしは客人の……」
「悪い、爺さん、勝手についてきた。保険のつもりで着いて来たが、どうやら正解だったみたいだな。『聖栄』」
セイヤの言葉の直後、傷だらけだったゴンラ村の男たちのことを、やさしい光が包み込み、体中にできた傷を一瞬で癒していく。
「フフフ、どうやらそちらは、相当な回復魔法師を雇っているようで」
セイヤの技への驚愕から、一番早く回復したガルベントが笑いながらそう言った。彼は、目の前でセイヤが無詠唱で行使した回復魔法を見て、セイヤが一流の回復魔法師だと認識する。
そしてガルベントの言葉で、敵たちもセイヤが一流の回復魔法師だと錯覚してしまい、セイヤが『壮大な圧力』を消し去ったことを忘れてしまう。
無理もないことだ、セイヤが無詠唱で超高レベルの回復魔法を行使したのだから、セイヤのことを回復魔法師だと思ってしまっても仕方がない。
「フフフ、相手は回復魔法師としては有能みたいですが、戦闘はそんなに得意ではないはずです。やりなさい」
サポート系の魔法師は戦闘に向かないから、サポートに徹している。これは魔法師なら誰でも知っている常識であり、事実であった。
しかし、今、ガルベントたちの目の前にいる少年は異端の力を手に入れた異端魔法師であり、そんな常識が通じるはずがなかった。
「「「「「「風神の加護をこの手に宿し蛮族に万死を与えよ」」」」」
先ほどよりも人を増やし、五人同時に魔法を行使しようと魔法陣を展開する敵。そんな敵をよそに、セイヤは歩きながら指示を出す。
「ここは俺一人でやるから、全員村長と門の中に避難してくれ」
「待て、客人のお主に戦わせるわけには……」
「そんなのはいいから、門の中に行ってくれ」
「うっ……」
セイヤの顔を見て反論をしようとしたダダだったが、その顔を見た瞬間、ダダのことを恐怖が襲った。
セイヤはダダのことを威嚇するつもりも、怖がらせるつもりもなかったのだが、怒りのあまり顔に出てしまっていた。
ダダとゴンラ村の男たちは、セイヤの纏う規格外なオーラを前にどうすることもできず、ただ指示に従って門の中に避難する。
「フフフ、馬鹿なやつです。いくら一流だとしても、回復魔法師ごときが調子に乗らないほうがいいですよ。やれ」
「「「「「『風花翔』」」」」」
一斉に放たれた魔法が、セイヤ対して風をぶつけ、血液の花を咲かせようとした。しかしセイヤは一度指を鳴らすと、何事もなかったかのように進む。
パチン
セイヤの指がなった瞬間、敵の放った『風花翔』が跡形もなく消えてしまう。それはセイヤが先ほど『壮大な圧力』を消し去った魔法と同じ、『闇波』であった。




