第106話 聖教会からの書状
セイヤたちがダクリアから帰ってきた二日後の朝、ライガー宛に一通の書状が届いた。その書状を最初に受け取ったメリナは、すぐにライガーのもとへと書状を届ける。
「失礼します。旦那様、聖教会から旦那様宛に手紙が届いております」
「聖教会から?」
顔をしかめるライガー。聖属性を使う娘に、異端の力を扱う義理の息子候補、さらには妖精であるウンディーネを家に置いているライガーとしては、できれば聖教会とは関わりたくはなかった。
しかし聖教会から直接書状が届くということは珍しいため、何かがあったことには違いない。
「これは!?」
書状を読んだライガーの顔が急に厳しくなる。
「メリナ、セイヤをこの部屋に呼んでくれ。今すぐだ」
「かしこまりました」
メリナはそういうと、部屋にいるのであろうセイヤのことを呼びに行く。部屋に残ったライガーは、届いた書状をもう一度見直すと、さらに目を細めた。
「また面倒なことに……」
メリナがセイヤを呼びに部屋へ行くと、セイヤはすでに起きていた。部屋にはユアやリリィもいたが、メリナはセイヤだけを連れて部屋を出る。残されたユアたちは不満そうな顔をしていたが、ライガーが呼んでいるのならば仕方がない。
実はユアたちは、セイヤの部屋に集まり、開幕を目前に控えているレイリア魔法大会の残りのメンバーについて話し合っていた。
すでにセイヤたち三人はアルセニア魔法学園代表に内定しているが、残りの三人は決まっていなかったため、早急に選ぶ必要がある。
といっても、セイヤたちの心の中ではすでに残りの三人は決定しており、あとはオファーを出すだけだ。断れるという可能性もあるが、あの三人ならまず断らないだろう。
メリナに連れられ、セイヤがライガーの正面に座ると、すぐに話が始まる。
「それで、話っていうのはなんだ? こっちはレイリア魔法大会のために残りのメンバーにオファーを出さなければいけないんだが」
「ああ、わかっている。それに関係することだ。今朝、聖教会から俺に書状が届いた」
「なに? 内容は?」
「いろいろあるが、最初は学園長のレオナルドについてだ」
それはセイヤがザッドマンのことをバジルに報告した際、一緒に調べるようにと頼んだ案件だ。バジルからなかなか調査結果が連絡されなかったのだが、どうやら聖教会として結果を送ってきたらしい。
「それでどうだったんだ? あいつもダクリアの人間だったか?」
「いや、あいつはレイリアの人間だ。そして、昨日死体で見つかったそうだ。おそらく犯人はザッドマンだろうな」
「そうか」
「ああ、それに伴い、聖教会はアルセニア魔法学園の学園長代理として俺を任命するそうだ」
セイヤは別にレオナルドと親しかったわけでもないし、そんなに会ったことがないため、亡くなったといわれても正直どうも思わなかった。それよりも驚きなのは、ライガーの学園長代理の任命だ。
魔法学園の学園長が殺されたとなると、早急に新しい学園長を据えなければならない。しかし教頭がダクリアの人間という事件があったため、そう簡単には選べない。
だからと言って、レイリア魔法大会の控えるこの時期に学園長不在というのも外聞が悪いため、聖教会はモルの街で一番信頼のおけるライガーを代理として指名したのだ。
「まあ、そんなことはどうでもいい。問題は次だ」
「まだあるのか?」
「ああ、どちらかというとこっちのほうが重要だ。アイシィ=アブソーナとセレナ=フェニックスの二人が、勝手に暗黒領に入ったという理由で聖教会に捕まっている」
「なんだと!?」
セイヤは声を荒げながら立ち上がる。セレナとアイシィのことはバジルに任せていたから、てっきり二人もレイリアに帰ってきているものだと考えていたセイヤ。
「落ち着け」
「すまない」
セイヤはそういうと再び席に着く。どうやらライガーの後ろで控えているメレナも驚いているらしく、一瞬だけポーカーフェイスが崩れた。
「おそらくダクリアについての口止めってところだろうから、当分のところは大丈夫だろう」
「そうか。それでどうするんだ? 二人を解放しないと、ダクリアのことを話すとかで脅すのか?」
「まてまて、そんなことはしない。向こうはダクリアについては絶対に秘密にしたいことだから、こっちが動かない限りおそらく二人をどうこうすることはないと思う。だが、解放もしないと思う」
ライガーの言葉に、セイヤの表情が厳しくなる。
「なら、どうするんだ?」
「それなら大丈夫だ。考えてもみろ、セイヤ、俺は現時点で代理とはいえアルセニア魔法学園の学園長だ。そして目前にはレイリア魔法大会を控えている」
「なるほどな」
セイヤはライガーの考えをすぐに理解する。
