第109話 敵襲
「これは?」
「どうしたんだ?」
「どうやらまた来たのでしょうな。近頃面倒な賊に目をつけられまして……すでに三回ほど追い返しているというのに、まだ凝りないようで……」
ダダの話から、セイヤたちは敵襲が盗賊だということを理解する。そしてメレナが言った。
「なら私が……」
「いえいえ、メレナ殿は休んでいてください。相手は初級魔法しか使えない賊です。それなら私たちだけで十分ですので」
「しかし……」
応戦するというメレナに対し、休んでいろというダダ。この村の長であるダダに大丈夫だと言われてしまったら、メレナにはどうすることもできない。ダダはメレナが渋々認めたことを確認すると、家の外に出て指示を出す。
「厳戒態勢スリーじゃ! 教官殿も来ている! しっかりやるのじゃ!」
「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」
先ほどまでのコアラが急にゴリラになった。セイヤがそう錯覚するぐらい、村長の雰囲気は豹変し、どこにいるのかわからない村人が一斉に雄たけびで答えた。
「じゃあ、俺も行ってくるわ」
「なら俺も連れて行ってくれ」
セイヤに行ってくると告げた黒髪のイケメンに対し、セイヤは自分も連れていくようにと頼む。だが客人であるメレナが駄目と言われているのに、セイヤが許可されるわけもなく、イケメンはセイヤのお願いを拒否する。
「だめだ」
「頼む。この村の戦い方を見たいんだ」
「だが……ああ、わかった。でも村長にばれないようにしろよ。ばれたら怒られるのは、俺なんだからな」
イケメンは頭をかきながら、セイヤの同行を認める。まだ家の中に他の門番もいたが、全員聞こえないふりをして足早に家の外に出ていき、セイヤとイケメンも家の外へと出る。
その際、メレナがセイヤのことを呼び留める。
「セイヤ」
「大丈夫だ、危なくなるまでは手を出さない。それでいいだろ?」
「ふっ、ありがとう」
「ああ」
セイヤはそう言い残すと、イケメンに続き家から出て木の下へと降りる。
木の下にはすでに五十人ほどの男たちが武器をもって集まっており、ゴリラ化した村長が先頭に立って、村の門に向かって進み始めた。
セイヤとイケメンは、そんな集団の最後尾にひょっこり着いて行く。周りがセイヤのことを見て、不思議そうな目をすると、見学ですと言ってごまかした。
「絶対に、絶対に何もするなよ! えーっと……」
「セイヤだ」
「セイヤ、怒られるのは俺なんだからな。だから絶対に何もするなよ」
「ああ、わかった。えっと……」
「ヌフだ」
「大丈夫だ、ヌフ」
「頼むぞ、本当……」
ヌフというイケメンは、セイヤに何回も釘を打ちながら行軍に着いて行く。周りの男たちは、セイヤが無断で着いて来るのだと認識すると、まるで見えないかのように顔をそらしはじめた。
セイヤが無理して着いてきた理由は、単純にメレナの地獄の教えの成果が気になったのもそうだが、もしものためだ。
見たところゴンラ村の村人たちは戦闘能力こそ高そうだったが、魔法師としてのレベルに当てはめると、そこまで高くはない。
使えたとしても、中級魔法の弱い部類に入る魔法ぐらいだろう。もし相手に上級魔法の使い手がいた場合、苦戦は免れない。そのために、セイヤは一種の保険として、無理やり同行したのだ。
村長を先頭にする行軍は、すぐにゴンラ村の門へと到着した。敵はすでに門に迫っており、その数は二十人ほどだ。
「来たぞ! 敵はこっちより少ない、一気にけりをつけるぞ!」
「「「おおおおおおお」」」
村長の声と共に武器を構える村人たち。敵は依然としてゆっくりと歩きながら、進行してくる。
「フフフ、今日こそこの村をいただきますよ。そのためにこちらは高い金を出して、高レベル魔法師を雇ったのだから」
「頭、やっていいんすか?」
「ええ、お好きにどうぞ。村さえ壊さなければ、女たちは自由にしてください」
「へへへ、聞いたかお前ら? この村の女たちは全員俺たちのもののようだ」
「「「いええええええい」」」
敵の中にいたピエロ風の男を中心に、騒ぎ始める体つきのいい大男たち。彼らは全員、高レベルの魔法師だった。
敵の中で唯一魔法師じゃないのは、頭と呼ばれるピエロ風男だけであり、他の男たちは全員、中級魔法師一族以上だった魔法師たちだ。
敵が門から十メートルほどの距離に来ると、村長が大声で叫ぶ。
「攻撃開始ぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!」
「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」」」
村長ダダ掛け声とともに、武器を構えた男たちは一斉に敵たちに向かって突っ込んでいき、同時に後方からは無数の矢が敵たちに向かって放たれる。
セイヤが後ろを見ると、いつの間にか木の上には弓矢を構えた男たちの姿があった。彼らもまた、ヌフたちと同様、メレナの地獄の特訓によって鍛えられた者たちだ。
メレナに地獄の特訓のおかげか、男たちの放った矢は一直線に敵の頭を目指して飛んでいく。
