第108話 休憩所
魔装馬を走らせるセイヤとメレナの姿は、現在アクエリスタン地方北側の山中の中にいた。
周りは高々とした気に囲まれており、緑の木々の中にできた一本道を二人は進んでいる。標高が高いためか、夏だというのにあたりは涼しく、魔装馬で感じる風が心地よい。と言っても、セイヤはそんな風を感じる余裕などなかったが。
セイヤたちが暮らすオルナの街と聖教会のある中央王国は魔装馬をいくら飛ばしても、最短で三日はかかる距離はあり、二人は途中の村に泊まりながら進む予定だ。
「セイヤ、それ以上飛ばしたら危ない」
「ああ、わるい」
無意識のうちに魔装馬に流し込む魔力を上げて、速度を上昇させようとするセイヤ。そんなセイヤのことを同行者であるメレナが止める。
二人は急ぎつつも、その速度は限界よりも程遠い。
そもそもオルナの街から中央王国よりも、オルナの街からダクリア二区に行くほうが距離にしたら三倍はある。つまり、もしセイヤとメレナが限界まで魔装馬の速度を上げた場合、二人は一日で中央王国に着くことが可能だ。
しかし、二人が今いるのは暗黒領ではなく人々が住むレイリア王国の中である。
暗黒領のように速度を上げてしまえば、人と衝突したりするような危険が生まれてしまうためできない。セイヤはそのことにもどかしさを感じつつも、どうにか速度を抑えながら進んでいた。
メレナは無意識のうちに速度を上げてしまうセイヤのことを、すでに三回ほど注意している。仲間のことを一刻も助けたいということは分かっているが、もし事故を起こしてしまえば本末転倒である。
しばらく馬を走らせると、二人の前に小さな村が姿を現す。もうすでに太陽が傾きかけているため、おそらく二人は今日の夜を、この村で明かすことになるだろう。二人は魔装馬の速度を落としつつ、村の入口へと近づいていく。
「止まれ!」
「なにようだ!?」
二人が入り口に近づくと、門番であろう武装した男たち数人が姿を現す。
あるものは腰に剣をつるし、あるものは大きな斧を持ち、あるものは鋭い槍を持ち、あるものには大きな弓を持っている。男たちが纏う雰囲気から、相当な手慣れだということをセイヤは感じた。
セイヤが自分の用件を伝えるため、魔装馬から降りようとすると、セイヤのことをメレナが止めてメレナが門番に近づいていく。
門番たちは近づいてくるメレナに対して武器を構えて警戒態勢をとったが、メレナの顔を見ると、すぐに態度を変えた。
「これはメレナ殿!」
「お久しぶりです!」
「お元気でしたか?」
「教官殿ではないですか!」
門番たちが急に態度を和らげると同時に、メレナに向かって敬礼を始める。セイヤは何が起きたのかわからずにいると、メレナが門番たちに言う。
「私はもう教官ではない」
「「「「いえいえ、メレナ殿はいつまでも私たちの教官であります」」」」
先ほどよりより一層気を引き締めた顔で敬礼をする四人とメレナを交互に見て、いったいどういう関係なのか気になるセイヤ。
「ところで、教官殿はどのような用件でゴンラ村に?」
ゴンラ村とはこの村の名前であり、アクエリスタンと中央王国の境付近にあるグドラス山脈に位置する小さな村だ。
アクエリスタンから中央王国に行くには、必ずこの村を通る必要があり、そのため警備もしっかりとしている。
やろうと思えば、ゴンラ村を通らずにグドラス山脈を超えることは可能だが、食料の問題や山の動物の危険を考えると、この村で一泊したほうが最善の選択だった。
「これから聖教会に行くのだが、今日はここで一泊したい」
「それはまことですか?」
「すぐに部屋を手配します」
「しばらく中に入って、お待ちください」
「すぐに村長を呼んでまいりますので」
メレナが泊まりたいと言った瞬間、きびきびと動き出す四人。しかしそこで一人がセイヤの存在に気づき、セイヤのことを睨みながら聞く。
「ところで教官殿、先ほどからそこにいる金髪はどなたでしょうか?」
「見たところ相当な手練れに見えますが、まさか敵でしょうか?」
警戒心マックスでセイヤのことを睨む門番たち。その目は、今にもセイヤに跳びかかりそうなぐらい厳しく、セイヤは警戒する。
セイヤの雰囲気が一瞬で変わったことに、門番たちも気づき、さらに警戒を強めた。まさに一触即発の状態だ。
「大丈夫、仲間だから」
「おっと、それは失礼」
「教官殿のお仲間でしたか」
「若いのに相当の手練れのようですね」
「さすが教官殿です」
「ど、どうも」
メレナの一言で、セイヤに対する警戒を解いた門番たちは、今度はセイヤがメレナの部下だと勘違いする。セイヤは訂正するのが面倒なため、何も言わずメレナの部下を演じることにした。
「無駄話が過ぎましたね。すぐに村長を呼んできます」
「頼む」
そう言って、門番の一人が村の奥に消えていき、セイヤとメレナは門のすぐ近くにあるテーブルに通され、冷たいジュースを出される。
ジュースはオレンジジュースのような色をしており、とてもおいしそうだ。セイヤはそのジュースを一口、口に含むと、口の中が南国になった気がした。
「うまい」
「だろ? この村の特産品だ」
「何のジュースなんだ?」
「カポルと言うオレンジの仲間のフルーツとブルシアというザクロのようなフルーツを混ぜたジュースだよ。両方ともこの村でとれるおいしい果物だ。そのままではあんまりおいしくないが、ジュースにすると全く違うんだ」
セイヤの質問に答えたのは門番ではなくメレナだった。セイヤはそんなメレナの様子に意外感を覚える。
「メレナはこの村に詳しいな」
