第105話 ダクリアからの帰還
三章ラストです。
暗黒領をものすごいスピードで走る一台のワゴン車。荷台に接続された貨物のなかには、魔装馬が乗っている。
「すごい……」
「はやい!」
「驚きました」
「そうだな」
「フフフ、そうでしょ、そうでしょ! 私も初めて乗ったときは感動したわ」
驚きの声を上げるセイヤたちを見て、うれしそうな顔をしながら運転席に座るモカ。彼女はとても楽しそうにワゴン車を運転していた。
そもそもこのワゴン車は何なのか。
正式名称『魔力供給型全自動四輪車』といい、ブロードの館にあった魔力で走る車だ。当初、魔装馬でレイリアまで帰ろうとしていたセイヤたちに、モカがいいものがあるといって、再び魔王の館まで連れて行き、見つけたものだ。
この車はどうやらモカが誘拐されたときに使われたらしく、とても速い。
これでは魔装馬を飛ばしても追いつかないのは当然である。セイヤたちは全く使い方がわからなかったのだが、モカがお母さんに任せなさーいと言って、勝手に運転席に座り、運転を始めたのだ。
ちなみに、なぜモカが運転できるのかというと、誘拐されたときにこの車の速さに感動して、運転手をずっと見ていたらしい。そういうところは、さすが大人の魔法師だと思うユアたちであった。
「あと半日も経たずレイリアに着くわ」
「わかりました。ところでどうするんですか?」
「どうするって?」
セイヤに質問されるが、モカはセイヤが何について質問しているのか、本当にわからなかった。というより、運転を楽しんでいてモカには何のことか考える気がないのだ。
そのことを重々承知しているセイヤは、ため息をつきながら言う。
「この車ですよ。もしかしてこのままレイリアまで行くんですか? 確実に大騒ぎになりますよ」
「そのことね」
セイヤの懸念はとても重要なことだ。もし仮に、セイヤたちがこのまま『魔力供給型全自動四輪車』でアクエリスタンに戻ったら、すぐに大騒ぎになるだろう。
ダクリア二区の街の技術力の高さを見たセイヤたちでも、『魔力供給型全自動四輪車』にはさぞかし驚いた。それがダクリア二区の街を見ていない人々が見たら、どうなるか。
「大丈夫よ。暗黒領のその辺に止めておくから」
「その辺って……」
モカはそういうと、再び運転に集中してしまう。
セイヤは困った顔をしながらユアたちを見るが、ブロードの館から持ち出してきたものに興味津々で、まったくセイヤの懸念を気にしていない。
実はセイヤたちがブロードの館から持ち出したものは『魔力供給型全自動四輪車』だけではない。
セイヤたちが『魔力供給型全自動四輪車』を探していた際、たまたまブロードの隠し部屋を見つけてしまい、その部屋にあった機械や武器などを根こそぎ持ちだしていたのだ。
ちなみにブロードの館にはすでに誰もいなかったため、窃盗にはならないはずだ(多分)
ブロードの隠し部屋を見たセイヤは、敵ながら彼の事を尊敬した。
彼の隠し部屋に残されていた資料は、どれも信じられないほど高レベルで、レイリアでは絶対にお目にかかれないものばかりだった。
そしてセイヤはその資料を食い入るように読んだ。
それにより、セイヤが聖属性を駆使して作り出したのが、今モーナの手に握られている新しい魔法用の杖だ。
先端がグルグル巻きになっている杖の所々に、魔晶石が埋め込まれていて、複数の魔法を無詠唱で発動できるようになっている。
モーナはその杖を嬉しそうに持っていた。レイリアで複数の魔晶石を埋め込んだ武器を持っているのは、おそらくモーナ一人であろう。
ほかにもいろいろ作れそうだったのだが、とりあえず続きはレイリアに戻ってからすることにした。
「この辺かしら」
ふいにモカが車を停め車から降りる。周りはまだ何もない更地だが、おそらくレイリアが近くなったのであろう。セイヤたちもモカに続いて、車から降り、魔装馬へと乗り換える。
セイヤが『魔力供給型全自動四輪車』にブロードの隠し部屋で見つけた大きな布をかぶせると、布がすぐに色を変えていき、あっという間に車がまるで岩のように変身する。
これは『隠れマント』といい、ブロードが遊び心でカメレオンをまねて作ったものなのだが、意外なところで役立った。おそらくこれで車が簡単には見つかることはないだろう。
その後、五人は魔装馬でアクエリスタンまで戻った。どうやらバジルが手をまわしてくれたらしく、五人は簡単にアクエリスタン内に入ることができた。
「帰ってきたんだな」
「うん……」
思わずそうつぶやいたセイヤ。
その後、モルの街へと戻ってきた五人は、疲労がたまっていたので、報告などはまた後日ということで解散した。
セイヤたちも家へと向かって歩き出す。
「終わったな」
「うん……」
「うん!」
その後、家に帰ったセイヤはライガーに怒られると覚悟していたが、ふたを開けてみればライガーは全く怒らなかった。
そのことでセイヤが拍子抜けだったことは、誰も知らない。
ダクリア大帝国に属するダクリア一区の魔王の館。
小さな部屋の中に一人の男性が座っていた。年齢は四十代後半といったところだ。黒っぽい髪に鋭い目、がっちりとした体を持つ男は、この魔王の館の主だった。
「久しぶりだな。まさかお前が来るとは」