五十メートル以上離れているところから、魔法の補助なしで正確に狙える力に、セイヤは感嘆する。一方、剣や槍を手にした男たちも、矢に遅れて敵たちに攻撃を始めていた。
「フフフ、今までとは違いますよ。やりなさい」
「へい、頭! お前らやるぞ!」
「「「「我、光の加護を受けるもの。今その光を輝かせ。『光壁』」」」」
敵が一斉に防御魔法展開する。
光属性中級魔法に分類される防御魔法『光壁』、魔法をあまり使わないゴンラ村の男たちには、中級魔法を破るのは難しい。
敵たちに向かって放たれた矢は、すべてが『光壁』に弾かれてしまい、突っ込んでいった男たちも止まる。
「魔法じゃ! 魔法が使えるものはすぐに前に出てあの壁を破れ!」
「「はい! 我、火の加護を受ける者。今、我に加護を。『火弾』」」
「「「我、風の加護を受ける者。今、我に風の加護を。『風刃』」」」
ダダの声に対し、魔法を行使したのは五人の男。彼らはこのゴンラ村で魔法適性の高い五人であり、ゴンラ村唯一の魔法部隊たちであった。
魔法部隊の男たちの魔法陣から放たれた『火弾』や『風刃』が、敵たちの展開する『光壁』に当たる。
しかし『光壁』は攻撃を受けても、何事もなかったかのように存在した。それもそのはず、ゴンラ村の村人たちが行使した魔法は中級魔法の下に分類される初級魔法であり、魔力の質は最底辺に近かったから。
そんな魔法では、到底『光壁』を破ることなどできない。
「まだじゃ! まだあきらめるな!」
「「「おおおおおお」」」
ダダの声に続いて、ゴンラ村の男たちは手に持っている武器で『光壁』を破ろうとする。
剣を手にするものは斬りかかり、槍を手にするものは貫こうとし、遠くから放たれる矢は男たちの間をうまくすり抜け、『光壁』を破ろうとする。
しかし『光壁』は全く破れる気配はない。
セイヤはヌフたち数人と門の中で待機していた。ヌフたちは現在、奇襲に備えるようにとダダから命令されており、門の外で戦う仲間たちに応戦しようにも、できなかったのだ。
「フフフ、いい加減、無駄なあがきはやめてもらいたいですな、ダダ村長」
「ガルベント……」
『光壁』を展開する敵たちの中から出てきたピエロ風の男、ダダは『光壁』越しに、姿を現したガルベントを睨みながら言う。
その眼には明確な殺意がこもっており、ゴンラ村の男たちも緊張した面持ちになる。
「貴様はそこまでしてこのゴンラ村が欲しいのか?」
「ええ、もちろん。この村の造りは珍しい。ニンジャ村として観光スポットにすれば、一気に栄えますよ」
「言ったじゃろ。そんな気はないというのが、このゴンラ村の総意だと」
「フフフ、知っていますよ。だからこうやって実力行使できたのではないですか」
ニタニタと笑みを浮かべるピエロ風の男、ガルベントの目的は、珍しいつくりをしているゴンラ村の観光地化だった。
その昔存在したと言われている、忍者と呼ばれる一族が同じようなつくりの村を作っていたといい、ガルベントはすぐに金になると思った。そしてゴンラ村の観光地化を提案したのだ。しかしゴンラ村の答えはNOだった。
ガルベントは最初、それなら自分たちで新たな村を作ろうとした。だがなかなか木の上で安定した家を作ることはできず、ましてや庭や家畜などはもってのほかだった。
さらに、仮にできたとして、人が集まるかと聞かれたら、集まるわけがない。ゴンラ村のように中央王国とアクエリスタンの間にない限り、こんな山奥に人が来るわけがなかった。
そんな結論に至ったガルベントは、力づくでゴンラ村を征服することを決めた。最初はそこらの傭兵を雇って脅しをかけるつもりだったが、ゴンラ村の予想外の反撃に驚き、撤退を余儀なくされる。
二回目はかなりの実力者を集めて挑んだが、これまた負けてしまう。そして三度目の正直で、高レベル魔法師を雇ったのだ。
ゴンラ村に降伏の意思はないと確信して、ガルベントは控えている大男たちに指示を出す。
「殺せ」
「本当にいいんですか頭? 教会が動き出したら……」
「大丈夫ですよ。こんな山奥に人が集まるわけないですし、ましてや今は夕方。夜になれば誰も近づきませんよ」
「へい! お前ら、やるぞ」
「「「了解! 風神の加護をこの手に宿し蛮族に万死を与えよ。『風花翔』」」」
次の瞬間、ダダを先頭とするゴンラ村の男たちの真ん中に、突如風が発生し、風によって男たちの手足は切り裂かれていく。まるで花のように飛び散っていく血が、その生々しさを伝える。
風属性上級魔法に分類される『風花翔』は、直接の殺傷能力は低いものの、対象に与えるダメージはかなりのものだ。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
ゴンラ村の男たちが苦痛の叫びをあげて、倒れていく。村長であるダダは、そんな村人たちを、ただ何もできずに見ているしかなかった。
「やめろ、やめるのじゃ、ガルベント……」
上級魔法を前にして、力の差を見せつけられたダダは、弱々しく言葉を発するのが精いっぱいだった。