ライガーは、レイリア魔法大会が始まるから主力である二人を解放しろと、アルセニア魔法学園の学園長として要求するつもりだ。そうすれば、聖教会は嫌でも二人のことを解放しなければならない。
もし解放せずにアルセニア魔法学園がレイリア魔法大会で負けることになった場合、聖教会のせいだと言い出す輩がいるかもしれない。聖教会としてはこんな忙しい時期に、そんな事態は嫌でも招きたくないはずだ。
「それでだ、セイヤ。お前にこの書状を持って聖教会へと向かってほしい」
「俺がか?」
書状を取り出すライガーにセイヤが聞いた。異端の力を持っているセイヤが聖教会などに乗り込んでもいいのか、と。
「ああ、お前が一番適任だろ。俺が行ってもいいが、それだと向こうも警戒する。その点、お前は存在も知られていないただの学生だから、向こうも警戒が緩いはずだ。それに万が一の際はお前が力ずくで二人を連れ戻せばいい」
確かにライガーの言い分は通っているが、いろいろと問題がある。
「まあ、大体は分かったが力ずくっていうのはどうなんだ? いくらあんたでも聖教会を相手にするのはきついだろ。それにほかの特級も黙っているはずがないぞ」
「大丈夫だ。いざとなったら強力な味方がいるから心配するな」
自信満々に語るライガー。
「強力な味方ね。信じられるのか?」
「ああ、あいつらはお前の味方でもあるから安心しろ」
「そうか」
ライガーがここまで断言するなら大丈夫なのであろう。セイヤはそう思い、強力な味方とやらの詮索をやめる。
「頼めるか?」
「わかった。もとはと言えば、俺が二人と別行動を取ったのが悪いんだから、責任は俺がとるさ」
「そう言ってもらえると、ありがたい」
「それはそうと、二人が捕まったということは俺やユアたちも捕まるのか?」
それはセイヤにとっても懸念材料だった。セレナたちが捕まったということは、つまりセイヤたちも共犯ということだ。口止めをするのなら、セイヤたちを捕まえに来てもおかしくはない。
「それは大丈夫だ。聖教会もそこまで馬鹿じゃない。俺の目の届くこの街では勝手に動けないだろう」
「つまりこの街から出る俺は、危険ということか?」
「お前の実力なら大丈夫だろ? それに今回はお前にメレナを同行させる。メレナは俺の仕事の手伝いもしているから、聖教会にも顔がきくはずだ」
「そうなのか?」
セイヤはライガー後ろに控えるメレナに聞くと、メレナはコクリとうなずいた。
「だから安心して聖教会に乗り込め。ユアたちは俺が責任をもって守っておく」
「あたりまえだ」
自分の娘なのだから当然だろうと思うセイヤ。そんなセイヤの顔を見るライガーは笑っていた。
「それから合流場所はどうする? もうすぐレイリア魔法大会だから、直前合宿も必要だろ?」
「確かにそうだな、できれば連携とかを……」
まだメンバーが確定したわけではないが、レイリア魔法大会に向けての練習は必要になる。とくに連携の練習は必須であり、連携の差が試合の勝敗を決めることもある。
「なら、少し早いが先にオルナの街に入るか? どうせ試合会場はオルナの街だ。早いうちに入っても問題ないだろう。合流はオルナの街でどうだ?」
「オルナの街か……」
「そういえばそうだったな。悪い」
「いや、大丈夫だ」
その街はかつてセイヤが住んでいた街であり、かつて通っていたセナビア魔法学園もそこにある。
何も思っていないと言ったら嘘になるが、それでもあまりいい思い出はない。エドワードやパン屋のジョンなどやさしい人たちもいたが、それ以上にセイヤを軽蔑する目のほうが記憶に残っていた。
すでにセイヤは初級魔法師一族だけではなく、特級魔法師一族の婚約者という肩書もある。それでもウィンディスタンの魔法師たちはセイヤを軽蔑の目で見るだろう。
だけど、セイヤにとってそんなことがもうどうでもよかった。今のセイヤには最愛の婚約者であるユアに、リリィや信頼できる仲間たちもいる。例え周りが何と言おうが、セイヤにはそんな大切な人たちがいれば、それでいいのだ。
「じゃあ合流はオルナの街で頼む」
「わかった。宿はこっちでとるから、追って連絡する」
「了解した」
セイヤはうなずくと、席を立ち、準備をするために一度部屋へと戻ろうとする。しかし部屋の扉を開けた先には、ユアとリリィの姿があり、その顔はとても不安そうだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回からいよいよ四章、レイリア魔法大会編に入ります。四章では一章で出て来たセナビア魔法学園のメンバーも出てくるので、お楽しみに!
また、新たに十三使徒や特級魔法師たちも出てくるので、そちらもお楽しみに。
それでは次もよろしくお願いします。