男はちょうど部屋に入ってきた人影にそういった。全身を黒い鎧で包み込んだその人物は、一見してかなりの危険人物にも見えるが、男は全く警戒していない。
「久しぶりね、サタン。今はルシファーと呼んだほうがいいかしら?」
「ハッハッ、頼むからルシファーはやめてくれシルフォーノ。いや、今は暗黒騎士だったか」
「あなたまでそんなことを言い出すの? 暗黒騎士はあだ名みたいなものよ」
「確かにな。だがダクリア中で噂になっているぞ。神速の暗黒騎士には気を付けろと」
談笑しあう二人。その様子からは、お互い気の知れた仲間であることがわかる。
「あなたこそ噂になっているわよ。サタンとルシファーを兼ねる天才って、ルシファー様」
「頼むからやめてくれ。俺は今までもこれからもルシファーの右腕であるサタンで、今はその座を守っているだけだ」
「はいはい」
ある程度談笑を終えると、暗黒騎士と呼ばれる女性が、男の対面に腰を下ろした。男はその様子を見て、顔色をすぐに変える。
「それで? お前がここに来たということは何かあったんだろ?」
「ええ、マモンが死んだわ」
「そうか……あの老人も遂に死んだか」
男はブロード=マモンが死んだという報告を受けても、全く表情を変えない。あまり驚いている様子はなさそうだ。
「まあ、あの老人がいなくなったことは惜しいが、もう限界だったみたいだし、仕方ないだろう。それで、やったのはお前か? シルフォーノ?」
「まさか。私とあの老人とでは、相性が悪すぎるわ。やったのは帝王よ」
「帝王だと!?」
ブロードの訃報を受けても顔色一つ変えなかった男の表情が大きく変わる。まさかのことに驚きを隠せなかったようだ。
「本当に帝王なのか?」
「ええ、戦っているところを見たわけじゃないけど、あの感じは紛れもなく帝王だったわ」
「そうか、帝王が。それで今はどこに?」
「レイリアに帰ったわ」
「そうか……どうせなら、一度会ってみたかったが……」
心の底から残念そうに言うサタンに対し、シルフォーノが苦笑いをする。
「どうやって連れてくるのよ? あっちはまだ何も知らないのよ?」
「そういえば、そうだったな」
「でもまあ、すぐに会えるでしょう。見た目は母親そっくりだったし、あなたも一目見れば絶対わかるわ」
「そうか、それは楽しみだな。ところで、このことをあの方に知らせたのか?」
どこか嬉しそうな表情を浮かべるサタン。
「いえ、まだよ。でも大丈夫だと思うわ。あっちにはライガーがいるから、少し遅れるけど、あの方には伝わるはずよ」
「ふっ、師匠のことを呼び捨てか。ライガーもかわいそうに」
「いいのよ、そんなこと。それより問題は……」
一瞬して二人の顔が深刻になる。どうやらこれから話されることは、かなり重大な問題らしい。
「ああ、空きが二つできたから、おそらく開かなければならないだろうな」
「隠しても無駄か……」
「隠したところで、二週間もすればバレるさ」
「そうね」
二人が話し合っていることはダクリアにとって最も重要なことだ。誤った選択をすれば、ダクリアが滅びるかもしれない。それほどまでに重大なことである。
「早いうちに収集をかけるか。お前はレイリアに戻って、このことを聖教会にでも知らせろ。そうすれば、少しは他の奴らも考えるだろう」
「わかったわ」
シルフォーノはそういうと席を立ち、部屋から出ていく。サタンはその後姿に言葉をかけた。
「気を付けろ。あれはもう動き出している」
「ええ、わかっているわ」
シルフォーノはそう言い残して、部屋の扉を閉めた。
いつも読んでいただきありがとうございます。同時にすいませんでした。一昨日、調子に乗って「明日中には更新できます!」とかほざいてましたが、普通にできませんでした。ごめんなさい……
さて、この話をもって終わった三章でしたがいかがだったでしょうか? なんでみんな生きてるんだ! と思った方はごめんなさい。最後の人だれ? と思った人もごめんなさい。そのうちわかるはずです。
ということで、次から四章「レイリア魔法大会編」になります。
あらすじとしては「セイヤたちがダクリアから帰還した二日後、ライガーのもとに聖教会から一通の書状が届く。書状には衝撃の事実が書かれており、書状を読んだライガーはすぐにセイヤを呼び聖教会へ向かうように指示した。セイヤはライガーの指示通り聖教会のあるレイリア王国首都ラインッツへと向かったのだが、そこで思わぬ相手と衝撃の再会を果たすことになる。
一方、ユアたちは開幕を目前に控えたレイリア魔法大会に参加するために今年の開催地であるウィンディスタン地方オルナの街へと入りそれぞれ修業を始めた。ダクリア二区での戦闘で明白になったそれぞれの課題を克服するため、修業に明け暮れるユアたち。そこにセイヤも合流し、ついに六人のアルセニア魔法学園代表メンバーがそろう。
時を同じくして動き出すダクリア大帝国。空いたマモンの席を狙う者たちの魔の手がレイリア魔法大会に襲い掛かろうとしていた。
各自の欲望がうずめきあう今年のレイリア魔法大会が今始まる。」的な感じです。
近いうちに更新できるように頑張りますのでよかったら四章もよろしくお願いします。