「まあね」
「そうだぞ! 教官殿はかつて盗賊たちに荒らされるだけだったこの村の男たちを鍛えてくれたんだ。それ以来、盗賊は姿を消し、この村は安心して農業に専念できるようになった。それもこれも全部メレナ教官殿とライガー様のおかげだ!」
「そうなのか」
妙に熱くなりながら熱弁する男に、戸惑いながら返事をするセイヤ。どうやらこの村でのメレナは特級魔法師の使用人というよりも、英雄に近いようだ。
セイヤがそんなことを考えていると、村長のところに行っていた男が戻ってきて、セイヤたちを村長のもとへと連れていく。
村の中へと案内されていくセイヤとメレナ。メレナは何度もゴンラ村に来ているようで、普通に歩いていくが、初めてゴンラ村に来たセイヤは村中に興味津々だった。
まず目に留まるのが家の位置だ。
普通の街や村とは違い、ゴンラ村に家はすべてが木の上に建っており、水道なども枝から枝へと延びている。木の上の家からはロープがつるされていて、どうやら人々はそのロープ一本で家までの上り下りを行っているようだ。
「珍しいか?」
「ああ」
不思議そうに村中を見るセイヤに問いかけたのは、門番の中でも一番若そうな男だった。二十代中盤の黒い短髪にすらっとした身長のイケメンで、頼れるイケメンお兄さんといった感じだ。
「元々はこの村も家は普通に地上にあったのだ。でも中央王国に向かうやつらでこの村を通るやつは大抵お尋ね者や、訳アリの奴らばかりでな、何かにつきトラブルを起こしていくんだよ」
通常、セイヤたちが暮らすモルの街から中央王国に向かう際は、一度アクエリスタン北部に位置するワンデールの街を通ってから、中央王国入るのが普通だ。
ワンデールの街から行く道順には途中に山脈などは存在せず、平坦な地形が広がっており、人々も多く住みとても栄えている。
だがその分、時間もかかるため、今回のセイヤみたいに、急ぐものはゴンラ村を通って中央王国に向かうのだった。
「トラブルを起こす連中たちに対して、俺らはどうすることもできず、ただやるらが去っていくことを静かに祈っておくしかなかった。
そんなあるとき、たまたま急ぎのようで聖教会に向かっていたライガー様と、教官殿がこの村に来てな。この村の現状を知ったライガー様が、聖教会に行っている間に教官殿を残してくれたのだ」
黒髪イケメン男の話が一度そこで途切れ、表情を変える。変わった表情からは、過去の対する強い恐怖心があるようで、震えた声で続きをセイヤに聞かせてくれた。
「あの一か月はまさに地獄だったよ……いつ死んでもおかしくない状況で老若男女問わずに鍛えられた……。あるものは一週間ぶっ通しで剣の素振りをさせられ、あるものはひたすら槍で突く練習をさせられ、あるものはずっと弓を引いたまま、腕が振るえても続けさせられ……」
「わっ、わかった、もういい。やめろ」
話しながら声だけでなく体全体が震えていくイケメンを前に、セイヤは話の続きを聞けなくなった。
イケメンは話をやめた後も震えており、ここまでさせるメレナはいったい何者なのだと思うセイヤだったが、考えないほうがいいと、自己完結させて無理やり思考を終える。
そうこうしているうちに村長いる家へと着いたらしく、一人ずつロープで木の上の家に上る。
木の上に上ると立派な家があった。
家だけではない、庭や水車、牛や豚に農地、それに離れまでついており、セイヤは本当にここが木の上なのかと疑いたくなってしまう。
足元は地面と変わらずしっかりとして、どんなに圧力をかけても軋むどころか、全く音がしない。そんな不思議な木の上に建つ家の中へと案内されるセイヤとメレナ。家の中には五人の老人たちがいた。
「村長、お連れしました」
「これは、これは、メレナ殿、お久しぶりでございます。よくぞゴンラ村にいらっしゃいました」
「お久しぶりです、ダダ村長。それと私は使用人ですので普段通りにお願いします」
「いえいえ、滅相もない。あなたはこの村の英雄であり救世主、粗相な態度はとれませぬ」
「しかし……」
メレナにペコペコしながら震える白いひげを生やした小柄な老人は、一言で表すならコアラのような男性だった。
威厳と言うような言葉をかけらほど感じさせないその優しそうな顔立ち、そしてなにより目立つのは、目までを隠してしまうほどの白いまつげだ。
(この人はどこに目があるんだ?)
セイヤはそんなことを心の中で思ったが、絶対に口には出していけないと瞬時に悟った。
「ところでメレナ殿、今日はこの村に泊まりたいとのことで?」
「はい、こちらの者と一緒に一晩お願いしたいのですが」
「失礼ですがこちらの方は?」
「こちらはキリスナ=セイヤという魔法師です。現在アルーニャ家に住まわれる者です」
「敵ではないのですね?」
「はい」
「どっ、どうも」
家にいた村長や老人たち、一緒に来た門番四人が一斉にざわめきはじめ、セイヤは戸惑いながらも挨拶をする。
どうやらメレナの連れてきた男に興味があるらしく、セイヤのことを興味ありげに見る村長。セイヤは「一体どこにあるのだ、目は?」と思いながらも、苦笑いするしかなかった。
「おっと、失礼。泊まりたいというならぜひ私の家にどうぞ。もうじき妻も帰ってくると思うので」
「でもそんな……いきなり来たら奥さんにも迷惑ですし……」
遠慮がちに答えるメレナだが、村長は笑いながら言う。
「大丈夫です、妻も喜びますから」
「しかし……」
メレナが困ったような表情を浮かべていた時だった。
「敵襲!!!!!!」
そんな声が森中に響いた。




